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第2部 1年生は平和を望む
7 : 夏の日帰り旅行 後編
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※ちょっと短いです。
クロエたちが戻ってきたのは正午を二時間ほど過ぎたころで、拠点にしたテント内では早くも討伐成果の集計が行われていた。クムの体は絶命すると小さな結晶を残して消えてしまうため、討伐数は結晶数で判断される。
クロエはテント内の生徒に結晶を入れていた小袋を渡し、ジンセル王子と別れてエンヤルトを探した。
「アクラン様とイズナル様、お疲れ様で……あの、大丈夫ですか?」
目に入った《紅蓮》勢に話しかけたクロエは、心ここにあらずな二人の姿に言葉を詰まらせた。外傷はなさそうだが精神面で壊れかけているように虚ろ。
「脚の爪で頭掴まれたまま空飛んだ……俺、鳥になった…ハハッ」
「クムの巣に…空から落とされて…囮にされました……うぅっ」
頭? 空? 囮!?
意味がわからないが漂う淀んだ空気は重い。
「ゆ、ゆっくり休憩なさってね」
深く聞かない方が互いのためと、クロエはそそくさと二人から離れた。
皆から離れたところにエンヤルトを見つけた。隣にはキルカナもいる。
泥まみれで服のあちらこちらが破れ、髪には小枝や葉っぱの切れ端までつけた二人は鬼気迫るものがあった。
(……ずいぶん汚れてますわ)
足下に並んで座らされた四人の生徒を怒りの形相で睨んでいるエンヤルトは、声をかけるのをクロエでも躊躇う迫力だ。
「お帰り、クロエ!」
キルカナが先に気がついて近づいて来た。
「キルカもお帰りなさい。でもどうされましたの? リュウル様とハガレス様に……」
「お荷物令嬢二人だろ?」
「……いったい何があったの?」
「それがねぇ──」
大量の結晶を確保してご機嫌で帰還の途に着いたエンヤルトたちの前に、遅れてやって来た四人組が斜面から滑り落ちて来たという。しかも、湖畔への道に迷った末に突然変異種の巨体のクムに遭遇し、追われて逃げていたらしい。
問題はその後のこと。
「そのでかいクム、群れのボスだったみたいでさぁ。大群で襲われてね」
「大変でしたわね」
「戦闘はアタシら四人だけなら余裕だったんだ……あのお荷物令嬢たちがいなきゃ」
逃げろと言えば腰が抜け、走れと叫べば靴のせいで泥にはまり、皆の邪魔をしまくり、あげくの果てが気絶して戦闘中のエンヤルトを巻き添えに沼へ落ち。駄目押しが目覚めた後に「脚が痛いですわ!」「服が汚れましたわ!」と騒いだのだという……。
「で、エンヤルトがぶち切れたってわけ。もう一時間ぐらいはお説教してるよ。話すんならもうちょとしてからにしな」
キルカナは薄ら汚れた尻尾にくっついた泥を剥がしながら、アタシはいい加減に飽きたと疲れた顔を見せた。
◇◇
夕餉の良い匂いが食欲を誘う。
鬼士科と魔鬼士科の料理自慢が腕を振るった野外料理の定番が、次々に石の上に板を置いた簡易テーブルへと置かれていく。
「クロエ様お願いです、レシピ教えて下さい。どんなスパイスいれるんですか!」
「この一緒に食べる平べったいパンにはハーブですか? 何種類がお勧めなんでしょうか?」
王宮近衛鬼士の訓練後に食べる、野菜をスパイスの効いたスープで煮込んだ物を作ったクロエは女生徒に囲まれ、
「エンヤルト殿下、マジにこのタレ美味いです! 《蒼嵐》でも試したい!」
「王宮に勤めるとこれ毎日食べれるんですか!? 男爵家の飯より美味い!」
「肉焼いただけだろうが!? ほら焼けたぞどんどん食え。タレは後でメモをやる」
炎で炙った肉の串焼きを担当するエンヤルトも好評価を得て大忙しだ。
「みんな、お待ちかねの登場ですよ」
ミカルカが頑張ったご褒美にと果実酒を出してくると、賑わいは最高潮に達する。
踊ったり、歌ったりと、種族も国も問わずに今回の討伐参加者は楽しいひと時を過ごしている。
「今回不参加の奴らに自慢してやる」
「こんな楽しい訓練ならまたやろうよ。今度はわたしもなんか料理披露したい」
「普通科の連中なんて悔しがるぜ!」
そんな盛り上がった楽しげな声を聞きながら、神妙な顔で静かに黙々と食事をする四人もいるが……そこは気にしないでおく。
「クロエ、今度はシロエも一緒に来ような。ただし、……あの馬鹿令嬢どもはいらんが」
気がつくと横で果実酒を味わうエンヤルトが悪戯っぽく笑っていた。いつの間にか側にいて、でもとても安心できる味方。
「シロエ…元気だって……」
「そうか」
「昔とちっとも変わらないぼんやりさんだって……」
「うん、そうか」
嬉しいのに泣いてしまうのは果実酒のせいだろうか。エンヤルトは、誰に聞いたのかなどと詮索せず、ただ相づちを打ってくれる。それが嬉しい。
「な~に泣いてんだよ、馬鹿クロエ。腹筋触るか、ん?」
「いりませんわよ、もうっ!」
いつものように子供っぽくじゃれあいながら、クロエは強く願う。
来年も再来年も、こんなふうに皆で笑っていられると嬉しい。誰も不要に傷ついたり泣いたりしないように。
たくさんの笑顔に心からクロエは祈る。
クロエたちが戻ってきたのは正午を二時間ほど過ぎたころで、拠点にしたテント内では早くも討伐成果の集計が行われていた。クムの体は絶命すると小さな結晶を残して消えてしまうため、討伐数は結晶数で判断される。
クロエはテント内の生徒に結晶を入れていた小袋を渡し、ジンセル王子と別れてエンヤルトを探した。
「アクラン様とイズナル様、お疲れ様で……あの、大丈夫ですか?」
目に入った《紅蓮》勢に話しかけたクロエは、心ここにあらずな二人の姿に言葉を詰まらせた。外傷はなさそうだが精神面で壊れかけているように虚ろ。
「脚の爪で頭掴まれたまま空飛んだ……俺、鳥になった…ハハッ」
「クムの巣に…空から落とされて…囮にされました……うぅっ」
頭? 空? 囮!?
意味がわからないが漂う淀んだ空気は重い。
「ゆ、ゆっくり休憩なさってね」
深く聞かない方が互いのためと、クロエはそそくさと二人から離れた。
皆から離れたところにエンヤルトを見つけた。隣にはキルカナもいる。
泥まみれで服のあちらこちらが破れ、髪には小枝や葉っぱの切れ端までつけた二人は鬼気迫るものがあった。
(……ずいぶん汚れてますわ)
足下に並んで座らされた四人の生徒を怒りの形相で睨んでいるエンヤルトは、声をかけるのをクロエでも躊躇う迫力だ。
「お帰り、クロエ!」
キルカナが先に気がついて近づいて来た。
「キルカもお帰りなさい。でもどうされましたの? リュウル様とハガレス様に……」
「お荷物令嬢二人だろ?」
「……いったい何があったの?」
「それがねぇ──」
大量の結晶を確保してご機嫌で帰還の途に着いたエンヤルトたちの前に、遅れてやって来た四人組が斜面から滑り落ちて来たという。しかも、湖畔への道に迷った末に突然変異種の巨体のクムに遭遇し、追われて逃げていたらしい。
問題はその後のこと。
「そのでかいクム、群れのボスだったみたいでさぁ。大群で襲われてね」
「大変でしたわね」
「戦闘はアタシら四人だけなら余裕だったんだ……あのお荷物令嬢たちがいなきゃ」
逃げろと言えば腰が抜け、走れと叫べば靴のせいで泥にはまり、皆の邪魔をしまくり、あげくの果てが気絶して戦闘中のエンヤルトを巻き添えに沼へ落ち。駄目押しが目覚めた後に「脚が痛いですわ!」「服が汚れましたわ!」と騒いだのだという……。
「で、エンヤルトがぶち切れたってわけ。もう一時間ぐらいはお説教してるよ。話すんならもうちょとしてからにしな」
キルカナは薄ら汚れた尻尾にくっついた泥を剥がしながら、アタシはいい加減に飽きたと疲れた顔を見せた。
◇◇
夕餉の良い匂いが食欲を誘う。
鬼士科と魔鬼士科の料理自慢が腕を振るった野外料理の定番が、次々に石の上に板を置いた簡易テーブルへと置かれていく。
「クロエ様お願いです、レシピ教えて下さい。どんなスパイスいれるんですか!」
「この一緒に食べる平べったいパンにはハーブですか? 何種類がお勧めなんでしょうか?」
王宮近衛鬼士の訓練後に食べる、野菜をスパイスの効いたスープで煮込んだ物を作ったクロエは女生徒に囲まれ、
「エンヤルト殿下、マジにこのタレ美味いです! 《蒼嵐》でも試したい!」
「王宮に勤めるとこれ毎日食べれるんですか!? 男爵家の飯より美味い!」
「肉焼いただけだろうが!? ほら焼けたぞどんどん食え。タレは後でメモをやる」
炎で炙った肉の串焼きを担当するエンヤルトも好評価を得て大忙しだ。
「みんな、お待ちかねの登場ですよ」
ミカルカが頑張ったご褒美にと果実酒を出してくると、賑わいは最高潮に達する。
踊ったり、歌ったりと、種族も国も問わずに今回の討伐参加者は楽しいひと時を過ごしている。
「今回不参加の奴らに自慢してやる」
「こんな楽しい訓練ならまたやろうよ。今度はわたしもなんか料理披露したい」
「普通科の連中なんて悔しがるぜ!」
そんな盛り上がった楽しげな声を聞きながら、神妙な顔で静かに黙々と食事をする四人もいるが……そこは気にしないでおく。
「クロエ、今度はシロエも一緒に来ような。ただし、……あの馬鹿令嬢どもはいらんが」
気がつくと横で果実酒を味わうエンヤルトが悪戯っぽく笑っていた。いつの間にか側にいて、でもとても安心できる味方。
「シロエ…元気だって……」
「そうか」
「昔とちっとも変わらないぼんやりさんだって……」
「うん、そうか」
嬉しいのに泣いてしまうのは果実酒のせいだろうか。エンヤルトは、誰に聞いたのかなどと詮索せず、ただ相づちを打ってくれる。それが嬉しい。
「な~に泣いてんだよ、馬鹿クロエ。腹筋触るか、ん?」
「いりませんわよ、もうっ!」
いつものように子供っぽくじゃれあいながら、クロエは強く願う。
来年も再来年も、こんなふうに皆で笑っていられると嬉しい。誰も不要に傷ついたり泣いたりしないように。
たくさんの笑顔に心からクロエは祈る。
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