仕事も人生も詰んだ清掃員、精神科医に拾われる

わだなごみ

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三話「死ぬなら俺んとこおいで③」

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「市川君、なにしてんの?」
「あ。せんせい……」

雨に濡れてる。
せっかく昨日買ってやった服が台無しだ。上下300円の変なキャラクター柄のボロきれ服だけど。

「まさか、朝からずっとここに座ってたワケじゃないよな?」
「……」

だんまり。
その"まさか"かよ。

「彼氏、が……」

彼氏? あー、この子、ゲイだったか。よく無事だったな、俺。


「彼氏さん、部屋の中にいるんやな? 入れてって言えば」
「いま、友達といるから、外にいろって言われて……」

おっとモラハラ野郎か。
知らない知らない。俺は知らへんぞ。動くな俺の良心。衆生を救いたいとかそんな精神持ってないから俺。

「警察に相談すれば?」
「どうして……警察に?」

あー。このレベルなわけね。なるほどね。

「や、だって、自分ちなのに入れさせてもらえないのは……罪でしょ」

罪状は知らんけど。
訴えたら勝てるレベルのやつではあるでしょ。

「?」

首を傾げるな首を。

「なら、市役所行ったら? そういう相談乗ってくれるとこ、あるみたいよ」
「相談……?」
「家に入れなくて悩んでますって相談したら、家、かしてくれるんやて。だいたい女性が使うらしいけど」

モラハラ男性に困り果てた女性患者をちょうどこの間診したばかりで、そういうものがあるとその時知ったんだけど。

「……い、いえ、だ、大丈夫です。ここで……待ってます」

大丈夫って言葉使う人ほど、大丈夫じゃないから大丈夫って言うことが多いんだよ。
心を鬼にしろ俺。もう関わるんじゃない。

「君がそう言うなら」

とか言って近くでコーヒー買ってまた戻ってきてる俺。
はぁ、俺の前世は仏だったに違いない。

「ん??…‥ん?!」

二階建てのハイツだった。
また号泣しながら欄干に足をひっかけて、飛び降り自殺しようとしてる若者が一人。市川だ。
その高さじゃ骨を折るのがいいところだ。死にはしない。が、ツッコまずにはいられなかった。

「なにしてんねん!」
「あっ」

人に見られたくらいで恥ずかしがるんなら最初からするんじゃない!

「おい! 痛くない死に方教えたる! 降りてきなさい!」
「えっ」

市川はいそいそと階段を降りてやってきた。鼻水と涙がまだ顔についている。

「スイスには安楽死ってのがあるの、知ってる? 二百万くらいでできるやつ。病院の先生が手伝ってくれるんやで」

俺が医学生だった頃の情報やけど。もっと高くなってるかもしれないし、お手頃価格に下がってるかもしれない。

「あ、安楽死……それって、痛くないんですか?」
「痛くはないらしいな。君、働いてる?」
「そ、それが……会社の人から、しっかり病気を治してから会社に来るようにと言われて」

休職中か。

「病気って、なんの?」
「う、うつ病……」
「ちゃんと薬飲んでる? 病院は?」
「今月分、彼氏に……と、とられ……あっ、わ、渡してしまって……」

通院費を彼氏に奪われて薬代はおろか、診察代も手元にない、と。

「あ、あの、僕、スイス、で安楽死、したいです……もっと安く受けられる方法、ご存じないですか?」

ハァァァ。

「さぁ、知らんな。そのあたりは自分で調べてみて」

ギブアンドテイクって言葉を思い出した。あれ良い言葉よなぁ。そうや、人を助けるって言葉は俺には合わん。

「あのさ、君、俺んちでお手伝いさん、やってみる?」
「お手伝いさん、ですか?」
「泊まり込みで。寝るとこ一つしかないから、床かソファで寝てもらうことになるけど」

嬉しそーな顔しちゃって。人生どん底なんだろうなぁ。

「手伝ってくれた小遣いとして一日800円渡すよ。どう? 貯金して、スイスに行く費用の足しにしたら?」
「い、いいんですかっ?」

喜んでる喜んでる。交渉成立だ。

「いいよ。どうせ死ぬなら俺んとこおいで」

ちょうどいいから奴隷にしよ。人生で一度は欲しかったんだよな。奴隷。


<続く>

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