名探偵桃太郎の春夏秋冬

与十川 大

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俺とサンタとアイツと冬と

第8話だ  探偵っぽいぞ

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 俺の推理……の前に、まずは事実の整理だ。

 この「赤レンガ小道商店街」からは少し離れた、町の外れにある小さなケーキ店では、期間限定、数量限定で「ふわふわケーキ」と呼ばれるケーキを売っている。このケーキ、聞くところによれば、雪のようにふわふわで、食べると口の中でふわっと消えてしまうそうだ。消える物をなぜ食べるのかは別として、味もよく見た目も綺麗だから、なんとなく都会的な感じがする。そういう物が珍しいこの田舎町では、すぐに評判になった。

 毎年、この時期だけの限定販売なので、町の人たちはそれを楽しみにしている……と思う。少なくとも、子供たちはそうだろう。讃岐さんも言っていたが、学校でも話題になっているらしい。

 話題と言っても、どうせ「俺は今年、ふわふわケーキを食べたぜ」とか「私の家はふわふわケーキを毎年買っているのよ」などというガキ共の自慢合戦といった類だろうが、そうなると、その冬にふわふわケーキを食べられなかった子供たちは肩身の狭い思いをすることになる。親たちは自分の子供にそんな思いをさせたくないから、雪の中で渋滞に並んでまでしても、子供たちのためにケーキを買いに行く。で、そんな親たちや、ただの珍しい物好きの客が集まって長い行列を作り、そのケーキ店は大忙し。

 客への対応で店員たちはゆっくりと昼食をとる暇も無い。それで、夕方になる前に、少し遅い昼食となる。もちろん、買いに行ったり作ったりしている時間はないから、出前だ。今風に言えば「デリバリー」とか「ケータリング」ってやつさ。今回は「北風ラーメン」のチャーシュー麺。いや、毎年この時期には注文があるような話を讃岐さんがしていたから、今回だけではないのだろう。讃岐さんが作るラーメンは美味いから、それも頷けるところだ。

 その讃岐さんの家の太一くんは、美歩ちゃんと同い年の男の子。俺はその子に会ったことはないが、讃岐さんに似たワンパク坊主らしい。という事実を前提に、俺の推理はこうだ。

 讃岐さんも親だから子供にふわふわケーキを食べさせようと一計を案じたのだろう。毎年、繁忙期にラーメンの出前を注文してくるそのケーキ屋さんに交換条件を突きつけたわけだ。出前に行った際にチャーシュー麺の引き渡しと交換でケーキが買えるよう、自分の家の分だけ特別にとっておいてもらえば、行列にならばなくてもいい。きっと、そういうことに違いない。

 それを聞きつけた「土佐山田薬局」の奥さん――名前は伊勢子さんというのだが、苗字と名前が地理的にバラバラである点は、ご主人の九州男さんと同じで、この二人について語るといろいろと混乱しそうなので割愛する――この人が自分の家の分も一緒に買ってくれるよう讃岐さんに頼んだ。人のいい讃岐さんは、それを引き受けるのと同時に、土佐山田薬局の隣にある「ホッカリ弁当」の美歩ちゃんのことも気にかけてくれて、ウチの陽子さんに声をかけた。たぶん、陽子さんの目が不自由で、車も運転できないし、暗くなると外出が困難になるから、弁当屋の閉店後に遠くのケーキ屋さんまでは買いに行けないと思って、気を回してくれたのだろう。そして、車椅子生活で同じく不自由な状態である芸術家の琴平さんのことも思い出し、自分の家の分、土佐山田さんの分、ウチの分、琴平さんの分と、合計四箱のふわふわケーキを買うことにした。

 ところが、雪が降り出したので、車で買いに行く客で混雑するだろうと見込んだ讃岐さんは、遠くのケーキ屋さんまで徒歩でラーメンを運ぶことにした。天秤棒を担いで。それで、ウチが頼んだラーメンの配達が遅れたのだ。二時間以上も遅れたということは、片道一時間かけてケーキ屋さんまチャーシュー麺を運んだことになり、そうなると麺は完全にのびていたどころか、凍っていたのではないかと推察されるところだが、交換条件としてのふわふわケーキを無事に買えたということは、きっとのびても凍ってもいなかったのだろう。さすがは讃岐さんだ。すごい。

 俺は親切な讃岐さんに、心の中で拍手を送った。カーテンを少し開けて、事務所兼住居の二階の窓から夜空を望んでみた。雪雲の間に月が少しだけ見えていた。欠けて細くなった月は、ニコリと微笑んでいるようだった。

 雪の間を抜けた月光が「赤レンガ小道商店街」の白い路面を輝かせていた。金色に浮き立つ小道。敷かれた赤レンガの上に積もった雪が天からの光を返して、まるで、神様が穏やかな商店街の夜を讃えているかのように美しくキラキラと……それにしては、浮き立ち過ぎに思えた。強く光り過ぎだ。よく見ると、路面は大通りの方にかけて徐々に強く光っているようだった。そちらを覗いていてみた。大通りの方から赤レンガ小道商店街の入り口の所に鼻を突っ込んで停まっている一台のタクシーが目に入った。

「なんだ、車のライトかよ……」

と、俺が眉間に皺を寄せていると、そのタクシーのドアが開き、男が降りてきた。スーツ姿に赤いサンタ帽を被ったその男は、千鳥足で少し車から離れると、運転手に向けてブンと手を振った。その勢いで足を交差させた彼は、ツルリと滑って、路上に尻餅をついて倒れた。雪の上に腰を下ろしたまま、バックするタクシーに手を振っていたその男は、タクシーが去ると、何かブツブツと言いながら立ち上がり、おぼつかない足取りで赤レンガ小道を奥の方へと歩き始めた。ウチの前で一度大きく雪を蹴り上げたかと思うと、右に左にと体を傾けながらも、倒れそうで倒れない絶妙なバランスを維持して歩いている。どう見ても泥酔者だった。

 二階の窓から、雪の上の蛇行した足跡を見つめて、俺は溜息を吐いた。

「こんな夜に、まったく……」

 カーテンを閉めようとした俺の手が止まった。赤いサンタ帽……。

「しまった、忘れていた!」

 俺は再び一階へと駆け降りた。

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