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第8話
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デューイはハーパー侯爵家の馬車に乗って街へむかっている。
ヴィオラも同乗していて、二人はこれからいつものように街にくりだすところだ。
「まったくあの女のせいで時間を取られてしまった。俺たちの課題をやらないなんて本当に腹の立つやつだ! お母様に言いつけてやる」
「シェリー様が課題をやらないなら、ヴィオラはどうすれば良いのでしょう? これから街に遊びに行くのに困ります!」
「そうだな。家に帰ったらお母様に相談してみよう。きっと名案をさずけてくださるはずだ!」
「ヴィオラの分もお願いできるのでしょうか?」
「ああ、もちろんだ! お母様は優しい方だからな、ヴィオラの分も頼んでやろう」
「すばらしいお母様ですね! ヴィオラうれしいです!」
ヴィオラに褒めたたえられ、甘えるように寄りかかられると、デューイは満足げに笑った。
そうだ、お母様は本当にすばらしい方だ。
デューイはこの世の誰よりも母を崇拝している。
高位貴族の子女はふつう乳母によって育てられるが、デューイは母みずからの手で育てられた。
もともと乳母が育てる予定だったのだが、デューイが生まれたその日、母は自分で子どもを育てると決め、用意されていた乳母を追い出したのだ。
このエピソードを知ったとき、デューイは母の強い愛を感じ、ますます母への思慕を深めたのだった。
本当に優しい母で、デューイは彼女に怒られた記憶がない。
デューイが欲しがるものは、どんなに苦労しても手に入れて与えてくれる。デューイがおそれるものから全力で守ってくれる、偉大な母である。
子どもの頃は夜、暗闇をおそれるデューイのためにずっと添い寝をしてくれていた。偏食なデューイのために食材に細心の注意を払い、決してデューイが嫌いな食べ物を食卓に出させなかった。
ただ一度、デューイが苦手な野菜が一かけらスープに混ざっていたことがある。母はその日のうちにシェフを首にしたのだった。
——お母様は誰よりも俺を大切にしてくれる。
——お母様がおっしゃることは俺のためを思ってのことだ。
——だから、お母様に従うべきなんだ。
デューイは母のおかげで安心して生きることができる。
母が兄に会わない方が良いと言えば、その通りにしてなるべく会わないようにした。だからデューイは兄のことを良く知らない。
本来は嫡男である兄マーティンがハーパー侯爵家を継ぐはずだが、母はデューイこそがハーパー侯爵家の跡継ぎだと言った。
母がそう言うのだから、そうなのだ。
シェリーが婚約者になったあと、彼女がデューイにふさわしい妻になれるように、母は毎月シェリーに指導するためにお茶会を設けた。
しかし、シェリーはせっかくの機会を活かすことができなかった。母による長年の指導にも関わらず、結局最後までデューイにふさわしい人間になれなかったのだ。
母がシェリーを嫌っている。それはつまり、デューイもシェリーを嫌うべきということだ。
課題をやりたくないと言ったデューイに、母はシェリーに課題をやらせるという方法を教えてくれた。すばらしい名案だった。今日までデューイは自分で課題をやらずにすんだのだ。
シェリーが課題をやらないと言うなら、母に聞けばまた方法を教えてくれるだろう。
デューイはすっかり安心して、ヴィオラに言った。
「ヴィオラもそのうちお母様に紹介してやろう。楽しみだろう?」
「はい! デューイ様のすばらしいお母様にお会いできるなんて、ヴィオラとても楽しみです!」
デューイはうれしそうなヴィオラの様子に満足した。
ふと考えた。母がシェリーと同じようにヴィオラを嫌ったらどうするか?
——それなら仕方がない。捨てればいいだけだ。
デューイは何のためらいもなくそう思った。
◇ ◇ ◇
ヴィオラはデューイに寄りかかりながら思った。
——この人、いつも母親の話ばっかり。
ヴィオラはため息をつきたくなった。
自分は人選を間違えたのかもしれない。しかし、学園であんなに大々的に婚約アピールをしてしまったのだから、もう後には引けなかった。
ヴィオラはあまり豊かではない子爵家の五人きょうだいの末っ子である。
上に四人の兄がおり、全員ヴィオラを溺愛している。
兄たちの態度から自分が男性にかわいがられるタイプであることを自覚し、幼いころから効果的に甘える技術を磨いてきたのだ。
あまり伝手のない父はヴィオラが貴族学校に入学するときに言った。
「ヴィオラはかわいいから、きっと学園で良い相手を見つけられるさ」
ヴィオラは野心に燃えていた。
——絶対に高位貴族と結婚して、良い暮らしをしてみせる!
せっかくかわいく生まれたのだから、それを活かさなければもったいない。そう思い、少数の成績優秀な下位貴族の男たちと、たくさんの高位貴族の男たちに粉をかけた。
下位貴族の男たちは課題をやらせたり、面倒ごとを押し付けるための存在だ。ヴィオラがすこし甘えるだけで、彼らはうれしそうに言うことを聞いた。
高位貴族の男たちはヴィオラのことが本当は好きでも、立場や婚約者の存在にとらわれて、素直になれない人が多いらしい。
先ほどの生徒会の男はヴィオラが甘えても態度を崩さなかった。きっとおなじように素直になれないタイプか、それとも女に興味がないのだろう。
デューイは単純な男なので、少し甘えただけですぐにヴィオラの虜になり、婚約しようと言ってくれた。デューイにも婚約者はいたが、難なく婚約破棄をしてくれたので何の問題もない。
これで未来の侯爵夫人だ! と浮かれるヴィオラだが、やはりデューイの母親を好きすぎる部分にはうんざりしていた。
完璧な相手ではないが、豊かな生活が保障されているのだから妥協するしかない、とヴィオラは現実的に考える。
褒めて甘えてさえいればご機嫌なんだから楽なものだとヴィオラ思う。
——生涯、優雅に暮らすべきなのだ。高貴な身分こそ自分にふさわしい。ヴィオラはかわいいから。
ヴィオラも同乗していて、二人はこれからいつものように街にくりだすところだ。
「まったくあの女のせいで時間を取られてしまった。俺たちの課題をやらないなんて本当に腹の立つやつだ! お母様に言いつけてやる」
「シェリー様が課題をやらないなら、ヴィオラはどうすれば良いのでしょう? これから街に遊びに行くのに困ります!」
「そうだな。家に帰ったらお母様に相談してみよう。きっと名案をさずけてくださるはずだ!」
「ヴィオラの分もお願いできるのでしょうか?」
「ああ、もちろんだ! お母様は優しい方だからな、ヴィオラの分も頼んでやろう」
「すばらしいお母様ですね! ヴィオラうれしいです!」
ヴィオラに褒めたたえられ、甘えるように寄りかかられると、デューイは満足げに笑った。
そうだ、お母様は本当にすばらしい方だ。
デューイはこの世の誰よりも母を崇拝している。
高位貴族の子女はふつう乳母によって育てられるが、デューイは母みずからの手で育てられた。
もともと乳母が育てる予定だったのだが、デューイが生まれたその日、母は自分で子どもを育てると決め、用意されていた乳母を追い出したのだ。
このエピソードを知ったとき、デューイは母の強い愛を感じ、ますます母への思慕を深めたのだった。
本当に優しい母で、デューイは彼女に怒られた記憶がない。
デューイが欲しがるものは、どんなに苦労しても手に入れて与えてくれる。デューイがおそれるものから全力で守ってくれる、偉大な母である。
子どもの頃は夜、暗闇をおそれるデューイのためにずっと添い寝をしてくれていた。偏食なデューイのために食材に細心の注意を払い、決してデューイが嫌いな食べ物を食卓に出させなかった。
ただ一度、デューイが苦手な野菜が一かけらスープに混ざっていたことがある。母はその日のうちにシェフを首にしたのだった。
——お母様は誰よりも俺を大切にしてくれる。
——お母様がおっしゃることは俺のためを思ってのことだ。
——だから、お母様に従うべきなんだ。
デューイは母のおかげで安心して生きることができる。
母が兄に会わない方が良いと言えば、その通りにしてなるべく会わないようにした。だからデューイは兄のことを良く知らない。
本来は嫡男である兄マーティンがハーパー侯爵家を継ぐはずだが、母はデューイこそがハーパー侯爵家の跡継ぎだと言った。
母がそう言うのだから、そうなのだ。
シェリーが婚約者になったあと、彼女がデューイにふさわしい妻になれるように、母は毎月シェリーに指導するためにお茶会を設けた。
しかし、シェリーはせっかくの機会を活かすことができなかった。母による長年の指導にも関わらず、結局最後までデューイにふさわしい人間になれなかったのだ。
母がシェリーを嫌っている。それはつまり、デューイもシェリーを嫌うべきということだ。
課題をやりたくないと言ったデューイに、母はシェリーに課題をやらせるという方法を教えてくれた。すばらしい名案だった。今日までデューイは自分で課題をやらずにすんだのだ。
シェリーが課題をやらないと言うなら、母に聞けばまた方法を教えてくれるだろう。
デューイはすっかり安心して、ヴィオラに言った。
「ヴィオラもそのうちお母様に紹介してやろう。楽しみだろう?」
「はい! デューイ様のすばらしいお母様にお会いできるなんて、ヴィオラとても楽しみです!」
デューイはうれしそうなヴィオラの様子に満足した。
ふと考えた。母がシェリーと同じようにヴィオラを嫌ったらどうするか?
——それなら仕方がない。捨てればいいだけだ。
デューイは何のためらいもなくそう思った。
◇ ◇ ◇
ヴィオラはデューイに寄りかかりながら思った。
——この人、いつも母親の話ばっかり。
ヴィオラはため息をつきたくなった。
自分は人選を間違えたのかもしれない。しかし、学園であんなに大々的に婚約アピールをしてしまったのだから、もう後には引けなかった。
ヴィオラはあまり豊かではない子爵家の五人きょうだいの末っ子である。
上に四人の兄がおり、全員ヴィオラを溺愛している。
兄たちの態度から自分が男性にかわいがられるタイプであることを自覚し、幼いころから効果的に甘える技術を磨いてきたのだ。
あまり伝手のない父はヴィオラが貴族学校に入学するときに言った。
「ヴィオラはかわいいから、きっと学園で良い相手を見つけられるさ」
ヴィオラは野心に燃えていた。
——絶対に高位貴族と結婚して、良い暮らしをしてみせる!
せっかくかわいく生まれたのだから、それを活かさなければもったいない。そう思い、少数の成績優秀な下位貴族の男たちと、たくさんの高位貴族の男たちに粉をかけた。
下位貴族の男たちは課題をやらせたり、面倒ごとを押し付けるための存在だ。ヴィオラがすこし甘えるだけで、彼らはうれしそうに言うことを聞いた。
高位貴族の男たちはヴィオラのことが本当は好きでも、立場や婚約者の存在にとらわれて、素直になれない人が多いらしい。
先ほどの生徒会の男はヴィオラが甘えても態度を崩さなかった。きっとおなじように素直になれないタイプか、それとも女に興味がないのだろう。
デューイは単純な男なので、少し甘えただけですぐにヴィオラの虜になり、婚約しようと言ってくれた。デューイにも婚約者はいたが、難なく婚約破棄をしてくれたので何の問題もない。
これで未来の侯爵夫人だ! と浮かれるヴィオラだが、やはりデューイの母親を好きすぎる部分にはうんざりしていた。
完璧な相手ではないが、豊かな生活が保障されているのだから妥協するしかない、とヴィオラは現実的に考える。
褒めて甘えてさえいればご機嫌なんだから楽なものだとヴィオラ思う。
——生涯、優雅に暮らすべきなのだ。高貴な身分こそ自分にふさわしい。ヴィオラはかわいいから。
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