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あ、転んだ
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今日も僕は朝のバルコニーから下を見る。
季節は冬になっていて、周囲の家やマンション、街路樹にイルミネーションが灯る。まだ少し仄暗い冬の朝。キラキラ点滅するオレンジ色の電球の光がどこまでも続く。寒すぎて、外に出るのも嫌になるのに、僕はスウェットにダウンコートを着込んでバルコニーに出る。火傷しそうに熱いコーヒーの入ったマグカップを持って。
毎朝見かけるあの人は、今日も出勤している。今日は珍しく隣に一緒に歩く人がいるようだ。頭一つ分大きな身長。きっと男性だろう。クリスマスも近いからなあ。僕がこうやってぼんやりと毎日を仕事だけに捧げて過ごしている間に、行き交う人の種類も変わり、様々な人間関係ができては消えていく様子を見かける。
こないだの梅雨に転んだ子供は、数年後には小学生じゃなくなる。
僕は…きっと変わらないだろうな。興味の対象が移り変わるだけで、人と適切なコミュニケーションを取れるいい人間にはなれそうにない。
靴下が冷たくなり足の皮膚の温度を奪っていく。冷え込んでるな。灰色の空から雪が降りそうだ。僕は早々に部屋に入った。
やはり雪が降り、夕方には積もり始めた。僕は日中に必要な食料品を買い込んで、夕方バルコニーの雪対策をすることにした。置いている植木鉢を室内に避難させたりする。
帰宅時間なのか、仕事帰りの人が三々五々帰路に着いている。雪が思うよりも積もって、道が滑りやすくなっているようだ。
「あ、転んだ」
その僕の声は思うよりも大きくて、アパートメントや他のマンションに反響した。
転んだ人が僕の方を見た。
その人は、毎朝見ている彼女だった。顔は遠いからよく見えないが、服装や髪型からしてそうだった。彼女から僕がどのぐらい見えているかどうかはわからないけれど、存在を見つけられてしまったことにひどく動揺した。
「あ……」
僕は小さく声を漏らした。
彼女は転んで身体を少し起こした状態のまま僕を見上げている。
部屋へ隠れないと。いや、怪我をしているかもしれない。ごちゃごちゃと考えていたが身体が先に動いた。ダウンジャケットを引ったくって、玄関を飛び出し、僕は階段を駆け下りた。
アパートメントのエントランスを出て彼女がいないか見回した。ちょうど立ち上がり歩こうとしているところだった。
「大丈夫ですか?」
声を掛け、初めて彼女の顏をはっきりと見た。同じぐらいの年齢の人だった。好きなタイプの顔立ち。不思議なことに、僕は初対面なのに全く緊張しなかった。ずっと見ていたから、知っているつもりでいる自分がおかしかった。
彼女は、僕を見ると目を見開き驚いている。知らない男からいきなり助けに来られても確かに怖いかもしれない。
「はい……。あの、すみません出てきてもらちゃって。さっき上にいた方ですよね?」
「はい。それより、膝から血が出てます。歩けますか」
パンプスから見える足首も腫れているように見える。歩こうとした彼女は派手によろける。咄嗟に肩を支えた。
「おっと…!無理そうですね。ご家族に迎えに来てもらった方がいい」
「あの、私も、ここに住んでて」
「え?」
彼女は僕の住むアパートメントを見上げた。
「じゃあ、お部屋までお手伝いします」
そうは言ったものの、僕が肩を貸しても、片足で荷物を持ち、雪の中をヒールの高い靴で歩行するのは難しかった。
「あの、もし嫌じゃなければ、おぶっていきます」
「いやそれは……」
「このままだとエントランスに着くまでに凍えちゃいますよ。階段もあるし」
雪はしんしんと降り続けている。もう街灯が点いて辺りはすっかり暗くなった。100m弱の距離だが、怪我した脚には辛いだろう。僕も寒さで手の感覚が無くなってきた。彼女は僕の背に乗ろうとしない。
「そこまでなんで、失礼しますね」
僕は彼女の脚をすくい上げ、抱えて運んだ。こんなこと、前の彼女にだってした事無かったな。まあ、今回は怪我人救助だから。そう思いながらも心臓の鼓動はうるさかった。きっと、久しぶりに女性に触れたからだ。
「あの、もう」
「エレベータは奥にあるの知ってるでしょう」
エレベータは何故か一番奥にあって、これだけがこのアパートメントの良くない点だった。
彼女を下ろした。
「ありがとうございます、ご迷惑おかけしてしまって」
「いいんです。たまたま見かけて良かった。僕は櫃木アオイと言います」
「あ、森丘キキョウです」
エレベータに乗り込む。とりあえずこれで一安心だ。
「何階ですか?僕は見ての通り3階なんですけど」
「……多分、お隣です、部屋」
「え?!」
僕は驚いてばかりだ。
「私、303号室なんです」
「あ、確かに隣だ」
僕は302号室に住んでいた。最近隣から聞こえる微かな甘いアノ時の声は、彼女の声だったのか。頭を抱えたくなった。バルコニーから見ているだけが幸せだったな。現実はいつも僕を正確に撃ち抜きに来る。
「全然気づかなかったなー。まあ当たり前ですね。僕はご近所付き合いもしないし」
と苦笑いしながらお茶を濁した。
「私、いつもエレベータ使うから、階段使われてたら会わないかもですね」
「そうですね、僕は階段派だ」
303号室の隣がエレベータで、僕は301号室側の階段を使っていた。
エレベータが3階に着いた。肩を貸し何とか彼女の部屋の扉まで辿り着いた。
「櫃木さん、ありがとうございました。助かりました」
「いえいえ、森丘さんこそお大事に」
後は彼氏が何とかしてくれるだろう。僕も隣の自分の部屋に戻った。
濡れたジーンズを脱いで、熱いシャワーを浴びた。
多分、ここは隣と鏡合わせの間取りになっている。きっと彼女も僕と別れた恋人とが寝ている時の声を聞いたことがあるだろう。一方的に見ていると思っていた人が僕の事を少しでも知っている可能性があるなんて。もしかしたら、バルコニーから僕が見ているのも知っているかもしれない。お隣さんを観察してたなんて。ほんとに僕は馬鹿なんだな。
身の置き所が無いような気持ちになって、僕はやみくもに頭をゴシゴシと洗った。
仕事が年末進行で、思わぬ仕事を振られ、全く家から出ない毎日が続いた。食べるものもデリバリーばかりだ。もうピザは飽きたな。
あ、明日はクリスマスイブなんだ。カレンダーを見て気づく。
あれから隣の森丘さんは一度お礼にお菓子を持ってきた。それから何のかかわりもなく、僕はいつも通りに過ごしている。ただ、いつもの日課がたまに、になったのが大きな変化だった。実際に相手を知ってしまった以上、なんとなくむやみに観察するのが憚られた。
だが今日は完徹してクタクタだ。朝の美味しい空気が吸いたい。僕はバルコニーに出て伸びをした。いつもの時間のはずだが、彼女は出てこない。平日だけど休みでも取ってるのかな。うー、寒い。寝る前だから、とノンカフェインのお茶を淹れた。これを飲んだら、ベッドに飛び込もう。
あ、森丘さんと彼氏だ。いつもと違う距離感。何か言い合ってる?様子がおかしい。そういや、なんか昨日隣がドタバタしてたな。
次の瞬間、彼氏が森丘さんをひっぱたいた。彼女が叩かれた頬を押さえている。
「おい!何やってんだ!!」
思わず手すりから身を乗り出して叫んでいた。
彼氏は他人に見られてバツが悪かったのか走って逃げるように行ってしまった。森丘さんが僕を見上げる。
ああ、まただ。僕はダウンジャケットにニット帽を引っ掴んで階段を駆け下りた。
「森丘さん、大丈夫ですか?」
「櫃木さん……!」
彼女は頬を押さえて泣き出していた。君は何であんな人前で頬を叩くような男と付き合ってるんだ。僕は何故かわからないけれど腹が立っていた。
「口、切れてる。おいで」
僕は泣きじゃくる森丘さんの手を引いて、彼女の部屋ではなく自分の部屋に連れてきた。何も言わず彼女はついてきた。
ソファに座らせる。よく見ると、彼女の顏には今ついたものではない青い痣があった。
「そんなんじゃ会社無理だと思いますよ。休みの連絡を入れた方がいい」
森丘さんは薄く頷いて、会社に電話を掛けた。
「寒いけど、冷やして。ひどく腫れたらいけないから。痛いのもそこだけじゃないでしょう」
僕は氷嚢を作って渡した。
「すみません…でも血が…」
「いいよついたって。今はそういうの気にしてる場合じゃないだろ」
思わず乱暴な言い方になってしまった。彼女はいちいち遠慮しすぎる。付き合っていてこんな風だったら相手はもどかしいだろうな。ほんの少しだけ彼氏の気持ちがわかる気がした。
なのに変に素直で、僕の部屋について来てしまうんだから。堅いのか隙があるのかわかりゃしない。手を引いて連れてきたのは僕なのに、そんなことを思っていた。
「詳しい話はあとで聞くから、少し休んで。お茶、口に沁みるかもしれないけど置いとくから」
「すみません…ありがとうございます」
「謝らなくていいよ。僕は在宅の仕事だから気にしないでください。今日は仕事ないから」
本当はまだ午後やらねばならない仕事がある。でも、森丘さんを一人にすることも今はできそうになかった。
「エアコンが効くまで寒いから、毛布使って」
「横になって、いいですか?」
多分彼女も寝ていないんだな。夜中に聞こえていたあのドタバタした音。
「いいよ、楽な姿勢で使って。眠ってもいいし。僕も遅くまで仕事だったからウトウトするかも」
毛布を森丘さんにかけた。彼女を見ても、初めて僕の部屋に来たんじゃないような気がする。不思議な感覚だ。寝てないしな。
「ありがとう」
彼女は目を閉じた。僕も何だか疲れた。完徹でこんな事があってはなあ。
僕は森丘さんが寝たのを見計らって、隣の足元が長いローソファに横になった。毛布を顔まで被る。
一気に眠気が襲って来た。
季節は冬になっていて、周囲の家やマンション、街路樹にイルミネーションが灯る。まだ少し仄暗い冬の朝。キラキラ点滅するオレンジ色の電球の光がどこまでも続く。寒すぎて、外に出るのも嫌になるのに、僕はスウェットにダウンコートを着込んでバルコニーに出る。火傷しそうに熱いコーヒーの入ったマグカップを持って。
毎朝見かけるあの人は、今日も出勤している。今日は珍しく隣に一緒に歩く人がいるようだ。頭一つ分大きな身長。きっと男性だろう。クリスマスも近いからなあ。僕がこうやってぼんやりと毎日を仕事だけに捧げて過ごしている間に、行き交う人の種類も変わり、様々な人間関係ができては消えていく様子を見かける。
こないだの梅雨に転んだ子供は、数年後には小学生じゃなくなる。
僕は…きっと変わらないだろうな。興味の対象が移り変わるだけで、人と適切なコミュニケーションを取れるいい人間にはなれそうにない。
靴下が冷たくなり足の皮膚の温度を奪っていく。冷え込んでるな。灰色の空から雪が降りそうだ。僕は早々に部屋に入った。
やはり雪が降り、夕方には積もり始めた。僕は日中に必要な食料品を買い込んで、夕方バルコニーの雪対策をすることにした。置いている植木鉢を室内に避難させたりする。
帰宅時間なのか、仕事帰りの人が三々五々帰路に着いている。雪が思うよりも積もって、道が滑りやすくなっているようだ。
「あ、転んだ」
その僕の声は思うよりも大きくて、アパートメントや他のマンションに反響した。
転んだ人が僕の方を見た。
その人は、毎朝見ている彼女だった。顔は遠いからよく見えないが、服装や髪型からしてそうだった。彼女から僕がどのぐらい見えているかどうかはわからないけれど、存在を見つけられてしまったことにひどく動揺した。
「あ……」
僕は小さく声を漏らした。
彼女は転んで身体を少し起こした状態のまま僕を見上げている。
部屋へ隠れないと。いや、怪我をしているかもしれない。ごちゃごちゃと考えていたが身体が先に動いた。ダウンジャケットを引ったくって、玄関を飛び出し、僕は階段を駆け下りた。
アパートメントのエントランスを出て彼女がいないか見回した。ちょうど立ち上がり歩こうとしているところだった。
「大丈夫ですか?」
声を掛け、初めて彼女の顏をはっきりと見た。同じぐらいの年齢の人だった。好きなタイプの顔立ち。不思議なことに、僕は初対面なのに全く緊張しなかった。ずっと見ていたから、知っているつもりでいる自分がおかしかった。
彼女は、僕を見ると目を見開き驚いている。知らない男からいきなり助けに来られても確かに怖いかもしれない。
「はい……。あの、すみません出てきてもらちゃって。さっき上にいた方ですよね?」
「はい。それより、膝から血が出てます。歩けますか」
パンプスから見える足首も腫れているように見える。歩こうとした彼女は派手によろける。咄嗟に肩を支えた。
「おっと…!無理そうですね。ご家族に迎えに来てもらった方がいい」
「あの、私も、ここに住んでて」
「え?」
彼女は僕の住むアパートメントを見上げた。
「じゃあ、お部屋までお手伝いします」
そうは言ったものの、僕が肩を貸しても、片足で荷物を持ち、雪の中をヒールの高い靴で歩行するのは難しかった。
「あの、もし嫌じゃなければ、おぶっていきます」
「いやそれは……」
「このままだとエントランスに着くまでに凍えちゃいますよ。階段もあるし」
雪はしんしんと降り続けている。もう街灯が点いて辺りはすっかり暗くなった。100m弱の距離だが、怪我した脚には辛いだろう。僕も寒さで手の感覚が無くなってきた。彼女は僕の背に乗ろうとしない。
「そこまでなんで、失礼しますね」
僕は彼女の脚をすくい上げ、抱えて運んだ。こんなこと、前の彼女にだってした事無かったな。まあ、今回は怪我人救助だから。そう思いながらも心臓の鼓動はうるさかった。きっと、久しぶりに女性に触れたからだ。
「あの、もう」
「エレベータは奥にあるの知ってるでしょう」
エレベータは何故か一番奥にあって、これだけがこのアパートメントの良くない点だった。
彼女を下ろした。
「ありがとうございます、ご迷惑おかけしてしまって」
「いいんです。たまたま見かけて良かった。僕は櫃木アオイと言います」
「あ、森丘キキョウです」
エレベータに乗り込む。とりあえずこれで一安心だ。
「何階ですか?僕は見ての通り3階なんですけど」
「……多分、お隣です、部屋」
「え?!」
僕は驚いてばかりだ。
「私、303号室なんです」
「あ、確かに隣だ」
僕は302号室に住んでいた。最近隣から聞こえる微かな甘いアノ時の声は、彼女の声だったのか。頭を抱えたくなった。バルコニーから見ているだけが幸せだったな。現実はいつも僕を正確に撃ち抜きに来る。
「全然気づかなかったなー。まあ当たり前ですね。僕はご近所付き合いもしないし」
と苦笑いしながらお茶を濁した。
「私、いつもエレベータ使うから、階段使われてたら会わないかもですね」
「そうですね、僕は階段派だ」
303号室の隣がエレベータで、僕は301号室側の階段を使っていた。
エレベータが3階に着いた。肩を貸し何とか彼女の部屋の扉まで辿り着いた。
「櫃木さん、ありがとうございました。助かりました」
「いえいえ、森丘さんこそお大事に」
後は彼氏が何とかしてくれるだろう。僕も隣の自分の部屋に戻った。
濡れたジーンズを脱いで、熱いシャワーを浴びた。
多分、ここは隣と鏡合わせの間取りになっている。きっと彼女も僕と別れた恋人とが寝ている時の声を聞いたことがあるだろう。一方的に見ていると思っていた人が僕の事を少しでも知っている可能性があるなんて。もしかしたら、バルコニーから僕が見ているのも知っているかもしれない。お隣さんを観察してたなんて。ほんとに僕は馬鹿なんだな。
身の置き所が無いような気持ちになって、僕はやみくもに頭をゴシゴシと洗った。
仕事が年末進行で、思わぬ仕事を振られ、全く家から出ない毎日が続いた。食べるものもデリバリーばかりだ。もうピザは飽きたな。
あ、明日はクリスマスイブなんだ。カレンダーを見て気づく。
あれから隣の森丘さんは一度お礼にお菓子を持ってきた。それから何のかかわりもなく、僕はいつも通りに過ごしている。ただ、いつもの日課がたまに、になったのが大きな変化だった。実際に相手を知ってしまった以上、なんとなくむやみに観察するのが憚られた。
だが今日は完徹してクタクタだ。朝の美味しい空気が吸いたい。僕はバルコニーに出て伸びをした。いつもの時間のはずだが、彼女は出てこない。平日だけど休みでも取ってるのかな。うー、寒い。寝る前だから、とノンカフェインのお茶を淹れた。これを飲んだら、ベッドに飛び込もう。
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ああ、まただ。僕はダウンジャケットにニット帽を引っ掴んで階段を駆け下りた。
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「櫃木さん……!」
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「口、切れてる。おいで」
僕は泣きじゃくる森丘さんの手を引いて、彼女の部屋ではなく自分の部屋に連れてきた。何も言わず彼女はついてきた。
ソファに座らせる。よく見ると、彼女の顏には今ついたものではない青い痣があった。
「そんなんじゃ会社無理だと思いますよ。休みの連絡を入れた方がいい」
森丘さんは薄く頷いて、会社に電話を掛けた。
「寒いけど、冷やして。ひどく腫れたらいけないから。痛いのもそこだけじゃないでしょう」
僕は氷嚢を作って渡した。
「すみません…でも血が…」
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思わず乱暴な言い方になってしまった。彼女はいちいち遠慮しすぎる。付き合っていてこんな風だったら相手はもどかしいだろうな。ほんの少しだけ彼氏の気持ちがわかる気がした。
なのに変に素直で、僕の部屋について来てしまうんだから。堅いのか隙があるのかわかりゃしない。手を引いて連れてきたのは僕なのに、そんなことを思っていた。
「詳しい話はあとで聞くから、少し休んで。お茶、口に沁みるかもしれないけど置いとくから」
「すみません…ありがとうございます」
「謝らなくていいよ。僕は在宅の仕事だから気にしないでください。今日は仕事ないから」
本当はまだ午後やらねばならない仕事がある。でも、森丘さんを一人にすることも今はできそうになかった。
「エアコンが効くまで寒いから、毛布使って」
「横になって、いいですか?」
多分彼女も寝ていないんだな。夜中に聞こえていたあのドタバタした音。
「いいよ、楽な姿勢で使って。眠ってもいいし。僕も遅くまで仕事だったからウトウトするかも」
毛布を森丘さんにかけた。彼女を見ても、初めて僕の部屋に来たんじゃないような気がする。不思議な感覚だ。寝てないしな。
「ありがとう」
彼女は目を閉じた。僕も何だか疲れた。完徹でこんな事があってはなあ。
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