元執事は祓い師を目指す 〜冷たいご主人様にもう一度仕えたくて〜

わだなごみ

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五話「いつか、君に恩返しをするよ」

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「うちは手いっぱいなのよ!」
「うちだってそうさ!」
「喧嘩しなさんな、じゃあ、こうしよう、一カ月ごとにどこかの家で見ることにして……」
「たらい回しにしてたら、児童相談所が何か言ってくるんじゃない? そしたら遺産が……」


自分のせいで、大人が怒鳴り合っているのを見るのはつらかった。
自分一人で生活できる力が欲しかった。

いつもの公園へ行くと、杖をついたおじいさんがいた。ここへ毎日散歩をしに来ている人だ。

「おじいさん、何歳になったら、一人で生活できるようになるの?」

目が悪いおじいさんは、翠ではなく、滑り台に向かって、「16歳くらいかの」と言う。

「ぼくが今日で七歳になるから……あと十年くらい?」
「計算ができるのか。すごいことだね」

ポンポン、と頭を撫でられた。
保育園の先生以外に褒めてもらうのははじめてだった。ちょっと嬉しかった。

今日も夕方になるまで、砂山や滑り台で遊んだ。保育園の先生が言っていた言葉を思い出す。
「暗くなる前に帰りなさい。妖に食べられちゃうから」。

時計台を見る。
時刻の見方を理解していた翠は服についた砂をはたいて、公園の階段を降りていた。
車道で大人の女が一人倒れているのを見かけた。

「たいへんだ!」

翠は起こしてあげようと、車道の真ん中へ駆けた。
すると、髪の長い女はガシッ!と翠を抱きしめた。

「おきれる?ここは車が通るから、あぶないよ。あっち、行こう?」

翠が何を言っても、女はクスクスと笑っているだけだ。だんだん気味が悪くなり、翠は離れようとする。しかし、女の力が強くて逃げられない。そうこうしているうちに、遠くから車がやってきた。どうしてか、速度を下げてくれない。暗くとも街灯があるので、車道の真ん中に人がいれば気づくはずだ。でも、車は速度を変えずに突進してくる。
女の笑いは大きくなる。長い前髪の奥で、口だけが裂けるように笑っていた。

「ひっ!」

前髪がずれ、顔が見えた。女には目と鼻がなく、あるのは大きな口だけだった。
その時だった。

ギェェェ!と女が叫ぶ。
拳ほどの白い光が、女の顔面を直撃した。

「おい! 轢かれたくなかったら、立て! こっちこい!」

自分と同い年くらいの子どもが、手のひらをこちらにむけて呼んだ。
急いで立ち上がる。同時に、車がキキィ!と目の前で停まった。

車の窓は開いていた。

「きゃあ! 急に子供が出てきた?!」と、車から悲鳴が聞こえ、何事かと翠は振り向く。

腕を引かれる感覚があった。さっきの子どもが車道の方まで来て、翠の手を握ったのだ。
車で騒いでいる女性を放置し、少年は歩道まで翠を歩かせた。
口が裂けた女性は消えていた。

(あの女の人、なんだったんだろう?)

翠は車道の方を見て、首を傾げる。

「なあ、なんさい?」

たすけてくれた子どもが話しかけてきた。

「きょうで七歳」
「おないどしか! じゃあ、お前がおれの運命の人だな!」

すごく嬉しそうに両手を握って来た。ちょっとドキドキした。

(運命?)

「なぁ、なまえは? おれ、あんじ」
「ぼくの名前は、すい、だよ」
「ぼく?」

相手が怒ったような、呆れたような顔をする。

「おまえ、女じゃないのか? その顔で?」
「う、うん」

「んだよクッソー。いんちきめ」
「いんちき?」

「ここで、この時間に待ってたら運命の人に会えるって占い師に言われたんだ。けっ! 信じて損した」
「運命の人?……そうなんだ。もうちょっと待ってみたら? ぼくも一緒に、待ってあげるよ」
「ふむ。一理ある」

しかし、どれだけ待っても、七歳くらいの女の子が現れることはなかった。空はまっ暗だ。

「やべ、携帯忘れた。お前んちの電話、かして。親に連絡する」
「う、うん。いいよ」

大人たちに何かをお願いをしたことは一度もない。電話を貸してもらえるかお願いするのは、ちょっと緊張する。でも、たぶん自分はこの少年に命を救われたから、恩を返さなくてはいけないと思った。”あの人たち”に電話を貸してとお願いするのは怖かったけど、頑張ろうと思った。

「おかあさんに言わないで来ちゃったの?」
「そうだよ。なんかワリーか?」
「わるくないけど、おかあさん、心配しない?」
「心配するから一人で来たんだろ。必ず一人で行けって占い師に言われたんだよ。親と一緒に車に乗ってたら、見えないからって」
「ふーん」

家は近い。
まだ、大人たちは話し合っていた。

「そもそも翠なんか、手放せばいいだろう。遺産も大した金額でもないし」
「そうね……そうしましょうか。はぁ。いっそのこと、翠も一緒に交通事故で姉さんともども死んでくれてれば、こんな騒動にはならなかったのに」
「翠なんか手放せばいい。どうせ金のために引き取っただけだろ」
「そうだ、遺産をうまくこちらで全部使い切ってから、児相に預ける方法はないか調べようじゃないか」

そんな話が聞こえて、安司が「むなくそワリー」と言った。
翠も七歳だ。今の内容はなんとなく理解できていた。

「あんじくん、電話、かしてもらえるようお願いしてくるね……」

先ほどの会話で、翠は泣きそうになっていた。

「いいよ、勝手にかりる」

固定電話は玄関に入ってすぐの場所にあった。

翠は驚く。勝手に電話を使っても怒られないかなとオロオロと慌てた。

「じいや、迎えに来てくれ。住所は○○区○○町三丁目」

ガチャン、と電話を切って、翠をつれて外へ出た。

「家、帰んぞ」
「え? ぼくの家はここだけど」
「家じゃねーだろ、ここは」

よくわからないまま安司の家でご飯をご馳走になり、お風呂に入り、同じベッドで横になった。

「だいじょうぶかな、明日怒られないかな」
「もうあの家には帰らなくていいぞ。電話したら、お前の事、よろしくお願いします~って言ってたらしい」
「……?」
「俺の小遣いでお前を買った。今日から俺の執事として働け」

翠は事の成り行きがあまり理解できていなかった。

「だーかーら、お前はもう、あの家に戻らないで、この家で暮らしていいってことだよ」
「そ、そんなことできるの?」
「ま、俺んちは超金持ちだからな。だいたいなんとかなるんだ」
「お金ってすごいんだね。しつじって、何すればいいの? 学校行かなくても、なれる?」
「執事っつっても、まだ子供だからちゃんと仕事しなくてもいいさ。小学校も中学校も行かしてやるから、安心しろ……なに泣いてんだよ。嫌なら、あの家もどってくれてもいーぞ」

翠は首を振った。ふわふわの毛布をぎゅっと握る。親が交通事故で死んでから、ずっとタオルを毛布替わりにして眠っていた。こんなに柔らかい場所で眠るのは、すごく久しぶりだった。

「もどりたくない。もう、誰にも迷惑、かけたくない」

あの大人たちの前では、自分は非力で、生きているだけで迷惑な存在だった。

「がんばって働く。だから、ここにいさせて」

「喜んでる、んだよな? なんで泣いてるんだ?」
「わかんない。嬉しいのに、涙が出るんだ」
「変なの……寝ようぜ。明日は俺の自慢のオモチャ、たくさん紹介してやる。んで、いっぱい遊ぼーぜ」

安司がぎゅっと翠の手を握った。

「うんっ」

眠さがやってきて、翠の目が半分ほど閉じていく。

「おうちと、お仕事、くれて…ありがと……」
「おー……ふわぁぁ……ねむ」
「いつか、あんじ君に……恩…返し……」
「もう……寝ろ……」
「ん……」


******


「あ……」

学校のチャイムが聞こえた。

夢を見た。
子どもの頃、あの日を境に、親戚とは一度も会うことなく八神家で暮らしていた。

前方に、よく見知った背中がある。

「安司、くん」
「ああ? んだよ」

安司が体をひねってこちらを見る。
翠は寝ぼけていた。

「いつか、君に恩返しをするよ」
「……?」

安司が首を傾げた時、やっとここは高校であることを思い出した。
しかも午前中、翠がバディを交代しないと宣言したせいで、安司が大激怒して帰宅しそうになったのだ。

「ハッ! あ、い、いえ、なんでもありません……っ、失礼、しました……」

「恩なら、もうとっくに……」
「え?」

「あー、もういい! 今日から、お前から俺に話しかけるの禁止」
「あ、は、はい……かしこまりました……」


午前中、双子の弟に術をかけられ、気持ち悪いくらいの好青年になっていた安司だったが、昼休憩の間に術は解けてしまったようだ。

ヒョコっと翔が翠の席にやってきた。

「翠。花、回収するの忘れてた」
「あっ」

クイズの時に術でつけられた白いツツジの花が、頭にくっついたままだった。

「あとさ、これ、午後の授業終わったら安司に渡して開けるよう言っといてくれない?」

前にいる安司に聞こえないよう、ひそひそと小声で頼んできた。合わせるように、翠も声を押さえて聞き返す。

「この箱、何が入ってるの?」
「へへ、お楽しみ。安司のやつ、調子に乗ってるから、ちょっと反省させてやろうと思ってさー」

「聞こえてんぞ」

安司が後ろをふりむき、小箱に向かって消しゴムを投げてきた。容赦なく、ドッジボール並みの速度で。
バコ!と消しゴムが直撃し、小箱が開いてしまった。煙が巻き上がる。

翔が「うわ、逃げろー!」と言って、翠の席から離れた。翠だけが、小箱から出てきた煙を直に浴びる。
モクモクと桃色の煙が上がり、ゆっくりと霧散した。

「けほ、けほ……翔君、なにこれ。なんか甘い匂い……」

手で煙をはたき、窓を開けた。

人差し指をぶるぶると震わせながら、目を見開いた安司がいた。
いつも吊り上がっている眉が、信じられないものを見るように跳ね上がる。

「……おまえ、翠、か?」

「え?」

高く清らかな声が、教室に響いた。


<続く>
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