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オレはゴブリンを殺さない
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「いや~。良い汗かいた……おい、ニィチャン、どうだった? 楽しめたか?」
ナオキの元へ歩いてきたゾーラが声をかけてきた。その声はとても清々しいものだった。先ほど突き刺して殺したゴブリンは地面に放られている。
「………………」
「なんだ、凄すぎて言葉も出ねぇのか」
兵士からタオルを受け取り、ゴブリンの血で汚れた腕を拭きながらゾーラは豪快に笑いバシバシとナオキの背中を叩いた。その衝撃でナオキはハッと我に返った。
「ニィチャン、聞いたところによるとまだゴブリンを殺ったことねぇんだって?」
「え? ……は、はぁ……まぁ……」
曖昧な返答をしたナオキの顔をゾーラは覗き込むように顔を近づけた。
「さっき見た通り、ゴブリンなんて弱っちい生き物だ。何もビビることはねぇ。それがわかったろ?」
「ま、まぁ……そうですね……」
「そうだ! ニィチャン、試しにそこのチビ二匹を殺ってみろよ」
「えっ!?」
突然のゾーラからの提案にナオキは驚き目を見開いた。
「なぁに、ガキなんて簡単だ。ちょっと力を入れて殴ればスグだからよ。な? やってみろよ」
「いや……あの……」
ナオキが返事をするのも待たずにゾーラは立ち上がった。
「オメェら! 最後のショーだ! このニィチャンがそこの二匹のガキを殺るぞ! どんな殺し方をするかよく見ておけ」
それを聞いた兵士たちは再び大きな歓声を上がった。
「ちょ……ちょっと待ってください……」
ナオキは立ち上がり、ゾーラに近づいた。
冗談じゃない。絶対に断らなくちゃダメだ。
「何だ、心の準備が出来てねぇのか? 心配いらねぇ。何事も勢いってもんが大事なんだよ」
有無を言わせずゾーラはナオキの肩を抱き中央へ歩き出した。
先ほどまで隅にいた2匹のゴブリンをルイスは中央まで引きずってきた。ゴブリン達はお互いを抱き合い、必死で引きずられまいと抵抗をしているが大の男の力には敵わない。
「あの……オレ……今日は体調も優れないし辞めたいんですけど……」
出来るだけ穏便に断ろうと試みた。
どうか諦めてくれ……
「あん? 大丈夫だよ! 体調が悪かろうがスグ終わらせりゃあ良いだろう」
ぶっきらぼうにゾーラは言った。ナオキには拒否権が無いと言っているようだ。
「ほらニィチャン。ガキどもが来たぞ。準備は良いか⁉」
「え? もう?」
まったく良くない! どうすりゃいいんだよ
ゴブリン達の鎖のカギが外され、中央にはナオキとゾーラ、それに2匹のゴブリンだけになった。ゴブリン達は変わらず抱き合い小刻みに震えている。
ゾーラが両手を上げ手を叩き周りを盛り上げる。
ここから逃げ出したい。こんな小さなゴブリンを手にかけずにやり過ごしたい。そんな考えがナオキの頭の中を駆け巡っていた。
「……じゃあニィチャン。殺るのは初めてだからな。これはサービスだ。上手く殺れよ」
ゾーラはそう言ってナオキに何かを握らせた。それは先ほど母親のゴブリンが使っていたナイフだった。
「じゃあ後はニィチャンの殺りたいようにな。今日でゴブリン童貞卒業だ!」
親指を立てて笑顔のゾーラは後ろへ歩いて行った。これで中央にはナオキとゴブリン達だけとなった。
ナオキは茫然としたままその場に立っていた。目の前が歪んでみえる。周りからは兵士たちがナオキに向って何やら叫んでいる。各々が叫んでいるので内容が聞き取れない。
この人たちは何を叫んでいるんだろう……
ナオキは働かない頭で兵士たちの口元を見た。
……コ……ロ……セ……
……え? ……
兵士たちは一様に『殺せ』と叫んでいた。
そのうちにバラバラに叫んでいた声が一つに合い、合唱を始めた。
「コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ!」
止むことの無い『殺せ』という言葉の嵐にナオキは頭がおかしくなりそうだった。最早立っているのか座っているのかもわからない。
どうしよう……オレには出来ない……誰か助けてくれよ……八京さん……明日香……ルカちゃん……誰でもいい。オレを助けてくれ……
頭の中でひたすら助けを願うナオキの目に、片方のゴブリンの口が動いているのが目に入った。とても小さく、でもはっきりと口元は動いていた。
ナオキはじっとその口元に見入った。
……タ……ス……ケ……テ……
――助けて――
確かにゴブリンの口はそう言っている。
まさか……ゴブリンだぞ……それも子供だ、言葉を理解できるはずがない。
だが間違いなく目の前のゴブリンの口はそう言っている。
……タスケテ……タスケテ……タスケテ……タスケテ……
子供のゴブリンは涙を流しながら助けを求めて震えている。
一体人間とゴブリンで何が違うのだろう……この子たちが一体何をしたのだろう……この子たちはさっき両親を目の前で殺され、今度は自分たちが弄られ殺されようとしている。自分に力が無く、ただ殺されることに怯え震えている。
これが人間のすることか……こんなことが許されていいのか……
そんな時、ナオキは思い出した。それは奴隷の少女が暴力を受けていた時と同様、玲とのものだった。
玲はいつも強く、真っすぐに、ひたすら自分の信じた正義に進んでいた。そんな玲が今の状況だったらどうするだろう……今のナオキを見てどうしてほしいのだろう……
答えは分かっていた。
――オレはこの子たちを殺さない――
人間、奴隷、ゴブリン、身分や種族に関係なくナオキは殺したくないのだ。辛く苦しんでいるモノがいたら手を差し伸べたいのだ。玲がそうしたようにナオキもそうしたいかったのだ。
「おいニィチャン。まだかぁ? 皆待ってんぞ。まだビビってんのか?」
痺れを切らしたゾーラが寄ってきた。その口調には苛立ちが感じられる。
「……さない……」
「あぁ? 何だって?」
「……殺さない……」
「おいおいニィチャン、何言って――」
「オレはゴブリンを殺さない!」
ナオキの元へ歩いてきたゾーラが声をかけてきた。その声はとても清々しいものだった。先ほど突き刺して殺したゴブリンは地面に放られている。
「………………」
「なんだ、凄すぎて言葉も出ねぇのか」
兵士からタオルを受け取り、ゴブリンの血で汚れた腕を拭きながらゾーラは豪快に笑いバシバシとナオキの背中を叩いた。その衝撃でナオキはハッと我に返った。
「ニィチャン、聞いたところによるとまだゴブリンを殺ったことねぇんだって?」
「え? ……は、はぁ……まぁ……」
曖昧な返答をしたナオキの顔をゾーラは覗き込むように顔を近づけた。
「さっき見た通り、ゴブリンなんて弱っちい生き物だ。何もビビることはねぇ。それがわかったろ?」
「ま、まぁ……そうですね……」
「そうだ! ニィチャン、試しにそこのチビ二匹を殺ってみろよ」
「えっ!?」
突然のゾーラからの提案にナオキは驚き目を見開いた。
「なぁに、ガキなんて簡単だ。ちょっと力を入れて殴ればスグだからよ。な? やってみろよ」
「いや……あの……」
ナオキが返事をするのも待たずにゾーラは立ち上がった。
「オメェら! 最後のショーだ! このニィチャンがそこの二匹のガキを殺るぞ! どんな殺し方をするかよく見ておけ」
それを聞いた兵士たちは再び大きな歓声を上がった。
「ちょ……ちょっと待ってください……」
ナオキは立ち上がり、ゾーラに近づいた。
冗談じゃない。絶対に断らなくちゃダメだ。
「何だ、心の準備が出来てねぇのか? 心配いらねぇ。何事も勢いってもんが大事なんだよ」
有無を言わせずゾーラはナオキの肩を抱き中央へ歩き出した。
先ほどまで隅にいた2匹のゴブリンをルイスは中央まで引きずってきた。ゴブリン達はお互いを抱き合い、必死で引きずられまいと抵抗をしているが大の男の力には敵わない。
「あの……オレ……今日は体調も優れないし辞めたいんですけど……」
出来るだけ穏便に断ろうと試みた。
どうか諦めてくれ……
「あん? 大丈夫だよ! 体調が悪かろうがスグ終わらせりゃあ良いだろう」
ぶっきらぼうにゾーラは言った。ナオキには拒否権が無いと言っているようだ。
「ほらニィチャン。ガキどもが来たぞ。準備は良いか⁉」
「え? もう?」
まったく良くない! どうすりゃいいんだよ
ゴブリン達の鎖のカギが外され、中央にはナオキとゾーラ、それに2匹のゴブリンだけになった。ゴブリン達は変わらず抱き合い小刻みに震えている。
ゾーラが両手を上げ手を叩き周りを盛り上げる。
ここから逃げ出したい。こんな小さなゴブリンを手にかけずにやり過ごしたい。そんな考えがナオキの頭の中を駆け巡っていた。
「……じゃあニィチャン。殺るのは初めてだからな。これはサービスだ。上手く殺れよ」
ゾーラはそう言ってナオキに何かを握らせた。それは先ほど母親のゴブリンが使っていたナイフだった。
「じゃあ後はニィチャンの殺りたいようにな。今日でゴブリン童貞卒業だ!」
親指を立てて笑顔のゾーラは後ろへ歩いて行った。これで中央にはナオキとゴブリン達だけとなった。
ナオキは茫然としたままその場に立っていた。目の前が歪んでみえる。周りからは兵士たちがナオキに向って何やら叫んでいる。各々が叫んでいるので内容が聞き取れない。
この人たちは何を叫んでいるんだろう……
ナオキは働かない頭で兵士たちの口元を見た。
……コ……ロ……セ……
……え? ……
兵士たちは一様に『殺せ』と叫んでいた。
そのうちにバラバラに叫んでいた声が一つに合い、合唱を始めた。
「コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ! コロセ!」
止むことの無い『殺せ』という言葉の嵐にナオキは頭がおかしくなりそうだった。最早立っているのか座っているのかもわからない。
どうしよう……オレには出来ない……誰か助けてくれよ……八京さん……明日香……ルカちゃん……誰でもいい。オレを助けてくれ……
頭の中でひたすら助けを願うナオキの目に、片方のゴブリンの口が動いているのが目に入った。とても小さく、でもはっきりと口元は動いていた。
ナオキはじっとその口元に見入った。
……タ……ス……ケ……テ……
――助けて――
確かにゴブリンの口はそう言っている。
まさか……ゴブリンだぞ……それも子供だ、言葉を理解できるはずがない。
だが間違いなく目の前のゴブリンの口はそう言っている。
……タスケテ……タスケテ……タスケテ……タスケテ……
子供のゴブリンは涙を流しながら助けを求めて震えている。
一体人間とゴブリンで何が違うのだろう……この子たちが一体何をしたのだろう……この子たちはさっき両親を目の前で殺され、今度は自分たちが弄られ殺されようとしている。自分に力が無く、ただ殺されることに怯え震えている。
これが人間のすることか……こんなことが許されていいのか……
そんな時、ナオキは思い出した。それは奴隷の少女が暴力を受けていた時と同様、玲とのものだった。
玲はいつも強く、真っすぐに、ひたすら自分の信じた正義に進んでいた。そんな玲が今の状況だったらどうするだろう……今のナオキを見てどうしてほしいのだろう……
答えは分かっていた。
――オレはこの子たちを殺さない――
人間、奴隷、ゴブリン、身分や種族に関係なくナオキは殺したくないのだ。辛く苦しんでいるモノがいたら手を差し伸べたいのだ。玲がそうしたようにナオキもそうしたいかったのだ。
「おいニィチャン。まだかぁ? 皆待ってんぞ。まだビビってんのか?」
痺れを切らしたゾーラが寄ってきた。その口調には苛立ちが感じられる。
「……さない……」
「あぁ? 何だって?」
「……殺さない……」
「おいおいニィチャン、何言って――」
「オレはゴブリンを殺さない!」
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