名探偵桃太郎の春夏秋冬

与十川 大

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俺と推理と迷いと春と

第13話だ  みんなびっくりしてるぞ

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 俺は再び警察署の中に入った。今度は潜入活動じゃない。堂々と中を歩く。階段を上がり、二階の刑事課の部屋へと向かった。やっぱり、ドアは開けっぱなしだ。俺は部屋の中に入り、鑑識のお兄さんを探した。

 居た。奥の方の隅の席に座っている。俺は、あのチョビ髭警部の机の横を通って、鑑識のお兄さんの所まで移動した。俺に気付いた賀垂警部が驚いた顔で声を上げる。

「んん? なんだ、おまえ。昨日の赤ベストだな。おいおい、ここの署のセキュリティーは、どうなっているんだ。こんなんじゃ、部外者が入り放題じゃないか」

 鑑識のお兄さんが言った。

「ああ、桃太郎ですよ。外村さんのところの」

 俺は鑑識のお兄さんの隣の席の机に腰を下ろし、彼のパソコンのモニターに表示されている鑑識報告書の該当箇所を指す。

「あ? 何だ? これが、どうかしたのか?」

 鑑識のお兄さんは顔をしかめていた。

 俺は、ベストの中に隠していたマッチ箱を取り出して、机の上に放り投げた。

「このマッチを調べてくれ。成分比率が一致するはずだ」

「なんだ、マッチじゃないか。これがどうか……これ……」

 俺が投げたマッチ箱を手にとって観察していた鑑識のお兄さんは、顔をチョビ髭警部に向けた。

「警部、賀垂警部。これ、マッチですよ」

 賀垂警部は書類を読みながら、不機嫌そうに言う。

「それがどうした。遊んでいる暇は……」

「違いますよ。これ、摩擦マッチです」

 賀垂警部は顔を上げた。

「なんだって? 摩擦マッチだと。どこのだ」

「向かいの喫茶店のマッチです。どうして、これを……」

 慌てて鑑識のお兄さんの席までやってきた賀垂警部は、そのマッチ箱を手にとって観察しながら言った。

「どういうことだ。昨日の放火に使われたのも、摩擦マッチだったな。成分比率を調べられるか」

「はい、やってみます。簡易識別なら、一応の結果はすぐに出せると思います」

 マッチ箱を受け取ったお兄さんは、部屋から駆け出していった。入れ替わりに婦人警官のお姉さんが駆け込んで来る。いつも弁当を取りに来るお姉さんだ。彼女は息を切らしながら叫んだ。

「賀垂警部、いますか、大変です」

「ああ、ここだ。なんだ、こっちも大変なんだ。もうすぐ、昨日の放火犯が特定……」

「こっちは今、大変なんです。リアルタイムで!」

 賀垂警部は怪訝な顔を彼女に向けた。

「リアルタイム? どういうことだ」

「さっき、電話が掛かってきたんです。こちらからの呼びかけには応じないので、マニュアルどおり、切らずに録音に切り替えました。どうも、相手は受話器が上がっていることに気付いていないようなんです。今も繋がっていますから、とにかく聞いて下さい」

 お姉さんはそう言いながら、俺が腰を下ろしている机まで駆けて来ると、机の上の電話機に手を伸ばして、それをオンフックにした。スピーカーから男の声が響く。

『――だからさ、萌奈美。少しでいいんだよ。遠くに逃げる金が要るんだ。用立ててくれよ。このまま、いつまでもこの町にいたら、捕まっちまうじゃないか』

『そんなお金は無いって言っているじゃない。健治さん、もう無理よ。諦めなさいよ』

『この野郎、下手に出てりゃ、いい気になりやがって。いいから、出せよ。財布はどこだ!』

『ちょっと、やめてよ!』

 交互に聞こえる男女の声を聞きながら、賀垂警部は眉をひそめた。

「健治だって?」

 お姉さんが早口で言う。

「富樫健治。警部が追っている男ですよね。ウチの署の管轄区域内に潜伏している可能性が高いっていう」

 賀垂警部が険しい顔で尋ねた。

「この電話の発信場所は!」

「すぐそこの『モナミ美容室』です。ほら、昨日の外村さんの家の隣の美容室ですよ」

「なんだと? 経営者の名前は!」

「ちょっと待ってください」

 お姉さんは机を回り、本棚からファイルを取り出して、急いで頁を捲り始めた。俺は机から腰を上げ、その場を立ち去る。廊下に出ると、部屋の中からお姉さんの声が聞こえた。

「ありました。阿南萌奈美。離婚前の姓は……富樫。富樫萌奈美です!」

 廊下を鑑識のお兄さんが走って来る。彼は部屋に入る前から大声で叫んでいた。

「警部、賀垂警部。一致です。さっきのマッチの成分と、昨日の放火現場から採取された点火物の成分が、ほぼ一致しました。比率も一致しています!」

「なんだ、どうなっているんだ……」

 困惑する賀垂警部の声を聞きながら、俺は階段を下りていった。



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