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第1部 鬼人の王国《紅蓮》
1 : 予定は侭ならぬもの
しおりを挟むクロエ・ハチスは八歳になり、運命の日を迎えていた。
やれることから試しましょう。まずは婚約者に選ばれなければよいのよ。不敬にならないギリギリで「これは駄目だ」と思われるように振る舞う。うん、完璧ですわ。
「お嬢様、鮮やかな紅色のドレスが本当にお似合いですわ! きっと王子さまもお美しさに釘付けです!」
侍女のカヤの賛辞に、クロエはニヤリとなる。
釘付け? なるでしょうね!
黒髪に、これでもかと紅いドレス。鏡を見て「あら、目が痛い配色」と自分で思ったぐらいだ。
王子は確か清楚な女の子が好みだ。御神託で見た箱庭の王子は、ヒロインを「可憐で清楚」と賛美していた。淡い桃色のふわふわな髪と濃い桃色の瞳を持った幼児体型な可愛らしい少女だ。性格はあどけなく明るい。
一方でクロエといえば、頭脳明晰で非の打ち所のない完璧な令嬢だった。ただし、抜群のスタイルをいつも黒のドレスで覆いそれ以外は着ず、いつも無愛想でかわいげのない女。
確か「自己主張をしないから切り捨てやすい」とかいう理由で選んだと箱庭の王子は語っていた。
ならば、切り捨て難い派手な子になればいいのではないかしら?
破棄なんてしたら末代まで祟りそうな気位の高い女の子なら、そんな理由でそもそも婚約者になんてしないだろう。元々が王族の次に高位である家格の生まれ。ふさわしい立ち振る舞いを求められて育ったクロエは、言葉遣いが丁寧だ。それを少しだけ偉そうにすれば、完璧だろう。
◇◇
場所に乗せられ、王城に運ばれる間ずっと、クロエは脳内練習をする。顎はつんと、胸を張り、偉そうに笑う。手本は伯母のマナンの「オホホホホ」だ。高笑いの時は唇へ右手を当て小指を立てる。いつも生温く見ている様を、今日は真似する。恥ずかしいから、もちろん今日だけだ。他の貴族令嬢も呼ばれているからしばらく噂になるだろうが、知ったことではない。選ばれなければ、ゆっくり「あの日は緊張のあまり妙なことになった」と言い訳すればいいのだ。大切なのは、どんな理由であっても婚約したくない演出だ。
「広いですわね……」
王城の中はおそろしく広い。王族と招待客しか立ち入れない庭園の入口で従者と別れ、ひとり迷路のような回廊を歩いて行く。
(もう皆さんおつきなのかしら? それとも迷ったの?)
誰にも遭遇しないことに違和感を覚える。もしかしたら茶会の場に行くための曲がり角を誤ったのかもしれないと思い至る。クロエは自他ともに認める方向音痴だ。
「───おい、そこの赤いの」
どうしたものかしら? 自力で戻れる自信は、無い。
「おいっ、赤いおまえっ」
叫んだら誰か来る? もう少しだけ歩いてみてから決めるべきか。
「おい! 無視するなっ、赤い女!」
「お黙りなさいっ、考えてるんですのよ!」
思考の邪魔をされ、条件反射で背後から「赤いの」としつこく呼ぶ人物を叱責と同時に振り返った。
「…………へっ?」
「………えっ?」
そこにいた、燃えるような見事な赤毛の少年が間の抜けた声を出し、遅れてクロエも驚きで同じように声を発していた。
あちらこちらに跳ねるくせの強い真っ赤な髪。中心が血のような濃い真紅で、外側に向かって明るさを帯た紅い瞳。《紅蓮》の王族に多い褐色の肌。それにまだ短い水晶のように透きとおった角は王族特有。なにより額飾りの紋章──。
「──おっ」
「おっ?」
「お、お、お、王子様!?」
予期せぬ出会いに、脳内練習はすべてすっ飛んだ。
「───そうだ」
「なんで声かけるんですの!? なんでここにいますの!?」
「茶会に向かってたら赤いのがうろうろしてたから声をかけた。赤いのこそ、なんでここにいるんだよ。もっと手前だろ!」
唇を尖らしまくし立てるクロエに、王子が正論を投げ返す。
正論だが、赤いの赤いのと連呼され、クロエのテンションは天井突破した。いわゆる逆ギレになった。
「迷ったんですわよっ! 何か悪くって!?」
ビシッと人差し指まで向ければ、王子は驚愕に目を見開き指とクロエを凝視する。
「…………俺、王子だぞ?」
「だからなんですの!? 王子様だからって道に迷った小娘を馬鹿になさって良いとでも!?」
「……俺、馬鹿にしたか?」
「赤いの赤いのっておっしゃったじゃありませんか!」
ふんっ、とふんぞり返った。
気分は、「反論してみたらよろしくってよ!」だ。
驚愕を通り越して唖然とした顔になった王子は、何を思ったか、
「───名前知らん。教えろ」
クロエの名を聴いてきた。
その瞬間、冷水を浴びせられたようにクロエは我に返った。
──不敬罪だわぁぁぁ、いきなりの処刑!?
だが、今さら取り返しはつかない。さっさと帰宅して、父と王様に詫びの置き手紙を残して国境線に近い修道院に向かおう。なんとかしてシロエに連絡をとるしかない。
貫くしか活路はないのだ。
「赤いので結構ですわ! わたくし、気分が悪いので帰ります!」
「赤……チッ、おまえ!」
「貴方様はあちら! ご機嫌よう!」
逃げた。ドレスの裾を踏んで何度か転びかけながら、全力で逃げ出した。
◇◇
クロエはペンを置くと、小さな荷物を手にした。
お茶会に行った娘の異常に早い帰宅を案じる両親に体調が悪いと部屋にこもり、クロエは手紙を書き出した。
一通は国王へ、修道院で王子への不敬を償うから、ハチス家にお咎めがないようにと懇願を。もう一通は両親へ、クロエを勘当して欲しいと書いた。
(もっと荷物を持っていきたいけれど、無理ね)
八歳の少女に、しかも公爵家の令嬢に大荷物など持てない。路銀になりそうな宝石と二日分の衣類がせいいっぱいだった。
「さようならお父様、お母様、カヤ……」
込み上げる涙を拭い、そっと部屋を抜け出した。
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