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俺とサンタとアイツと冬と
第6話だ お邪魔するぞ
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俺は讃岐さんを追って、開いた自動ドアから「北風ラーメン」の中へと入った。厨房の中から、ねじり鉢巻きをした讃岐さんの声が飛んだ。
「いらっしゃあい。お一人ですか。すみませんが、今からもう一度出前なんで、戻るまで少しお待ちに……あら? ――なんだ、桃太郎かよ」
「あら?は無いだろう、あらは。探したんだぞ。ウチの出前はどうなっているんだ」
と言いながら、俺はカウンターの椅子の上に座った。讃岐さんは忙しそうにラーメンを拵えていて答えない。俺の前のカウンターの前には、さっき讃岐さんが天秤棒に提げて担いでいた白い箱が四箱並べて置かれていた。
「なんだよ、これ。なんか、いい匂いがするなあ」
「ああ、桃太郎、触るなよ。他人様の物もあるからな」
「一つはウチのだから、手を付けないでくれよ、桃ちゃん」
と最後に言ったのは、土佐山田九州男さんだった。彼はカウンターの奥の席でラーメンを啜っていた。土佐山田さんは赤レンガ通りの入り口の所の、大通りとの角にある「土佐山田薬局」のご主人だ。この「赤レンガ小道商店街」の商店街組合の理事長を務めている。俺のことを「ちゃん」付けで呼ぶところは気に入らないが、まあ、俺よりもずっと年上の年配の方だから、子供扱いも良しとしよう。
俺は端っこの白い箱の角を軽くトントンと叩きながら、言った。
「だから、これ何なんだよ。他人様の物って、何か預り物か?」
「だから、触るなって」
讃岐さんが癇声を上げると、箸を置いた土佐山田さんが腰を上げ、俺の方に歩いてきて肩に手を回した。彼は、
「あのな、桃ちゃん。これは大切なものなんだ。ま、こっちに来て語ろうかね」
と言って、俺を自分の席の隣へと連れて行った。そしてまた箸を持ち上げて、カウンターの中の讃岐さんに言った。
「しかし、こんな雪の中を悪かったねえ。つい思いつきで頼んでしまったから」
讃岐さんはラーメンの湯を切りながら答えた。
「いいえ……気に……しないで……くださいなっと」
テンポよく器に麺を返した後、その上にチャーシューやネギなどを載せながら続ける。
「どうせ、ついでですからね。それに、あんな長い列に並んでいたら、明日になっちまいますよ。向こうさんも特製チャーシュー麺を四杯も注文してくれて、こっちは四箱を列に並ばずに買えたわけですから、ま、ギブ・アンド・テイクってやつでさあ」
「そんなに並んでいたのかい。やっぱり、人気があるんだねえ」
「ええ。ゆっくりと飯食う暇も無いほど、忙しそうでしたよ。届けたチャーシュー麺も、そこに置いといてくれって。麺がのびるだろうが、早く食えって思いましたが、そうも言えないほどの繁盛ぶりでしたからね」
「商売繁盛はいいことだが、そりゃあ大変だねえ」
「まあ、今が『書入れ時』ってヤツですからね。仕方ないですよ。それにしても、駐車場が狭いから、前の道路は、もう大渋滞でしたわ。走って行って正解でした」
「そうは言っても、寒かったでしょう。まさか、こんな雪になると思わなかったからなあ。本当に申し訳なかった」
「いいんですって。まさか、それで気にして、わざわざラーメンを食べに来てくれたんですかい」
「いやいや、おたくのラーメンが美味しいからだよ。この寒さだからね、ほら、温かいものを食べたくなるじゃないか」
「またまた。お届けするって言いましたのに。なんだか逆に気を遣わせちまったみたいで、すみませんね」
「とんでもない。じゃあ、ごちそうさま」
立ち上がった土佐山田さんは、出口の方に歩いていく途中、カウンターの上の白い箱を一箱持ち上げると、その下にお札を三枚置いて言った。
「そいじゃ、もらっとくよ。お金はラーメン代とまとめてここに」
オカモチの中にラップをしたラーメンの器を入れていた讃岐さんは、慌てて振り返り、出口前の土佐山田さんに言った。
「ああ、おつり、おつり」
土佐山田さんは少し振り返り、顔の前で手を振りながら答えた。
「いいの、いいの。手間かけたのに、おつりなんて貰えないよ。それじゃあ、どうも」
「すみませんね。ありがとうごぜえやす」
なぜか最後だけ江戸っ子口調だった。やっぱり讃岐さんは変な人だ、と俺が首を傾げていると、開いた自動ドアから出ようとした土佐山田さんが、暖簾を開けて入ってきた人とぶつかりそうになった。
「おっと、あぶない。ああ、土佐山田さん、こんばんは」
「おっとっと……おや、高瀬さん。こんばんは。ラーメンですか」
入れ替わりで入ってきたのは、「フラワーショップ高瀬」の高瀬邦夫さんだった。さっき俺を轢きそうになった人だ。彼は肩の上の雪を払いながら、
「いや、駐車場に車を入れたついでにね。落し物を渡してやろうと思って」
と店の中を見回した。高瀬さんの店の敷地には駐車場が無いから、「北風ラーメン」の隣の月極め駐車場を一台分借りている。それはそうなのだが、わざわざラーメン屋の暖簾をくぐった「ついで」の用とは何だろうと俺が首を傾げていると、高瀬さんは俺を指差して「居た居た」と言った。そのまま指先を土佐山田さんが胸の前に上げて、彼が持っていた白い箱に向ける。
「お、もしかして、それ、例の店の」
「ええ。讃岐さんに以前にお願いしていましてね。何とか手に入りました」
高瀬さんは口を尖らせて、俺の方に顔を向けた。
「なんだよ、俺にも声をかけてくれれば、頼んだのに。さっき配達が終わってから回ってみたけど、とても車を停められる状況じゃなかったから、あきらめて帰ってきたんだよ」
俺の後ろで、さっき土佐山田さんが食べ終えたラーメンの器をカウンターの中から引いていた讃岐さんは、カウンターの中で器の音を鳴らしながら言った。
「俺は買い物代行屋じゃねえんだよ。土佐山田さんの分は、ついでに買ってきただけでい」
土佐山田さんが口を挿んだ。
「毎年、この日はあの店にラーメンの配達に行くって聞いてね、それならウチの分もついでにって、軽々しく頼んでしまったんだよ。まあ、実際に頼んだのは、ウチのかなえなんだけどね。ところが、今日はこの雪でしょう、逆に悪いことしてしまったようで、申し訳なくてね」
「だから、いいんですって」
オカモチを提げてカウンターの中から出てきた讃岐さんは、俺の方に歩いていた高瀬さんに
「ラーメン食うなら、ちょっと待っていておくなせえよ。これから出前と配達だから」
と言いながら、壁に立てかけていた天秤棒を手に取った。彼はその棒の両端にカウンターの上の白い箱を一箱ずつ提げて肩に担いだ。
「じゃ、ひとっ走り行ってくらあ。あばよ」
讃岐さんはランニングシャツ一枚のままで、出かけていった。
「何か着ろよ。寒くないのかね、まったく」
と呆れ顔で言いながら、高瀬さんはさっき土佐山田さんが座っていた席に腰を下ろした。その土佐山田さんはもう帰ったようで、姿が無かった。
俺は高瀬さんに尋ねた。
「さっきから、何の話しているんだよ。あの白い箱はなんだ」
「ああ、桃。そうカッカとするなよ。さっきは悪かったよ。それより、ほら、これ。落し物だぞ」
彼は俺の赤いダウンのベストのポケットにそれを突っ込んだ。俺が取り出してみると、それはLEDの懐中電灯だった。単五乾電池使用の真っ赤な小さいやつ。どうやら、さっき高瀬さんの車に轢かれそうになった時に落としたようだ。ペコリと頭を下げてから、俺はそれをポケットに戻した。
「わざわざ届けてくれたのか。ありがとう」
「しかし、この店もよく客を置いたままにしとくねえ。一人で無理しないで、出前させるアルバイトでも雇えばいいのになあ」
高瀬さんはテレビのリモコンを手に取り、入り口の横の角に吊るしてあるテレビに向けてピッとやった。
俺は言った。
「讃岐さんはラーメンに相当な拘りがあるからな。自分で全部やらないと気が済まないのだろう。出前にも自分のリズムってのがあるんだよ。だから他人に任せられない。きっと、届けるまでの時間をちゃんと計算して、麺がのびないように硬めに茹でてだな……」
何か忘れているような気がしたが、それよりもテレビのニュースの方が気になった。川の向こうのショッピングモールで窃盗事件があったらしい。搬入されたプレゼント用の商品などが搬入車ごと数名の輩に盗まれたそうだ。警察は今も捜査中か。まったく、クリスマスだっていうのに、とんでもない奴らだ。
だが、こんな大事件を伝えているのに、その後のCMは全くの能天気だ。次々と早いテンポで商品の紹介が続く。ちびっ子モデルがポーズをとって、おしゃれな子供服をアピールしたかと思えば、空中で大げさに合体する超合金ロボ、ドールハウスの中で不自然な動きのまま寛ぐお姉さんの人形。ああ、美歩ちゃんが欲しがっていた、たしか「サヤちゃん人形」だ。その後は、お決まりのとおりドレス姿の綺麗なお姉さんとスーツ姿の気取ったお兄さんが出てきて、キラリと光るダイヤの指輪やネックレスを見せつけていた。ちょっと余った時間で川の向こうの大型ショッピングモールのセールの告知。事件があったばかりだろう、いいのかよ。婦人服売り場で冬物コートの大放出だと。どうせ大放出するなら、大砲か何かで町中に撒き散らしてくれ。俺は金がないから、ただでバラ撒いてくれると助かる。できたらコートじゃなくてエプロンがいい。お洒落なやつ。などと廻らせながら顎を掻いていると、隣の高瀬さんが深く溜息を吐いた。どうした、高瀬さん。
高瀬邦夫さんは、カウンターに肘をついた手に顎を載せて、俺の後ろを覗きこんだ。
「あの残っている一箱は、讃岐さんの家の分かあ。――はあ、またウチの公子に叱られるよ。『配達のついでに買ってくるって言ったでしょ、遠回りして、手ぶらで帰ってきてえ』ってな。ああ、帰るのが嫌だ。ここで讃岐さんの帰りを待って、ラーメンでも食って帰るか」
「ラーメン……。し、しまった、ラーメンだった。出前だった!」
俺は椅子から飛び上がるように、腰を浮かせた。またうっかりと忘れていた。これはいかん。
走って店から出ようとする俺の背中に、高瀬さんの声が届いた。
「また飛び出すなよ。車は急に止まれないからな、気を付けろよ」
「いらっしゃあい。お一人ですか。すみませんが、今からもう一度出前なんで、戻るまで少しお待ちに……あら? ――なんだ、桃太郎かよ」
「あら?は無いだろう、あらは。探したんだぞ。ウチの出前はどうなっているんだ」
と言いながら、俺はカウンターの椅子の上に座った。讃岐さんは忙しそうにラーメンを拵えていて答えない。俺の前のカウンターの前には、さっき讃岐さんが天秤棒に提げて担いでいた白い箱が四箱並べて置かれていた。
「なんだよ、これ。なんか、いい匂いがするなあ」
「ああ、桃太郎、触るなよ。他人様の物もあるからな」
「一つはウチのだから、手を付けないでくれよ、桃ちゃん」
と最後に言ったのは、土佐山田九州男さんだった。彼はカウンターの奥の席でラーメンを啜っていた。土佐山田さんは赤レンガ通りの入り口の所の、大通りとの角にある「土佐山田薬局」のご主人だ。この「赤レンガ小道商店街」の商店街組合の理事長を務めている。俺のことを「ちゃん」付けで呼ぶところは気に入らないが、まあ、俺よりもずっと年上の年配の方だから、子供扱いも良しとしよう。
俺は端っこの白い箱の角を軽くトントンと叩きながら、言った。
「だから、これ何なんだよ。他人様の物って、何か預り物か?」
「だから、触るなって」
讃岐さんが癇声を上げると、箸を置いた土佐山田さんが腰を上げ、俺の方に歩いてきて肩に手を回した。彼は、
「あのな、桃ちゃん。これは大切なものなんだ。ま、こっちに来て語ろうかね」
と言って、俺を自分の席の隣へと連れて行った。そしてまた箸を持ち上げて、カウンターの中の讃岐さんに言った。
「しかし、こんな雪の中を悪かったねえ。つい思いつきで頼んでしまったから」
讃岐さんはラーメンの湯を切りながら答えた。
「いいえ……気に……しないで……くださいなっと」
テンポよく器に麺を返した後、その上にチャーシューやネギなどを載せながら続ける。
「どうせ、ついでですからね。それに、あんな長い列に並んでいたら、明日になっちまいますよ。向こうさんも特製チャーシュー麺を四杯も注文してくれて、こっちは四箱を列に並ばずに買えたわけですから、ま、ギブ・アンド・テイクってやつでさあ」
「そんなに並んでいたのかい。やっぱり、人気があるんだねえ」
「ええ。ゆっくりと飯食う暇も無いほど、忙しそうでしたよ。届けたチャーシュー麺も、そこに置いといてくれって。麺がのびるだろうが、早く食えって思いましたが、そうも言えないほどの繁盛ぶりでしたからね」
「商売繁盛はいいことだが、そりゃあ大変だねえ」
「まあ、今が『書入れ時』ってヤツですからね。仕方ないですよ。それにしても、駐車場が狭いから、前の道路は、もう大渋滞でしたわ。走って行って正解でした」
「そうは言っても、寒かったでしょう。まさか、こんな雪になると思わなかったからなあ。本当に申し訳なかった」
「いいんですって。まさか、それで気にして、わざわざラーメンを食べに来てくれたんですかい」
「いやいや、おたくのラーメンが美味しいからだよ。この寒さだからね、ほら、温かいものを食べたくなるじゃないか」
「またまた。お届けするって言いましたのに。なんだか逆に気を遣わせちまったみたいで、すみませんね」
「とんでもない。じゃあ、ごちそうさま」
立ち上がった土佐山田さんは、出口の方に歩いていく途中、カウンターの上の白い箱を一箱持ち上げると、その下にお札を三枚置いて言った。
「そいじゃ、もらっとくよ。お金はラーメン代とまとめてここに」
オカモチの中にラップをしたラーメンの器を入れていた讃岐さんは、慌てて振り返り、出口前の土佐山田さんに言った。
「ああ、おつり、おつり」
土佐山田さんは少し振り返り、顔の前で手を振りながら答えた。
「いいの、いいの。手間かけたのに、おつりなんて貰えないよ。それじゃあ、どうも」
「すみませんね。ありがとうごぜえやす」
なぜか最後だけ江戸っ子口調だった。やっぱり讃岐さんは変な人だ、と俺が首を傾げていると、開いた自動ドアから出ようとした土佐山田さんが、暖簾を開けて入ってきた人とぶつかりそうになった。
「おっと、あぶない。ああ、土佐山田さん、こんばんは」
「おっとっと……おや、高瀬さん。こんばんは。ラーメンですか」
入れ替わりで入ってきたのは、「フラワーショップ高瀬」の高瀬邦夫さんだった。さっき俺を轢きそうになった人だ。彼は肩の上の雪を払いながら、
「いや、駐車場に車を入れたついでにね。落し物を渡してやろうと思って」
と店の中を見回した。高瀬さんの店の敷地には駐車場が無いから、「北風ラーメン」の隣の月極め駐車場を一台分借りている。それはそうなのだが、わざわざラーメン屋の暖簾をくぐった「ついで」の用とは何だろうと俺が首を傾げていると、高瀬さんは俺を指差して「居た居た」と言った。そのまま指先を土佐山田さんが胸の前に上げて、彼が持っていた白い箱に向ける。
「お、もしかして、それ、例の店の」
「ええ。讃岐さんに以前にお願いしていましてね。何とか手に入りました」
高瀬さんは口を尖らせて、俺の方に顔を向けた。
「なんだよ、俺にも声をかけてくれれば、頼んだのに。さっき配達が終わってから回ってみたけど、とても車を停められる状況じゃなかったから、あきらめて帰ってきたんだよ」
俺の後ろで、さっき土佐山田さんが食べ終えたラーメンの器をカウンターの中から引いていた讃岐さんは、カウンターの中で器の音を鳴らしながら言った。
「俺は買い物代行屋じゃねえんだよ。土佐山田さんの分は、ついでに買ってきただけでい」
土佐山田さんが口を挿んだ。
「毎年、この日はあの店にラーメンの配達に行くって聞いてね、それならウチの分もついでにって、軽々しく頼んでしまったんだよ。まあ、実際に頼んだのは、ウチのかなえなんだけどね。ところが、今日はこの雪でしょう、逆に悪いことしてしまったようで、申し訳なくてね」
「だから、いいんですって」
オカモチを提げてカウンターの中から出てきた讃岐さんは、俺の方に歩いていた高瀬さんに
「ラーメン食うなら、ちょっと待っていておくなせえよ。これから出前と配達だから」
と言いながら、壁に立てかけていた天秤棒を手に取った。彼はその棒の両端にカウンターの上の白い箱を一箱ずつ提げて肩に担いだ。
「じゃ、ひとっ走り行ってくらあ。あばよ」
讃岐さんはランニングシャツ一枚のままで、出かけていった。
「何か着ろよ。寒くないのかね、まったく」
と呆れ顔で言いながら、高瀬さんはさっき土佐山田さんが座っていた席に腰を下ろした。その土佐山田さんはもう帰ったようで、姿が無かった。
俺は高瀬さんに尋ねた。
「さっきから、何の話しているんだよ。あの白い箱はなんだ」
「ああ、桃。そうカッカとするなよ。さっきは悪かったよ。それより、ほら、これ。落し物だぞ」
彼は俺の赤いダウンのベストのポケットにそれを突っ込んだ。俺が取り出してみると、それはLEDの懐中電灯だった。単五乾電池使用の真っ赤な小さいやつ。どうやら、さっき高瀬さんの車に轢かれそうになった時に落としたようだ。ペコリと頭を下げてから、俺はそれをポケットに戻した。
「わざわざ届けてくれたのか。ありがとう」
「しかし、この店もよく客を置いたままにしとくねえ。一人で無理しないで、出前させるアルバイトでも雇えばいいのになあ」
高瀬さんはテレビのリモコンを手に取り、入り口の横の角に吊るしてあるテレビに向けてピッとやった。
俺は言った。
「讃岐さんはラーメンに相当な拘りがあるからな。自分で全部やらないと気が済まないのだろう。出前にも自分のリズムってのがあるんだよ。だから他人に任せられない。きっと、届けるまでの時間をちゃんと計算して、麺がのびないように硬めに茹でてだな……」
何か忘れているような気がしたが、それよりもテレビのニュースの方が気になった。川の向こうのショッピングモールで窃盗事件があったらしい。搬入されたプレゼント用の商品などが搬入車ごと数名の輩に盗まれたそうだ。警察は今も捜査中か。まったく、クリスマスだっていうのに、とんでもない奴らだ。
だが、こんな大事件を伝えているのに、その後のCMは全くの能天気だ。次々と早いテンポで商品の紹介が続く。ちびっ子モデルがポーズをとって、おしゃれな子供服をアピールしたかと思えば、空中で大げさに合体する超合金ロボ、ドールハウスの中で不自然な動きのまま寛ぐお姉さんの人形。ああ、美歩ちゃんが欲しがっていた、たしか「サヤちゃん人形」だ。その後は、お決まりのとおりドレス姿の綺麗なお姉さんとスーツ姿の気取ったお兄さんが出てきて、キラリと光るダイヤの指輪やネックレスを見せつけていた。ちょっと余った時間で川の向こうの大型ショッピングモールのセールの告知。事件があったばかりだろう、いいのかよ。婦人服売り場で冬物コートの大放出だと。どうせ大放出するなら、大砲か何かで町中に撒き散らしてくれ。俺は金がないから、ただでバラ撒いてくれると助かる。できたらコートじゃなくてエプロンがいい。お洒落なやつ。などと廻らせながら顎を掻いていると、隣の高瀬さんが深く溜息を吐いた。どうした、高瀬さん。
高瀬邦夫さんは、カウンターに肘をついた手に顎を載せて、俺の後ろを覗きこんだ。
「あの残っている一箱は、讃岐さんの家の分かあ。――はあ、またウチの公子に叱られるよ。『配達のついでに買ってくるって言ったでしょ、遠回りして、手ぶらで帰ってきてえ』ってな。ああ、帰るのが嫌だ。ここで讃岐さんの帰りを待って、ラーメンでも食って帰るか」
「ラーメン……。し、しまった、ラーメンだった。出前だった!」
俺は椅子から飛び上がるように、腰を浮かせた。またうっかりと忘れていた。これはいかん。
走って店から出ようとする俺の背中に、高瀬さんの声が届いた。
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