15 / 28
第15話
しおりを挟む
王都からハーパー侯爵領へは馬車で二日程度の距離がある。
シェリーの父、カヴァデール伯爵とハーパー侯爵が手紙で日程調整をおこない、シェリーは学園を休んでハーパー侯爵領へむかった。
旅慣れている伯爵にとっては問題のない距離だが、めったに王都を離れないシェリーには、馬車に長時間ゆられる厳しい道のりだった。
伯爵はシェリーを気遣って、道中で町に通りかかるたびに休息をとらせてくれた。
身体的にはつらい旅ではあるが、馬車の中でシェリーは父とたくさん話ができた。今までの人生でこの父娘が会話した量を、この二日でかなり上回るほどに様々な話をした。
シェリーは父に学園生活について話した。友人ができたこと、生徒会について、今勉強していることなど。シェリーの話を伯爵はうれしそうに目を細めて聞いていた。
伯爵は亡くなった妻、シェリーの母について思い出を語った。
シェリーは幼い頃に亡くなった母の記憶がほとんどないので、とても興味深く聞いた。
母キャスリーンはとても天真爛漫な人だったようで、生真面目な性質の父にとっては予想もできない行動を取り、よく驚かされていたらしい。
母が自分たちの結婚式に愛犬のマエルを参加させたいと言って、ぜったいにゆずらなかったという話を聞いて、シェリーも驚いた。
——私は本当にお父様似なのね……。
母の思い出をなつかしそうに話す父はとても愛情深い表情をしていて、二人は正反対の性格をしていても、とても仲の良い夫婦だったのだと伝わってきた。
ハーパー侯爵領に近づくにつれ、伯爵の話は徐々に領地や商会経営の話題が多くなってきた。シェリーも興味がある分野なので問題はないのだが、こういった内容の会話をしていると、父娘というよりは先生と生徒だな、とシェリーはすこし愉快に感じた。
シェリーの疲労が蓄積して、会話も途切れがちになった頃、伯爵は窓から外を見て言った。
「見えてきたな」
シェリーも窓の外に目をやると、壮麗な屋敷が見えてきた。
広大な敷地を持ち、王都のハーパー侯爵邸とはくらべものにならないほど大きな屋敷である。
カヴァデール伯爵領の屋敷も立派なものではあるが、ハーパー侯爵領のそれは長い歴史を感じさせる存在感があった。
馬車が正門に到着すると、門番が丁重に二人を屋敷の中へと案内した。
案内人が執事に引き継がれ、まずは部屋で休んで長旅の疲れを癒すことになった。
使用人たちは丁寧な態度で二人に接していて、案内された部屋の調度や出されたお茶も申し分のないものであったが、シェリーはなぜかピリピリとした空気を感じていた。
はじめは婚約解消しようとしている一家への敵意かと思ったが、対応を見るとそういうわけでもなさそうだった。
衣服を整えて十分に休息したあと、二人は客間に案内された。
絢爛な客間にはすでにハーパー侯爵が立っていて二人を出迎えた。
ハーパー侯爵は開口一番とても申し訳なさそうな表情で言った。
「カヴァデール伯爵、シェリー嬢、遠路はるばる来訪いただき感謝します。この度は息子が申し訳ない」
ハーパー侯爵は若い頃はさぞかし浮名を流しただろうと思わずにいられないような甘い顔立ちをしている。今でもファンの婦人たちが多いようで、彼が出席するパーティーには年齢を問わず女性の出席者が増えると言われている。
今その美麗な顔には憔悴の色が見てとれた。
伯爵とシェリーはそれぞれ侯爵にあいさつをする。
シェリーがあいさつしたとき、ハーパー侯爵は懐かしいような切ないような眼差しでシェリーを見た。
侯爵がときたま見せるその眼差しの理由がシェリーにはわかった。
——やっぱり私は前の奥様に似ているのね。
すすめられたソファーに全員が腰掛けると、カヴァデール伯爵とハーパー侯爵はまずは当たり障りのない世間話をした。
お茶が運ばれてきて、それぞれ一服すると伯爵が言った。
「この陶器の茶器は我が商会の品ですな」
「ええ。前の妻プリシラがファンでしたから、我が家の茶器はすべてカヴァデール商会のもので統一しています」
「そうでしたな。長年のご愛顧に感謝いたします」
確かにハーパー侯爵家の茶器がカヴァデール商会のもので統一されているのは本当で、王都の侯爵邸でもそれは徹底されていた。
しかし、シェリーは違和感を覚えて、つい口に出してしまった。
「こちらでは銀のティースプーンを使っているのですね」
目の前のソーサーには輝く銀製のスプーンが添えられている。違和感はそこにあった。なぜならハーパー侯爵夫人とのお茶会では、必ず陶器のティースプーンが使われていたからだ。
ハーパー侯爵はすこし固い声で答えた。
「ああ、良く気付いたね。スプーンも陶器の品で統一するのは今の妻ジャネットの趣味でね。彼女が暮らす王都の屋敷では陶器のものを使っているんだよ」
「そうだったのですね」
シェリーは納得したが、ハーパー侯爵の口調が気にかかった。
——聞かない方が良いことだったのかしら?
シェリーの父、カヴァデール伯爵とハーパー侯爵が手紙で日程調整をおこない、シェリーは学園を休んでハーパー侯爵領へむかった。
旅慣れている伯爵にとっては問題のない距離だが、めったに王都を離れないシェリーには、馬車に長時間ゆられる厳しい道のりだった。
伯爵はシェリーを気遣って、道中で町に通りかかるたびに休息をとらせてくれた。
身体的にはつらい旅ではあるが、馬車の中でシェリーは父とたくさん話ができた。今までの人生でこの父娘が会話した量を、この二日でかなり上回るほどに様々な話をした。
シェリーは父に学園生活について話した。友人ができたこと、生徒会について、今勉強していることなど。シェリーの話を伯爵はうれしそうに目を細めて聞いていた。
伯爵は亡くなった妻、シェリーの母について思い出を語った。
シェリーは幼い頃に亡くなった母の記憶がほとんどないので、とても興味深く聞いた。
母キャスリーンはとても天真爛漫な人だったようで、生真面目な性質の父にとっては予想もできない行動を取り、よく驚かされていたらしい。
母が自分たちの結婚式に愛犬のマエルを参加させたいと言って、ぜったいにゆずらなかったという話を聞いて、シェリーも驚いた。
——私は本当にお父様似なのね……。
母の思い出をなつかしそうに話す父はとても愛情深い表情をしていて、二人は正反対の性格をしていても、とても仲の良い夫婦だったのだと伝わってきた。
ハーパー侯爵領に近づくにつれ、伯爵の話は徐々に領地や商会経営の話題が多くなってきた。シェリーも興味がある分野なので問題はないのだが、こういった内容の会話をしていると、父娘というよりは先生と生徒だな、とシェリーはすこし愉快に感じた。
シェリーの疲労が蓄積して、会話も途切れがちになった頃、伯爵は窓から外を見て言った。
「見えてきたな」
シェリーも窓の外に目をやると、壮麗な屋敷が見えてきた。
広大な敷地を持ち、王都のハーパー侯爵邸とはくらべものにならないほど大きな屋敷である。
カヴァデール伯爵領の屋敷も立派なものではあるが、ハーパー侯爵領のそれは長い歴史を感じさせる存在感があった。
馬車が正門に到着すると、門番が丁重に二人を屋敷の中へと案内した。
案内人が執事に引き継がれ、まずは部屋で休んで長旅の疲れを癒すことになった。
使用人たちは丁寧な態度で二人に接していて、案内された部屋の調度や出されたお茶も申し分のないものであったが、シェリーはなぜかピリピリとした空気を感じていた。
はじめは婚約解消しようとしている一家への敵意かと思ったが、対応を見るとそういうわけでもなさそうだった。
衣服を整えて十分に休息したあと、二人は客間に案内された。
絢爛な客間にはすでにハーパー侯爵が立っていて二人を出迎えた。
ハーパー侯爵は開口一番とても申し訳なさそうな表情で言った。
「カヴァデール伯爵、シェリー嬢、遠路はるばる来訪いただき感謝します。この度は息子が申し訳ない」
ハーパー侯爵は若い頃はさぞかし浮名を流しただろうと思わずにいられないような甘い顔立ちをしている。今でもファンの婦人たちが多いようで、彼が出席するパーティーには年齢を問わず女性の出席者が増えると言われている。
今その美麗な顔には憔悴の色が見てとれた。
伯爵とシェリーはそれぞれ侯爵にあいさつをする。
シェリーがあいさつしたとき、ハーパー侯爵は懐かしいような切ないような眼差しでシェリーを見た。
侯爵がときたま見せるその眼差しの理由がシェリーにはわかった。
——やっぱり私は前の奥様に似ているのね。
すすめられたソファーに全員が腰掛けると、カヴァデール伯爵とハーパー侯爵はまずは当たり障りのない世間話をした。
お茶が運ばれてきて、それぞれ一服すると伯爵が言った。
「この陶器の茶器は我が商会の品ですな」
「ええ。前の妻プリシラがファンでしたから、我が家の茶器はすべてカヴァデール商会のもので統一しています」
「そうでしたな。長年のご愛顧に感謝いたします」
確かにハーパー侯爵家の茶器がカヴァデール商会のもので統一されているのは本当で、王都の侯爵邸でもそれは徹底されていた。
しかし、シェリーは違和感を覚えて、つい口に出してしまった。
「こちらでは銀のティースプーンを使っているのですね」
目の前のソーサーには輝く銀製のスプーンが添えられている。違和感はそこにあった。なぜならハーパー侯爵夫人とのお茶会では、必ず陶器のティースプーンが使われていたからだ。
ハーパー侯爵はすこし固い声で答えた。
「ああ、良く気付いたね。スプーンも陶器の品で統一するのは今の妻ジャネットの趣味でね。彼女が暮らす王都の屋敷では陶器のものを使っているんだよ」
「そうだったのですね」
シェリーは納得したが、ハーパー侯爵の口調が気にかかった。
——聞かない方が良いことだったのかしら?
13
あなたにおすすめの小説
妹のことが好き過ぎて婚約破棄をしたいそうですが、後悔しても知りませんよ?
カミツドリ
ファンタジー
侯爵令嬢のフリージアは婚約者である第四王子殿下のボルドーに、彼女の妹のことが好きになったという理由で婚約破棄をされてしまう。
フリージアは逆らうことが出来ずに受け入れる以外に、選択肢はなかった。ただし最後に、「後悔しないでくださいね?」という言葉だけを残して去って行く……。
王宮で虐げられた令嬢は追放され、真実の愛を知る~あなた方はもう家族ではありません~
葵 すみれ
恋愛
「お姉さま、ずるい! どうしてお姉さまばっかり!」
男爵家の庶子であるセシールは、王女付きの侍女として選ばれる。
ところが、実際には王女や他の侍女たちに虐げられ、庭園の片隅で泣く毎日。
それでも家族のためだと耐えていたのに、何故か太り出して醜くなり、豚と罵られるように。
とうとう侍女の座を妹に奪われ、嘲笑われながら城を追い出されてしまう。
あんなに尽くした家族からも捨てられ、セシールは街をさまよう。
力尽きそうになったセシールの前に現れたのは、かつて一度だけ会った生意気な少年の成長した姿だった。
そして健康と美しさを取り戻したセシールのもとに、かつての家族の変わり果てた姿が……
※小説家になろうにも掲載しています
姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました
饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。
わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。
しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。
末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。
そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。
それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は――
n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。
全15話。
※カクヨムでも公開しています
【完結】無能と称され婚約破棄された精霊の愛し子は国を見切ります
ルー
恋愛
学園の卒業パーティーで突然婚約破棄を告げられたユリア・シェーラ。
ユリアに非があったのならば仕方がなかっただろう。
しかしあろうことかユリアの婚約者であったサイラス・ヴィ―ルヘミア第二王子はユリアに冤罪を着せ国外追放にしようとしたのだ。
もしユリアがただの侯爵令嬢であったならまだ何とかなっただろう。
だが、ユリアは精霊に愛される精霊の愛し子だったのだ。
精霊に愛されたユリアがいたからこそ、精霊の加護によってこの国は栄えたのであって、ユリアがいなくなれば必然的にその加護は消えてしまう。
その事実は貴族ならば誰でも知っている話だ。
しかしどこまでも馬鹿な王子サイラスは知らなかったのだ。
国外追放に処されたユリアはどこまでも馬鹿なサイラスと精霊の愛し子である自分を無能と称した国を見切った。
手始めにどうしようかと考えたユリアは死の森で隣国の皇太子に会う。
婚約破棄が破滅への始まりだった~私の本当の幸せって何ですか?~
八重
恋愛
「婚約破棄を言い渡す」
クラリス・マリエット侯爵令嬢は、王太子であるディオン・フォルジュにそう言い渡される。
王太子の隣にはお姫様のようなふんわりと可愛らしい見た目の新しい婚約者の姿が。
正義感を振りかざす彼も、彼に隠れて私を嘲る彼女もまだ知らない。
その婚約破棄によって未来を滅ぼすことを……。
そして、その時に明かされる真実とは──
婚約破棄されたクラリスが幸せを掴むお話です。
婚約者の幼馴染に殺されそうになりました。私は彼女の秘密を知ってしまったようです【完結】
小平ニコ
恋愛
選ばれた貴族の令嬢・令息のみが通うことを許される王立高等貴族院で、私は婚約者のチェスタスと共に楽しい学園生活を謳歌していた。
しかし、ある日突然転入してきたチェスタスの幼馴染――エミリーナによって、私の生活は一変してしまう。それまで、どんな時も私を第一に考えてくれていたチェスタスが、目に見えてエミリーナを優先するようになったのだ。
チェスタスが言うには、『まだ王立高等貴族院の生活に慣れてないエミリーナを気遣ってやりたい』とのことだったが、彼のエミリーナに対する特別扱いは、一週間経っても、二週間経っても続き、私はどこか釈然としない気持ちで日々を過ごすしかなかった。
そんなある日、エミリーナの転入が、不正な方法を使った裏口入学であることを私は知ってしまう。私は間違いを正すため、王立高等貴族院で最も信頼できる若い教師――メイナード先生に、不正の報告をしようとした。
しかし、その行動に気がついたエミリーナは、私を屋上に連れて行き、口封じのために、地面に向かって突き落としたのだった……
乳だけ立派なバカ女に婚約者の王太子を奪われました。別にそんなバカ男はいらないから復讐するつもりは無かったけど……
三葉 空
恋愛
「ごめん、シアラ。婚約破棄ってことで良いかな?」
ヘラヘラと情けない顔で言われる私は、公爵令嬢のシアラ・マークレイと申します。そして、私に婚約破棄を言い渡すのはこの国の王太子、ホリミック・ストラティス様です。
何でも話を聞く所によると、伯爵令嬢のマミ・ミューズレイに首ったけになってしまったそうな。お気持ちは分かります。あの女の乳のデカさは有名ですから。
えっ? もう既に男女の事を終えて、子供も出来てしまったと? 本当は後で国王と王妃が直々に詫びに来てくれるのだけど、手っ取り早く自分の口から伝えてしまいたかったですって? 本当に、自分勝手、ワガママなお方ですね。
正直、そちらから頼んで来ておいて、そんな一方的に婚約破棄を言い渡されたこと自体は腹が立ちますが、あなたという男に一切の未練はありません。なぜなら、あまりにもバカだから。
どうぞ、バカ同士でせいぜい幸せになって下さい。私は特に復讐するつもりはありませんから……と思っていたら、元王太子で、そのバカ王太子よりも有能なお兄様がご帰還されて、私を気に入って下さって……何だか、復讐できちゃいそうなんですけど?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる