鬼人の令嬢と王子の、前途多難な日々

猫丸

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第3部 ヒロイン編入

9: 一度目の断罪

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※次話でエンヤルトの行動の意味がわかります。中途半端ですいません…


「ふしだらで意地悪なクロエ様なんかふさわしくないのよ。だから今日はエンヤルト様から大切なお話があるの!」 
 会場の視線を一身に集めて、タリ・クレセントは後ろを振り返った。
「お待ちしてました、エンヤルト様!」 

「待たせたな──」
 エンヤルトはタリ・クレセントの隣まで来ると脚を止めた。
「この場にいる生徒諸君、楽しいひとときの前にこの場を騒がすことを許して欲しい──。
 諸君らも知るように、この学園ではいかなる争いも禁じられている。だが学園の理念を無視し、専科の生徒と普通科の生徒の間で看過できない不和があることは皆もよく承知のことだろう。その当事者の一人とされている者は私と縁が深く、故に学園長の許可を得て今日この場にて、エンヤルト・グレンの名において決着をつけたいと思う!」
 エンヤルトの朗々と響く声と、彼らしからぬ冷然とした佇まいに緊張が走る。何かとんでもないことが起きる──と、ほぼ全ての者が悟る。
 固唾を飲む生徒や教員と対象的に、タリ・クレセントとその取り巻きたちは晴れ舞台に立つ役者のように誇らしげな態度でエンヤルトの言葉を待つ。
 周囲を視線で一巡した後、エンヤルトはクロエを呼んだ。
「はい、殿下」
 一歩進み出て、右手を胸に当て頭を下げる。
「我が名にかけまして、エンヤルト殿下の御心のままに裁きを受けます」
「では始める──イズナル、読め」 

◇◇
 
 曰く、寮内で開かれる茶会にタリ・クレセントだけ招待されなかった
 曰く、寮の部屋が荒らされていた
 曰く、形見の品の盗難
 曰く、池に突き落とした暴力行為
 ──など、タリ・クレセントからの被害申告をイズナルが読み上げ、続いて証人及び証拠の開示に移る。

「普通科C組のモランです。寮内で催される茶会への参加拒否並びに招待状を送らないなどといった低俗な虐めをクロエ嬢が行っていたのは確かです。十の月十三の日、ナンナ寮の茶会に参加するため赴くと名簿に名前がないと言いがかりをつけて追い返しました。また、先日も招待状を彼女だけに送らないなど、クロエ嬢の指示だと証人に確認しました」

「普通科C組のコレルです。十一の月一の日、タリさんを寮へ送ってすぐ悲鳴が聞こえ駆けつけると、部屋が荒らされてました。そこには魔鬼士科の校章と長い黒髪がありました」

「普通科C組のハインズです。タリさんの母上の形見のブローチを盗んだのはクロエ様に間違いありません。十一の月四の日のことです。逃げ去る女は黒髪でした」

「普通科Cのキッケルです。俺は見ました。凄い水音がして池へと向かうと、池の中に呆然とするタリちゃんと、走り去る黒髪の令嬢を! あれは十一の月九の日の放課後です!」
 最後の証言が終わると、
「もうお認めになってください、クロエ様! 謝って、身を引いてくださればあたしは…怖かったけど、あなたを許します」
 すかさずタリ・クレセントが声を上げ、エンヤルトの腕に縋りついた。
 その勝者は自分だと言わんばかりの態度に、
「それでは反論させていただきますわ。すべて冤罪だと証明いたします」 
 クロエは唇に深い笑みを浮かべ、数人の名を呼んだ。

 茶会への招待に関しては、十の月十三の日、確かにタリ・クレセントへのナンナ寮の茶会参加は拒否された。何故ならば、参加資格が無いから。
 高位貴族のナンナ寮、中位貴族ハンナ寮、下位貴族のパンナ寮のお茶会は、その寮の寮生及び招待者のみが参加できるものなのだ。それとは異なり全女子寮合同のお茶会は誰でも参加が可能である。
 ただし、菓子や飲み物など当番制で工夫を凝らすため突然参加出来るものではないので、各寮の掲示板に貼られた出欠表に記入するようになっている。つまり招待状はそもそも発行されない。
「無駄を省き、初めて主催側になる方が苦労されないようにとのクロエ様のご提案です。寮会が承認し入寮生へは寮則と共にお渡ししてます、ちゃんとモラン君には説明したのに!」
 証人とされた寮会運営委員の女生徒は激怒していた……。

 パンナ寮のタリ・クレセントの部屋が荒らされた十一の月一の日に、クロエはそもそもナンナ寮にすらいなかった。根も葉もない噂で冤罪などをかけられてはと、寮の許可をとった上でキルカナの別邸へと生活を移しているからであり、登下校は必ずキルカナと一緒だ。
「だいたいその日は特別講習に参加されてましたから、そんな愚かなことをする時間などありません」
 証人の講師は鼻で笑った。更に、コレルが物証として提出した校章は学生番号からクロエの物ではないと証明された。

 ブローチの盗難があったとされる十一の月四の日は、校外演習で終日校内にはおらず、その黒髪の令嬢とクロエは無関係だと──呆れた顔で生徒たちを見たのは担当の教師だった。

 そして、最後の池突き落とし事件の十一の月九の日は、
「お忘れのようですが、その日は午前中のみの授業で、午後からは学園はお休みでしたのよ? 放課後に学園内に立ち入ることは出来なかったはず……キッケル様とクレセント様は無断で残られてましたの?」
 とどめとばかりにクロエに指摘されてすべてが冤罪だと証明された今、意気揚々としていた取り巻き男子たちは周囲へ救いを求めるが、返されるのは厳しい目だった。
 
「クロエ嬢、最後にひとつ頼みがある」 
「何でしょうか」
「そのペンダントを貸してくれるか」
 エンヤルトが求めたのは入学前に彼自身から渡されたものだ。肌身離さず身につけていたそれを外すのはほんの少し寂しいが仕方ない。差し出された掌へと乗せた。
「これにはある呪文が刻まれている。悪しき者が手にすれば発動する。クロエ嬢には発動しなかったが、タリ・クレセント嬢はどうだろうか。試してくれないか」
 差し出されたそれをタリ・クレセントは受け取ろうとしない。
「ひ、酷いです、エンヤルト様…あたしを信じて。ね?」
「信じるとも。だからこその証だてをしてみせてくれ」
「い…いやです。だって、悪いのはクロエ様です。あたしは被害者なんです…」
「ああ、いつもそう言っているな。だが、お前のために証言した者たちはこのままでは重罪になる。だからお前さえ偽りない悪しき者ではないと証明すれば彼らも助かる」
 ほら、と絡みつく腕を強引に離し、エンヤルトは手首を引き寄せる。
「……ざけんな」
 手を払いのけ、タリ・クレセントはクロエを嫉妬に塗れた憎悪の瞳で睨みつけた。 
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんなッ! こんなの知らない! その女を断罪するんじゃないのッ!? なんであたしが責められるの!」
 狂ったように口汚く罵る。
「エンヤルト様はその女を断罪して、
あたしは王太子妃になるはずなの! クロエを蹴落とせば、エンヤルト様を手に入れられる、あの娘あのこじゃなく、この私が! そうのよッ!」
 その言葉を待っていたかのように、
アズナルとイズナルがタリ・クレセントを地面へと押さえつけ、エンヤルトはペンダントをタリ・クレセントの掌へと押し当てた。
「ギャァァァッ!!」
 絶叫と同時に、姿が歪んでいく。
 金糸雀色かなりあいろの髪は焦げ茶に、飴色の瞳は輝きのない茶へ、愛らしいといえた顔もまったくの別人へと変化していく。

「タリ・クレセントの偽者。それがお前だ!」
 
 
 ──その後。
 逃げだそうと企んだ取り巻きたちは、待機していたキルカナやミカルカらに取り押さえられ、《紅蓮》の者はエンヤルトの屋敷の地下牢へ、《蒼嵐》の者はジンセルの屋敷へと連行されていった。
 そしてタリ・クレセントは。
 何重にも呪をかけられ、エンヤルトではなくジンセルの預かりとなった。





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