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◆付き合ってない
色んな世界
しおりを挟むやあ、僕はスラッジ。君たちが呼ぶところで言う、神さまだ。数千年間人間たちの文明の発展を手助けしてあげていたけれど、それも一段落したから今は雲の上にある邸宅でのんびりとした隠居生活を送っている。
そんな僕は今、色とりどりの花が咲き乱れる中庭にいる。庭の中央に置いた白いテーブルでとある手紙を書いてる真っ最中だ。
雲の上にあるこの邸宅はいつも晴れ。空は僕の髪色のように澄み渡る青色で、太陽は僕の瞳のように何よりも明るく黄金色に輝いている。パラスは僕のことを「空をそのまま人の形に固めたみたい」なんて言う。とてもロマンチックな褒め言葉だ。髪色と瞳の色だけじゃなく、僕の端正で愛らしい顔立ちも褒めてくれれば良いのに。
ああ、パラスというのは僕の大親友のことだよ。本名はパラスーアサイド。生命が誕生する前からこの星に存在していたれっきとした神さまだ。彼とはこの邸宅で一緒に住んでいる。僕は彼のことが大好きだ。友愛ではなく、恋慕として。
彼はオレンジ色の髪を顎元ぐらいまで伸ばしている。さらさらとしたその髪が風に揺られるたびに僕の心は惹きつけられるんだ。彼の洗練された美しい緑色の瞳と視線を交わすたびに僕の胸は高鳴る。男性と女性、両方の美しさを集めたような顔立ちは僕の心を掴んで離さない。何にも興味がないような表情をしていることもあるのに、時折僕の言葉を楽しんで端麗な顔立ちに相応しい均整の取れた素敵な笑みを見せて僕を夢中にさせる。
何が言いたいかというと、パラスは美人だしかわいい。そして僕はパラスが好き。それだけのことだ。
僕がさっきから書いているのはパラスへ宛てた愛の手紙。彼への求愛は僕のライフワークだ。この手紙には僕の愛と恋心と情熱がふんだんに詰まってる。世の中のものを『好き』と『嫌い』の二つに分けたなら、パラスは間違いなく僕を『好き』に分類するはずなのに、なかなか恋人にはなってくれない。とても残念なことに僕と彼の関係は親友止まりだ。
まあ、きっといつかは僕の気持ちを受け入れて恋人になってくれる。その日まで僕は彼に愛を伝え続けよう。
夜になり、空はすっかり暗くなった。手紙を書き終えた僕は手紙を封筒に入れ、パラスを探すことにした。柔らかに光を放つ照明で照らされているテラスに彼はいた。
「パラス、君への手紙を書いたよ。読んでくれると嬉しいな」
封筒を両手で差し出すと、彼は緑色の眼をじとっと細めながらも受け取ってくれた。
「君も暇だね。もっと別のことに時間を使えば良いのに」
「愛する君のことを想いながらペンを走らせるなんて、最上級の時間の使い方だよ。至福のひとときだ。手紙、読んでくれるよね?」
「流し読みで良いなら今から読む」
「充分だよ。一行でも一文字でも、少し読んでくれるだけで僕は嬉しい。紅茶を淹れてあげるね」
僕はテーブルの上に右手をかざした。頭の中で形を思い浮かべれば、テーブルの上に音もなくティーカップとティーポットが現れる。神としての力は絶好調だ。流石は有能で優秀な僕。
「砂糖もちょうだい」
「今日は甘いものが飲みたい気分?」
彼は短く「ん」とだけ返事をした。彼だって砂糖ぐらい簡単に無から生成できる。僕にお願いするのは甘えてくれているからだ。なんてかわいいんだろう。存分に甘やかしたくなってしまう。
純白の砂糖をたっぷり用意してから、僕はふと地上世界に目を向けた。すると、夜空にきらきらと何かが輝いているのが見えた。
「見てくれ。今日は人間が大きな花火を打ち上げているみたいだよ。綺麗だね。ああ、でも、もちろん僕と君の方が綺麗だよ」
「君って予想通りのことしか言わないね」
「嬉しいくせに。そして花火より僕の方が綺麗だと思ってるくせに」
「鬱陶しい」
「思ってないとは言わないんだね」
「思ってるからね」
「えっ」
パラスは淡々としている。冗談なんて言っている様子じゃない。つまり、彼にとっては僕が魅力的で美しくて、ついでにかわいくて格好良いのは当然のことなんだろう。僕は両頬に手をあてた。
「照れちゃう♡」
「言い方が気持ち悪い」
「酷い」
今日も今日とて、彼と僕の世界は穏やかで、幸せだ。
◇◇◇
地上世界の運営が安定したと思われてから百年が経過した頃。
「おかしい。戦争も災害もないのに人間の数がどんどん減っていってる」
「種族としての寿命を迎えてるんじゃないの?」
「そんな。せっかく肩入れして生物の頂点に立たせてあげたのに。滅びるなんてもったいないよ。全滅する前に急いで人口を回復させないと」
「どうやって? 策でもあんの?」
「それは……」
思わず言葉を詰まらせてしまった。これまでは災害や病気から守って個体数が減らないようにしてあげていた。でも今回は違う。減らさない方法じゃなくて、増やす方法を考えないと。
良い方法、何かあるだろうか。僕はこのところパラスへ愛を伝えるためにしか使っていなかった頭をフル回転させた。そして悩み過ぎて頭痛を感じ始めた頃に、僕はぴんっと閃いた。
「人口が減って食べ物を沢山作る必要がなくなったから空いてる畑が沢山ある。その畑で人間を栽培しよう」
「人間がどんな生態なのかちゃんと理解してる?」
「ついでに鉱山でも採れるようにしよう」
「無視すんな」
「後は工場でも製造できるようになったら完璧かな。人口はみるみる増えるはずだよ」
非の打ち所がない最高の案だ。と僕は思っているのだけれど、パラスは何故か眉間に皺を寄せていた。
「生殖行為をして繁殖する生物がそんなとち狂った世界を受け入れる訳ないだろ」
「脳に干渉して洗脳するから大丈夫だよ」
「その無駄な能力を使って生殖を促せば?」
「無理矢理そういうことをさせるのは良くないよ。不道徳だ。清い僕にはそんなことできない」
「洗脳自体不道徳だろ」
そんな会話の後、僕の力により人間は畑や鉱山で採れるようになった。人間工場が建設されたお陰で働き口が増えて経済は豊かになり、社会はどんどん良い方向へと向かっている。これで人類の危機は去った。ハッピーエンド、大団円だ。
「どこがだよ」
「ええ?」
パラスは顔をしかめて地上世界を見下ろしている。僕は彼がそんな顔をする心当たりがなく首をかしげてしまった。
「生産される人間が多すぎて、食用として育てたり、選別して不適格とみなした個体を処分したり、人間の道徳観は崩れてきてる。街には野良の人間まで溢れてるだろ」
「これも新しい文化の形だよ」
「絶対に狂ってる」
パラスは深くため息を吐いた。
「しかもなんで新しい人間は二種類しかいないの?」
「人種や性別での差別を極限まで減らすための施策だよ」
「あと、なんで顔が全部俺か君と同じになってるんだよ」
「大好きな君の顔をした人間が増えればハッピーだなと思って。性格も君に寄せてるよ」
「君の顔をした人間がいるのは?」
「大好きな僕の顔をした人間が増えればハッピーハッピーだなと思って。性格も僕に寄せてるよ」
「君が馬鹿だということしか分からない」
パラスはもう一度ため息を吐いた。ため息を吐くと幸せが逃げてしまうじゃないか。まあ、逃げた分の幸せは僕が補充してあげよう。
「せめてどっちかに絞れば良かったのに」
「一つの視点じゃなくて、別の視点からの意見もないと社会は回っていかないからね。これが最小の社会の形だ」
「やってることは馬鹿の極みなんだからもっともらしいこと言わないで」
「それに僕似の人間と君似の人間がいたら、僕らの子供が沢山いるような気にならないかい」
「思考回路が気持ち悪いんだけど」
「あ、子供の話をするよりもプロポーズを先にした方が良かった? 僕と結婚しよう」
「指輪を用意してないなら認めない」
「用意してたら認めてくれたの?」
「そう聞こえなかった?」
パラスがそんなことを言うから、僕は「えっ」と大きな声を上げてしまった。彼のことを好きになって数千年、やっと僕の愛が通じたんだろうか。しかも指輪が欲しいだなんてあまりにもかわいいことを言ってくれている。
「本当だよね?」
「しつこいようなら前言撤回する」
「僕はさっぱりとした性格で有名だよ」
「泥みたいに粘着質なくせに」
「君はその泥のことを好きでいてくれてるんだよね?」
「嫌いではない」
彼ははっきりと言い切る。照れと嬉しさで僕の口角は緩みっぱなしになって元に戻らなくなってしまった。心の中だけではなく、全身が幸せで満たされている気分だ。
「君にふさわしいとびっきり素敵な指輪を準備しておくよ」
によによと笑ってしまう顔をどうにか整え、僕は改めて地上世界へ視線を向けた。
「あっちの世界では僕らが沢山いて、友達だったり恋人だったり、もっとどろどろとした関係だったりしてる。僕たちが神さまじゃなかったらああいう関係性もあり得たのかなと思うと、夢が広がって凄くわくわくするんだ。一緒に見守ろうよ」
「……まあ、良いけど。増えてしまったものは仕方がないし、飽きるまでは見ておく」
「ありがとう」
まずは彼に渡すための指輪を用意しよう。それで神さまとしての僕らは結ばれる。その後は地上の世界にいる僕らの番だ。
「色んな世界で、何回でも幸せになってね」
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