鬼人の令嬢と王子の、前途多難な日々

猫丸

文字の大きさ
18 / 40
第2部 1年生は平和を望む

5 : 王子たちの距離感

しおりを挟む

 ざわり、と食堂にざわめきが走る。
 自分たちへ遠慮なく向けられる憧憬や畏怖に羨望などを受け流し、エンヤルトとジンセルはいつもの席に座る。
 他のメンバーは遅れているようで、今は彼らだけだ。少し前まではこんな好機には纏わりついた令嬢たちは、戦闘狂ミカルカ魔法狂クロエが怖くて近寄れないらしい。

「あの二人には感謝をするべきですね」
 このごろは実に口惜し気に遠巻きにするだけなので助かっていると、ジンセルが笑う。
「もうクロエには俺から充分すぎる礼をやってるから、お前はミカルカな」
 そうしろよとエンヤルトも笑うが、その目は何故だが複雑な色があった。
 当然、ジンセルは気になる。
「ちなみに何を差し上げたのか参考までに教えていただけるかな?」 
「……はあっ、俺の腹筋触り放題プラス部位強化呪文の人体実験だ」
「──腹筋?」
 予想を外してくる答えに、ジンセルの目が丸くなる。
「そうだ。ミカルカの奴、律儀に腹だけ外して攻撃しやがるんで聞いたら、クロエが腹筋だけは狙うなって頼んでたんだよ」
「腹筋…クッ、クククッ、アハハハッ!」
「笑えねぇ。クロエあいつの俺の腹筋愛は半端ないんだよ!」
 笑いの発作にかられながらジンセルはまじまじとエンヤルトを見つめる。
「………婚約者としてそれはどうなんです」
 口元は止まない笑いに引き攣っている。
「俺への愛だと思うしかやってられん。まあ、あいつはちょっとばかりずれててね。それが面白いんだけどな。鈍感が玉に瑕ではある」
「婚約者泣かせか。クロエ嬢は中々に愉しい方ですね……最近はミカルカ嬢とも親しいようだね」
「上腕二頭筋」
 唇をへの字に曲げて吐き捨ててくる単語に、
「え、なんだって?」
 ジンセルは聞き返した。
「だから、最近はミカルカの影響で上腕二頭筋も気になるんだと!」
「───っ!!」
 テーブルに突っ伏すという初めての体験をジンセルはしていた。笑いが止まらず、呼吸が辛い。
 あの、ややキツい顔立ちの才媛と名高い美少女が筋肉愛好家とは! しかも敵国の勇猛と評判の王子──目の前で眉間に深い渓谷を刻んでいる男が振り回されるに甘んじていると誰が信じようか。
「腕でも触らせてやればミカルカも喜ぶぞ、きっと。あいつらはある意味病気だ」
「私は他のお礼にしておくよ。ねぇ、君……筋肉以外も愛されるといいですね」
 本心から告げた言葉をどう受け取ったのか、エンヤルトは煩いと憮然となった。

 エンヤルトにとって、ジンセルという男は「胡散臭い」奴だった。敵国の王子ということもあるが、こいつは手強いと直感を得た。恐らく戦闘力はエンヤルトの方がやや上回るだろうが、魔力量と魔力操作はジンセルの方が少し上だと見ている。つまり互角だ。入学早々クロエに接触を図ってきたことも、単にエンヤルトへの嫌がらせだけだと考えるほど単純ではない。目的があるはずで、可能であればかかわらないにこしたことはない。その気持ちは揺らいではいないが、仮に共闘出来るならば心強いだろうとは思う。

 一方、ジンセルはと言えば、同じ鬼人族でも謀略や知略を尊ぶ《蒼嵐》とは異なる、個人及び集団の突出した戦闘力と技巧こそ誉れとする《紅蓮》は相容れないものだと考えていた。野蛮で好戦的過ぎる敵国だと。だが、先日の合同授業以降、少しばかりエンヤルトという男を異なる視点で観察するようになった。ぶつかり合えば良ければ互角、下手をすれば負けるかもしれない油断ならない相手ではあっても、頭の回転が早い。方針転換の思い切りの良さも心強い。この男を王に抱く国との関係ならば見直しもありかも知れないと。

「そういやお前は夏休みは帰国するのか? それともこっちの別邸に行くのか?」
「帰国予定だが何故かな?」
 急な問いに怪訝な表情を浮かべられ、裏は無いと前置きをしてエンヤルトが告げたのは、
「あ~、鬼士科と魔鬼士科の有志で日帰り旅行の計画があるんだ。訓練ついでに親睦を深めるとか言ってたな」
 可能ならば参加しないかとの誘いだ。
「………キルカナは強制的に引き摺っていくが、《蒼嵐》勢も参加してくれると万が一戦闘狂が暴走した時に楽をできる」
「──そんな恐ろしい誘いはやめて欲しかった。断ったら軟弱と誹られるじゃないですか。いいでしょう参加して差し上げる」
「承知した。助かる」
 
 怒濤の合同授業以降、犬猿の仲であった二人の王子たちの間に、友情とは呼べないまでも奇妙な連帯感が芽生えつつある。
 馴れ合う訳でも無く、時折気が向けばこうやって会話も交わす。
 様子を見ながらの微妙な間合いは中々悪くはない、互いにそう思いながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした

玖坂
ファンタジー
気がつけば、乙女ゲームの“悪役令嬢”ポジションに転生してました。 しかも婚約者は、誰もがドン引きする“ブサイクで嫌われ者の王子様” だけど――あれ? この王子、見た目はともかく中身は、想像以上に優しすぎる……!? 国一番の美少女に転生した令嬢と、誰にも愛されなかった王子が、少しずつ成長していく物語。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

悪役令嬢発溺愛幼女着

みおな
ファンタジー
「違います!わたくしは、フローラさんをいじめてなどいません!」  わたくしの声がホールに響いたけれど、誰もわたくしに手を差し伸べて下さることはなかった。  響いたのは、婚約者である王太子殿下の冷たい声。  わたくしに差し伸べられたのは、騎士団長のご子息がわたくしを強く床に押し付ける腕。  冷ややかな周囲のご令嬢ご令息の冷笑。  どうして。  誰もわたくしを信じてくれないまま、わたくしは冷たい牢の中で命を落とした。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

目覚めたら大好きなアニメの悪役令嬢でしたが、嫌われないようにしただけなのに全員から溺愛されています

月影みるく
恋愛
目を覚ましたら、大好きだったアニメの世界。 しかも私は、未来で断罪される運命の悪役令嬢になっていた。 破滅を回避するために決めたことはただ一つ―― 嫌われないように生きること。 原作知識を頼りに穏やかに過ごしていたはずなのに、 なぜか王族や騎士、同年代の男女から次々と好意を向けられ、 気づけば全員から溺愛される状況に……? 世界に一人しかいない光属性を持つ悪役令嬢が、 無自覚のまま運命と恋を変えていく、 溺愛必至の異世界転生ラブファンタジー。

悪役令嬢の逆襲

すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る! 前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。 素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

処理中です...