ラスト・チケット

鎌目 秋摩

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金田 千冬

第1話 私の一日目

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金田 千冬かねだ ちふゆ 38歳 女 会社員兼主婦】

――ああ……そうか。
――私は死んでしまったのか。

 私は卵型のソファーに横たわったまま、また目を閉じた。
 しばらくぼんやりしてから、手にしたチケットを掲げてみる。

 〇〇〇〇年 〇月 ×日 二十二時五十五分 ~
 〇〇〇〇年 〇月 □日 二十二時五十五分 迄

「なんてことなの……なんで私が……」

 あのとき……夫の正樹まさきと口論をしながら車で家に向かっていた。
 道の流れが悪くて、前後の車間距離も短かったとは思う。
 信号が変わって車が止まり、険悪な雰囲気のまま二人で押し黙っていた。

 正樹が私の名前を呼んだ瞬間、突然、凄い衝撃を感じた。
 体が跳ねるように揺れて強い痛みを感じ、私は意識が朦朧もうろうとしていた。
 車の外から大声がたくさん聞こえていたけれど、なにを言っているのかまで聞き取れずにいた。
 うっすらと救急車のサイレンが聞こえたところまでは覚えている。
 きっと事故だったんだろうけれど、なにがどうなって、こんなことになったのかまでわからない。

「……この時間に私は死んだっていうことなのよね」

 ふと、正樹はどうなったのか気になった。
 体を起こして周りを見ても、自分以外は誰もいない。

「癪だけと……ここにいないなら生きている、ってことかな」

 正樹が生きていれば、子どもたちのことは大丈夫……なんだろうか?

(でも……)

 あの女がいるなら、子どもたちが大丈夫だとは限らないかもしれない。

「帰らなきゃ……早く家に帰って、今の状況を把握しないと……!」

 ソファーから飛び起きて周囲を見渡すと、ドアに銀色のドアノブがみえた。
 急いで部屋を出る。

「金田さま。お出かけになりますか?」

 ドアを開くと目の前に白髪で真っ白なスーツを着込んだ男性が立っていた。

「……誰?」
「コンシェルジュのと申します」

 ああ、そういえばコンシェルジュが云々って言っていたっけ。

「私、子どもたちが待っているはずなんです。早く家に帰らないといけないんです」

 サキカワさんは小さくうなずくと「では、まずチケットのご利用方法をお伝えいたしましょう」といった。

「でも私、早く帰らなきゃ……」
「チケット利用の制限や注意点がございますので、まずはお聞きいただけますようお願いいたします」

 サキカワさんは出かける際の注意点などを手早く説明してくれた。
 早くはあるけれど、その内容はとてもわかりやすくて頭にしっかり刻まれていく。
 生前憎かった人へ復讐をしたり、悪意を持ってとり憑くなどの行為はしないように、という言葉がやけに胸に沁みた。
 しないように、ということは、逆に考えるとそういったこともできてしまうんだろう。

(復讐……さすがにそれはないだろうけど……)

 ふつふつと、私の胸に怒りが沸いた。
 こんな目にあって、子どもたちを置いて逝かなければいけなくなった、その原因――。
 やるなと言われたことをやってしまうと、大変なことになるというけれど、この状況がすでに『大変なこと』である私からすると、これ以上のなにが大変だというのかさっぱりわからない。

「あとは、都度、不明点など出てくることもあるかと思います。そのような場合には、速やかに降者していただき、わたくし、サキカワの名前をお呼びください。すぐにご対応させていただきます」
「はい」
「白の間へお戻りになられる場合も、同様にわたくしの名前をお呼びください」
「もしも時間になっても戻れなかったときは、どうしたらいいんですか?」
「お時間までにお戻りにならない場合は強制的に戻されます。ですが、その場合には若干のペナルティーが発生する場合もございますので、できる限りお時間までに、わたくしをお呼びください」

 ふうっと息を漏らし、私はうなずいた。
 今はとにかく余計なことは考えず、子どもたちのところへ行こう。
 ガラス細工の呼び鈴を鳴らしたサキカワさんは、私に向かって深く頭をさげる。
 まるで電車が出発する合図のように聞こえた。

「それでは金田さま、いってらっしゃいませ」

 自宅を思い浮かべて現れた者両に乗り、私は白の間を離れた。
 白の間の外は真っ暗で、腕時計をみるとちょうど私が死んだという時間だった。
 自宅に近い公園で者両を降りて玄関を開けようとドアノブに手を伸ばす。そのままスルリと玄関を通り抜けてしまった。

「やだ……こんなふうに通れちゃうんだ……」

 やっぱり私は死んでしまったんだと実感する。
 家の中は静まりかえっていて、誰かがいる様子もない。

「ひょっとすると、病院……? 私……どこの病院にいるのよ? 正樹もそこにいるとしたら、みんな病院にいるのかも……」

 あわてて外に出てみるも、病院がわからないから行きようがない。
 困った私は、さっそくサキカワさんを呼ぶ羽目になった。
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