鬼人の令嬢と王子の、前途多難な日々

猫丸

文字の大きさ
19 / 40
第2部 1年生は平和を望む

6 : 夏の日帰り旅行 前編

しおりを挟む

 夏休み初日、魔鬼士科と鬼士科の有志生徒で計画された日帰り旅行は、日が昇るころに学園正門前を出発し、現地で訓練をした後で皆で自炊をし夕食を。帰りは王子二人の転移呪文で楽をして学園まで戻り、迎えに来る各々の家族の元へ翌日里帰りという流れになっていた。
 魔鬼士科と鬼士科の有志と普通科の参加者を含めた総勢二十七名の大所帯は、学園から通常なら徒歩で三時間程のメルの森へわずか一時間半で到着していた。現地で肉体労働を担当するお礼にと魔鬼士科の生徒たちが、速度上昇と体力強化の魔法を駆使した成果だ。
 というわけで、森の見晴らしの良い湖畔に到着した一行は心身共にうきうきと、テントを設置し、荷物を置き、持参の朝食を味わっている。
 一部の普通科の生徒らを除いて……。

 マカレ侯爵令嬢エギナとドルカス伯爵令嬢オルガの姿を正門前で発見した参加者たちは、まず疑問でいっぱいになったものだ。豪奢なドレスに歩きづらそうな靴と小さすぎて意味をなさないポシェット。何のパーティーに行くの? と二度見した生徒は悪くはない。
 それ以前にこいつら誘ったのは誰だと参加者たちが首を傾げていると、普通科にいる《蒼嵐》のハガレスとリュウルの二人が見事な土下座をジンセル王子にし始めた。その瞬間、参加者の心は一つになったのだ。見なかったことにしよう、と。《蒼嵐》勢を放置して、ついでに「馬車で行きませんの!?」「歩くなんて野蛮ですわ!」と騒ぐ勘違い令嬢の存在も敢えて忘れることにした参加者は、間違っていない。

◇◇

「待たせてすまないね」 
 先に到着した参加者にわずかに遅れて、ジンセル王子とキルカナが到着した。

「よう、もう説教はいいのか?」
「あの馬鹿共には令嬢たちの世話を命じた」
 エンヤルトの問いにジンセル王子は荒んだ笑みで答える。
 《蒼嵐》の二人は、誘ったわけではなくうっかり彼女たちの前で今日の話をしてしまっただけ。ただ、朝っぱらからキンキン声を聞かされたジンセル王子のテンションは地を這った。その腹いせに責任をとらせたと笑う彼は、たまたま手の届く位置に立っていたキルカナを無理やり後発の道連れにしていた。
「クロエ~、会いたかったよ~! ジンセルあいつずっと無言だったんだよ? だったらひとりで来ればいいのに! アタシの心はズタボロだッ」
「大変でしたわね。お疲れ様」
 よしよしと頭を撫でつけてやるクロエに抱きつくキルカナは、半泣きだ。

「うわぁ……あちこちで地獄だ」
「言うなアクラン、とばっちりがくる」
 そんな《紅蓮》勢にもまさしく地獄が待っていることは、すぐ判明する。

「どうしてっ!? ねぇ、エンヤルト様っ、どうしてなのっ!?」 
「………生きて帰れる自信がありません」
「煩せぇな。お前らは指名されたんだよ。ミカルカに!!」
 訓練のペア表を握りしめブルブル震える側近たちの襟を掴んで、エンヤルトは面倒くさいとばかりに彼らを捕獲しに近寄ってきたミカルカへと放った。
「こいつら貰っていくわね」
 満面の笑みで威嚇し、鋭い爪で哀れなアクランとイズナルの肩をがっしり掴む。悠然と去っていく筋骨隆々なミカルカは適度に強い童顔美少年アクランか弱いインテリ美形イズナルが好みなのだった。

 ひと悶着あったもう一組が、キルカナとエンヤルトのペアだ。
「なんでエンヤルト王子なんだよ。アタシは今度こそクロエがいいの!! 楽しくやりたいんだよ!!」
「ミカルカが独断でペア分けしたんであって俺じゃねぇ!! 文句は本人に言え!」 
「うぅっ……」
 エンヤルトの怒りの一言に耳を斜め後ろに倒し、尻尾をしょんぼり垂らしたキルカナが哀しい。
「ぐずぐずすんな、ちゃっちゃと行くぞ!」
「このっ、鬼ィ~!!」
 その方は鬼人族の王子ですから悪口になってませんわ……クロエはそっと手を振って見送った。

 全てのペアが出発するのを確認し、
「では私たちも行くとしよう」
「頑張りますわ!」
 本日の目的である魔物退治へと、最後にジンセル王子とクロエも歩き出した。
 
◇◇

 クムはメルの森に潜む魔物だ。凶暴なクムは数年に一度異常増殖をし近隣の村々に出没し甚大な被害となるため、ギルドを持たないメルバでは学園の鬼士科の有志を募り討伐を依頼していた。
 今年は先日の合同授業のかいもあり、やる気ある有志で訓練ついでに親睦を深めようと討伐を請け負ったのだった。

 見通しの良い場所まで来るとジンセル王子は急に脚を止めた。
「こういう開けたところはクムはあまりよりつかない。少し休もう。それに、ここには私たちしかいないから色々と話せるし。例えばとかね?」
 あそこに座ろう──三人は座れそうな大きな岩へと、ジンセル王子はクロエを誘った。

「先に言っておく。君の妹のシロエは問題なく来年から学園に入学するし、近々メルバにもやって来る予定だ」 
「あの子はどんな子になりましたか? 虐められたり、心を閉ざしたりしていませんか?」
「カズラ侯爵家の義両親に愛され、義兄のリュウルにも溺愛されてますよ。君がシロエではありませんね」
「殿下はやはりご存じだったのですね」
 含みのある言葉にクロエは微笑んだ。
「うん。シロエとの初対面の時に、号泣しながら当時の君が書いてくれたノートを押しつけられてね。読ませてもらった」
 衝撃的な出会いに加えてさらにとんでもない展開で、立ち直るのに一日必要だったとジンセル王子は笑う。
 えぐえぐと泣きじゃくりながら、婚約者になったら死んじゃう~!! そう言われ、婚約者候補という曖昧な立場にしてやることしか当時は出来なかったと頭まで下げられ、クロエは申し訳ないやら恥ずかしいやらで言葉を探しあぐねた。
 シロエちゃん、あなたって子はもう!
「あの泣きっぷりには困り果てたよ。あの日以来、手のかかる妹みたいな存在です」
「………まさかシロエがそんな失礼をしていたとは思ってもおりませんでした。でも殿下は普通科へ通うはずでしたから、ご存じなのかとは思っておりましたわ」
 ならばと、クロエは後から思い出した点や、シロエが《蒼嵐》のカズラ侯爵家へ養女に出されてから今までの日々などを語って聞かせた。

「………ずいぶんと君は努力をしたんだね。それにエンヤルトもやっぱり知っているのか。いや、過保護すぎるのでそんな気はしていたけどね。でも君と話せて本当に良かった。ノートだけでは分かり難い部分があっても、何しろシロエは少々……ねぇ?」
「少々、ぼんやりさんでしたものね」
「……正直、今も変わらない」
 のんびり屋でマイペースで甘えん坊、それがクロエの記憶に残る妹だ。識りたいことに答えてもらうには不安のある子供だった。それこそジンセル王子が言い躊躇うぐらいに。 

 しばらく二人で問題児シロエの想い出話で笑い声を上げる。

 今ごろ拗ねているだろう赤毛の王子を思い浮かべ、クロエはとても顔が見たくなる。
 きっと怒りながらも喜んでくれるだろうと。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした

玖坂
ファンタジー
気がつけば、乙女ゲームの“悪役令嬢”ポジションに転生してました。 しかも婚約者は、誰もがドン引きする“ブサイクで嫌われ者の王子様” だけど――あれ? この王子、見た目はともかく中身は、想像以上に優しすぎる……!? 国一番の美少女に転生した令嬢と、誰にも愛されなかった王子が、少しずつ成長していく物語。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

転生モブは分岐点に立つ〜悪役令嬢かヒロインか、それが問題だ!〜

みおな
恋愛
 転生したら、乙女ゲームのモブ令嬢でした。って、どれだけラノベの世界なの?  だけど、ありがたいことに悪役令嬢でもヒロインでもなく、完全なモブ!!  これは離れたところから、乙女ゲームの展開を楽しもうと思っていたのに、どうして私が巻き込まれるの?  私ってモブですよね? さて、選択です。悪役令嬢ルート?ヒロインルート?

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢の逆襲

すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る! 前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。 素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

処理中です...