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気持ち
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どうしたらいいのか、何を言ったらいいのか、わからなくて、あたしはひとまず、彼女の部屋に入った。
葵さんの部屋に来るのは、初めてだった。
置いてあるのは、必要最低限のものだけだ。机と鏡、それから、箪笥が一つ。
「……すまない」
彼女の声は、低かった。手が離れて、申し訳なさそうに頭を下げる。
「え、なんで、ですか?」
むしろ謝るのは、あたしのほうだった。偶然とはいえ、立ち聞きしてしまったのだ。
「妙な話を聞かせてしまった。気にするだろうと思って、な」
「確かに気になりましたけど。でも、謝ってもらうことじゃないっていうか……」
それはまた、別の話のような気がする。
「ただちょっと、驚きました」
蓮君から聞いていたとはいえ、それは確かだ。人から聞くのと実際に目の前で起こるのとでは、やっぱり感じ方がちがう。
葵さんは息をついて、背を向ける。ちょうど鏡に、彼女の姿が映る形となった。
「……自分が、男だったら、と思う時がある」
「え……?」
「男に生まれていたら、何も考える必要がなかったのではないか、と」
「……どういう意味、ですか?」
「……少し、話を聞いてもらってもいいか?」
ふと目に入ったのは、今日買ったばかりの、百貨店の袋。たぶん、あたしが葵さんにと選んだ、ワンピースだ。
まだ開けられた様子がない。それがなんとなく、気にかかった。
「……あたしで、よければ」
彼女のとなりに、あたしは立った。すると葵さんはふり返って、こっちを見る。
少し淋しそうに笑って、腰をおろした。
葵さんのご両親は、恋愛結婚だったという。良家としては珍しいことで、泰三さんが一目惚れをし、葵さんのお母さんに結婚を申し込んだらしい。
「母は天涯孤独で、父の家は結婚を反対した。父は三男だが、上の二人は戦死してしまい、跡継ぎだったからな。けれど、父も譲らなかった。結局男を産む、という条件の元、結婚を許されたのだ」
けれど、それは叶わなかった。
葵さんのお母さんは、産むのがやっとの身体だったのだ。
「母は父に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだろう。精神を患い、療養もかねてこの地に来た」
跡継ぎの件に関しては、泰三さんの妹さんが、婿を取った形で収まったという。
「――母は、ずっと嘆いていた。男を産めなかったこと。そしてずっと私に言っていたのだ。私が、男だったら良かったのに、と」
だから武術を習い、男のように振る舞ってきた。今の口調は、その名残りらしい。
「けれど母が亡くなり、父は私に、生きたいように生きろ、と言ってくれた。でも私は、どうしたらいいのか、今もわからないままだ」
髪を伸ばし、着物を身につけ、振る舞いを覚えることは簡単だった。
でも、自分の気持ちがわからない。
「ただ、一つだけわかるのは――父を助けたい。それだけだ」
葵さんの言葉に、あたしはいつのまにか、泣いていた。気がつくと、涙が頬を伝っていたのだ。
「あ……ごめんなさい」
泣きたいのは、きっと葵さんのはずだ。なのにあたしは、泣いていた。止められなかった。
「……おまえは、優しいな」
葵さんがそっと、あたしの頭を、自分の肩に寄せる。
いいにおいがした。
とてもとても、懐かしい香り、だった。
葵さんの部屋に来るのは、初めてだった。
置いてあるのは、必要最低限のものだけだ。机と鏡、それから、箪笥が一つ。
「……すまない」
彼女の声は、低かった。手が離れて、申し訳なさそうに頭を下げる。
「え、なんで、ですか?」
むしろ謝るのは、あたしのほうだった。偶然とはいえ、立ち聞きしてしまったのだ。
「妙な話を聞かせてしまった。気にするだろうと思って、な」
「確かに気になりましたけど。でも、謝ってもらうことじゃないっていうか……」
それはまた、別の話のような気がする。
「ただちょっと、驚きました」
蓮君から聞いていたとはいえ、それは確かだ。人から聞くのと実際に目の前で起こるのとでは、やっぱり感じ方がちがう。
葵さんは息をついて、背を向ける。ちょうど鏡に、彼女の姿が映る形となった。
「……自分が、男だったら、と思う時がある」
「え……?」
「男に生まれていたら、何も考える必要がなかったのではないか、と」
「……どういう意味、ですか?」
「……少し、話を聞いてもらってもいいか?」
ふと目に入ったのは、今日買ったばかりの、百貨店の袋。たぶん、あたしが葵さんにと選んだ、ワンピースだ。
まだ開けられた様子がない。それがなんとなく、気にかかった。
「……あたしで、よければ」
彼女のとなりに、あたしは立った。すると葵さんはふり返って、こっちを見る。
少し淋しそうに笑って、腰をおろした。
葵さんのご両親は、恋愛結婚だったという。良家としては珍しいことで、泰三さんが一目惚れをし、葵さんのお母さんに結婚を申し込んだらしい。
「母は天涯孤独で、父の家は結婚を反対した。父は三男だが、上の二人は戦死してしまい、跡継ぎだったからな。けれど、父も譲らなかった。結局男を産む、という条件の元、結婚を許されたのだ」
けれど、それは叶わなかった。
葵さんのお母さんは、産むのがやっとの身体だったのだ。
「母は父に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだろう。精神を患い、療養もかねてこの地に来た」
跡継ぎの件に関しては、泰三さんの妹さんが、婿を取った形で収まったという。
「――母は、ずっと嘆いていた。男を産めなかったこと。そしてずっと私に言っていたのだ。私が、男だったら良かったのに、と」
だから武術を習い、男のように振る舞ってきた。今の口調は、その名残りらしい。
「けれど母が亡くなり、父は私に、生きたいように生きろ、と言ってくれた。でも私は、どうしたらいいのか、今もわからないままだ」
髪を伸ばし、着物を身につけ、振る舞いを覚えることは簡単だった。
でも、自分の気持ちがわからない。
「ただ、一つだけわかるのは――父を助けたい。それだけだ」
葵さんの言葉に、あたしはいつのまにか、泣いていた。気がつくと、涙が頬を伝っていたのだ。
「あ……ごめんなさい」
泣きたいのは、きっと葵さんのはずだ。なのにあたしは、泣いていた。止められなかった。
「……おまえは、優しいな」
葵さんがそっと、あたしの頭を、自分の肩に寄せる。
いいにおいがした。
とてもとても、懐かしい香り、だった。
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