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第一章
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高校一年から二年にかけての一瞬に感じる程の短い春休みも終わり、始業式まで終わってしまった次の日。
ここ最近までのいつものではなかった、いつもの朝を迎えた僕は、両親への朝の挨拶もそこそこに、母の作ってくれた朝食をいただいた。
そして朝食を食べ終えるころ、母が何も言わずにコーヒーを持ってきてくれた。
自分のコーヒーも持ってきた母は、僕の前に座り、一口コーヒーを飲む。
春休みが終わり、またいつもの日常が来るという事実を、コーヒーの味とともに噛み締める。
コーヒーをすぐに飲み終え、母に一言お礼を言い、遅刻をしないためにいつも通りの時間に家を出る。
いつも通りに家を出ると、当たり前のようにいつも通りの時間に学校にたどり着いた僕は、新学年が始まったばかりで出席番号順で決められた席に座り、カバンの机の上に置き、その中から本を読む。
これが僕のいつもの日常。
誰にも壊されないことを信じ、誰にも壊されたくない日常だ。
だが、そんな日常とも今日でさようならだ。
今までありがとう。
大好きだったよ、何よりも。
「おはよう!小野くん。今日もいい天気だね!」
僕が愛するたった一つのものにお別れを告げると、その日常と本当にお別れすることになった。
「おはよう。晴矢さん。今日もいい天気なのは、ひょっとしたら晴矢さんのおかげかもね」
僕は、日常を壊した犯人に元気のいい挨拶をされたので挨拶を返す。
その際、読んでいた本を閉じようとするが、彼女の手によりそれは阻まれてしまう。
彼女のこの行為を不思議に思った僕は、彼女の顔を見る。
「いつもどんな本読んでるの?」
「読んでみる?」
「ううん。やめとく」
彼女は僕が本を渡すと、題名を見ただけで苦い顔をして返してきた。
少し僕はショックを受けたと同時に、本も受け取った。
でも僕の顔を見てすぐに笑顔になる。
僕の顔になにかついているのかな?
「…どうかした?」
「別に?何でもないよ。あ、そろそろ先生くるかも」
彼女は何をしに僕のところに来たんだろう。
僕と反対側の世界で生きている彼女の考えることなんて、僕にわかるはずもない。
彼女は笑顔で自分の席に戻り座った。
すると、隣の席に差の女の子と楽しそうに話し、笑っていた。
誰とでも話し、誰とでもすぐに仲良くなる。
それが彼女だ。
僕はその姿を見るのをやめ、閉じそうになっていた本を開く。
僕は先生が教室に来るまでの時間、誰とも喋ることなく本を読む。
これが僕。
本を読むと集中する。
集中すると周りが見えなくなるというが、そうではない人もいるだろう。
僕は集中すると周りのことに敏感になってしまう。
例えば近くの物が落ちた時に、その音だけで物が落ちた方を向いてしまう。
だから僕は、本を読むことに集中すると、周りからの声が聞こえ、視線を感じた。
僕は本を読むことでその視線を無理やり無視した。
見られている理由はわかっている。
教室のドアを開け、先生が入ってくる。
ドアが開く音と先生の声で立っていたクラスメイト達は、一斉に各々の席に座りだした。
僕も本を閉じ、先生の方に注目する。
出席を確認している途中、ふと外を見る。
まだ綺麗に咲いている桜に僕は見とれてしまっていた。
「今日は最初の実力考査だ。不正行為をしないように。以上だ」
先生のその一言で僕は、今日がテストだということを思い出した。
その瞬間、僕の目に桜は映っていなかった。
全く勉強していない……。
これは間違いなく悪い点数を取るだろう。
もうテストは諦めよう。
そんなことよりも考えなければいけないことがある。
「小野君」
急に名前を呼ばれた僕は、返事もせずに呼ばれた方を向く。
相手は女子だった。
名前は……なんだっけ。
その人はどうやら僕に興味があるらしい。
僕自身ではなく、僕の今置かれている状況にだと思うけど。
「小野君って、晴矢さんと…その付き合ってるの?」
僕は来るだろう質問にすぐ答えず、その後の後ろに見える彼女を見た。
彼女と目が合うと彼女は、舌を出してウインクをした。
ごめんとでも言っているつもりなのだろうか。
さっきからクラスメイトのほとんどが僕のことを見ている理由がこれだろう。
僕はクラスの人気者に告白され、付き合っている。
高校生というものは、こういう話が本当に好きな生物だ。
「晴矢さんがそう言ったなら、それを信じてあげるといいよ」
「そ、そっか…。教えてくれてありがとう」
その人は友達のいるところに戻って行った。
周りを見ると、ほとんどの人がさっきの会話を聞いていたようだ。
つまり、クラスの大半が、テストの問題なんかよりも、他人の恋愛事情の方が興味あったようだ。
この恋愛事情が彼女以外の他の人だったなら、みんなこんなに気にする事はなかっただろう。
他の誰でもない、人気者の彼女が、こんなボッチでさえない僕なんかと付き合っているからこそ、みんな興味を持った。
そうこうしているうちにテストが始まり、あっという間に終わった。
テスト中にテスト以外のことを考え、テストの出来を話し合う友達もいない僕は、さっさと帰る準備をして教室を出る。
テスト中には、彼女のことを考えていた。
なぜ僕に告白してきたのか。
何故それをもうクラス全員が知っているのか。
二つ目は彼女が言い回っているだろうと思うけど、それをする意図がわからない。
テストの問題なんかよりも難題だ。
「あ、待ってよ」
僕は教室を出て廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
今日はよく声をかけられる日だ。
「一緒に帰ろ。小野くん」
「うん。でも友達は?」
「さっきバイバイって言ってきたから大丈夫だよ」
走って追いついてきた彼女と僕は、肩を並べて廊下を歩く。
彼女は友達と話している時のような笑顔で僕の隣を歩いている。
この表情から察するに、テストが良くできたのかな。
それは羨ましい。
靴箱で靴に履き替え、帰り道を歩く。
どうやら彼女の家は僕の帰り道と同じ方向のようだ。
「あ、ごめん。私たちのことみんなに言っちゃったこと怒ってる?」
「怒ってないよ。でも、なんでわざわざみんなに言って回ったの?」
「それは、まだ内緒。それよりもテストどうだった?私最悪でさー、小野くんに告白することでいっぱいいっぱいだったからね。小野くんは?」
「え?よかったんじゃないの?」
「なんで?」
話をはぐらかされた上に、僕の予想は真逆だった。
やはり彼女のことはよくわからない。
これ以上聞いても仕方ないので、話の流れに乗ることにした。
「僕もダメだった。色々考えてたらテストが終わってたよ」
「何考えてたの?」
「晴矢さんのこと」
「え?」
どうしたんだろう。
順調に家まで歩き進めていた彼女の足が、止まってしまった。
僕は少し前で立ち止まり、彼女の方を向く。
彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして僕を見る。
すると今度はトマトのようにみるみる顔が赤くなる。
彼女の顔は忙しそうだ。
「どうかしたの?大丈夫?」
「だ、大丈夫!急に小野くんが変な事言うからだよ!もうびっくりした!」
「……?」
やっぱりわからない。
なぜ彼女が早足で僕の前を歩くのか、なぜあんな顔をしたのかさえも。
僕が彼女のことをもっと知るためには、よりたくさんの人と関わりを持たなければならないようだ。
彼女に興味が出てきたが、生憎僕はそんなちっぽけな興味のために他人と積極的に関わろうとする人間ではなかった。
後ろで結ばれた彼女の揺れるポニーテールを気にしていると、彼女が僕の隣に来るように歩くスピードを落とす。
僕の隣に来た彼女は、僕の袖を引きながら、出店ようなものを指さした。
「ねー小野くん」
「今回の予想は当たってる気がするよ…。食べる?」
「うん!」
彼女は出店のクレープが食べたかったようだ。
僕たちは出店にクレープを買いに行った。
彼女はストロベリー、僕はチョコバナナを買った。
僕がお金を出そうとすると「いいよ自分で出すから」と言って、彼女は自分の分は自分で払った。
彼女は割としっかりしている人らしい。
クレープを買うと、近くの公園のベンチに座る。
隣に座る彼女は、嬉しそうにクレープを食べては、幸せそうな顔をする。
僕もクレープを食べた。
久しぶりに食べたクレープは、甘く、そして美味しかった。
「じー……」
「な、なに?」
「ちょっと頂戴!小野くんのも美味しそう!私のも食べさせてあげるからさ」
「……」
「……」
少し間があったが、僕は彼女にクレープを差し出す。
あんなに物欲しそうな顔をされては、断る気も引けてしまう。
彼女もそれがわかっててあんな顔をしたんだろう。
「ありがと!それじゃいただきまーす!あーん」
彼女は何のためらいもなく僕のクレープを食べた。
美味しいか美味しくないかは、聞かなくてもわかる。
僕のクレープを堪能したあと、自分のクレープを僕に差し出してきた。
「はい小野くん!あーん」
「ぼ、僕はいいよ」
「あーん!」
「……。あ、あーん」
僕のささやかな抵抗は無駄となり、諦めて彼女のクレープをいただいた。
彼女は僕が食べるところを見て、自分が食べた時と同じくらい嬉しそうな顔をしていた。
僕が今食べているクレープの味がわかるのだろうか。
彼女のクレープも、やはり甘くて美味しかった。
「えへへ。なんか恋人っぽいね」
「『ぽい』じゃなくて恋人そのものなんだけどね」
「あ、そうだった。私たち付き合ったんだよね。信じられないや」
「僕もまさかこんなことになるとは思わなかったよ。今でも信じられない」
彼女は青い空を見てボーッと何かを考えているようだった。
僕も同じように空を見る。
空は少し雲があったが、綺麗に晴れていた。
彼女が何かを思いついたかのように、椅子から飛び上がった。
僕はそんな彼女から嫌な予感がした。
その予感は珍しく的中する。
「信じられないならさ、もっと恋人らしいことしてみようよ!」
僕の方を向き、僕の手を取り、僕を立たせてそう言った。
「具体的に何をするつもりなの?」
「ふふっ。それは、っとその前に今週末小野くんは空いてる?」
「うん。悲しいことに週末に僕の予定帳が埋まることは、…ほとんどないよ」
少し強がってみたが、自分でこんなこと言うと悲しくなる。
「それは良かった」
彼女は僕の予定を聞いて安心したようだ。
あなたの彼氏友達いないんだよ?
それはよくないと思うんだけど。
「今週末デートしましょう!」
「はい?」
「大丈夫!予定とかは全部私が建てるから。だから安心して」
なぜだろう、さらに不安が高まっていくような…。
でも、僕にデートの予定なんて決められないし、そもそもデートなんてしたことがない。
ここは彼女に任せることにする。
僕は少し考えてから、返事をする。
「…わかった。今週末デートしよう」
「うん!楽しみだねー、どこ行こうか悩んじゃうなー」
僕はらまだ来ない今週末のことを楽しそうに考えている彼女を見ていた。
まだまだこの一週間は始まったばかりだ。
彼女が笑顔で楽しそうにしていれば、当日もきっと晴れるだろう。
まだ付き合って日が浅いけど、いやむしろ話すようになって日が浅いが、そんなことが分かってしまう。
「晴矢さんに任せるよ」
「わかった!小野くんを私が楽しませてあげるよ!」
「…楽しみにしてるよ」
不安しか残らないまま、彼女と約束してしまった。
約束を結んだ後、僕たちはすぐに家への帰り道を歩く。
帰り道の間も彼女はずっとにこにこしていた。
何がそんなに嬉しいんだろう。
彼女は僕に告白してくれた。
では、彼女はこんなつまらなくて冴えない僕なんかのどこを好きになったのだろう。
僕の家の近くの分かれ道で、別れることになった。
最後までにこにこ笑っていると思われた彼女の表情は、これまでに見たこともないような悲しそうで、寂しそうだった。
この表情は恐らくほかのくらすめいとさも見たことがないだろう。
それくらい彼女には似合わないものだった。
何がそんなに悲しいのだろう。
何がそんなに寂しいのだろう。
僕から見て彼女は謎だらけの人で、何を考えているのか全くわからない。
「……」
僕はそんな彼女の後ろ姿を、ただただ見つめることしかできなかった。
やはり僕には理解できないのだろうか。
彼女のことを考えながら帰り道を歩いていると、いつの間にか家に着いていた。
僕は自分の部屋に行くと、いつもなら本を読むが、今日はベッドに横になった。
いつも通りの日々ではないのだから、いつも通りの行動を僕が取らなくなって誰にも文句を言う権利はないはずだ。
そんなことをしていると母から晩ご飯に呼ばれて、僕は一階に降りる。
晩ご飯の間、両親から学校のことや、クラスのこと。
そして今日の実力考査のことを聞かれた。
当然僕は、それらの質問に適当に答える。
もちろん両親には彼女のことは全く話さない。
話す必要も無いし、話したくもない。
晩ご飯を食べ終えた僕は風呂に入り、また部屋に戻る。
そこで僕は本を手に取り、本を読む。
僕は本が好きだ。
本を読んでいる間は集中して何も考えずに済む。
そのまま物語の世界に入り込むことが出来れば。
「寝よう…」
僕は開いて十分も経っていないのに、もう本を閉じてしまった。
そのままベッドに飛び込み夢の世界へ入り込んだ。
課題は新学期始まったばかりだったので、心配する必要はない。
本来何も心配する必要がないのに、その日の目覚めはいつもより悪く、最悪と言っていいほどのものだった。
ここ最近までのいつものではなかった、いつもの朝を迎えた僕は、両親への朝の挨拶もそこそこに、母の作ってくれた朝食をいただいた。
そして朝食を食べ終えるころ、母が何も言わずにコーヒーを持ってきてくれた。
自分のコーヒーも持ってきた母は、僕の前に座り、一口コーヒーを飲む。
春休みが終わり、またいつもの日常が来るという事実を、コーヒーの味とともに噛み締める。
コーヒーをすぐに飲み終え、母に一言お礼を言い、遅刻をしないためにいつも通りの時間に家を出る。
いつも通りに家を出ると、当たり前のようにいつも通りの時間に学校にたどり着いた僕は、新学年が始まったばかりで出席番号順で決められた席に座り、カバンの机の上に置き、その中から本を読む。
これが僕のいつもの日常。
誰にも壊されないことを信じ、誰にも壊されたくない日常だ。
だが、そんな日常とも今日でさようならだ。
今までありがとう。
大好きだったよ、何よりも。
「おはよう!小野くん。今日もいい天気だね!」
僕が愛するたった一つのものにお別れを告げると、その日常と本当にお別れすることになった。
「おはよう。晴矢さん。今日もいい天気なのは、ひょっとしたら晴矢さんのおかげかもね」
僕は、日常を壊した犯人に元気のいい挨拶をされたので挨拶を返す。
その際、読んでいた本を閉じようとするが、彼女の手によりそれは阻まれてしまう。
彼女のこの行為を不思議に思った僕は、彼女の顔を見る。
「いつもどんな本読んでるの?」
「読んでみる?」
「ううん。やめとく」
彼女は僕が本を渡すと、題名を見ただけで苦い顔をして返してきた。
少し僕はショックを受けたと同時に、本も受け取った。
でも僕の顔を見てすぐに笑顔になる。
僕の顔になにかついているのかな?
「…どうかした?」
「別に?何でもないよ。あ、そろそろ先生くるかも」
彼女は何をしに僕のところに来たんだろう。
僕と反対側の世界で生きている彼女の考えることなんて、僕にわかるはずもない。
彼女は笑顔で自分の席に戻り座った。
すると、隣の席に差の女の子と楽しそうに話し、笑っていた。
誰とでも話し、誰とでもすぐに仲良くなる。
それが彼女だ。
僕はその姿を見るのをやめ、閉じそうになっていた本を開く。
僕は先生が教室に来るまでの時間、誰とも喋ることなく本を読む。
これが僕。
本を読むと集中する。
集中すると周りが見えなくなるというが、そうではない人もいるだろう。
僕は集中すると周りのことに敏感になってしまう。
例えば近くの物が落ちた時に、その音だけで物が落ちた方を向いてしまう。
だから僕は、本を読むことに集中すると、周りからの声が聞こえ、視線を感じた。
僕は本を読むことでその視線を無理やり無視した。
見られている理由はわかっている。
教室のドアを開け、先生が入ってくる。
ドアが開く音と先生の声で立っていたクラスメイト達は、一斉に各々の席に座りだした。
僕も本を閉じ、先生の方に注目する。
出席を確認している途中、ふと外を見る。
まだ綺麗に咲いている桜に僕は見とれてしまっていた。
「今日は最初の実力考査だ。不正行為をしないように。以上だ」
先生のその一言で僕は、今日がテストだということを思い出した。
その瞬間、僕の目に桜は映っていなかった。
全く勉強していない……。
これは間違いなく悪い点数を取るだろう。
もうテストは諦めよう。
そんなことよりも考えなければいけないことがある。
「小野君」
急に名前を呼ばれた僕は、返事もせずに呼ばれた方を向く。
相手は女子だった。
名前は……なんだっけ。
その人はどうやら僕に興味があるらしい。
僕自身ではなく、僕の今置かれている状況にだと思うけど。
「小野君って、晴矢さんと…その付き合ってるの?」
僕は来るだろう質問にすぐ答えず、その後の後ろに見える彼女を見た。
彼女と目が合うと彼女は、舌を出してウインクをした。
ごめんとでも言っているつもりなのだろうか。
さっきからクラスメイトのほとんどが僕のことを見ている理由がこれだろう。
僕はクラスの人気者に告白され、付き合っている。
高校生というものは、こういう話が本当に好きな生物だ。
「晴矢さんがそう言ったなら、それを信じてあげるといいよ」
「そ、そっか…。教えてくれてありがとう」
その人は友達のいるところに戻って行った。
周りを見ると、ほとんどの人がさっきの会話を聞いていたようだ。
つまり、クラスの大半が、テストの問題なんかよりも、他人の恋愛事情の方が興味あったようだ。
この恋愛事情が彼女以外の他の人だったなら、みんなこんなに気にする事はなかっただろう。
他の誰でもない、人気者の彼女が、こんなボッチでさえない僕なんかと付き合っているからこそ、みんな興味を持った。
そうこうしているうちにテストが始まり、あっという間に終わった。
テスト中にテスト以外のことを考え、テストの出来を話し合う友達もいない僕は、さっさと帰る準備をして教室を出る。
テスト中には、彼女のことを考えていた。
なぜ僕に告白してきたのか。
何故それをもうクラス全員が知っているのか。
二つ目は彼女が言い回っているだろうと思うけど、それをする意図がわからない。
テストの問題なんかよりも難題だ。
「あ、待ってよ」
僕は教室を出て廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。
今日はよく声をかけられる日だ。
「一緒に帰ろ。小野くん」
「うん。でも友達は?」
「さっきバイバイって言ってきたから大丈夫だよ」
走って追いついてきた彼女と僕は、肩を並べて廊下を歩く。
彼女は友達と話している時のような笑顔で僕の隣を歩いている。
この表情から察するに、テストが良くできたのかな。
それは羨ましい。
靴箱で靴に履き替え、帰り道を歩く。
どうやら彼女の家は僕の帰り道と同じ方向のようだ。
「あ、ごめん。私たちのことみんなに言っちゃったこと怒ってる?」
「怒ってないよ。でも、なんでわざわざみんなに言って回ったの?」
「それは、まだ内緒。それよりもテストどうだった?私最悪でさー、小野くんに告白することでいっぱいいっぱいだったからね。小野くんは?」
「え?よかったんじゃないの?」
「なんで?」
話をはぐらかされた上に、僕の予想は真逆だった。
やはり彼女のことはよくわからない。
これ以上聞いても仕方ないので、話の流れに乗ることにした。
「僕もダメだった。色々考えてたらテストが終わってたよ」
「何考えてたの?」
「晴矢さんのこと」
「え?」
どうしたんだろう。
順調に家まで歩き進めていた彼女の足が、止まってしまった。
僕は少し前で立ち止まり、彼女の方を向く。
彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして僕を見る。
すると今度はトマトのようにみるみる顔が赤くなる。
彼女の顔は忙しそうだ。
「どうかしたの?大丈夫?」
「だ、大丈夫!急に小野くんが変な事言うからだよ!もうびっくりした!」
「……?」
やっぱりわからない。
なぜ彼女が早足で僕の前を歩くのか、なぜあんな顔をしたのかさえも。
僕が彼女のことをもっと知るためには、よりたくさんの人と関わりを持たなければならないようだ。
彼女に興味が出てきたが、生憎僕はそんなちっぽけな興味のために他人と積極的に関わろうとする人間ではなかった。
後ろで結ばれた彼女の揺れるポニーテールを気にしていると、彼女が僕の隣に来るように歩くスピードを落とす。
僕の隣に来た彼女は、僕の袖を引きながら、出店ようなものを指さした。
「ねー小野くん」
「今回の予想は当たってる気がするよ…。食べる?」
「うん!」
彼女は出店のクレープが食べたかったようだ。
僕たちは出店にクレープを買いに行った。
彼女はストロベリー、僕はチョコバナナを買った。
僕がお金を出そうとすると「いいよ自分で出すから」と言って、彼女は自分の分は自分で払った。
彼女は割としっかりしている人らしい。
クレープを買うと、近くの公園のベンチに座る。
隣に座る彼女は、嬉しそうにクレープを食べては、幸せそうな顔をする。
僕もクレープを食べた。
久しぶりに食べたクレープは、甘く、そして美味しかった。
「じー……」
「な、なに?」
「ちょっと頂戴!小野くんのも美味しそう!私のも食べさせてあげるからさ」
「……」
「……」
少し間があったが、僕は彼女にクレープを差し出す。
あんなに物欲しそうな顔をされては、断る気も引けてしまう。
彼女もそれがわかっててあんな顔をしたんだろう。
「ありがと!それじゃいただきまーす!あーん」
彼女は何のためらいもなく僕のクレープを食べた。
美味しいか美味しくないかは、聞かなくてもわかる。
僕のクレープを堪能したあと、自分のクレープを僕に差し出してきた。
「はい小野くん!あーん」
「ぼ、僕はいいよ」
「あーん!」
「……。あ、あーん」
僕のささやかな抵抗は無駄となり、諦めて彼女のクレープをいただいた。
彼女は僕が食べるところを見て、自分が食べた時と同じくらい嬉しそうな顔をしていた。
僕が今食べているクレープの味がわかるのだろうか。
彼女のクレープも、やはり甘くて美味しかった。
「えへへ。なんか恋人っぽいね」
「『ぽい』じゃなくて恋人そのものなんだけどね」
「あ、そうだった。私たち付き合ったんだよね。信じられないや」
「僕もまさかこんなことになるとは思わなかったよ。今でも信じられない」
彼女は青い空を見てボーッと何かを考えているようだった。
僕も同じように空を見る。
空は少し雲があったが、綺麗に晴れていた。
彼女が何かを思いついたかのように、椅子から飛び上がった。
僕はそんな彼女から嫌な予感がした。
その予感は珍しく的中する。
「信じられないならさ、もっと恋人らしいことしてみようよ!」
僕の方を向き、僕の手を取り、僕を立たせてそう言った。
「具体的に何をするつもりなの?」
「ふふっ。それは、っとその前に今週末小野くんは空いてる?」
「うん。悲しいことに週末に僕の予定帳が埋まることは、…ほとんどないよ」
少し強がってみたが、自分でこんなこと言うと悲しくなる。
「それは良かった」
彼女は僕の予定を聞いて安心したようだ。
あなたの彼氏友達いないんだよ?
それはよくないと思うんだけど。
「今週末デートしましょう!」
「はい?」
「大丈夫!予定とかは全部私が建てるから。だから安心して」
なぜだろう、さらに不安が高まっていくような…。
でも、僕にデートの予定なんて決められないし、そもそもデートなんてしたことがない。
ここは彼女に任せることにする。
僕は少し考えてから、返事をする。
「…わかった。今週末デートしよう」
「うん!楽しみだねー、どこ行こうか悩んじゃうなー」
僕はらまだ来ない今週末のことを楽しそうに考えている彼女を見ていた。
まだまだこの一週間は始まったばかりだ。
彼女が笑顔で楽しそうにしていれば、当日もきっと晴れるだろう。
まだ付き合って日が浅いけど、いやむしろ話すようになって日が浅いが、そんなことが分かってしまう。
「晴矢さんに任せるよ」
「わかった!小野くんを私が楽しませてあげるよ!」
「…楽しみにしてるよ」
不安しか残らないまま、彼女と約束してしまった。
約束を結んだ後、僕たちはすぐに家への帰り道を歩く。
帰り道の間も彼女はずっとにこにこしていた。
何がそんなに嬉しいんだろう。
彼女は僕に告白してくれた。
では、彼女はこんなつまらなくて冴えない僕なんかのどこを好きになったのだろう。
僕の家の近くの分かれ道で、別れることになった。
最後までにこにこ笑っていると思われた彼女の表情は、これまでに見たこともないような悲しそうで、寂しそうだった。
この表情は恐らくほかのくらすめいとさも見たことがないだろう。
それくらい彼女には似合わないものだった。
何がそんなに悲しいのだろう。
何がそんなに寂しいのだろう。
僕から見て彼女は謎だらけの人で、何を考えているのか全くわからない。
「……」
僕はそんな彼女の後ろ姿を、ただただ見つめることしかできなかった。
やはり僕には理解できないのだろうか。
彼女のことを考えながら帰り道を歩いていると、いつの間にか家に着いていた。
僕は自分の部屋に行くと、いつもなら本を読むが、今日はベッドに横になった。
いつも通りの日々ではないのだから、いつも通りの行動を僕が取らなくなって誰にも文句を言う権利はないはずだ。
そんなことをしていると母から晩ご飯に呼ばれて、僕は一階に降りる。
晩ご飯の間、両親から学校のことや、クラスのこと。
そして今日の実力考査のことを聞かれた。
当然僕は、それらの質問に適当に答える。
もちろん両親には彼女のことは全く話さない。
話す必要も無いし、話したくもない。
晩ご飯を食べ終えた僕は風呂に入り、また部屋に戻る。
そこで僕は本を手に取り、本を読む。
僕は本が好きだ。
本を読んでいる間は集中して何も考えずに済む。
そのまま物語の世界に入り込むことが出来れば。
「寝よう…」
僕は開いて十分も経っていないのに、もう本を閉じてしまった。
そのままベッドに飛び込み夢の世界へ入り込んだ。
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