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島国の戦士
第44話 哀悼 ~麻乃 4~
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泉の森には、遺族のほかに蓮華の八人、軍の上層部や軍部で親しかったもの、女神さまに仕えるとされる巫女たちが集まっている。
泉の前で、一番巫女のシタラが葬送の祈りを始めた。
森じゅうに巫女たちの鳴らす鈴の音と唱和が響き、誰もが亡くなったものたちを思い、祈り続けている。
(俺たちは先にいきますけど、麻乃隊長はあとからゆっくり来てくださいよ)
麻乃は柳堀で言われたことを思い出す。
(ごめんよ、みんなの言葉に甘えて、もう少しこっちで頑張るから。持てる力のすべてをかけて、この国を守り続けるから。だから、あたしが逝くそのときまで、そっちで待っててよね)
吹き抜ける風が麻乃の髪を巻きあげ、頬をかすめていく。泉の水面が陽の光を映して揺らめき、眩しさに目を細めた。
相変わらず痛む腕をそっとなでながら、目を閉じて唱和に耳をかたむける。
やけに鈴の音が耳につき、麻乃は軽い目眩を覚えた。背後から感じる視線は遺族からのものだろうか。
葬儀のあと、麻乃と修治は遺族と少しだけ話しをした。誰も二人を責めたりせず、戦士として選ばれたときからいつかこんな日が来ると思っていた。国を守り、先に逝ってしまったこともつらくはあるが誇りにも思う、と言う。
きっと本当はやり切れない思いを抱えているに違いないのに。気遣ってそう言ってくれる気持ちがありがたかった。
今にも涙があふれそうで、こらえ切れずに下を向いていると、隣にいた修治に手を取られ、まだ人けの多い森をあとにした。
一度、宿舎に戻って着替えを済ませてから、今度は資料を手に訓練所へ出かけた。昨夜、梁瀬が追加でよこした資料を加えると、中央のぶんだけでかなりの数がある。
合同葬儀で蓮華が全員、中央に集まっているせいで、予備隊は各詰所に待機に出ている。
今回は訓練生だけを資料と突き合わせることにした。
本当は手もとの資料だけでさっさと決めてしまって、一日も早く部隊を立て直したい。けれど、ある程度の時間がかかっても妥協せずに自分の部隊に合ったものを選ばなければ、あとあと麻乃と反りが合わなかったり、なにか問題が起きてうまく機能しなかったりと困ることになる。
残った隊員たちとの折り合いもあるので、選別には慎重にならざるを得ない。何人か、気になる訓練生と話しをして、辺りが暗くなったのを潮に訓練所を出た。
「なんだかこう、ピンとくる子がいなかったなぁ…」
「訓練生はまだ経験も浅いからな。そのぶん、鍛えがいがあって面白い変化をみせるかもしれないぞ」
「確かに、それはあるけどね」
歩きながら、たった今会ってきたばかりの訓練生の資料をもう一度眺めてみた。
「一席だけ空けておいて、洸でも待ってみたらどうだ? あれは絶対に印を受けるだろうよ」
「ダメダメ。洸は先が楽しみだけど、うちには無理だよ。修治か巧さんのところのほうが合うんじゃない?」
「俺は反りが合わないよ。なんせ鴇汰にそっくりだからな」
「あたしなんか、最初の印象のせいか、反発されてばかりでどうにもならないよ」
本当なら待ってでもほしいタイプの戦士になるのに、どちらも持てあましてしまい、苦笑するしかなかった。
「思ったより早く済んだな。飯でも食いに行くか?」
修治に聞かれて鴇汰との約束を思い出し、腕時計に目をやると、七時を過ぎていた。
「いや。あたし、鴇汰と約束してるんだよね。こんな時間になっちゃったけど、急いで戻ってみるよ」
「なんだ、夕飯もか? あいつもずいぶんと熱心に口説こうとしているみたいだが、おまえ、どうするつもりなんだ?」
前を歩いていた修治が振り返って麻乃の目の前をふさぐように立ち止まった。
首をかしげて考えると、修治の目を見つめた。
「どうもこうも、あれは別にそんな意味じゃないよ。だいいち口説かれたこともないし、好きも嫌いも、そんな話しだってしたこともないもん。単に身近に歳の近い女がいないから、あたしのことを構ってるだけだよ」
「俺にはそうは見えないがな」
「だって……それに……いや、とにかく、なにもないよ。絶対にね」
「なんだよ、やけにキッパリ言い切るじゃないか。なにか根拠でもあるのか?」
「別に……ただなんとなく」
いぶかしげな表情で麻乃を見おろしている修治の視線を避けるように、そっぽを向いて歩き出した。
「なんとなく、か」
修治が大きなため息をついたのを背中で聞きながら、ため息をつきたいのはこっちのほうだ、と麻乃は思っていた。
「じゃあ、俺は梁瀬たちとなにか食いに行ってくるとするか。明日は昼前にこっちをたつから寝坊するなよ。車の準備ができたら、迎えに行く」
「わかった。早く寝るから大丈夫だよ。じゃあ明日ね」
手を軽く振って修治と別れると、足を速めて宿舎に向かった。
泉の前で、一番巫女のシタラが葬送の祈りを始めた。
森じゅうに巫女たちの鳴らす鈴の音と唱和が響き、誰もが亡くなったものたちを思い、祈り続けている。
(俺たちは先にいきますけど、麻乃隊長はあとからゆっくり来てくださいよ)
麻乃は柳堀で言われたことを思い出す。
(ごめんよ、みんなの言葉に甘えて、もう少しこっちで頑張るから。持てる力のすべてをかけて、この国を守り続けるから。だから、あたしが逝くそのときまで、そっちで待っててよね)
吹き抜ける風が麻乃の髪を巻きあげ、頬をかすめていく。泉の水面が陽の光を映して揺らめき、眩しさに目を細めた。
相変わらず痛む腕をそっとなでながら、目を閉じて唱和に耳をかたむける。
やけに鈴の音が耳につき、麻乃は軽い目眩を覚えた。背後から感じる視線は遺族からのものだろうか。
葬儀のあと、麻乃と修治は遺族と少しだけ話しをした。誰も二人を責めたりせず、戦士として選ばれたときからいつかこんな日が来ると思っていた。国を守り、先に逝ってしまったこともつらくはあるが誇りにも思う、と言う。
きっと本当はやり切れない思いを抱えているに違いないのに。気遣ってそう言ってくれる気持ちがありがたかった。
今にも涙があふれそうで、こらえ切れずに下を向いていると、隣にいた修治に手を取られ、まだ人けの多い森をあとにした。
一度、宿舎に戻って着替えを済ませてから、今度は資料を手に訓練所へ出かけた。昨夜、梁瀬が追加でよこした資料を加えると、中央のぶんだけでかなりの数がある。
合同葬儀で蓮華が全員、中央に集まっているせいで、予備隊は各詰所に待機に出ている。
今回は訓練生だけを資料と突き合わせることにした。
本当は手もとの資料だけでさっさと決めてしまって、一日も早く部隊を立て直したい。けれど、ある程度の時間がかかっても妥協せずに自分の部隊に合ったものを選ばなければ、あとあと麻乃と反りが合わなかったり、なにか問題が起きてうまく機能しなかったりと困ることになる。
残った隊員たちとの折り合いもあるので、選別には慎重にならざるを得ない。何人か、気になる訓練生と話しをして、辺りが暗くなったのを潮に訓練所を出た。
「なんだかこう、ピンとくる子がいなかったなぁ…」
「訓練生はまだ経験も浅いからな。そのぶん、鍛えがいがあって面白い変化をみせるかもしれないぞ」
「確かに、それはあるけどね」
歩きながら、たった今会ってきたばかりの訓練生の資料をもう一度眺めてみた。
「一席だけ空けておいて、洸でも待ってみたらどうだ? あれは絶対に印を受けるだろうよ」
「ダメダメ。洸は先が楽しみだけど、うちには無理だよ。修治か巧さんのところのほうが合うんじゃない?」
「俺は反りが合わないよ。なんせ鴇汰にそっくりだからな」
「あたしなんか、最初の印象のせいか、反発されてばかりでどうにもならないよ」
本当なら待ってでもほしいタイプの戦士になるのに、どちらも持てあましてしまい、苦笑するしかなかった。
「思ったより早く済んだな。飯でも食いに行くか?」
修治に聞かれて鴇汰との約束を思い出し、腕時計に目をやると、七時を過ぎていた。
「いや。あたし、鴇汰と約束してるんだよね。こんな時間になっちゃったけど、急いで戻ってみるよ」
「なんだ、夕飯もか? あいつもずいぶんと熱心に口説こうとしているみたいだが、おまえ、どうするつもりなんだ?」
前を歩いていた修治が振り返って麻乃の目の前をふさぐように立ち止まった。
首をかしげて考えると、修治の目を見つめた。
「どうもこうも、あれは別にそんな意味じゃないよ。だいいち口説かれたこともないし、好きも嫌いも、そんな話しだってしたこともないもん。単に身近に歳の近い女がいないから、あたしのことを構ってるだけだよ」
「俺にはそうは見えないがな」
「だって……それに……いや、とにかく、なにもないよ。絶対にね」
「なんだよ、やけにキッパリ言い切るじゃないか。なにか根拠でもあるのか?」
「別に……ただなんとなく」
いぶかしげな表情で麻乃を見おろしている修治の視線を避けるように、そっぽを向いて歩き出した。
「なんとなく、か」
修治が大きなため息をついたのを背中で聞きながら、ため息をつきたいのはこっちのほうだ、と麻乃は思っていた。
「じゃあ、俺は梁瀬たちとなにか食いに行ってくるとするか。明日は昼前にこっちをたつから寝坊するなよ。車の準備ができたら、迎えに行く」
「わかった。早く寝るから大丈夫だよ。じゃあ明日ね」
手を軽く振って修治と別れると、足を速めて宿舎に向かった。
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