元執事は祓い師を目指す 〜冷たいご主人様にもう一度仕えたくて〜

わだなごみ

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三話「物理は得意か?」

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「先生。俺はこのバディ決め、納得できない」

安司の短く整えられた髪が、怒りに合わせてわずかに揺れた。
発言したのは安司だ。教室にピリッとした緊張が走る。

端正な顔立ちは整いすぎていて、だからこそ眉間に寄った深い皺が目立つ。

「俺は違う奴をバディにしたい」

担任は全く動じる様子を見せず、聞く。
「相性は大事ですからね。いいでしょう。では、誰を希望しますか?」

安司は黒板に書かれた数値をザッと目を通す。

「熊木か翔がいい。どっちも冥力が高いから、俺とつりあう」

熊木の隣にいた柴は口笛をヒュ~と鳴らす。彼は熊木のバディだ。
突如名前を呼ばれた熊木は片眉を上げ、即座に「嫌だ」と言った。
熊木は大柄だった。座っているだけで椅子が小さく見える。

翔は犬歯を見せるように笑う。
「なんだよ安司、そんなに俺のことが好き?」

粗野に見えるが、翔のその目だけは油断なく周囲を観察している。
軽口を叩きながらも、一歩引いた位置で状況を読んでいた。

「気色ワリィこと言うな翔。お前の戦闘能力の高さを見て言ってるんだ」

翔にとって、安司は主人である菖蒲の双子の兄。
八神家の従者としての立場を貫くのであれば、安司は敬うべき相手だ。
しかし、翔は身分に臆することなく、率直に思ったことを意見した。
笑っていた翔は、目を鋭利なものに切り替えた。

「勝手なこと言うなよ。安司」
「うるせぇよ」

一瞬、バチバチと翔と安司の間に火花が散る。

「先生、翠は嫌だ。アイツの顔を見てるとむかついてくるから」

安司の言葉に、翠の胸は千本の矢が心臓に突き刺さったかのように痛んだ。そして俯く。
まるで、叱られることに慣れた犬のように。

「バディに関して、交換することは可能です。ただし互いの合意を得た上でなら、ですが」

担任の言葉を聞いて、翔はニカっと笑い、担任にピースした。

「俺はバディ交換しない! 安司より菖蒲とバディ組んだ方がやりやすいもん。なー? 菖蒲」

名を呼ばれた安司の弟はプイと素知らぬ顔でそっぽを向いた。どうやらこの騒動に関わりたくないらしい。

翠は黒板を見た。大上 翔/法力【70】冥力【70】。
こちらもまた驚くべき数値だ。平均値が【20】の中、非常に高い。

「了承があれば、担任が提示する勝負のもとバディ交換ができます。しかし、今回は熊木君も大上君も、交代は希望していない。八神安司君、残念だが、諦めなさい」

安司がサッと財布を取り出し、五枚の紙を出した。

「翔、もし俺に勝てたらここで五万やるよ」

執事気質が抜けていない翠は心の中で「安司様、無駄遣いはいけません」と注意した。
翔は拳をつくってグッと親指だけを天井に突き出す。

「やってやろうじゃん」

(即答で了承した?! 菖蒲様はどうするんだ?!)

翠は目が飛び出るほど驚いた。

(菖蒲様と翔君の関係は、金で左右されるような、そんな希薄なものだったのか)

翠は菖蒲をチラと見る。彼は、まるで置物のように動かなかった。
背筋はまっすぐ、指先まで無駄がない。
安司が周囲が騒ぎ立てても、その瞳だけは静かな湖面のように揺れなかった。
だが、今はその静けさの奥に、鋭い刃のような冷たい光が潜んでいた。

コキ、と翔は自信満々に指を鳴らした。

「こいよ安司。なんの勝負かわからないが、返り討ちにしてやる」

(もし安司様が勝ったら、私は柴君、もしくは菖蒲様のバディになるということか)

バディ問題に巻き込まれた翠、菖蒲、柴、熊木はバチバチに盛り上がる二人を眺めていた。
数人の生徒がいいぞー、やれやれー、と適当な野次を飛ばしている。

二時限目のチャイムが鳴った。休憩時間はいつの間にか終わっていたようだ。

「次の授業も学校説明として、私が担当することになっています。では、このまま二時限目に入ります」

古賀教員の合図とともに、さらっと二時限目が始まった。

「勝負は早押しクイズで行います。僭越ながら、クイズは私の趣味で構成します」
「クイズだぁ?」

武闘的な勝負を予想していたのだろう。そっちの方面にはよほど腕に自信があった安司だったが、拍子抜けする勝負方法に納得できず、眉間にシワを目いっぱい寄せた。

「勝ち抜き勝負です。クイズで先に二問正解したら勝利となります」

担任が教卓に出したのは数種類の早押しボタンだった。それぞれ色が異なる。
早速、配られたボタンを翔が押してみる。すると「ピコーン」という音が出た。

翔が楽しそうに「いい音」と言った。

「熊木君、君もバディ交換で八神安司君に希望されていますが、どうしますか」
「俺は……できればこのままがいい」

無表情だが、熊木の声には動揺が感じ取られた。

「面白そうだけどな」

熊木のバディ相手、柴が両手を頭のうしろに組み、楽しそうに言った。
柴が意外にも乗り気な様子なのに気づき、安司は追加で五万円を見せる。

「参加したやつには全員やるよ。五万ずつな。ただし、俺に勝ったら、だ!」

柴はまた口笛をヒュ~♪と吹き、参加する意志を示した。
熊木はどう見ても嫌そうだった。柴には逆らえないのか、結局言われるがまま、クイズに参加することになった。

「では、熊木、柴ペアも参加ということですね。速やかに早押しボタンの前に移動してください。始めます」

教室内の椅子と机ははいつのまにか移動され、クイズ大会仕様になっている。
中央に六つの机、そして中央を取り囲むようにギャラリーの椅子が並べられ、六人と一人の担任以外の生徒はワクワクしながらクイズ参加者を見つめていた。

***

黒板に、「物理クイズ行け行けGOGO!」と書かれていたのに気づき、翠は呆れた。

「物理はまぁまぁ得意なんだよ!」と意気込むのは、このクイズのきっかけとなった八神安司。
そしてもう一人、この勝負に熱くなっている男がいた。大上翔だ。
翔は腕をぐるぐる回し、「五万円もらったら焼肉行こー」と八神菖蒲に話しかけていた。

菖蒲はウンともスンとも言わず、無表情で立っていた。
残る翠、熊木、柴も、とりあえずクイズに付き合っている、という感覚であった。

クイズ参加者六名が横一列に並び、脇で一人の大人がウロウロしながら語り始める。

「司会を務めますのは——!一組副担任教師、わたくし長谷部 初が務めさせていただきます」

長髪の髪を一つに縛った教員、長谷部がボールペンをマイクにして実況し始める。彼の声は柔らかいが、よく通った。
眼鏡の奥の瞳は笑っているようで、感情を読み取らせない。

「ちなみにこのクイズを作ったのは物理大好き、表情筋が壊滅してる、古賀先生だ~!」

一組の担任、古賀が手を挙げた。淡々としているが、意外とノリは良いようだ。
生徒が「わー!」やら「うおー」といった、だみ声で盛り上がりを見せた。一組には男子しかいない。女子は二組に固まっているので、どうしても野太い声ばかりになる。

「今回のクイズ参加者は

バディ番号④番
柴世那&熊木善一郎

バディ番号⑦番
八神菖蒲&大上翔

バディ番号⑧番
八神安司&渡里翠

です! バディ交代を希望しているのは八神安司君のみ! その他はバディ交代は不要、でいいよね? んじゃ、みんな、安司君を勝たせないように、がんばってね!」

「おい、長谷部。教師のくせに他の生徒の肩持つとか”あり”なのかよ」

安司が吠えた。

「”あり”に決まってるよ。先生が決めたバディに反対するなんて、問題児でしかないからね。あとちゃんと”先生”ってつけてね。敬語も。内申点を下げる権限、私にもあるの忘れないように」

長谷部は持っていたペンで安司を指さす。

「ッケ! 担任の質を疑うぜ」

(安司様、もう少し謙虚に生きましょう……)

思ったとて、今は執事ではない。その言葉はグッとこらえた翠だった。

古賀教員は淡々とクイズを始める。

「では第一問。」

古賀の低音が教室に響いた。ピンと張り詰めた緊張が走る。

「物体の速度が増加した場合、その質量は増えるでしょうか、増えないでしょうか。
これは物理学的な問題です。感覚や印象ではなく、物理法則に基づいて考えてください」

ばしぃぃん!と勢いよく翔がボタンをたたいた。
ボタンが青く明滅する。

「俺! 答えられる!」

翔の目がキラキラと輝いていた。よほど楽しいらしい。

「はい、大上くん」
「増える! でしょ」
「正解」

ピンポン♪ と正解を知らせる音が副担任の携帯から鳴った。音響担当も長谷部の役目のようだ。

「っしゃー! 安司~、俺がリードしちゃったなー?」

翔がニマニマと歯を見せて安司を揶揄う。

「ッチ」

安司は今にも翔にツバを飛ばしそうな勢いだ。

「五万円はラクショーかもね」
「黙れよクズ」

安司と翔のやりとりを見ていた熊木が、バディの柴に「物理は得意か?」と聞いていた。
柴は首を振っていた。

翔に先を越されてしまい、翠は焦る。しかしこの時ふと、結局自分はどっち側なのだろうと悩んだ。

(安司様とバディになれるのは嬉しいけど、安司様は嫌がってらっしゃるし……)

もしも自分が答えられる問題があったら、遠慮なく当てた方がいいのだろうか?
悩んでいたら、第二問が始まってしまった。




<続く>
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