創作BL SS詰め合わせ

とぶまえ

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◆付き合ってない

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「ちょっとトイレ行ってくる」
「いってらっしゃい。猪に襲われないように気をつけてね」
「トイレのこと山だとでも思ってるの?」

 居酒屋の中、友人のパラスは酔いを感じさせないしっかりとした足取りでトイレに向かっていった。僕は彼が酔っ払っている姿を見たことがほとんどない。今日だって長時間飲んでいるのにあの様子だ。彼は本当にお酒に強い。
 だから、お持ち帰りをするためには強硬手段を取らないと。
 彼が離席している今は千載一遇のチャンスだ。僕は事前に用意していた睡眠薬をさっと取り出した。周囲の目が僕に向いていないことを確かめてから、彼の飲みかけのビールの中に入れる。溶けやすいタイプの薬だから、錠剤はあっという間に消えていった。これでよし。後は彼が不用心にお酒を飲むのをゆっくりゆったり待つだけだ。
 順調に進んでいることに気分がよくなって、ふふっと笑ってしまった。ちょうどパラスが戻ってきたので、機嫌のよさをそのままに彼へ話しかける。

「猪はいた?」
「いた。三頭」
「適当に言ってるだろう君」
「君の質問に真摯に答える必要ある?」
「僕はいつも真摯かつ真面目に、そして真剣に君の言葉に向き合っているのに。僕の一方通行な気持ちだったなんて。酷いよ」
「追加で注文したいからそっちのタブレット取って」
「話を聞いて」

 「傷ついたよ」と言いながら注文用のタブレットを渡してあげた。ついでに唇を尖らせてすねた顔をしてみたけれど、パラスはこちらを見てもくれなかったのですぐにやめた。

「何食べるの?」
「いや、飲む」
「……まだビール残ってるよ?」
「もうそれは飽きた」
「飲み切らないのはよくないよ。お酒が飲みたくても飲めなくて手が震える人たちの気持ちを考えて」
「それはただのアル中だろ」
「とにかく、全部飲み切ってから次を頼むべきだよ」
「じゃあ君が飲んで」
「え」

 彼はビールの入ったジョッキを持つと、迷いなく僕の目の前に置いた。うろたえる僕に対して「飲んで」と催促までしてくる。どうしよう。困る。この状況は非常に困る。

「さっきから大して飲んでないし、飲めるだろ」
「たった今から僕は休肝日に突入したんだ」
「休肝日のスタート地点がとち狂ってる」
「まあまあ。とにかく休肝中の僕にこれは飲めないから、飲むのは君に任せるよ」

 ジョッキをパラスの方へ返す。これで安心、かと思ったのに。

「じゃあ店員に下げさせる」
「なんでそこまで飲みたくないんだ」
「なんでそこまで飲ませたがってるんだよ」
「僕はもったいないの精神を大事にしてるんだ」
「浪費家の君が?」
「心を入れ替えたんだよ」

 パラスはじとっとした視線を僕へ向けている。完全に不審がられている。とてもまずい。何とか取り繕わないと。

「……やっぱりお酒下げてもらおっか。無理して飲むことなんてないよ」
「飲めって言ったり飲まなくていいって言ったり、どっちなんだよ」
「大好きな君に嫌な思いなんてしてほしくないんだ」
「そもそも誰が言い出したと思ってんの?」
「僕の知らない人」
「鏡見てきたら?」

 納得していないらしく、パラスはまだ表情を変えない。僕は疑われていることに気づいていないふりをして、にこにこと能天気で人畜無害な笑顔を作った。
 焦ったら駄目だ。睡眠薬はまだある。タイミングを見計らって次のお酒に入れよう。
 待つこと数分、パラスが「トイレ」と言って再び席を立った。このチャンスを逃す手はない。僕はすかさず薬を取り出した。今度こそうまくいくことを期待して、意気揚々とお酒の中へ入れる。溶けていく錠剤を見守りながら小さくガッツポーズをしていると、

「さっきから君、何してんの」
「っ、え……!?」

 パラスだ。

「ねえ」
「も、戻ってくるの早くないかい」
「君が変なことしてるのが見えたから戻ってきた」
「そ……そっか……」
「何してたの」
「……」
「口、何かに縫い付けられてんの?」

 パラスは目を細めて冷たい表情で圧をかけてくる。僕は冷や汗をかきながら縮こまった。君をお持ち帰りしたくて薬を飲ませようとしてました、なんて言えるわけがない。けれど、時間が経つごとに増していく彼からの無言の圧に屈した僕は、あえなく自白した。

「頭沸いてんの君」
「返す言葉もない」
「普通に誘えばいいのに」
「そしたら乗ってくれるの? くれないだろう?」
「乗るよ」
「えっ!?」

 僕は耳を疑った。パラスは「声がでかい」と言って迷惑そうに眉間にしわを寄せ、話を続ける。

「一晩くらい別にいいよ」
「ほ、本当に……?」
「本当」

 淡々とした声色に、平然とした態度。冗談や嘘を言っているわけじゃなさそうだった。
 彼とのセックスのために僕は頑張ってきた。悪いツテを使って薬を入手し、ホテルが近くて都合のいい店を吟味して予約した。下見や脳内シミュレーションを繰り返し、じっくり準備してきたんだ。まさかその過程を全部すっ飛ばしてよかったなんて。こんなにも現実が僕に優しいとは思ってなかった。
 でも。

「僕はレイプがしたいのであって合意セックスをしたいわけではないよ」
「なんなんだよその最低な思考回路」
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