梟(フクロウ)の山

玉城真紀

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秘密の場所

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それから幾日か過ぎたある日。
洗濯をしているおいちの元に梅二が駆け寄ってきた。
「姉ちゃん。姉ちゃん」
「何よ。そんなに慌てて」
「これから佐一郎兄ちゃんと会うんだけど一緒に行く?」
「え?どうして私が?」
「一昨日、佐一郎兄ちゃんと会った時「今度連れておいで」って言われたんだ。あの秘密の場所に来てもいいんだって」
「そう・・でも、家を空けるとなると・・」
おいちはそう言いながら頭の中では、あの優しく微笑んだ佐一郎の顔を思い出していた。
「大丈夫。利一兄ちゃんに頼んだから」
抜かりはなさそうだ。
「じゃあ行って見ようかな」
「やったね。佐一郎兄ちゃんも喜ぶよ。じゃあ。洗濯が終わったら行こう」
梅二は飛び上がって喜ぶと家の中へ入って行った。
いそいそと洗濯を終わらせたおいちが、梅二を探していると
「姉ちゃん。こっちこっち」
庭の隅の方から声がする。周りを気にしながら急いで行って見ると梅二が布に包んだ何かを持ちながらおいちを手招きしている。
「あんた。こんな所で何してるの?」
「ここから行くんだよ」
そこは家の裏にあたる場所で道はなく、鬱蒼とした森が広がるばかりだ。その先を進むと恐らく山を越え狭山村へ行ける。しかし、その山は入ってはいけないと言われている山だ。富木村の人達が狭山村へ行く時は違う道を通り別の山を越えて行く。
「梅二。まさかあの山に行くの?」
「そうだよ」
「でも、あの山は入っちゃいけないって言われている山なんだよ。確か・・」
「狐や狸に化かされるからだろ?大丈夫。俺、何回も行ってるけど化かされたことなんて一度もないよ。フクロウは結構切るみたいだけどね。さ、行こう」
一人で張り切っている梅二は、おいちの手を取りドンドン森の中へと入って行った。
始めは難なく歩けた森の中も、次第に藪漕ぎをするぐらいの深い道のりになっていく。しかし、梅二が普段からこの道を通って秘密の場所へ行っているからか、倒された草木があちこち見られた。
いくら歩いても、中々目的の場所に着かないことに次第に不安になってきたおいちは、前を歩く梅二に声を掛ける。
「ねぇ梅二。まだつかないの?」
「もう少し」
またしばらく歩く。
「ねぇ梅二。まだなの?」
「もう少し」
こんなやり取りを続けているうちに、おいちは帰りたくなってきた。
「ねぇ梅二。もう姉ちゃん帰ろうかな」
「着いたよ」
「え?」
これまでと違う返事が返ってきた事にホッとしながら梅二の後に続く。
森を抜け着いた先は、少しだけ開けた場所に出たがその先に地面がない。崖になっているのだ。
「待ってたよ」
呆然としているおいちに声を掛けたのは、先に来ていた佐一郎だった。佐一郎は、崖っぷちに平然と笑いながら立っている。
「佐一郎兄ちゃん!連れて来たよ!」
梅二は嬉しそうにそう言いながら、佐一郎の元へ駆け寄る。
「あっ!危ない!」
咄嗟に叫んでしまった。おいちには、梅二が崖の方へ落ちてしまうように見えたからだ。
そんなおいちの心配をよそに、梅二は佐一郎の側に来ると持っていた布を差し出す。
「お?持ってきてくれたのかい?俺も持ってきたよ」
「本当?やったね」
唖然とするおいちの前で、二人はお互いに持ち寄った物を見せ合いだした。
梅二が布に巻いて持ってきたのは、蒸かした芋だった。佐一郎が持ってきたものは、赤い木の実がついた枝を数本。
「姉ちゃん何突っ立ってるの?こっちにおいでよ」
梅二は、佐一郎が持ってきた木の実を枝からむしりソレを口に運びながらおいちに声を掛ける。
おいちは足がすくんでいた。
自分が立っている場所から見える景色は、はるか向こうの山並みが見えるのだが、地面が途中で寸断されている。その先はどうなっているのか。おいちは崖と言いうものを初めて見たのだ。
「大丈夫だよ。この景色を見たら怖さなんて吹っ飛んじゃうから」
佐一郎があの優しい笑顔を見せながら言った。
「本当?」
「ああ。本当さ」
おいちは、少しずつ足を前に出し佐一郎と梅二がいる場所まで歩いて行く。わずかな距離なのに、恐ろしさがおいちの足を遅くする。
牛歩のように歩くおいちは、ようやく二人の元へたどり着いた。
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