19 / 27
話し合い
しおりを挟む
うまく説明できたかどうか、わからない。
ただ葵さんは、静かに、黙って聞いてくれていた。
話し終えると、沈黙が続く。お茶はすっかり冷めていたけど、あたしは思わずそれを飲んだ。
「――つまり、こういうこと、か? 寛さんを含むおまえたち3人が、私と日向さんをけしかけようとしている、と」
「まあ……」
間違ってはいない。そして、日向さんはそのことを知らない。それはしっかりと伝えた。
「しかも、私と日向さんがその……お互いに慕ってる。だから、寛さんはけじめをつけてほしいということで、明後日約束を取り付けた、と」
「……はい」
なんだか、とても悪いことをしてしまったような気持ちになる。あたしは身体を固くした。
葵さんは腕を組み、息をついた。
「――おまえの言うとおり、確かに私は……日向さんを慕っているんだと思う。彼の気持ちはわからないが、な」
ほんのり、頬が赤くなったような気がした。
なんか、可愛い。そんなふうに思ってしまう。
「仮にもし、彼が同じように私を慕ってくれていたとしても、私は彼とどうこうなる気はない」
伊集院さんが言っていたとおりだ。
「生きていく、というのは、気持ちだけでは動けない。気持ちだけでは、どうにもならない」
葵さんは、背を向ける。凛としているはずなのに、少し淋しそうに見えるのは、なぜだろう。
「けれど……」
ゆっくりと、ふり返った。
「寛さんとおまえたちの気持ちは、汲もうと思う。明後日は、予定通り行くことにするよ」
葵さんは静かに口にする。
とても、落ちついていた。
自分の気持ちに自信があるのだろう。本当の気持ちと、役割としての自分。どちらも動くことはない、乱されることはないと、わかっているのだ。
「……じゃあ、せめて、これを着ていってください」
あたしはやや迷って、ワンピースを手にする。
「葵さんが本当に揺るがないのであれば、どんな格好をしていても変わらないでしょう?」
試すような口振りで、ワンピースを差し出す。彼女にとてもよく似合う色。きれいな色だ。
「これ、を……?」
葵さんは受け取り、ワンピースを凝視する。さっきとはまるで違う、別人のようなまなざしだった。
「一度きりなのであれば、本当に着たいものを着て、出かけたっていいと思います」
あの時、この服を見たとき、本当はわかっていた。彼女がこれを、気に入っていたこと。そしてそれは、彼女に似合うものであること。
「ね、葵さん」
あたしは鏡の前で、ワンピースをあてがう。葵さんの瞳が、わずかに揺れた。
本当に、彼女の心が動くことはないだろうか。
頭で考えていることと、感じることは違う。実際に行動を起こしてみると、それがわかるような気がするからだ。
葵さんの瞳は、まだ揺れている。潤んでいるようにも見える。彼女はやや伏し目がちになり、俯いて、首をふった。
「……これを着て、彼とともに出かける。それはとても、しあわせなことだろう。想像しただけで、あたたかな気持ちに包まれる」
けれど、と、葵さんは付け加える。
「やはり、それはできない」
「……なぜ?」
あたしは、静かに訊いた。
なんとなく、わかっていた。
葵さんが何を考えて、そう口にしたのか。そしてなんとなく、わかっていた。彼女があたしに、何を告白するのか。
「……私には、その資格がない」
葵さんは、自分の帯に手をかけた。
するすると、外されていく。葵さんの着ているものが、一枚ずつ。そっと、音もなく。
あたしは身じろぎすることもなく、軽く手を握ったまま、胸のあたりに置いていた。
「……母の、話はしたな」
葵さんは脱ぎながら、言葉を挟んでいく。彼女の声はまるで鈴のようだった。切なく、淋しげで、耳に残る。そっと、そっと。
もう、聞くことができない声かもしれない。そう思うと、胸のあたりに、こみあげてくるものがあった。
「母は精神を患い、今の家に来た。そして、そのまま亡くなった」
葵さんから、直接聞いている。でも蓮君からも聞いていることがあった。
そう、亡くなり方だ。
「……表向きは焼死、ということになっているが、実はそうではない。母は……私のせいで死んだのだ」
火事で、亡くなった。
でも実際には違う。
火をつけたのは、葵さんのお母さんだった。
「母はあの家に来ても、一向に良くならなかった。それどころか、追いつめられていた。いや、追いつめたのは私だ。母は徐々に、私の顔を見ることもできなくなっていった」
衣擦れの音が、ゆっくりになっていく。あたしは目を逸らさずに、じっと、その様子を見ていた。
「私は、それでも諦めなかった。諦めることができなかった。母の傍にいること。母に、声をかけること」
葵さんが背を向ける。背中が、あらわになった。
見えたのは、傷だ。跡、といったほうがいいかもしれない。
「あの日も、同じだった。私は夜、母に声をかけに行った。するとその日に限って、母は私に頼みごとをした」
蝋燭の灯りがほしい、と。
ゆらめく灯りが見たい、と。
「……あまりいい予感は、しなかった。けれど母が私に頼みごとをしてくれたのがうれしくて、私はつい、それを部屋に持っていったのだ」
いざとなれば自分が消せばいい。そんなふうに思って。
「母はぼんやり、灯りを見ていた。どれくらいそうしていたのか、わからない。そして私を見て、にっこりと微笑んだのだ」
そして、言った。
さよなら、と。
「母は火を、自分の身体に落とした。火は、一気に燃え上がり、母の身体を包んだ。私は、動くことができなかった。気がついたら周りは火の海となっていた。私は母に手をのばした。それこそ、必死で。けれど、手はとどかなかった。そして残ったのが、これだ」
それは葵さんの肩から腰にかけて、広がるように伸びていた。ぼこぼこと皮膚がまだらになっていて、痛々しい。
目を、逸らしたくなった。
でも、したくなかった。
あたしな呼吸を調えると、葵さんの背中にそっと、手をのばす。
「葵さんは、これがあるから、この傷があるから、自分は、幸せになっちゃいけない。幸せになる資格がないと言いたいんですね」
傷が指先に触れても、葵さんは何の反応もない。揺るぎなく、そこに立っている。
「……そうだ。罪人である私がなぜ、幸せになれるだろう。いや、なってはいけない。私のような人間は、望んではいけないのだ」
「……だったら、あたしもそうです」
あたしは、そっとつぶやいた。
「え?」
葵さんの背中が、わずかに動く。
「……葵さん、葵さんはあたしも、幸せになる資格がないと思いますか?」
触れる面積を、そっとそっと広げていく。
「ーーどういう意味、だ?」
「そのままの意味です」
葵さんがゆっくり、ふり返った。そして、あたしを見る。
「……あたしの母は、あたしのせいで亡くなりました。あたしはずっと、そのことを気にして生きてきました」
ちゃんと口に出すのは、初めてのことかもしれない。今までずっと、考えているだけ、感じているだけだった。
「あなたがもし、自分に幸せになる資格がないというなら、あたしにもありません。ここにいる価値もないです」
「――何を、言っている」
葵さんの声が、かすれる。少し混乱しているようだった。
「だって、そうじゃないですか。葵さんもあたしも、自分のせいで母親が死んだ。その事実に変わりはないです」
ふしぎと、声は落ちついていた。
「――もう一度聞きます、葵さん。あなたは私も、幸せになる資格はないと思いますか?」
彼女が身体を引き、怯んでいるのがわかる。あたしは一歩、前に出た。
今度はあたしが、追いつめているんだろうか、と思う。
本来ならありえないはずの光景に、ほんの少し、笑みがこぼれる。
「――私、は……」
あたしはもう一度、ワンピースを差し出す。
葵さんの瞳が、潤んでいる。あたしはさらに、一歩前に出て、ワンピースをその手に引っかけた。ほとんど、無理矢理だった。
葵さんは、ワンピースに顔をうずめる。
「――私、は……」
顔をあげて、あたしを見る。
「おまえには、笑顔でいてほしい」
あたしは、笑った。そして一言、口にする。
「……あたしも、同じです」
瞳にはわずかに、涙がにじんでいた。
部屋に戻ると、真っ暗だった。
ぼんやり見えるのは、蓮君だ。窓のそばで、頬杖をついていた。
「……あ」
気がついたのか、こっちを見た。
今さらだけど、やっぱり似てると思う。クラスメイトの鶴田に。
「すみません、電気」
「あ、いいよ、そのままで」
あたしは、ベッドに腰かける。蓮君は再び、窓の外を見た。
「……その様子だと、うまくいったんですね」
蓮君は外、というよりも、空をながめてる。
「……うまくいった、っていうか……」
ほとんど無理矢理、だったような気がする。
「でもまあ……明後日はちゃんと行ってくれるって」
「日向さんと、時間を過ごしてくれるってことですか?」
「……たぶん」
「たぶん?」
蓮君がようやく、こっちを見る。
「日向さんがいいって言ってくれるかどうか、自信はないって……」
「それならきっと、心配ないですよ」
蓮君のまなざしは、優しかった。まるで、月明かりのようだ。
「どうして?」
明かりに問いかけるかのように、あたしは訊いた。
「……なんとなく、です」
蓮君の身体が揺れると、ポケットから何か落ちた。テレホンカードだ。その他にも、何か、ゲーム機のようなもの。前にあたしの携帯と一緒にあったものだ。
蓮君はあわててそれを拾う。
「ねえねえ、それって何のゲーム?」
あたしはふと、尋ねる。気になってはいたのだ。ただ訊く機会がなかった。
「……ゲーム……」
「違うの? すごく薄いし、あんまり見かけないなあって」
そもそもゲームにそんなに詳しいわけじゃないけど。
「これは……ええっと……」
ちょっと困ったような顔をする。テレホンカードよりも、少し大きめのそれは、明かりがもれていて、ずいぶん精巧な造りのような気がした。
「あの……まあ、そうですね」
めずらしく、歯切れが悪い。もしかしたら、訊かれたくないことなのかな。そんなふうに思って、あたしは首を傾げる。
「それよりも明後日、晴れるといいですね」
蓮君が急に、目を逸らす。やっぱり、見られたくないものなんだろう。察したあたしは、つきあうように、うん、と小さく頷いた。
空を見ると、星が輝いていた。
晴れるといい。
確かに、その通りだった。
ただ葵さんは、静かに、黙って聞いてくれていた。
話し終えると、沈黙が続く。お茶はすっかり冷めていたけど、あたしは思わずそれを飲んだ。
「――つまり、こういうこと、か? 寛さんを含むおまえたち3人が、私と日向さんをけしかけようとしている、と」
「まあ……」
間違ってはいない。そして、日向さんはそのことを知らない。それはしっかりと伝えた。
「しかも、私と日向さんがその……お互いに慕ってる。だから、寛さんはけじめをつけてほしいということで、明後日約束を取り付けた、と」
「……はい」
なんだか、とても悪いことをしてしまったような気持ちになる。あたしは身体を固くした。
葵さんは腕を組み、息をついた。
「――おまえの言うとおり、確かに私は……日向さんを慕っているんだと思う。彼の気持ちはわからないが、な」
ほんのり、頬が赤くなったような気がした。
なんか、可愛い。そんなふうに思ってしまう。
「仮にもし、彼が同じように私を慕ってくれていたとしても、私は彼とどうこうなる気はない」
伊集院さんが言っていたとおりだ。
「生きていく、というのは、気持ちだけでは動けない。気持ちだけでは、どうにもならない」
葵さんは、背を向ける。凛としているはずなのに、少し淋しそうに見えるのは、なぜだろう。
「けれど……」
ゆっくりと、ふり返った。
「寛さんとおまえたちの気持ちは、汲もうと思う。明後日は、予定通り行くことにするよ」
葵さんは静かに口にする。
とても、落ちついていた。
自分の気持ちに自信があるのだろう。本当の気持ちと、役割としての自分。どちらも動くことはない、乱されることはないと、わかっているのだ。
「……じゃあ、せめて、これを着ていってください」
あたしはやや迷って、ワンピースを手にする。
「葵さんが本当に揺るがないのであれば、どんな格好をしていても変わらないでしょう?」
試すような口振りで、ワンピースを差し出す。彼女にとてもよく似合う色。きれいな色だ。
「これ、を……?」
葵さんは受け取り、ワンピースを凝視する。さっきとはまるで違う、別人のようなまなざしだった。
「一度きりなのであれば、本当に着たいものを着て、出かけたっていいと思います」
あの時、この服を見たとき、本当はわかっていた。彼女がこれを、気に入っていたこと。そしてそれは、彼女に似合うものであること。
「ね、葵さん」
あたしは鏡の前で、ワンピースをあてがう。葵さんの瞳が、わずかに揺れた。
本当に、彼女の心が動くことはないだろうか。
頭で考えていることと、感じることは違う。実際に行動を起こしてみると、それがわかるような気がするからだ。
葵さんの瞳は、まだ揺れている。潤んでいるようにも見える。彼女はやや伏し目がちになり、俯いて、首をふった。
「……これを着て、彼とともに出かける。それはとても、しあわせなことだろう。想像しただけで、あたたかな気持ちに包まれる」
けれど、と、葵さんは付け加える。
「やはり、それはできない」
「……なぜ?」
あたしは、静かに訊いた。
なんとなく、わかっていた。
葵さんが何を考えて、そう口にしたのか。そしてなんとなく、わかっていた。彼女があたしに、何を告白するのか。
「……私には、その資格がない」
葵さんは、自分の帯に手をかけた。
するすると、外されていく。葵さんの着ているものが、一枚ずつ。そっと、音もなく。
あたしは身じろぎすることもなく、軽く手を握ったまま、胸のあたりに置いていた。
「……母の、話はしたな」
葵さんは脱ぎながら、言葉を挟んでいく。彼女の声はまるで鈴のようだった。切なく、淋しげで、耳に残る。そっと、そっと。
もう、聞くことができない声かもしれない。そう思うと、胸のあたりに、こみあげてくるものがあった。
「母は精神を患い、今の家に来た。そして、そのまま亡くなった」
葵さんから、直接聞いている。でも蓮君からも聞いていることがあった。
そう、亡くなり方だ。
「……表向きは焼死、ということになっているが、実はそうではない。母は……私のせいで死んだのだ」
火事で、亡くなった。
でも実際には違う。
火をつけたのは、葵さんのお母さんだった。
「母はあの家に来ても、一向に良くならなかった。それどころか、追いつめられていた。いや、追いつめたのは私だ。母は徐々に、私の顔を見ることもできなくなっていった」
衣擦れの音が、ゆっくりになっていく。あたしは目を逸らさずに、じっと、その様子を見ていた。
「私は、それでも諦めなかった。諦めることができなかった。母の傍にいること。母に、声をかけること」
葵さんが背を向ける。背中が、あらわになった。
見えたのは、傷だ。跡、といったほうがいいかもしれない。
「あの日も、同じだった。私は夜、母に声をかけに行った。するとその日に限って、母は私に頼みごとをした」
蝋燭の灯りがほしい、と。
ゆらめく灯りが見たい、と。
「……あまりいい予感は、しなかった。けれど母が私に頼みごとをしてくれたのがうれしくて、私はつい、それを部屋に持っていったのだ」
いざとなれば自分が消せばいい。そんなふうに思って。
「母はぼんやり、灯りを見ていた。どれくらいそうしていたのか、わからない。そして私を見て、にっこりと微笑んだのだ」
そして、言った。
さよなら、と。
「母は火を、自分の身体に落とした。火は、一気に燃え上がり、母の身体を包んだ。私は、動くことができなかった。気がついたら周りは火の海となっていた。私は母に手をのばした。それこそ、必死で。けれど、手はとどかなかった。そして残ったのが、これだ」
それは葵さんの肩から腰にかけて、広がるように伸びていた。ぼこぼこと皮膚がまだらになっていて、痛々しい。
目を、逸らしたくなった。
でも、したくなかった。
あたしな呼吸を調えると、葵さんの背中にそっと、手をのばす。
「葵さんは、これがあるから、この傷があるから、自分は、幸せになっちゃいけない。幸せになる資格がないと言いたいんですね」
傷が指先に触れても、葵さんは何の反応もない。揺るぎなく、そこに立っている。
「……そうだ。罪人である私がなぜ、幸せになれるだろう。いや、なってはいけない。私のような人間は、望んではいけないのだ」
「……だったら、あたしもそうです」
あたしは、そっとつぶやいた。
「え?」
葵さんの背中が、わずかに動く。
「……葵さん、葵さんはあたしも、幸せになる資格がないと思いますか?」
触れる面積を、そっとそっと広げていく。
「ーーどういう意味、だ?」
「そのままの意味です」
葵さんがゆっくり、ふり返った。そして、あたしを見る。
「……あたしの母は、あたしのせいで亡くなりました。あたしはずっと、そのことを気にして生きてきました」
ちゃんと口に出すのは、初めてのことかもしれない。今までずっと、考えているだけ、感じているだけだった。
「あなたがもし、自分に幸せになる資格がないというなら、あたしにもありません。ここにいる価値もないです」
「――何を、言っている」
葵さんの声が、かすれる。少し混乱しているようだった。
「だって、そうじゃないですか。葵さんもあたしも、自分のせいで母親が死んだ。その事実に変わりはないです」
ふしぎと、声は落ちついていた。
「――もう一度聞きます、葵さん。あなたは私も、幸せになる資格はないと思いますか?」
彼女が身体を引き、怯んでいるのがわかる。あたしは一歩、前に出た。
今度はあたしが、追いつめているんだろうか、と思う。
本来ならありえないはずの光景に、ほんの少し、笑みがこぼれる。
「――私、は……」
あたしはもう一度、ワンピースを差し出す。
葵さんの瞳が、潤んでいる。あたしはさらに、一歩前に出て、ワンピースをその手に引っかけた。ほとんど、無理矢理だった。
葵さんは、ワンピースに顔をうずめる。
「――私、は……」
顔をあげて、あたしを見る。
「おまえには、笑顔でいてほしい」
あたしは、笑った。そして一言、口にする。
「……あたしも、同じです」
瞳にはわずかに、涙がにじんでいた。
部屋に戻ると、真っ暗だった。
ぼんやり見えるのは、蓮君だ。窓のそばで、頬杖をついていた。
「……あ」
気がついたのか、こっちを見た。
今さらだけど、やっぱり似てると思う。クラスメイトの鶴田に。
「すみません、電気」
「あ、いいよ、そのままで」
あたしは、ベッドに腰かける。蓮君は再び、窓の外を見た。
「……その様子だと、うまくいったんですね」
蓮君は外、というよりも、空をながめてる。
「……うまくいった、っていうか……」
ほとんど無理矢理、だったような気がする。
「でもまあ……明後日はちゃんと行ってくれるって」
「日向さんと、時間を過ごしてくれるってことですか?」
「……たぶん」
「たぶん?」
蓮君がようやく、こっちを見る。
「日向さんがいいって言ってくれるかどうか、自信はないって……」
「それならきっと、心配ないですよ」
蓮君のまなざしは、優しかった。まるで、月明かりのようだ。
「どうして?」
明かりに問いかけるかのように、あたしは訊いた。
「……なんとなく、です」
蓮君の身体が揺れると、ポケットから何か落ちた。テレホンカードだ。その他にも、何か、ゲーム機のようなもの。前にあたしの携帯と一緒にあったものだ。
蓮君はあわててそれを拾う。
「ねえねえ、それって何のゲーム?」
あたしはふと、尋ねる。気になってはいたのだ。ただ訊く機会がなかった。
「……ゲーム……」
「違うの? すごく薄いし、あんまり見かけないなあって」
そもそもゲームにそんなに詳しいわけじゃないけど。
「これは……ええっと……」
ちょっと困ったような顔をする。テレホンカードよりも、少し大きめのそれは、明かりがもれていて、ずいぶん精巧な造りのような気がした。
「あの……まあ、そうですね」
めずらしく、歯切れが悪い。もしかしたら、訊かれたくないことなのかな。そんなふうに思って、あたしは首を傾げる。
「それよりも明後日、晴れるといいですね」
蓮君が急に、目を逸らす。やっぱり、見られたくないものなんだろう。察したあたしは、つきあうように、うん、と小さく頷いた。
空を見ると、星が輝いていた。
晴れるといい。
確かに、その通りだった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
あやかし帝都の婚姻譚 〜浄癒の花嫁が祓魔の軍人に溺愛されるまで〜
鳴猫ツミキ
キャラ文芸
【完結】【第一章までで一区切り】時は大正。天羽家に生まれた桜子は、特異な体質から、家族に虐げられた生活を送っていた。すると女学院から帰ったある日、見合いをするよう命じられる。相手は冷酷だと評判の帝国陸軍あやかし対策部隊の四峰礼人だった。※和風シンデレラ風のお話です。恋愛要素が多いですが、あやかし要素が主体です。第9回キャラ文芸大賞に応募しているので、応援して頂けましたら嬉しいです。【第一章で一区切りで単体で読めますので、そこまででもご覧頂けると嬉しいです】。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる