鬼人の令嬢と王子の、前途多難な日々

猫丸

文字の大きさ
38 / 40
第3部 ヒロイン編入

10: 二人のタリ・クレセント

しおりを挟む
※4 動き出す歯車の裏側から始まります。
※大斎宮⇨大神殿へ(2019/11/11)


 ~時を少し遡る~

(──あれは!?)
 視界に飛び込んだタリ・クレセントの姿に、エンヤルトは眉をひそめた。
(なんて顔をしやがる──) 
 可憐な顔を怒りで歪ませた彼女に、エンヤルトは咄嗟に馬車の扉を蹴り開いていた。
「お前らは来るな!!」 
 疾走する馬車から飛び降りる。着地の衝撃をものともせず、呆然とする側近らには目もくれず走り出していた。
 
 幾つかの路地を曲がり、突き当たりまで来る。あまり人気の無い、お世辞にも裕福とは言いがたい地域だ。質素で古びた家が建ち並ぶ。
(──いた!) 
 タリ・クレセントが苛々と一軒の家の扉を乱暴に叩いている。
「扉が壊れるでしょ」 
 カチャリと音を立て開かれた扉の内側から現れた少女に、遠くから様子を窺うエンヤルトは目を見開いた。
(──タリ・クレセント!?) 
 ひとりは学園の制服、もうひとりは質素な庶民の服装。
 同じ顔をした、二人のタリ・クレセントが向かい合っている。
(どういうことだ……)
 あの凝り性で几帳面なクロエが御神託を聞き漏らすとは考えられないのに、今目の前には確かにタリ・クレセントが二人いる。
「──中へ入ってちょうだい」
 彼女たちは家の中へ入って行く。
(しょうがねぇ…)
 下手に近づくことを避け、
域内結合エリアリンク──」
 エンヤルトは呪を発動させる。
 あまりこの手の呪は得手ではないためかなり雑音が混じるけれど、これで離れていても音を拾うことができる。

『どうしたらいいの! エンヤ様に嫌われてる!』
『悪役令嬢のせいでずいぶんシナリオから離れてしまってるものね』
 耳を澄ませて会話を拾う。
 顔は同じだが、もうひとりのタリ・クレセントの声はしっとりと蜜のような甘さがあった。

『エンヤ様はだって言ったじゃないの! ちゃんとにやってるのよ!』 

『あそこまで崩れたら臨機応変に対応して欲しいけど、まぁ、いいわ。これあげる』

『……何よ、これ』

『魅了効果のある香水。これをつけてお願いすれば、魔力の低い男どもを落とせるから。取り巻き作りなさいよ。言っておくけどエンヤルト王子は魔力高すぎて無理だから。それは負の感情を糧にするから今は効かないわ。だから取り巻き使って疑心の種を植え込んで──ああ、そうね、創立記念のパーティーで断罪しちゃいなさいよ』

『教わったシナリオには無いわよ、今年の断罪なんて!』

『臨機応変よ。もう滅茶苦茶なんだし、それまでに王子を上手く誘惑すれば問題ないんじゃない? いつまでも邪魔者に大切なを奪われててもいいの?』

『……そうね。そうよね、あのムカつく女を破滅させて、あたしがエンヤ様を愛してあげるの! 王太子として期待され続けて窮屈で退屈な日々を過ごすエンヤ様を、あたしが!』

『それじゃ、頑張ってね』 
 ……
 ………
 家から機嫌よく出てくると、制服姿のタリ・クレセントは浮かれた様子で足早に去って行った。
(……解除するか)
 呪を解こうとした時、もうひとりのタリ・クレセントの呟きがした。
『ふふふ…この世界のヒロインはあなたみたいな馬鹿にはふさわしくないのよ。あの方に選ばれたあたしのために、せいぜい噛ませ犬になってね、モブ女さん』
 柔らかな口調なのに、エンヤルトの背にゾクリと怖気が走った。
 このタリ・クレセントは化け物だ──根拠はないのに、ただ本能的に思う。あのタリ・クレセントとは比べものにならないほど何処かが狂っていると。
 
◇◇

 ~《蒼嵐》別邸~

「──それからは皆が知っているとおり、次々に男子生徒たちが取り巻きに加わっていった。C組ばかりなのは、あの女とクラスが同じで簡単だったのと、不満の多い下級貴族の二男以下が多かったからだろうな」
 家を継ぐことも適わない鬱屈に魅了は良く効いたのだろう。
「あの女の魅了にかかったふりで、調べることにしたんだ。なんとか創立記念日までに片をつけたかったんだが……」 
 敵を欺くには身方からと、エンヤルトは敢えてひとりで動いたのだ。もっとも側にいるのが仕事でもある《紅蓮》の側近たちには、さすがに事情を説明しないわけにはいかなかったそうだ。
 
「……わたくしだけが蚊帳の外」
 ポツリと落ちたクロエの呟きは、穏やかなだけにその場の仲間たちを怯えさせた。
「みんな知っていて、わたくし、仲間はずれですか…うふふ」
 《紅蓮》の二人はともかく。ジンセルたちはエンヤルトから理由を聞いた上でクロエに黙って動いていたわけだ。守ろうとしての決断なのだろうけれど……。
 面白くありませんわ──
 そう、非常に面白く無い。
「ほ、ほら! 知らなくてもクロエはあいつら見事に論破してったじゃん!」
「口達者と言いたいのね、キルカ?」
「う″!」
「ク、クロエ嬢には自然体でいてもらわねばならなかったから」
「……それは、わたくしはお芝居が下手だと仰りたいのかしら、ジンセル様」
「え、いや、標的が君だから何も知らない方が──」
「あぁ、囮ですかしら?」
 ジンセルの言い訳を一刀両断し、仲間たちへ微笑むクロエは怖かった。
 じっとりと据わった瞳に堪えきれず「れ、連中の様子を見てくる!」と真っ先にキルカナが逃げたのを皮切りに、のほほんと笑って紅茶を味わっていたシロエまでシェンルウに連れて逃げられた。
 部屋にはクロエと、逃げる選択肢を持たないエンヤルトだけが残される。

「人任せに守られるなんてお前は選ばない。俺がどんなに嫌だ、やめろと言ったところで…きっとお前は動くだろ? どうしてもそれだけは我慢ならなかったんだ」
「当たり前ですわ。これはわたくしの戦いですのよ」
「違う! いや、違わないけど、俺の戦いでもあるんだよッ!」
 しばし睨み合う。
「婚約解消と転移陣の撤去をお願いしてもよろしいわよね、殿下」
 今までの淋しさや苦しさが混じり合って収まりがつかない。エンヤルトが裏切ったわけではないけれど、笑って何もなかったことにするには、クロエだって悩んだのだ。
「殿下もそれでよろしいですわね?」
「婚約解消って、認めるわけないだろうが!! 転移陣だって絶対に撤去しねえ! それから殿下呼びやめろ! 愛称で呼べ!」
「お断りですわ。タリさんにたくさん呼んでいただいたんでしょ?」
「あの女に呼ばせたことはない。名呼びですら吐き気がするのに呼ばせるか、ば~かッ!」
「──この、俺様ッ!」
 再び睨み合い、
「「ク、クククッ──」」
 二人同時に噴き出す。
 ひとしきり笑って、
「もう除け者にしない。必ず一緒に戦う。お約束してくださるなら考えてもよろしいですわ」
 俺様王子に振り回されるのはもう何かの呪いだと、クロエは折れてやった。
「誓ったら、婚約解消も転移陣撤去もしないで愛称呼ぶんだな?」
「勝手に増やさないでくださいませ?」
「──二度としない。だから、呼んでくれ……クロエ」
「はあっ…もう、仕方ありませんわね。腹立たしいですけれどエンヤ様のお手柄ですもの」
「──!?」
「きゃあ!」
 弾かれたように動いたエンヤルトに、クロエは長椅子へと押し倒され小さな悲鳴をあげる。
「ちょ、ちょっと!」
 もがく躰をがっちり押さえ込み、勝手にお腹の上に頭を押しつけられ。クロエは真っ赤になって慌てふためく。
「は、離れてくださいませ!」
 ペシペシと頭を叩いての必死の抗議は痛く痒くもないと無視された。
「疲れたんだよ……労れ」
 気持ち良さげに目を細め、額をクロエのお腹に擦りつけて甘える様は大型の肉食獣のようだ。
「……とりあえずお疲れ様」
 他に気の利いた言葉もなく背中をポンッと叩いてやれば、
「ん……詫びはするから考えとけ」
 それだけ言ってエンヤルトはよほど疲れていたのか眠ってしまった。

 手慰みに癖のある豊かな赤毛を撫でながら、クロエはエンヤルトの見聞きした事柄に思いを馳せる。

「噛ませ犬にモブ?」
 意味がわからないけれど、不穏なものを感じる。
 これから捕らえたタリ・クレセントの尋問が行われれば何かわかるのかもしれない。
 どうしてタリ・クレセントを名乗ったのか。どうしてエンヤルトに固執したのか。
 何より、あの方とは誰を指すのか。
 エンヤルトが聞いた会話から推測すると、もうひとりのタリ・クレセントが本物で、誰かが彼女をヒロインとして選んだともとれる。
 
「大神殿に行ってみようかしら…」 
 困った時ぐらい鬼神頼みだ。
 エンヤルトが目覚めたら、一緒に行ってと頼もう。

「お詫び……何にしようかしら」 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

国一番の美少女だけど、婚約者は“嫌われ者のブサイク王子”でした

玖坂
ファンタジー
気がつけば、乙女ゲームの“悪役令嬢”ポジションに転生してました。 しかも婚約者は、誰もがドン引きする“ブサイクで嫌われ者の王子様” だけど――あれ? この王子、見た目はともかく中身は、想像以上に優しすぎる……!? 国一番の美少女に転生した令嬢と、誰にも愛されなかった王子が、少しずつ成長していく物語。

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

転生した子供部屋悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!

木風
恋愛
婚約者に裏切られ、成金伯爵令嬢の仕掛けに嵌められた私は、あっけなく「悪役令嬢」として婚約を破棄された。 胸に広がるのは、悔しさと戸惑いと、まるで物語の中に迷い込んだような不思議な感覚。 けれど、この身に宿るのは、かつて過労に倒れた29歳の女医の記憶。 勉強も社交も面倒で、ただ静かに部屋に籠もっていたかったのに…… 『神に愛された強運チート』という名の不思議な加護が、私を思いもよらぬ未来へと連れ出していく。 子供部屋の安らぎを夢見たはずが、待っていたのは次期国王……王太子殿下のまなざし。 逃れられない運命と、抗いようのない溺愛に、私の物語は静かに色を変えていく。 時に笑い、時に泣き、時に振り回されながらも、私は今日を生きている。 これは、婚約破棄から始まる、転生令嬢のちぐはぐで胸の騒がしい物語。 ※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。 表紙イラストは、Wednesday (Xアカウント:@wednesday1029)さんに描いていただきました。 ※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。 ©︎子供部屋悪役令嬢 / 木風 Wednesday

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢の逆襲

すけさん
恋愛
断罪される1年前に前世の記憶が甦る! 前世は三十代の子持ちのおばちゃんだった。 素行は悪かった悪役令嬢は、急におばちゃんチックな思想が芽生え恋に友情に新たな一面を見せ始めた事で、断罪を回避するべく奮闘する!

処理中です...