鬼人の令嬢と王子の、前途多難な日々

猫丸

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第1部 鬼人の王国《紅蓮》

2 : 逃走は本能です

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「いつまで追ってくるんですのぉぉぉ!」
 
 クロエは追われていた。そう、まるで獲物のように。
 追うのは《紅蓮》の誇る近衛鬼士たち数名と、赤毛の王子だ。

「見逃してくださいませぇぇぇ」
 
 ぜぃぜいと荒い息を吐き出しながら小走りにちょこまかと走るクロエをぐるりと囲む近衛鬼士たちは、騎乗だ。簡単に捕らえることが出来る。むしろ、馬を早歩きさせている現状はクロエを踏みつけないように神経を使う。「降参してくれませんかね」という境地なのだが、クロエはひたすら逃げる。

「……ひぃ……ふぅ…も……駄目……ですわ……」
 しゃがみ込み、涙目で呼吸も荒く息も絶え絶えなクロエは、齢八歳にして色っぽさを漂わせていた。泣きぼくろのせいなのか、けしからんほどに。
「──捕まえた」
 しっとりと汗ばんだ腕を引き寄せ、王子はニッと笑う。男の鬼人特有の鋭い八重歯に、
(……終わったわ。シロエ、ひとりにしてごめんなさい。頑張って生き残ってね──)
 クロエは隣国の妹を思いながら、気を失った。

◇◇

 時間を遡る。

 こっそり王都の屋敷を抜け出したクロエは、ひとまず国境線に向かう路銀を作るために城下の街へ向かった。宝石をふたつ売れば宿代などを捻出できる。
(でもどこのお店にいけばよいのかしら……)
 宝石なら宝石店か中古品を扱う商家に行くものだが、令嬢であるクロエにそこまでの庶民感覚も知識もない。うろうろと彷徨っているうちに疲れて、公園までやってきた。
 
「──おい、赤いの」

 ベンチに腰かけたクロエの頭上から、聴きたくない声が落ちた。
「───!?」 
 馬に跨がった王子が眉を不機嫌に顰めていた。
「これはなんだ?」
 二通の手紙が足下に投げられる。
「………不敬をいたしましたので償うのですわ」
「罰を決めるのは俺だ。おまえの名前を調べて屋敷へ行ったら、こんなもんを残して消えてるし。城下を身なりのよい子供が歩いてるって聴いて迎えに来てやった。おまえなどすぐ追いはぎに捕まるぞ」
 呆れたといわんばかりの物言いに、カチンときた。
「……嫌ですわ」
 ムカムカと怒りが込み上げる。
 だいたい、こんな目にあうのはあのチャラチャラした鬼神様のせいだ。手違いさえなければ平和に天寿をまっとうできたのに! 箱庭ゲームの設定がなければ、恋をして幸せに生きれた。妹だって一緒に居れた。よし、抵抗しましょう。

「こんなところで死ぬのは嫌ですわ! わたくしは生き残って恋をするのです!」
 キッと王子を睨む。
「逃げますのよぉぉぉ!」
 逃走が始まった。

◇◇

 現在に戻る。
 王子に捕獲され、まるで荷のごとく馬にドサリと載せられ、運ばれたのは王城だ。城の侍女らに風呂に投げ込まれ丸洗いされ、どこからか調達されてきたクリーム色のドレスを着せられ、引き摺られるように連れてこられた謁見の間で、現在進行形で大人たちに叱責されている。

「陛下のお沙汰もなく勝手なことをして! どれだけ案じたと思うんだ!!」
「そうですわ! シロエがいない今、あなたまで奪われたらわたくしは生きていけません!」
「そうよ、フヨナがどれほど案じたことか、クロエちゃんはお仕置きよ!」
 上から、ハチス公爵、ハチス公爵夫人、それと母フヨナの友人でもある王妃だ。

「クロエ嬢、何故一言相談をしなかったのだ。まずは大人に相談をすべきであった」
「……はい」
「生きておれば恋も出来よう」 
「………はひっ? 恋でしゅ…か?」
 威厳漂う国王の口から飛び出した甘酸っぱい言葉に、噛んだ。
「うむ。不敬を償うために修道院に行くが、赦されたのちには恋をしたかったのであろう? 近衛鬼士たちからそなたがそう叫んだと聴いておる」
「────はい」  
 言った。確かに言った。手紙の内容と総合的に判断した国王は間違っていないけれど、温かく微笑ましく見つめてくるこの場の空気が恥ずかしい。

「それでな、クロエ・ハチス嬢。不敬の償いとして、エンヤルト王子の婚約者となってもらおう。なに、ついでに恋をしても王子だから不足はなかろう」
 
 こうして、とてつもなく寛大な、ある意味で余計すぎる措置──王命によりクロエは見事に婚約者となったのだった。

 強制力怖い、心に刻みつけて。
 

 
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