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二話「死ぬなら俺んとこおいで②」
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心臓がばくばくと暴れ、喉がひくりと鳴った。冷たい台に仰向けに縛り付けられ、指一本動かせない。天井の染みが、やけに近く見えた。
「俺の女に手ぇ出すとは、良い度胸しとるよな」
男の声が耳元で低く響く。息が詰まり、必死に首を振った。
「はぁ、はぁ、す、すみません、謝ります、謝りますので、どうか……!」
縄が軋む音がして、視界の端に影が落ちた。逃げないと、逃げないと。
「頭ん中に虫入れられるんと、ちんぽこ切られるん、どっちがエエ?」
「へ……?」
***
「っご、ごめんなさいぃぃぃい!!」
――ちゅんちゅん。
「あ、れ……?」
見慣れた部屋の景色だった。窓の向こうには雀が三匹。今日も起こしに来てくれたみたいだ。
いつもと一つ違うのは、ベッドの下に若い男が一人寝転んでいるということだけ。
あれ、なんの夢見てたんだっけ。
「ああそうだ、臭かったから銭湯に連れてって……服も臭かったから古着屋で上下300円の服買ってやって……」
我ながら見知らぬ青年に過保護過ぎた。
いや、まぁ、銭湯って一人じゃ入りずらいし、連れ銭湯代ってことで。
「連れ銭湯代って、なんやねん」
ハハッ、と一人ノリツッコミをしていたら、床に寝そべっていた男が起きた。
「あ……お、おはようございます」
一日寝たからといって体の全てが回復するわけじゃない。まだ彼の目元はくぼんだままで、濃いクマがあった。
「おはよ。で、おうちにはいつ帰んの」
何があったか聞いてやろうと言ったのに、結局昨日は何も言わずだんまりだった。
正確には、喋りたいのに喋られないって感じ。
銭湯行く?と聞いたら「行きます」と応えられていたので、言葉に障害を持っているようではなさそうだった。
というか、知らない若者を傍に置いてよく眠れたな、俺。
昨日は疲れてたとはいえ、無防備過ぎた。
「きょ、今日、か、帰り、ます……っ」
まぁ、こんな人畜無害を体現したようなヒョロくて体の薄い男にどうこうできると思えないが。
「なら送ってってあげるわ。ズボン履いて準備して」
「はい……っ」
ふむ。昨日よりはよく話せる。打ち解ければ会話できるタイプか。
「家どこ? 遠い?」
「こ、ここ……で、です」
免許証を見せてくれた。
「ご近所さんやん」
車で五分といったところだ。
「えっ、そ、そーなんですか」
「ここ〇〇区の×〇×一番地」
「あ……すみません、よく、わからなくて」
よくわからない? 知能がそもそもあれなのか?
「なんの仕事してるん?」
「引っ越し専門の運送業を……あ、今は清掃のお仕事、です」
前職は引っ越し屋で、現在は清掃。なら、ここいらの地理くらい、わかるだろうに。運転免許証持ってるし。
「市川君、30たす40は?」
「70、です」
「いま令和何年?」
「えっと……ちょっと、スマホで検索します」
わからないことはスマホで検索できる。知能は正常。若年性の痴ほう症かと思ったが、そうではない様子。うつになると脳がうまく働かなくなることが多い。たぶん、それかな。
おっと、仕事のクセでついつい。無償奉仕するほど俺は良い人じゃない。
「じゃ、コーヒー買いに行くついでに送るわ。準備オッケー?」
「は、はい……あの、なんで見ず知らずの僕にこんなによくしてくれるんですか……?」
「顔、知ってたから」
「えっ ど、どこで……」
「さぁー。どこだったかなぁ。ま、ご近所に住んでんだし、そういうこともあるやろ」
「は、はぁ……」
鉄筋コンクリートのハイツだった。外階段には雨染みが残り、手すりの塗装はところどころ剥げている。
「じゃあなー」
ひらひら~と適当に手を振って、車に戻って離れた。
市川は何度も頭を下げて車を見送っていた。
夕方、パチンコで大勝ちした俺は鼻歌を歌いながらドライブがてら、今朝送った青年がどうなったのか気になり、あの鉄筋コンクリートのハイツに行った。
何かが三角座りしている。
それは、今朝送り届けたはずの市川だった。
<続く>
「俺の女に手ぇ出すとは、良い度胸しとるよな」
男の声が耳元で低く響く。息が詰まり、必死に首を振った。
「はぁ、はぁ、す、すみません、謝ります、謝りますので、どうか……!」
縄が軋む音がして、視界の端に影が落ちた。逃げないと、逃げないと。
「頭ん中に虫入れられるんと、ちんぽこ切られるん、どっちがエエ?」
「へ……?」
***
「っご、ごめんなさいぃぃぃい!!」
――ちゅんちゅん。
「あ、れ……?」
見慣れた部屋の景色だった。窓の向こうには雀が三匹。今日も起こしに来てくれたみたいだ。
いつもと一つ違うのは、ベッドの下に若い男が一人寝転んでいるということだけ。
あれ、なんの夢見てたんだっけ。
「ああそうだ、臭かったから銭湯に連れてって……服も臭かったから古着屋で上下300円の服買ってやって……」
我ながら見知らぬ青年に過保護過ぎた。
いや、まぁ、銭湯って一人じゃ入りずらいし、連れ銭湯代ってことで。
「連れ銭湯代って、なんやねん」
ハハッ、と一人ノリツッコミをしていたら、床に寝そべっていた男が起きた。
「あ……お、おはようございます」
一日寝たからといって体の全てが回復するわけじゃない。まだ彼の目元はくぼんだままで、濃いクマがあった。
「おはよ。で、おうちにはいつ帰んの」
何があったか聞いてやろうと言ったのに、結局昨日は何も言わずだんまりだった。
正確には、喋りたいのに喋られないって感じ。
銭湯行く?と聞いたら「行きます」と応えられていたので、言葉に障害を持っているようではなさそうだった。
というか、知らない若者を傍に置いてよく眠れたな、俺。
昨日は疲れてたとはいえ、無防備過ぎた。
「きょ、今日、か、帰り、ます……っ」
まぁ、こんな人畜無害を体現したようなヒョロくて体の薄い男にどうこうできると思えないが。
「なら送ってってあげるわ。ズボン履いて準備して」
「はい……っ」
ふむ。昨日よりはよく話せる。打ち解ければ会話できるタイプか。
「家どこ? 遠い?」
「こ、ここ……で、です」
免許証を見せてくれた。
「ご近所さんやん」
車で五分といったところだ。
「えっ、そ、そーなんですか」
「ここ〇〇区の×〇×一番地」
「あ……すみません、よく、わからなくて」
よくわからない? 知能がそもそもあれなのか?
「なんの仕事してるん?」
「引っ越し専門の運送業を……あ、今は清掃のお仕事、です」
前職は引っ越し屋で、現在は清掃。なら、ここいらの地理くらい、わかるだろうに。運転免許証持ってるし。
「市川君、30たす40は?」
「70、です」
「いま令和何年?」
「えっと……ちょっと、スマホで検索します」
わからないことはスマホで検索できる。知能は正常。若年性の痴ほう症かと思ったが、そうではない様子。うつになると脳がうまく働かなくなることが多い。たぶん、それかな。
おっと、仕事のクセでついつい。無償奉仕するほど俺は良い人じゃない。
「じゃ、コーヒー買いに行くついでに送るわ。準備オッケー?」
「は、はい……あの、なんで見ず知らずの僕にこんなによくしてくれるんですか……?」
「顔、知ってたから」
「えっ ど、どこで……」
「さぁー。どこだったかなぁ。ま、ご近所に住んでんだし、そういうこともあるやろ」
「は、はぁ……」
鉄筋コンクリートのハイツだった。外階段には雨染みが残り、手すりの塗装はところどころ剥げている。
「じゃあなー」
ひらひら~と適当に手を振って、車に戻って離れた。
市川は何度も頭を下げて車を見送っていた。
夕方、パチンコで大勝ちした俺は鼻歌を歌いながらドライブがてら、今朝送った青年がどうなったのか気になり、あの鉄筋コンクリートのハイツに行った。
何かが三角座りしている。
それは、今朝送り届けたはずの市川だった。
<続く>
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