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第13章 弟橘姫入水
弟橘姫入水(3)
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青い布を持った黒子はまた舞台に現れた。
もう持衰《じさい》は伴っていなかった。
雷様の扮装をした人と、
青い布をもった黒子はまた舞台の上で暴れ始めた。
船の上の人は膝を床について、
体を揺られるように大きく動かしている。
「持衰《じさい》を人身御供にしたのにちっとも波風がやまない」
「このままでは皆、海の藻屑になってしまう」
ヤマトタケルと船上の一行が途方にくれていると、
ワタクシを海の神様に差し上げたらいかがでしょう?
と姫が名乗りを上げた。
船上の人たちは一斉に姫を見た。
愛しいお前をどうして捧げ物などにできるだろうか、
とヤマトタケルは姫を抱きしめた。
そうですとも!
どうして奥方様を犠牲になぞできるでしょうか?
それならわたくしめが人柱になりましょう、
尊《ミコト》と奥方様の為ならわたくしめの命なぞちっとも惜しくはありません、
と自ら申し出る男もいた。
いいえ!
おまえが生贄になっても何の役にも立ちません!
と姫はヤマトタケルの腕の中でりんと声を張らせた。
「海が荒れているのは尊《ミコト》がこの海が小さいと馬鹿になさったため、
海の神がお怒りになったのです。
ご機嫌をとるには尊《ミコト》が海に身を投げるしかありません」
あたりが騒然となった、
ヤマトタケルが立ち上がっておお!
ともああ!
とも聞こえる唸り声をあげた。
「しかし尊《ミコト》にはこれから大事なお役目があります。
今お命を失うわけにはいきません。
夫婦は一心同体といいます。
ワタクシが尊《ミコト》の代わりに海に身を沈めれば、波風は静まるかと存じます」
「駄目だ!」
「ほかに手立てがありますか?」
ヤマトタケルと姫はしばらく視線を絡ませ合った後、
ひしと抱き合った。
「さねかしいいい、
さがあむのおのおにい、
もゆうるうひいのおお、
ほなあかあにたちいてえ、
といしきみはもお」
姫が朗々と読み上げた。
「きみいさらあずうう、
そでしがうらにいい、
たつううなみいのおおお、
そのおもかげをお、
みるぞかなしきいいい」
ヤマトタケルが絶唱した。
がさりと音がして舞台の天井から布が落ちてきた。
巨大な短冊のようなもので、
少し崩した字で、
「さねかし
相模の小野に
燃ゆる火の
火中に立ちて
問ひし君はも
弟橘比売《オトタチバナヒメ》」
「君去らず
袖しが浦に
立つ波の
その面影を
見るぞ悲しき
日本武尊《ヤマトタケルノミコト》」
と書かれていた。
ヤマトタケルと姫は見つめ合っては抱き合い、
抱き合っては見つめ合いながら船の尾へ移動した。
姫が先ほど持衰《じさい》が海へと蹴飛ばされた船の最後尾に立った。
黒子が床にマットを敷いた。
姫は水泳の飛び込みのように両手を合わせて顔の前においた。
目の前の床を真剣な眼差しで眺める。
二人の男が姫のまとった薄絹を広げるように持っている。
姫が飛び上がる。
男が薄絹を手から離した。
オトタチバナヒメに扮した美登利は空中に浮かび上がった。
薄絹が水に溶ける寸前の色水のように空気の中を泳いでいる。
スポットライトが彼女を照らしていた。
青と黄色と赤の混じりすぎて何の色ともいえない不思議な色だ。
「わがあつまあよおお!」(我妻よ!)
ヤマトタケルが絶叫して、
空気が抜けたように膝を突いて倒れこんだ。
気絶してしまったらしい。
周りの男たちが介抱をしている。
美登利は飛び上がって間もなく
三人の黒子に宙で体を支えられた。
黒子は美登利を床に敷かれたマットの上に腹ばいの形で置いた。
二人の黒子が美登利を乗せているマットを床を滑らせて、
舞台袖へと引っ張っていった。
波の音は穏やかになり、
雷様と青い布を翻していた黒子も退場した。
大波の背景がぺらりとはがれる。
ぱたりと白い裏側を見せて床に落ちた。
黒子がそれを片付ける。
後ろから現れたのは見慣れた白砂神社から見える海景色だった。
漁船が沖に並んでいる。
夕凪の時に撮影したらしい。
オレンジがかった空を背景にした海には一つの波立ちも無い。
陽気なお神楽が始まった。
気絶していたヤマトタケルが立ち上がった。
男達と一緒に舞台の前面にでてきてぺこりとした。
優しい笑顔のヤマトタケルはいつもの直人さんだった。
続けて美登利と持衰《じさい》が舞台の左端から現れて
また観客に挨拶した。
最後に黒子たちが出てきてお辞儀をすると、
緞帳が下がり始めた。
出演者達は舞台右袖へと退場していく。
周囲の人達は芝居の感想を言いあっている。
親は子供にあらすじを書いた紙を見せて、
歌の意味の注釈をしている。
もう持衰《じさい》は伴っていなかった。
雷様の扮装をした人と、
青い布をもった黒子はまた舞台の上で暴れ始めた。
船の上の人は膝を床について、
体を揺られるように大きく動かしている。
「持衰《じさい》を人身御供にしたのにちっとも波風がやまない」
「このままでは皆、海の藻屑になってしまう」
ヤマトタケルと船上の一行が途方にくれていると、
ワタクシを海の神様に差し上げたらいかがでしょう?
と姫が名乗りを上げた。
船上の人たちは一斉に姫を見た。
愛しいお前をどうして捧げ物などにできるだろうか、
とヤマトタケルは姫を抱きしめた。
そうですとも!
どうして奥方様を犠牲になぞできるでしょうか?
それならわたくしめが人柱になりましょう、
尊《ミコト》と奥方様の為ならわたくしめの命なぞちっとも惜しくはありません、
と自ら申し出る男もいた。
いいえ!
おまえが生贄になっても何の役にも立ちません!
と姫はヤマトタケルの腕の中でりんと声を張らせた。
「海が荒れているのは尊《ミコト》がこの海が小さいと馬鹿になさったため、
海の神がお怒りになったのです。
ご機嫌をとるには尊《ミコト》が海に身を投げるしかありません」
あたりが騒然となった、
ヤマトタケルが立ち上がっておお!
ともああ!
とも聞こえる唸り声をあげた。
「しかし尊《ミコト》にはこれから大事なお役目があります。
今お命を失うわけにはいきません。
夫婦は一心同体といいます。
ワタクシが尊《ミコト》の代わりに海に身を沈めれば、波風は静まるかと存じます」
「駄目だ!」
「ほかに手立てがありますか?」
ヤマトタケルと姫はしばらく視線を絡ませ合った後、
ひしと抱き合った。
「さねかしいいい、
さがあむのおのおにい、
もゆうるうひいのおお、
ほなあかあにたちいてえ、
といしきみはもお」
姫が朗々と読み上げた。
「きみいさらあずうう、
そでしがうらにいい、
たつううなみいのおおお、
そのおもかげをお、
みるぞかなしきいいい」
ヤマトタケルが絶唱した。
がさりと音がして舞台の天井から布が落ちてきた。
巨大な短冊のようなもので、
少し崩した字で、
「さねかし
相模の小野に
燃ゆる火の
火中に立ちて
問ひし君はも
弟橘比売《オトタチバナヒメ》」
「君去らず
袖しが浦に
立つ波の
その面影を
見るぞ悲しき
日本武尊《ヤマトタケルノミコト》」
と書かれていた。
ヤマトタケルと姫は見つめ合っては抱き合い、
抱き合っては見つめ合いながら船の尾へ移動した。
姫が先ほど持衰《じさい》が海へと蹴飛ばされた船の最後尾に立った。
黒子が床にマットを敷いた。
姫は水泳の飛び込みのように両手を合わせて顔の前においた。
目の前の床を真剣な眼差しで眺める。
二人の男が姫のまとった薄絹を広げるように持っている。
姫が飛び上がる。
男が薄絹を手から離した。
オトタチバナヒメに扮した美登利は空中に浮かび上がった。
薄絹が水に溶ける寸前の色水のように空気の中を泳いでいる。
スポットライトが彼女を照らしていた。
青と黄色と赤の混じりすぎて何の色ともいえない不思議な色だ。
「わがあつまあよおお!」(我妻よ!)
ヤマトタケルが絶叫して、
空気が抜けたように膝を突いて倒れこんだ。
気絶してしまったらしい。
周りの男たちが介抱をしている。
美登利は飛び上がって間もなく
三人の黒子に宙で体を支えられた。
黒子は美登利を床に敷かれたマットの上に腹ばいの形で置いた。
二人の黒子が美登利を乗せているマットを床を滑らせて、
舞台袖へと引っ張っていった。
波の音は穏やかになり、
雷様と青い布を翻していた黒子も退場した。
大波の背景がぺらりとはがれる。
ぱたりと白い裏側を見せて床に落ちた。
黒子がそれを片付ける。
後ろから現れたのは見慣れた白砂神社から見える海景色だった。
漁船が沖に並んでいる。
夕凪の時に撮影したらしい。
オレンジがかった空を背景にした海には一つの波立ちも無い。
陽気なお神楽が始まった。
気絶していたヤマトタケルが立ち上がった。
男達と一緒に舞台の前面にでてきてぺこりとした。
優しい笑顔のヤマトタケルはいつもの直人さんだった。
続けて美登利と持衰《じさい》が舞台の左端から現れて
また観客に挨拶した。
最後に黒子たちが出てきてお辞儀をすると、
緞帳が下がり始めた。
出演者達は舞台右袖へと退場していく。
周囲の人達は芝居の感想を言いあっている。
親は子供にあらすじを書いた紙を見せて、
歌の意味の注釈をしている。
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