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第18章 突然の知らせ

突然の知らせ(1)

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バスはねぎ畑を通りすぎた。

茶色い地面から緑色の尖った葉が覗く
畑を通り過ぎる。

隣はまだ何も植えられていない
茶色い畑だった。

一面茶色い土地を縁取るように
防風林の緑が遠くに見える。

平坦な山の一切ない土地は
山の景色に慣れた目にはなんだか貧弱に見えた。

廃品回収工場の看板を下げた、
敷地の前を通る。

古そうな自転車やオートバイに漁船、
積み重ねられた海コンテナが置かれている。

黒々とした背の高い木々が見えた。

林を囲むフェンスには
さびた横長の缶詰会社の求人広告の看板が掛かっていた。

看板を通って少しした。

ケンイチが殿様の家があるぞ!
と興奮気味に声を上げた。

彼の指差す方には長屋門の農家が建っていた。

私が殿様の家ってことはないよ、
このあたりじゃよくある、
というとケンイチが、
あ!
ほんとだ向こうにも、
と道路の向かい側を指差した。

白壁に黒いかわらの長屋門が
春の日差しの中に建っていた。

すごいな時代劇みたい、
とケンイチがつぶやいた。

屋敷の周りに植えられた
防風林ばかりが目立つ景色となった。

防風林を過ぎた所で海が見えた。

海からは島が見える。

島は黒味がかった緑に覆われていた。

島に掛かる橋には車や自転車がちらほらと見える。

私が転校したころはまだ工事中だった橋はいつのまにか開通したらしかった。

「次は白砂神社、
白砂神社」

私はキャリーケースを持ち上げた。

ケンイチはボストンバッグを肩にかけて、
木張りの床のバスを降りる。

ケンイチはJRからローカル線に乗り換える駅で
この地域のガイドブックを買った。

それに白砂神社の末社の一つに学業成就に霊験あらたかな神様がいるという記事をみつけ、
ぜひ参拝したいと言い出した。

それで駅から家へと向かうバスを途中で下車し、
大学受験の成功を祈願しにいくことになったのだ。

ローカル電車の中で、
彼にガイドブックの写真を見せられた時、
そこに祖父が寄進した狛犬が映っていたので仰天した。

スーツケースを入り口のコインロッカーに預けた。

石段を登る。

社務所で二人で相談して二郎叔父の為に縁結びのお守りを買った。

馴染み深い拝殿の脇の小さな鳥居をくぐる。

丸っこい子供顔の狛犬の脇には、
前来たときはなかった、
絵馬をかける場所があった。

合格祈願の絵馬がみっしり下がっている。

売店で一つ千円の絵馬を買って、
東大合格、
第二志望は早稲田、
と二人はまったく同じ文面をフエルトペンで書いた。

絵馬を並べて結びつける。

白木の板に描かれた二匹の子馬は
いつか私が小虎に腰を支えられて乗ったポニーのように、
茶毛で脚が短く、
鬣は淡い黄土色だった。

鳥居を出た後、
ケンイチが私に、
スグルは早稲田でいいのか?
医学部ないじゃん?
と聞く。

「うん、
お爺さんも父さんも無理に跡を継がなくていい、
好きなことをすればいいって言うんだ…」

「めでたいな!
めでたいな!」

私は声のするほうに顔を向けた。

「めでたいな!
めでたいな!」

はずむような、
若い男の声だった。

注連縄が張られた巨石に
青年ががにまたで立っていた。

茶けた膝までのズボンに
黄ばんだ白いシャツを着ている。

白い学校の上履きのような靴を履いている。

左右の靴下は片方は白の無地で、
もう一つは灰色と黒のストライプだった。

白い毛糸の帽子を被っている。

大きなポンポンがついた帽子で女性が被るようなデザインだった。

そんな格好で賽銭箱が前にすえつけられた石の上で
ピンポン玉のように跳ねていた。

「めでたいな!」

青年はひらりと舞い降りた。

私の目の前に着地した。

意外にもすらりとした体躯でハンサムだった。

学校の渡り廊下にある
今は亡き卒業生が寄贈した額絵のイサクに似ていた。

もっとも女の子のようなあの子よりもずっと精悍で男らしい。

あのイサクのモデルになった子のお兄さんです、
といったら誰もが納得しそうな顔立ちだ。

若者はぴょんこぴょんこぴょんこと右に三つ片足ケンケンをした。

ケンイチは石像のように固まっている。

なんだこれは?!
異常者か?
というケンイチの心の声が耳の中でぼそりと響いた。

青年はふんふんふんふんと鼻歌を歌う。

めでたいな!
と私の前を跳ね回っている。

ケンイチが私の肩に手を置いた。

私の背中に掌を当て強く石段に向かって力を加える。

私は彼にされるがままに前に進んだ。

ケンイチは私の背中を前方へ押しながら、
ロボットのような足取りで、
石段を降りていく。

彼の手のひらから体の震えが伝わってきた。

石段の上では小虎が歌っている。

「スグル君が帰ってきたぞ!
めでたいな!
帰ってきたぞ!
めでたいな!」

知り合い?
とケンイチは不審そうな目をする。

いや、
知らない、
人違いだよ、
と私は答えた。

停留所についた。

ちょうど夕方のバスの多い時間だった。

私たちは今まさに発車するバスに飛び乗った。

バスが発車してから停留所を二つ超えたところだった。

ケンイチが木の芽時っていうけど本物を見たのは初めてだ、
と長い長いため息をついた。

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