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第二章 ~遥かなる高みへ~

第三十話 ~戦いの気配~

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 神発暦3512年 夏


「すごい!」


 ぼくは今、広大な草原の中いる。すると、


「どうだい? ご感想は」

「どんな魔法なんですかこれって」

「ふふん、私の研究している幻術魔法の一つでね、相手の視覚、聴覚、触覚を完全に惑わせることで、幻覚を見せることができるのさ、それにね、草に触ってみると良い」

「えっ、はい」


 ぼくはタレス先生にそう言われ、幻覚の草を触ると、


「すごい、触れる!」

「ハハハ、そうだろう、そうだろう、恐れ入ったか」

「はい、魔法でこんなことまでできることに驚いています先生! 味覚と嗅覚は研究中なんですか?」

「あぁ、今はまだ調整中でね、人には使えないんだよ」

「そうなんですか、でも、これはすごいです」

 
 ぼくは、あまりのすごさにすごいとしか言えなかった。


「ふふん、これで先生としての尊厳は保てたかな?」

「なにか?」

「いや、何も言ってない。それじゃあ、もっと面白いものを見せてあげよう」


 タレス先生がそういうと体が大きな狼へと姿を変えた。


≪!≫

「ここでなら、魔獣との模擬訓練もできるのだよ、レオン。私に斬りかかってみるといい」

「えっ! はい」


 ぼくはタレス先生の言うように切りかかったすると、


〈キンッ〉


 ぼくの剣と牙が重なり音を立てた。


≪本当に実態のある魔獣と戦っているみたいだ≫

「先生、一度本気を出してもいいですか?」

「おぉ! やる気だな? レオンどんとこい!」

「行きます、〈付与魔法エンチャント・雷足〉、〈付与魔法エンチャント・雷剣〉」


 ぼくは自身の体に付与魔法をかけ、巨大な狼に向かって突っ込んでいった。


「うぉおおお!」


 狼は右足を上げ、ぼくにたたきつける。


〔ドンっ〕


 ぼくは即座にその攻撃を横にかわし、叩き付けられた腕を斬りつける。


「ぐぉおお!」


 狼は痛みに叫び声をあげ、右腕を引っ込め後ろに後退して体制を立て直す。


≪本当に幻術なんだよね、すごいリアルだ≫


 ぼくは狼を斬った感触と血の触れる感触がとてもリアルに感じた。


「狙うは首だ、行くぞ」


 ぼくはそう言うと、即座に跳躍した。すると、狼は今度は噛み殺そうと自慢の牙で攻撃してきた。


≪〈ゲビィター流・流し風〉≫


 ぼくは狼の顔に剣をあて、体を回転させることで大きな顔の横を取ることに成功する。


≪〈ゲビィター流・雷転〉≫


 ぼくは狼の首元で、体ごと大きく縦に回転しながら、剣を振り下ろした。


〔ザンッ〕


 すると、狼の幻影は消え去った。


「やった!」


 ぼくがそういうのとほぼ同時に幻覚まで解除された。


「あれ!?」


 ぼくが驚くと、足元に血だらけのタレス先生がいた。


「先生!?先生大丈夫ですか?」

「ちょっと、ミスちゃったかな」

〔がくっ〕


 タレス先生はそういうと、突然動かなくなった。


≪まずい、急がないと≫


 ぼくは急いでタレス先生をパレス先生のもとに運ぶために持ち上げた。すると、


〔ふわっ〕

≪えっ!≫


 突然、タレス先生の体か消えると、


「アハハハハッ! レオン、君の反応は面白いな!」


 そこには笑い転げているタレス先生がいた。ぼくは少しイラっとした。


「人の良心を何だと思っているんですか? 先生!」

「いや、すまないな。昨日姉さんからとても真面目ないい子だと聞いていたからからかいたくなったのさ」


 ぼくのタレス先生に対する評価が低下した瞬間だった。




*数日後


「「ざわざわ」」


 今マルク領には喧騒が広がっている。先日やってきた先遣隊をはるかに上回る数の軍人がやってきたからだ。


「いったい、なにが起こるんだ」

「戦争か?」

「だったらエンハンに向かうだろう普通」

「そうか」

「きっとマルクの森が今立ち入り禁止なのと関係があるんだよ」

「だとしてもよこの数でなきゃ対応しきれないってヤバいんじゃないか?」


 マルク領の住民は不安の駆られていた。

 神発暦3512年秋、マルク領におよそ5000もの伯爵軍が到着した。それは、マルク領の人口に匹敵する数であった。







「この度はマルク領防衛のためわざわざお越しいただき感謝いたしますキオッジャ伯爵」


 ドナーはそう言うと、キオッジャ伯爵が答えた。


「何を仰られる我らは同じ帝国貴族の仲間ではないですか、しかもこの緊急事態に階級など気にしていては不足の事態に対応できませんからな共にこの苦難を乗り越えましょうぞ」

「ありがとうございます。して討伐隊のダンジョン攻略はどのようになっておりますか?」

「現在討伐に参加する冒険者はすでにエンハンに到着していると報告を受けていて。帝国軍もあとは〈6人の皇帝騎士ナイトオブエンペラー〉のローザンヌ様を待つのみとなっている」

「なるほど」

「ローザンヌ様はマルク領に顔を出されると聞いていますな」

「そうですか」


 ドナーは少しひきつった顔を浮かべた。


「まぁ、ローザンヌ様の準備が整い次第、討伐開始となります。我らは【ナハヤの悲劇】を帝国に起こさないためにも必ずやこのマルク領を防衛しましょう」

「えぇ、そうですね。決してあのような悲劇をマルク領にひいては帝国に起こしてはならないですから」


 【ナハヤの悲劇】とはクラノス帝国近隣にあった小国の名で現在は滅びた国である。

 ある日王都の近くに凶悪なダンジョンマスターが出現しその討伐が行われたときに、本来ならば防衛に全勢力が注がれるはずの魔物たちが大群の魔獣と共に王都に攻め要り、ダンジョンマスターを討伐した時にはすでに手遅れで、王族はまだ当時幼かった第一王子を残して皆亡くなり、王都は一夜にして滅んだという。近隣諸国に衝撃を走らせた事件である。

 その時に討伐作戦に参加し、ダンジョンマスターと戦った冒険者は、ダンジョンマスターがオラクル体であったことを告白したため、帝国ではオラクルマスターが出現した可能性が高い場合は討伐隊だけではなく、周辺地域に魔物が進軍してくる可能性を視野に入れ防衛体制を整える事が決められた。

 そして此度のダンジョンマスターはオラクル体である可能性が非常に高いため、雷龍の湖周辺の城塞都市エンハンとマルク領が防衛対象となったのだった。







 どこか薄暗い空間で光輝く物質が一つに収縮し、その後、一体のオラクル・オーガが出現した。

 するとそのオーガの目の前にいる影が言葉を発した。


「とりあえず、復活は成功かな?」


 その言葉を聞いたオーガは膝まづき返事を返した。


「はっ、主様」

「どこまで覚えている?」

「申し訳ございません。子供がホブゴブリンを倒したところまででして、そのあと誰にやられたのかまでは」

「そうか、まだこの魔法も不完全ぽいな」

「そのようなことはありません。主様の魔法は常に完璧でございます」

「別にお世辞はいいよ。それより君の本来の主は僕の本体であって、僕はそのクローン3号なんだしさ、適当に読んでくれていいんだよ」

「ではクローンサンゴウ様」

「なんか違うけどまぁいいや」

「すぐにでも再び行動できますが」

「まだ大丈夫だよ、今回はこの帝国が我々一軍分の勢力にどれだけ対応できるか、それと討伐隊の力を知るためのものだから」

「かしこまりました。それと、お願いがございます」

「なに?」

「進軍の際、再びあの町に行く部隊に編成させていただきたい」

「どうぞ、頑張って来るといいよ。君をやった奴にも会えるだろうしね」

「感謝します」


 オーガはそう言うとどこかへと移動した。

 一人になった空間で影が呟く。


「まさか、あんな何でもないような街でオラクル・オーガがやられるとはね。今回はなかなか面白い戦いになりそうだ」
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