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日向さん
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どれくらい、そうしてたんだろう。
気がつくと、うとうとしてきた。
病室でぼんやり、ぼんやりしていたら、視界もぼんやりしてきたのだ。
「――…ん」
目をこする。それでも睡魔には勝てそうになくて、あたしはすわったまま、目を閉じた。
――夢をみていた。
すぐに夢だと、わかることだった。子どものころ、住んでいた部屋だったからだ。
今のマンションに住む前、あたしと父は別の場所にいた。小さなアパートだ。なぜ引っ越すことになったのかはわからなかったけど、今思えば、母が亡くなったからだ。
父は、たぶん泣かなかったんだと思う。というよりも、泣いている姿を見たことがない。優しくて、情にもろいところがあるけど、涙はたぶん、なかった。
部屋の片隅に、父がいた。みえたのは、背中だけだ。
……震えていた。
泣いているだろうか。
確かめることは、できない。
それでもあたしは、手をのばそうとした。その時だ。
「――きみは、だれなの?」
一気に現実に引きもどされる。
日向さんだった。ちょうど病室に入ってきたところのようだ。扉を閉められて、なんとなく、あたしは予感する。
昨夜から、日向さんと話すことはほとんどなかった。目が合うと、何か言いたげだったけど、この状態だ。そしてこんなふうに二人きりになる機会もない。
そう、これが初めてだった。
すると日向さんは、ゆっくり、あたしと向き合う。そしてつぶやくように尋ねてきた。
「葵さんには、友人だって聞いてる。ずいぶん信頼されているようだけど、まだ、会ったばかりなんだって? そしてこの間、きみと弟さんは、僕を見て、問いかけてきたよね?」
知り合いの人と間違えた、と言っていたけど、と、日向さんは付け加える。向けられたのは、疑いの眼差しだった。
「……きみたちの、きみの目的は、何?」
まっすぐ、目を見ることができなかった。今度は蓮君もいない。だれにも助けてもらえない。
でも、こうも思う。
そもそも、助けてもらう必要があるんだろうか。
あたしは、何も悪いことはしていない。そしてこの先も、する気はない。だとしたらそれを、素直に伝えればいいだけなんじゃないか。
あたしはゆっくり、顔をあげた。
ちょうどよかったのかもしれない。ちゃんと確かめておきたかったからだ。
「……日向さん、あなたは葵さんを、どう思ってるですか?」
まっすぐ、彼を見た。見据えた、と言ったほうがいいかもしれない。
「質問しているのは、僕のほうなんだけどな」
日向さんは苦笑する。あたしもつられて、小さく笑った。あたしたちの呼吸と、泰三さんの呼吸音。この部屋に静かになじんでいた。
「わかっています。だからこれは、質問の答えでもあります」
日向さんが、隣に来た。
背中は見えない。
ここにいるのは、あたしの父じゃない。父だけど、ちがうのだ。
「あたしはあなたや葵さん、それから泰三さんが何を考え、何を選択していくのか、それが知りたいだけなんです」
「――なぜ?」
「それは……言えません。ただ、葵さんに幸せになってほしい。例え、どんな理由があったとしても」
そしてそれは、父に対しても同じだった。
「じゃあ今度は、僕の気持ちを話そうか」
日向さんは、静かに言った。少し、震えているようにも見える。
あの時見た、背中のようだった。
日向さんが出て行ってから少し経つと、今度は葵さんと、それから蓮君が来た。二人で中に入ってくると、一度泰三さんの顔をのぞきこむ。
「父は意識が戻れば、ひとまず大丈夫だそうだ。後は私が見ているから、穂乃香、蓮と一緒に少し休むといい」
言われて、あたしたちは病室から出される。
「こっちに、仮眠室があるらしいですよ」
来たばかりなのに、蓮君は詳しく、案内してくれようとする。でもあたしは、眠いわけじゃなかった。
「……蓮君、少しだけ、散歩しない?」
「外、ですか?」
「ちょっと外の空気吸いたくて。病院の周りだったら、いいでしょう」
もし何かあったとしても、すぐに駆けつけることができる。すると蓮君は小さく頷いた。
「いいですよ。つきあいます」
あたしたちは、外に出た。
気がつくと、うとうとしてきた。
病室でぼんやり、ぼんやりしていたら、視界もぼんやりしてきたのだ。
「――…ん」
目をこする。それでも睡魔には勝てそうになくて、あたしはすわったまま、目を閉じた。
――夢をみていた。
すぐに夢だと、わかることだった。子どものころ、住んでいた部屋だったからだ。
今のマンションに住む前、あたしと父は別の場所にいた。小さなアパートだ。なぜ引っ越すことになったのかはわからなかったけど、今思えば、母が亡くなったからだ。
父は、たぶん泣かなかったんだと思う。というよりも、泣いている姿を見たことがない。優しくて、情にもろいところがあるけど、涙はたぶん、なかった。
部屋の片隅に、父がいた。みえたのは、背中だけだ。
……震えていた。
泣いているだろうか。
確かめることは、できない。
それでもあたしは、手をのばそうとした。その時だ。
「――きみは、だれなの?」
一気に現実に引きもどされる。
日向さんだった。ちょうど病室に入ってきたところのようだ。扉を閉められて、なんとなく、あたしは予感する。
昨夜から、日向さんと話すことはほとんどなかった。目が合うと、何か言いたげだったけど、この状態だ。そしてこんなふうに二人きりになる機会もない。
そう、これが初めてだった。
すると日向さんは、ゆっくり、あたしと向き合う。そしてつぶやくように尋ねてきた。
「葵さんには、友人だって聞いてる。ずいぶん信頼されているようだけど、まだ、会ったばかりなんだって? そしてこの間、きみと弟さんは、僕を見て、問いかけてきたよね?」
知り合いの人と間違えた、と言っていたけど、と、日向さんは付け加える。向けられたのは、疑いの眼差しだった。
「……きみたちの、きみの目的は、何?」
まっすぐ、目を見ることができなかった。今度は蓮君もいない。だれにも助けてもらえない。
でも、こうも思う。
そもそも、助けてもらう必要があるんだろうか。
あたしは、何も悪いことはしていない。そしてこの先も、する気はない。だとしたらそれを、素直に伝えればいいだけなんじゃないか。
あたしはゆっくり、顔をあげた。
ちょうどよかったのかもしれない。ちゃんと確かめておきたかったからだ。
「……日向さん、あなたは葵さんを、どう思ってるですか?」
まっすぐ、彼を見た。見据えた、と言ったほうがいいかもしれない。
「質問しているのは、僕のほうなんだけどな」
日向さんは苦笑する。あたしもつられて、小さく笑った。あたしたちの呼吸と、泰三さんの呼吸音。この部屋に静かになじんでいた。
「わかっています。だからこれは、質問の答えでもあります」
日向さんが、隣に来た。
背中は見えない。
ここにいるのは、あたしの父じゃない。父だけど、ちがうのだ。
「あたしはあなたや葵さん、それから泰三さんが何を考え、何を選択していくのか、それが知りたいだけなんです」
「――なぜ?」
「それは……言えません。ただ、葵さんに幸せになってほしい。例え、どんな理由があったとしても」
そしてそれは、父に対しても同じだった。
「じゃあ今度は、僕の気持ちを話そうか」
日向さんは、静かに言った。少し、震えているようにも見える。
あの時見た、背中のようだった。
日向さんが出て行ってから少し経つと、今度は葵さんと、それから蓮君が来た。二人で中に入ってくると、一度泰三さんの顔をのぞきこむ。
「父は意識が戻れば、ひとまず大丈夫だそうだ。後は私が見ているから、穂乃香、蓮と一緒に少し休むといい」
言われて、あたしたちは病室から出される。
「こっちに、仮眠室があるらしいですよ」
来たばかりなのに、蓮君は詳しく、案内してくれようとする。でもあたしは、眠いわけじゃなかった。
「……蓮君、少しだけ、散歩しない?」
「外、ですか?」
「ちょっと外の空気吸いたくて。病院の周りだったら、いいでしょう」
もし何かあったとしても、すぐに駆けつけることができる。すると蓮君は小さく頷いた。
「いいですよ。つきあいます」
あたしたちは、外に出た。
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