【完結】マザコンな婚約者はいりません

たなまき

文字の大きさ
9 / 28

第9話

しおりを挟む
 シェリーは気が重かった。
 これから父に婚約破棄の件を伝えなければならない。

 シェリーの父であるカヴァデール伯爵は、とても多忙な人である。
 王都の伯爵邸、領地、各地にある商会の支店を行き来していて、あまり一か所にとどまることがない。

 幸いなことに、この一週間は王都のカヴァデール伯爵邸に滞在する予定だ。
 シェリーは忙しい父の時間を奪うことに気が引けたが、婚約破棄は伯爵家の将来に関わる問題なので、できるだけはやく報告しなければならない。

 シェリーはため息をつくと、重い足を引きずりながら階段をのぼって父の書斎の前にたどり着く。
 息をすって気持ちを落ち着けてからノックした。

「お父様、いらっしゃいますか? シェリーです」
 部屋の中からすぐに返事があった。
「入りなさい」

 扉を開けると重厚な机の前に壮年の男性が座っている。
 シェリーの髪と同じ灰がかった銀髪で、長年の苦労によるものか、眉間には深いしわがきざまれていて、彼に厳しい雰囲気を与えている。

「シェリー、久しぶりだな」
 いかめしい顔に反して、その声には久しぶりに会う娘に対する親愛の情が含まれていた。

「お久しぶりです、お父様」
 シェリーがあいさつすると、伯爵は立ち上がり、娘のために椅子を用意した。

「座りなさい。元気にしていたか?」
「はい。お父様もおかわりないようで安心いたしました」

 シェリーが言うと、伯爵は少し苦笑いで答えた。
「ああ、私は仕事さえしていれば元気なのだよ」

 シェリーが物心つくころには、父はすでに仕事であまり家にいなかった。
 そのため、父娘おやこであっても心理的に多少の距離があった。

 会話が続かず、沈黙が二人のあいだに流れる。

 伯爵の方が先に耐えられなくなったようで、話を切り出した。
「ところで今日はどうした? 私の部屋をたずねるとはめずらしい。話したいことがあるのかね?」

 シェリーは言いたくなかったが、言わなければならない。身体をこわばらせて、声が震えないように気をつけて言った。
「はい。本日デューイ様に婚約破棄を告げられました」
 言うとシェリーは父の顔を見ることができず、うつむいた。

 伯爵はしばらく沈黙したあと、厳しい声で言った。
「……ハーパー侯爵家の息子が? いったいどうしてそのようなことになったのだ!」

 伯爵の声からは動揺が伝わってきた。
 シェリーはそれも当然だと思う。
 自分はデューイとハーパー侯爵夫人、二人との関係がうまくいっていないことを何ひとつ父に話したことがないのだから。

 忙しい父親に迷惑をかけたくなかった。
 それ以上に何よりも、自分が婚約者とその母親とうまくやれない、不出来な娘だと唯一の肉親である父に失望されたくなかった。

 シェリーはうつむきながら言った。
「……申し訳ございません、お父様」

 伯爵はすこし落ち着きを取り戻したらしく、ゆっくりとした口調でシェリーにたずねた。
「なにがあったのだ? 毎月、婚約者同士のお茶会にも行っていたのではないか?」

 シェリーはできるだけ淡々と告げる。
「実は、お茶会にデューイ様は来ていませんでした。毎回ハーパー侯爵夫人とのお茶会だったのです」
「なんだと! なぜ母親が来る?」

 シェリーは肩がふるえるのをこらえられなかった。
「……わかりません。私はハーパー侯爵夫人に嫌われているようです。息子に会わせたくないと思っているのかもしれません」

「嫌われている……? あちらから申し出た婚約だぞ」

「はじめからずっとそうでした。初対面から嫌われていたと思います」

「なんということだ……」
 伯爵はかすれた声でつぶやいた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

妹のことが好き過ぎて婚約破棄をしたいそうですが、後悔しても知りませんよ?

カミツドリ
ファンタジー
侯爵令嬢のフリージアは婚約者である第四王子殿下のボルドーに、彼女の妹のことが好きになったという理由で婚約破棄をされてしまう。 フリージアは逆らうことが出来ずに受け入れる以外に、選択肢はなかった。ただし最後に、「後悔しないでくださいね?」という言葉だけを残して去って行く……。

王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~

葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」 男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。 ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。 それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。 とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。 あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。 力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。 そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が…… ※小説家になろうにも掲載しています

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました

饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。 わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。 しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。 末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。 そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。 それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は―― n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。 全15話。 ※カクヨムでも公開しています

【完結】無能と称され婚約破棄された精霊の愛し子は国を見切ります

ルー
恋愛
学園の卒業パーティーで突然婚約破棄を告げられたユリア・シェーラ。 ユリアに非があったのならば仕方がなかっただろう。 しかしあろうことかユリアの婚約者であったサイラス・ヴィ―ルヘミア第二王子はユリアに冤罪を着せ国外追放にしようとしたのだ。 もしユリアがただの侯爵令嬢であったならまだ何とかなっただろう。 だが、ユリアは精霊に愛される精霊の愛し子だったのだ。 精霊に愛されたユリアがいたからこそ、精霊の加護によってこの国は栄えたのであって、ユリアがいなくなれば必然的にその加護は消えてしまう。 その事実は貴族ならば誰でも知っている話だ。 しかしどこまでも馬鹿な王子サイラスは知らなかったのだ。 国外追放に処されたユリアはどこまでも馬鹿なサイラスと精霊の愛し子である自分を無能と称した国を見切った。 手始めにどうしようかと考えたユリアは死の森で隣国の皇太子に会う。

婚約破棄が破滅への始まりだった~私の本当の幸せって何ですか?~

八重
恋愛
「婚約破棄を言い渡す」 クラリス・マリエット侯爵令嬢は、王太子であるディオン・フォルジュにそう言い渡される。 王太子の隣にはお姫様のようなふんわりと可愛らしい見た目の新しい婚約者の姿が。 正義感を振りかざす彼も、彼に隠れて私を嘲る彼女もまだ知らない。 その婚約破棄によって未来を滅ぼすことを……。 そして、その時に明かされる真実とは── 婚約破棄されたクラリスが幸せを掴むお話です。

婚約者の幼馴染に殺されそうになりました。私は彼女の秘密を知ってしまったようです【完結】

小平ニコ
恋愛
選ばれた貴族の令嬢・令息のみが通うことを許される王立高等貴族院で、私は婚約者のチェスタスと共に楽しい学園生活を謳歌していた。 しかし、ある日突然転入してきたチェスタスの幼馴染――エミリーナによって、私の生活は一変してしまう。それまで、どんな時も私を第一に考えてくれていたチェスタスが、目に見えてエミリーナを優先するようになったのだ。 チェスタスが言うには、『まだ王立高等貴族院の生活に慣れてないエミリーナを気遣ってやりたい』とのことだったが、彼のエミリーナに対する特別扱いは、一週間経っても、二週間経っても続き、私はどこか釈然としない気持ちで日々を過ごすしかなかった。 そんなある日、エミリーナの転入が、不正な方法を使った裏口入学であることを私は知ってしまう。私は間違いを正すため、王立高等貴族院で最も信頼できる若い教師――メイナード先生に、不正の報告をしようとした。 しかし、その行動に気がついたエミリーナは、私を屋上に連れて行き、口封じのために、地面に向かって突き落としたのだった……

乳だけ立派なバカ女に婚約者の王太子を奪われました。別にそんなバカ男はいらないから復讐するつもりは無かったけど……

三葉 空
恋愛
「ごめん、シアラ。婚約破棄ってことで良いかな?」  ヘラヘラと情けない顔で言われる私は、公爵令嬢のシアラ・マークレイと申します。そして、私に婚約破棄を言い渡すのはこの国の王太子、ホリミック・ストラティス様です。  何でも話を聞く所によると、伯爵令嬢のマミ・ミューズレイに首ったけになってしまったそうな。お気持ちは分かります。あの女の乳のデカさは有名ですから。  えっ? もう既に男女の事を終えて、子供も出来てしまったと? 本当は後で国王と王妃が直々に詫びに来てくれるのだけど、手っ取り早く自分の口から伝えてしまいたかったですって? 本当に、自分勝手、ワガママなお方ですね。  正直、そちらから頼んで来ておいて、そんな一方的に婚約破棄を言い渡されたこと自体は腹が立ちますが、あなたという男に一切の未練はありません。なぜなら、あまりにもバカだから。  どうぞ、バカ同士でせいぜい幸せになって下さい。私は特に復讐するつもりはありませんから……と思っていたら、元王太子で、そのバカ王太子よりも有能なお兄様がご帰還されて、私を気に入って下さって……何だか、復讐できちゃいそうなんですけど?

処理中です...