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第2部 1年生は平和を望む
5 : 王子たちの距離感
しおりを挟むざわり、と食堂にざわめきが走る。
自分たちへ遠慮なく向けられる憧憬や畏怖に羨望などを受け流し、エンヤルトとジンセルはいつもの席に座る。
他のメンバーは遅れているようで、今は彼らだけだ。少し前まではこんな好機には纏わりついた令嬢たちは、戦闘狂と魔法狂が怖くて近寄れないらしい。
「あの二人には感謝をするべきですね」
このごろは実に口惜し気に遠巻きにするだけなので助かっていると、ジンセルが笑う。
「もうクロエには俺から充分すぎる礼をやってるから、お前はミカルカな」
そうしろよとエンヤルトも笑うが、その目は何故だが複雑な色があった。
当然、ジンセルは気になる。
「ちなみに何を差し上げたのか参考までに教えていただけるかな?」
「……はあっ、俺の腹筋触り放題プラス部位強化呪文の人体実験だ」
「──腹筋?」
予想を外してくる答えに、ジンセルの目が丸くなる。
「そうだ。ミカルカの奴、律儀に腹だけ外して攻撃しやがるんで聞いたら、クロエが腹筋だけは狙うなって頼んでたんだよ」
「腹筋…クッ、クククッ、アハハハッ!」
「笑えねぇ。クロエの俺の腹筋愛は半端ないんだよ!」
笑いの発作にかられながらジンセルはまじまじとエンヤルトを見つめる。
「………婚約者としてそれはどうなんです」
口元は止まない笑いに引き攣っている。
「俺への愛だと思うしかやってられん。まあ、あいつはちょっとばかりずれててね。それが面白いんだけどな。鈍感が玉に瑕ではある」
「婚約者泣かせか。クロエ嬢は中々に愉しい方ですね……最近はミカルカ嬢とも親しいようだね」
「上腕二頭筋」
唇をへの字に曲げて吐き捨ててくる単語に、
「え、なんだって?」
ジンセルは聞き返した。
「だから、最近はミカルカの影響で上腕二頭筋も気になるんだと!」
「───っ!!」
テーブルに突っ伏すという初めての体験をジンセルはしていた。笑いが止まらず、呼吸が辛い。
あの、ややキツい顔立ちの才媛と名高い美少女が筋肉愛好家とは! しかも敵国の勇猛と評判の王子──目の前で眉間に深い渓谷を刻んでいる男が振り回されるに甘んじていると誰が信じようか。
「腕でも触らせてやればミカルカも喜ぶぞ、きっと。あいつらはある意味病気だ」
「私は他のお礼にしておくよ。ねぇ、君……筋肉以外も愛されるといいですね」
本心から告げた言葉をどう受け取ったのか、エンヤルトは煩いと憮然となった。
エンヤルトにとって、ジンセルという男は「胡散臭い」奴だった。敵国の王子ということもあるが、こいつは手強いと直感を得た。恐らく戦闘力はエンヤルトの方がやや上回るだろうが、魔力量と魔力操作はジンセルの方が少し上だと見ている。つまり互角だ。入学早々クロエに接触を図ってきたことも、単にエンヤルトへの嫌がらせだけだと考えるほど単純ではない。目的があるはずで、可能であればかかわらないにこしたことはない。その気持ちは揺らいではいないが、仮に共闘出来るならば心強いだろうとは思う。
一方、ジンセルはと言えば、同じ鬼人族でも謀略や知略を尊ぶ《蒼嵐》とは異なる、個人及び集団の突出した戦闘力と技巧こそ誉れとする《紅蓮》は相容れないものだと考えていた。野蛮で好戦的過ぎる敵国だと。だが、先日の合同授業以降、少しばかりエンヤルトという男を異なる視点で観察するようになった。ぶつかり合えば良ければ互角、下手をすれば負けるかもしれない油断ならない相手ではあっても、頭の回転が早い。方針転換の思い切りの良さも心強い。この男を王に抱く国との関係ならば見直しもありかも知れないと。
「そういやお前は夏休みは帰国するのか? それともこっちの別邸に行くのか?」
「帰国予定だが何故かな?」
急な問いに怪訝な表情を浮かべられ、裏は無いと前置きをしてエンヤルトが告げたのは、
「あ~、鬼士科と魔鬼士科の有志で日帰り旅行の計画があるんだ。訓練ついでに親睦を深めるとか言ってたな」
可能ならば参加しないかとの誘いだ。
「………キルカナは強制的に引き摺っていくが、《蒼嵐》勢も参加してくれると万が一戦闘狂が暴走した時に俺が楽をできる」
「──そんな恐ろしい誘いはやめて欲しかった。断ったら軟弱と誹られるじゃないですか。いいでしょう参加して差し上げる」
「承知した。助かる」
怒濤の合同授業以降、犬猿の仲であった二人の王子たちの間に、友情とは呼べないまでも奇妙な連帯感が芽生えつつある。
馴れ合う訳でも無く、時折気が向けばこうやって会話も交わす。
様子を見ながらの微妙な間合いは中々悪くはない、互いにそう思いながら。
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