2 / 27
進路と少年
しおりを挟む
1999年――初夏
その男の子のメガネは、四角だった。
完全な四角じゃない。どちらかというと、四角。反対から見てもわかるくらいだから、やっぱり、うん、四角。
めずらしくもないのに、あたしはじっと見てしまう。まばたきもせず、じっと。それは相手も同じだった。
「……あの」
先に口を開いたのは、男の子のほうだった。急に時間が動いた気がして、あたしは思わず、今度は別の角度からながめてしまう。ぱっちりとした目に、小さな顎。輪郭はどちらかというと、まるい。
あたしは河原であおむけになっていたところで、急に彼が顔を出したのだ。一人だと思ってたから、半分驚いたものの、なぜか動きが制止してしまった。
「これ、あなたのですよね?」
彼が持っていたのは、白い紙だった。ひらひらと舞うそれを見つめると、確かにあたしの名前が書いてある。
進路希望調査だ。
さっきまで眺めていたもので、となりにあったはずだった。いつのまにか、飛ばされてしまったらしい。
「……ありがと」
男の子から受け取ると、今度はしっかり、鞄の中へしまう。
それで、済むはずだった。
お礼を言って、彼は立ち去ると思っていたのだ。なのにその子は、あたしのとなりにすわった。
「それ、なんで何も書いてないんですか?」
予想外の行動に、あたしは起きあがる。今度は男の子を、横から見ることになった。
何も持っていなかった。着ているものは上下同じ色をしたジャケットと半ズボン。白い靴下に、ぴかぴかの革靴。
「高3ですよね? もうすぐ夏休みなのに、白紙はマズイんじゃないですか?」
三つ折りにされた靴下を眺めながら、あたしは息をついた。
「きみ、いくつ?」
この辺りじゃ見ない制服だけど、たぶん、小学生だろう。肩も足も、まだまだ細く小さい。
「え……あ……小5ですけど」
「なんで初対面の、しかも小学生のきみに、そんなこと言われなきゃならないの?」
俯いて、あたしは口にした。
これでも丁寧に言ったほうだ。「ガキ」と出かかったけど、なんとかガマンした。けれど言ってしまってから、やっぱり言い過ぎたかな、とも思う。ちらり、顔をあげてみると、相手は大きな瞳を、さらに大きくする。
その時、ふと思った。そう、だれかに似ているのだ。そしてそれが、だれなのか思い出した。
同じクラスの鶴田隆平。口数は少なく、読書好き。休み時間はいつも本を読んでいる。そんな彼とあたしは、図書委員をしている。理由は単純に、余っていたからだ。
そして彼も、メガネを使用している。
「……ねえ、きみ、もしかして、お兄さん、いない?」
考えられるのは、それくらいだった。
少年は瞳は大きいまま、首をかしげる。けれどすぐに質問の意味を理解したようで、
「……いません。ぼく一人ですけど」
「じゃあ従兄とか。とにかくよく似た親戚、いない?」
「……たぶん」
少年の瞳がぐるっとしたので、彼なりに頭の中で検索をかけたんだろう。そして、見つからなかったようだ。
「でも、どうしてですか?」
少年の視線は、思ったよりもまっすぐ、あたしを射抜いてきた。まなざしが真剣だったせいで、なんだか恥ずかしくなってくる。
「あ、えっと、大した理由じゃないんだけど。同じクラスに似た人がいて」
「その人、なんて名前なんですか?」
さらにぐいぐい、踏みこんできた。
「え、だから――」
言いかけた時だった。
急に、ものすごい風が吹く。
突風というやつだ。
「――あ」
閉めたはずの鞄が開き、プリントが飛ばされる。あたしはあわてて、紙を追いかけるため、河原を走った。
「ーーあぶないっ」
声がした時には、遅かった。プリントをつかまえた途端、あたしは足を滑らせたのだ。
――転ぶっ
そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。
そしてその時、のんきに思ったのだ。
彼の名前、なんだっけ? そういえば自分も、言ってない。
その男の子のメガネは、四角だった。
完全な四角じゃない。どちらかというと、四角。反対から見てもわかるくらいだから、やっぱり、うん、四角。
めずらしくもないのに、あたしはじっと見てしまう。まばたきもせず、じっと。それは相手も同じだった。
「……あの」
先に口を開いたのは、男の子のほうだった。急に時間が動いた気がして、あたしは思わず、今度は別の角度からながめてしまう。ぱっちりとした目に、小さな顎。輪郭はどちらかというと、まるい。
あたしは河原であおむけになっていたところで、急に彼が顔を出したのだ。一人だと思ってたから、半分驚いたものの、なぜか動きが制止してしまった。
「これ、あなたのですよね?」
彼が持っていたのは、白い紙だった。ひらひらと舞うそれを見つめると、確かにあたしの名前が書いてある。
進路希望調査だ。
さっきまで眺めていたもので、となりにあったはずだった。いつのまにか、飛ばされてしまったらしい。
「……ありがと」
男の子から受け取ると、今度はしっかり、鞄の中へしまう。
それで、済むはずだった。
お礼を言って、彼は立ち去ると思っていたのだ。なのにその子は、あたしのとなりにすわった。
「それ、なんで何も書いてないんですか?」
予想外の行動に、あたしは起きあがる。今度は男の子を、横から見ることになった。
何も持っていなかった。着ているものは上下同じ色をしたジャケットと半ズボン。白い靴下に、ぴかぴかの革靴。
「高3ですよね? もうすぐ夏休みなのに、白紙はマズイんじゃないですか?」
三つ折りにされた靴下を眺めながら、あたしは息をついた。
「きみ、いくつ?」
この辺りじゃ見ない制服だけど、たぶん、小学生だろう。肩も足も、まだまだ細く小さい。
「え……あ……小5ですけど」
「なんで初対面の、しかも小学生のきみに、そんなこと言われなきゃならないの?」
俯いて、あたしは口にした。
これでも丁寧に言ったほうだ。「ガキ」と出かかったけど、なんとかガマンした。けれど言ってしまってから、やっぱり言い過ぎたかな、とも思う。ちらり、顔をあげてみると、相手は大きな瞳を、さらに大きくする。
その時、ふと思った。そう、だれかに似ているのだ。そしてそれが、だれなのか思い出した。
同じクラスの鶴田隆平。口数は少なく、読書好き。休み時間はいつも本を読んでいる。そんな彼とあたしは、図書委員をしている。理由は単純に、余っていたからだ。
そして彼も、メガネを使用している。
「……ねえ、きみ、もしかして、お兄さん、いない?」
考えられるのは、それくらいだった。
少年は瞳は大きいまま、首をかしげる。けれどすぐに質問の意味を理解したようで、
「……いません。ぼく一人ですけど」
「じゃあ従兄とか。とにかくよく似た親戚、いない?」
「……たぶん」
少年の瞳がぐるっとしたので、彼なりに頭の中で検索をかけたんだろう。そして、見つからなかったようだ。
「でも、どうしてですか?」
少年の視線は、思ったよりもまっすぐ、あたしを射抜いてきた。まなざしが真剣だったせいで、なんだか恥ずかしくなってくる。
「あ、えっと、大した理由じゃないんだけど。同じクラスに似た人がいて」
「その人、なんて名前なんですか?」
さらにぐいぐい、踏みこんできた。
「え、だから――」
言いかけた時だった。
急に、ものすごい風が吹く。
突風というやつだ。
「――あ」
閉めたはずの鞄が開き、プリントが飛ばされる。あたしはあわてて、紙を追いかけるため、河原を走った。
「ーーあぶないっ」
声がした時には、遅かった。プリントをつかまえた途端、あたしは足を滑らせたのだ。
――転ぶっ
そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。
そしてその時、のんきに思ったのだ。
彼の名前、なんだっけ? そういえば自分も、言ってない。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜
鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる