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雨宿りの会話
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「――これがオレがこの世界に来てからの出来事です」
いつの間にかクーもガーも寝ていた。この二匹には難しい話だったか。
ナオキは今までの経緯を話した。だが、玲のことは話さないでいた。
男はナオキの話を途中で中断することなく静かに聞いてくれていた。
「……リスターター……リスタって言ったか? いや、噂には聞いたことあったが、まさかお前さんがそうっだとはな……もっとこう何だ、バカでかい男とか、誰もが見惚れる美女だとかが召喚されるものだと思ってたら、案外普通っぽいって言うか……地味って言うか……あ、別に悪い意味で言ってんじゃなくて……そう! いい意味でだ。いい意味で普通というか地味って言うかだな、あくまでいい意味でだぞ!」
「ハハハァ」
いい意味って言われても普通で地味って褒めてないじゃん……
「こっちに来て、オレの今までの常識と全然違って……他のリスタたちはそれに順応してるのに……オレって情けないですよね」
自傷気味にナオキは言った。
「そうか? ある日突然、今までの常識が覆った世界に飛ばされたんだ。いきなり違う常識に慣れろってほうが俺には難しいと思うけどな」
意外な返答だった。
「そ、そうですかね?」
「だってそうだろ? ドラゴンがある日突然、リザードマンの群れで生活するってなったらどう思うよ?」
いきなりスケールがデカくなったもんだ。
「……息苦しくって嫌になるし、生活出来ないんじゃないですかね」
「だろ? お前さんの場合、姿形が一緒だけど、文化も価値観もまるで違うんだ。お前さんが我慢して慣れない限りそりゃ上手くいかないぜ」
確かに男の言うことは一理ある。
「じゃあオレはどうすればいいんでしょうか?」
「え?知らん」
即答されてしまった。
「え!? でもなんかアドバイス的なものって……」
「勘違いするなよ。俺はお前さんじゃないから、どうするのがお前さんにとって良い選択かなんて分からねぇってことだ。俺がお前さんならさっさと魔物殺しに慣れて順応するのが手っ取り早い。けど、それに納得が出来なきゃ、そんな社会にいる必要がないからそこから飛び出すね」
「と、飛び出す?」
「あぁ」
「って具体的にどうするんですか?」
「言葉のままだよ。自分が納得できない社会から抜け出して、今みたいに旅人になるのさ。そうすればそんなくだらないシガラミともオサラバできるしな」
考えてもみなかった……この世界のルールに自分が慣れることのみに固執し、悩んだ。まさかそこから抜け出すなんて発想はナオキには無かった。
「そ、そんなこと、オレにできますかね?」
「そいつはお前さん次第だろ? 何もやってないのに出来るも出来ないも分からねぇ。ただ言っておくが、何もしないでウジウジしてるよりは自分が納得できるんじゃねぇか?」
……確かにその通りだ。
ナオキが行動したことでこの二匹のゴブリンはこうしてここにいる。ナオキが何もしなかったら今頃ひどい目に合い、狭い檻に入れられ、その後も地獄の日々が待っていただろう。
「……そうですよね……」
「ただ、お前さんが言う通り、今回の逃走はお前さんに非があるようには感じないな」
「そう思いますか?」
「おう。理由は二つある。一つは、その場で行われたゴブリンのいたぶりが幹部連中公認のことじゃなさそうだから。これはあくまで仮説だが、その場にいた兵士たち皆下っ端だ。お前さんが言ってたヤツがその場を仕切ってたんだろ?」
「はい、そうです」
「で、そのゾーラってのはそれほどの地位ではなさそうだと」
「そうです」
……たぶん……
「つまり、そんなに偉く無い奴が取り仕切ってんだ。そこでの揉め事の責任はそいつが負うのが道理だな」
……そうだよな……
「そして二つ目は、お前さんだ」
男はナオキを指差した。
「オ、オレ?」
「そう、お前さんはリスターターだ。それはこの世界でかなり貴重な存在だ。そんなお前さんを傷つけ、挙句逃がしちまうなんて上の連中が知ってみろ。お前さんがこのまま帰らなかったら大騒ぎになるだろうぜ」
「……た、確かに……」
「だろ? だからお前さんが帰ったとこで皆喜んで迎えてくれるだろうさ」
冷静に考えるとこの男の言う通りだ。さっきまでの出来事に気を取られてそこまで考えが追い付かなかった。
「……よ、よかったです」
「それに、あえて言うならお前さんの先輩もいるしな。『英雄』って言われてんだろ? そんな英雄さんが気にかけてるヤツを上が大事にしないなんて無いだろ。まぁ騒動の罰を受けた連中がいたらそいつらからは恨まれてるかもしれないけどな」
「ハハハッ確かに……」
絶対に恨んでるな
「まぁ、こんだけ理由が挙がってるんだ。安心して帰れるだろ」
「そうですね。一先ず安心できそうです」
胸の中のしこりが取れたような気がした。
「おっと。話は変わるけど一つ言っておく。この世界で意味も無く殺しをするのはほとんどが人間だ。それ以外の種族は必要のない殺しはしねぇ」
「え!? そうなんですか? じゃあ魔物が人を襲ったりは……」
「人間が仕掛けてこない限りはマズあり得ない。つっても魔物も腹は減る。食料として人間を喰うことはあるが、腹が満たされればそれ以上、人間を襲うことはない」
「ほ、ホントですか!?」
「あぁ。この世界は弱肉強食。弱い者は強いものに喰われ、強いものはより強いものに喰われる。それは自然の摂理だ。それに対して弱者が強者を恨んだり憎しんだりなんてことはない。それが当たり前だからだ。だが人間は違う。弱い者も強い者も全てを敵にして自分たちの欲のために突き進む。挙句の果てには人間同士で争い、サラには貴族だ奴隷だと自分たちにクオリティを付ける。ホントに人間て生き物は……」
とんだ思い違いをしていた。魔物は人を襲うことが当然だと思っていた。だがそんなことは無い。この思い違いはナオキだけではなく明日香もルカもそう思っているだろう。
「じゃあなんで人は魔物やドラゴンを殺すんですか?」
「そりゃあ……食料のため、武器や生活品のため、それ以外となると娯楽や自分たちの優位性のためなんだろうな。なんなら意味も無くただそこにいるって理由で殺すこともある。お前さんの周りにも楽しんで殺すヤツいただろ?」
「……」
確かにいた……
「お前さんの世界じゃ知らないが、人間なんて傲慢で、臆病で、嫉妬深くて、強欲で、怠け者で、ずる賢くて、卑しい生き物なんだ。そんな人間が何かしたって別に驚くもんじゃねさ。まあ人間以外の種族からしてみれば人間なんて災害であり害虫であり世の中の悪そのものだろうがな」
「それでも人を襲おうとはしないんですか?」
「しないね。ドラゴンや魔人なんかの高位種族は人間なんて相手にしないし、エルフやドワーフはそんな人間を忌み嫌い避けている。そのほかの魔物に関しては人間に近づかないことが一番平和に生きていけるからな」
この世界の人間って……いやそれはオレたちのいた世界でも本質は変わらないないな……
「まぁ結局、お前さんがそんな人間社会でどう生きるかはお前さん次第だ。自分が納得できる選択をするんだな」
「はい。なんかいろいろ考えさせられました」
「気にするなよ。お! 雨が止んだみたいだ」
男に言われ耳を澄ました。確かに雨の音は無くなっていた。
「長話ししちまったが、悪い時間じゃ無かったな」
男は立ち上がり外へ歩き出した。
「オレもです。とても貴重な時間でした」
ナオキの言葉に嘘は無かった。この旅人との出会いはナオキの考えを変えるものだった。
ナオキも同様に立ち上がり、クーとガーを起こした。
「嬉しいこと言うねぇ。お互い、この出会いに感謝する日が来るといいな」
男は言いながら洞窟の外へ出た。空に雲も無い。月明かりが男を照らしている。そのいでたちはとても神秘的で幻想的なものだった。
――え?
ナオキは初めて男の姿を見て驚愕した。男の顔がどことなく玲に似ている。実際には玲より大人びている。だが玲が年齢を重ねたらそうなっていただろうと思わせた。
男は頭に被っていたモノを外した。
「……は?」
ナオキが更に驚愕したのは男の耳だ。明らかに人のソレとは違い大きく先が尖っている。
いつの間にかクーもガーも寝ていた。この二匹には難しい話だったか。
ナオキは今までの経緯を話した。だが、玲のことは話さないでいた。
男はナオキの話を途中で中断することなく静かに聞いてくれていた。
「……リスターター……リスタって言ったか? いや、噂には聞いたことあったが、まさかお前さんがそうっだとはな……もっとこう何だ、バカでかい男とか、誰もが見惚れる美女だとかが召喚されるものだと思ってたら、案外普通っぽいって言うか……地味って言うか……あ、別に悪い意味で言ってんじゃなくて……そう! いい意味でだ。いい意味で普通というか地味って言うかだな、あくまでいい意味でだぞ!」
「ハハハァ」
いい意味って言われても普通で地味って褒めてないじゃん……
「こっちに来て、オレの今までの常識と全然違って……他のリスタたちはそれに順応してるのに……オレって情けないですよね」
自傷気味にナオキは言った。
「そうか? ある日突然、今までの常識が覆った世界に飛ばされたんだ。いきなり違う常識に慣れろってほうが俺には難しいと思うけどな」
意外な返答だった。
「そ、そうですかね?」
「だってそうだろ? ドラゴンがある日突然、リザードマンの群れで生活するってなったらどう思うよ?」
いきなりスケールがデカくなったもんだ。
「……息苦しくって嫌になるし、生活出来ないんじゃないですかね」
「だろ? お前さんの場合、姿形が一緒だけど、文化も価値観もまるで違うんだ。お前さんが我慢して慣れない限りそりゃ上手くいかないぜ」
確かに男の言うことは一理ある。
「じゃあオレはどうすればいいんでしょうか?」
「え?知らん」
即答されてしまった。
「え!? でもなんかアドバイス的なものって……」
「勘違いするなよ。俺はお前さんじゃないから、どうするのがお前さんにとって良い選択かなんて分からねぇってことだ。俺がお前さんならさっさと魔物殺しに慣れて順応するのが手っ取り早い。けど、それに納得が出来なきゃ、そんな社会にいる必要がないからそこから飛び出すね」
「と、飛び出す?」
「あぁ」
「って具体的にどうするんですか?」
「言葉のままだよ。自分が納得できない社会から抜け出して、今みたいに旅人になるのさ。そうすればそんなくだらないシガラミともオサラバできるしな」
考えてもみなかった……この世界のルールに自分が慣れることのみに固執し、悩んだ。まさかそこから抜け出すなんて発想はナオキには無かった。
「そ、そんなこと、オレにできますかね?」
「そいつはお前さん次第だろ? 何もやってないのに出来るも出来ないも分からねぇ。ただ言っておくが、何もしないでウジウジしてるよりは自分が納得できるんじゃねぇか?」
……確かにその通りだ。
ナオキが行動したことでこの二匹のゴブリンはこうしてここにいる。ナオキが何もしなかったら今頃ひどい目に合い、狭い檻に入れられ、その後も地獄の日々が待っていただろう。
「……そうですよね……」
「ただ、お前さんが言う通り、今回の逃走はお前さんに非があるようには感じないな」
「そう思いますか?」
「おう。理由は二つある。一つは、その場で行われたゴブリンのいたぶりが幹部連中公認のことじゃなさそうだから。これはあくまで仮説だが、その場にいた兵士たち皆下っ端だ。お前さんが言ってたヤツがその場を仕切ってたんだろ?」
「はい、そうです」
「で、そのゾーラってのはそれほどの地位ではなさそうだと」
「そうです」
……たぶん……
「つまり、そんなに偉く無い奴が取り仕切ってんだ。そこでの揉め事の責任はそいつが負うのが道理だな」
……そうだよな……
「そして二つ目は、お前さんだ」
男はナオキを指差した。
「オ、オレ?」
「そう、お前さんはリスターターだ。それはこの世界でかなり貴重な存在だ。そんなお前さんを傷つけ、挙句逃がしちまうなんて上の連中が知ってみろ。お前さんがこのまま帰らなかったら大騒ぎになるだろうぜ」
「……た、確かに……」
「だろ? だからお前さんが帰ったとこで皆喜んで迎えてくれるだろうさ」
冷静に考えるとこの男の言う通りだ。さっきまでの出来事に気を取られてそこまで考えが追い付かなかった。
「……よ、よかったです」
「それに、あえて言うならお前さんの先輩もいるしな。『英雄』って言われてんだろ? そんな英雄さんが気にかけてるヤツを上が大事にしないなんて無いだろ。まぁ騒動の罰を受けた連中がいたらそいつらからは恨まれてるかもしれないけどな」
「ハハハッ確かに……」
絶対に恨んでるな
「まぁ、こんだけ理由が挙がってるんだ。安心して帰れるだろ」
「そうですね。一先ず安心できそうです」
胸の中のしこりが取れたような気がした。
「おっと。話は変わるけど一つ言っておく。この世界で意味も無く殺しをするのはほとんどが人間だ。それ以外の種族は必要のない殺しはしねぇ」
「え!? そうなんですか? じゃあ魔物が人を襲ったりは……」
「人間が仕掛けてこない限りはマズあり得ない。つっても魔物も腹は減る。食料として人間を喰うことはあるが、腹が満たされればそれ以上、人間を襲うことはない」
「ほ、ホントですか!?」
「あぁ。この世界は弱肉強食。弱い者は強いものに喰われ、強いものはより強いものに喰われる。それは自然の摂理だ。それに対して弱者が強者を恨んだり憎しんだりなんてことはない。それが当たり前だからだ。だが人間は違う。弱い者も強い者も全てを敵にして自分たちの欲のために突き進む。挙句の果てには人間同士で争い、サラには貴族だ奴隷だと自分たちにクオリティを付ける。ホントに人間て生き物は……」
とんだ思い違いをしていた。魔物は人を襲うことが当然だと思っていた。だがそんなことは無い。この思い違いはナオキだけではなく明日香もルカもそう思っているだろう。
「じゃあなんで人は魔物やドラゴンを殺すんですか?」
「そりゃあ……食料のため、武器や生活品のため、それ以外となると娯楽や自分たちの優位性のためなんだろうな。なんなら意味も無くただそこにいるって理由で殺すこともある。お前さんの周りにも楽しんで殺すヤツいただろ?」
「……」
確かにいた……
「お前さんの世界じゃ知らないが、人間なんて傲慢で、臆病で、嫉妬深くて、強欲で、怠け者で、ずる賢くて、卑しい生き物なんだ。そんな人間が何かしたって別に驚くもんじゃねさ。まあ人間以外の種族からしてみれば人間なんて災害であり害虫であり世の中の悪そのものだろうがな」
「それでも人を襲おうとはしないんですか?」
「しないね。ドラゴンや魔人なんかの高位種族は人間なんて相手にしないし、エルフやドワーフはそんな人間を忌み嫌い避けている。そのほかの魔物に関しては人間に近づかないことが一番平和に生きていけるからな」
この世界の人間って……いやそれはオレたちのいた世界でも本質は変わらないないな……
「まぁ結局、お前さんがそんな人間社会でどう生きるかはお前さん次第だ。自分が納得できる選択をするんだな」
「はい。なんかいろいろ考えさせられました」
「気にするなよ。お! 雨が止んだみたいだ」
男に言われ耳を澄ました。確かに雨の音は無くなっていた。
「長話ししちまったが、悪い時間じゃ無かったな」
男は立ち上がり外へ歩き出した。
「オレもです。とても貴重な時間でした」
ナオキの言葉に嘘は無かった。この旅人との出会いはナオキの考えを変えるものだった。
ナオキも同様に立ち上がり、クーとガーを起こした。
「嬉しいこと言うねぇ。お互い、この出会いに感謝する日が来るといいな」
男は言いながら洞窟の外へ出た。空に雲も無い。月明かりが男を照らしている。そのいでたちはとても神秘的で幻想的なものだった。
――え?
ナオキは初めて男の姿を見て驚愕した。男の顔がどことなく玲に似ている。実際には玲より大人びている。だが玲が年齢を重ねたらそうなっていただろうと思わせた。
男は頭に被っていたモノを外した。
「……は?」
ナオキが更に驚愕したのは男の耳だ。明らかに人のソレとは違い大きく先が尖っている。
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