梟(フクロウ)の山

玉城真紀

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不安

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祭りの次の日から、おいちは不安で仕方がなかった。
なぜなら、話してはいけない祭りで話をしてしまったからである。
(本当に村が滅んでしまったらどうしよう。もしそうなったら私のせいだ)
誰にも相談することが出来ずに、落ち着かない日々が続いた。
「姉ちゃん。どうしたの?」
そんなおいちの変化にいち早く気がついたのが、次男の梅二。
おいちは、草鞋を作る時に使う縄を結っていた。梅二はその側に来て、手伝うふりをしながら小声で話しかけてきたのだ。
「え・・・どうもしないわよ」
おいちは嘘が下手だ。ぎこちない返事に相手と目を合わすことなく言えば誰でも嘘だと分かる。
「本当?僕知ってるよ」
縄を結うおいちの手が止まり梅二の方を見る。
「知ってるって?何を?」
梅二はそれに答えない。黙って慣れない手つきで縄を結っている。
いつまでも話さない梅二に対し、不安と焦りが出てきたおいちは
「ちょっと外においで」
と耳打ちすると、おいちは外に出た。他の家族に知られたら大変である。
外は、満天に輝く星が空いっぱいに広がっていた。夜はまだ少し肌寒く感じるがこれから暑い夏がやって来る。
その綺麗な夜空に目をやる事もなく、ソワソワとしながら梅二が家から出てくるのを待った。
「どこ行くんだい?」
「厠」
母親と梅二の会話が家の中から聞こえがらりと戸が開く音がする。
「梅二。梅二」
「何だそんな所に隠れてたんだ」
梅二は笑いながらおいちの側に来た。
「梅二。さっき言っていた知ってるって・・・何を知ってるの?」
「姉ちゃんが自分で言いなよ。俺はもう知ってる事なんだから」
「・・・そう」
暫く沈黙が続いたのち
「あのね、姉ちゃんこの前の祭りの時に話をしてしまったの」
「えっ!」
咄嗟に大きな声を出してしまった梅二は、慌てて自分の口に手を当てた。
「え?って・・・あんた知ってたんじゃないの?・・・ずるいよ。カマかけたんだね?・・まぁいいわ。それより、あの祭りで話をしてしまったら、村が滅んでしまうって言う言い伝えがあるでしょ?だから・・・」
不安な日々を送っていたおいちの告白を聞いた梅二だったが、口を押えながら次第に目尻が下がっている。笑っているのだ。
「あんた何笑ってるのよ。大変な事なのよ?」
おいちは、少し馬鹿にされたような気がして梅二を睨んだ。梅二は口から手を離すと
「大丈夫だよ」
「大丈夫?何でそんな事が言えるのよ」
「だって、杉の下のおばさんも話してたもん」
「え?そうなの?」
杉の下のおばさんとは、その名の通り大きな一本杉の下に家がありそこに住んでいる一人暮らしのおばさんの事だ。両親を早くに亡くし兄妹もいない。嫁いでいれば一人寂しく暮らすこともなかったのだろうが、本人は何処にも嫁ぐ気がなかったようで独り身を貫いている。今では一人気ままな生活を楽しんでいるようだ。特に変わり者でも何でもない。いたって普通の気の良いおばさんだ。
「それ本当なの?」
「うん」
「誰と話していたの?」
「一人でしゃべってた」
「一人で?何て言ってたの?」
「う~ん。よく聞こえなかったけど・・・あの野菜の煮つけは・・とか、私も真似してみようとか言ってた」
「そう」
恐らく、祭りの途中で食べる食事が美味しかったので、つい独り言を言ってしまったという事か・・・
「それって、いつの話?」
「今年の祭りの時」
「今年・・・」
何年も前の話なら村は滅びていないので安心するが、おいちと同じ祭りで話しているなら安心はできない。
「ね、姉ちゃんは誰と喋ったの?」
「え・・・」
「姉ちゃんも、あのおばさんと同じで独り言言っちゃったの?」
「・・そ、そう」
「嘘だね」
おいちを真っ直ぐに見る梅二の目は、空の星が映っているかのようにキラキラとしている。観念したおいちは正直に言った。
「・・・狭山村の佐一郎って人が話しかけてきて・・・つい話しちゃったの」
おいちは後悔と恥ずかしさで声が尻つぼみになっていく。
「なぁんだ。佐一郎兄ちゃんか」
「知ってるの?」
「知ってるよ。俺、仲がいいんだ」
初耳である。
梅二は、前述したように物々交換をする時他所から来た人達を相手している。頭のいい子なので、大人相手に巧みな話術で芋一つでも多く置いていかせるのだが、その繋がりで知り合ったのだろうか。
「うちに来た事があるの?」
「ないよ。秘密の場所に行くんだ」
「秘密の場所?」
「そう。佐一郎兄ちゃんと俺だけの秘密の場所。そこで色々話をするんだ。佐一郎兄ちゃんはいろんなことを知ってるんだよ。話し上手だし、俺大好きだよ」
梅二は嬉しそうに目を細めながら言った。
「そう・・・」
「姉ちゃん。大丈夫だよ。村が滅びるなんて迷信さ。誰も気がつかないだけで、きっと誰かは喋ってると思うよ。考えても見てよ。二日もやる祭りなんだよ?それも三つの村一緒に。誰も喋らないなんてありっこないよ」
「そうかな・・・」
「このところずっと暗い顔してたのはそんな事だったんだね。ハハハ。大丈夫だよ。そんなの母ちゃんが実は男じゃないかって心配する位の事だよ」
「フフフ。何それ」
「だって、この前怒られてげんこつ貰ったんだけど、その時の母ちゃんの顔鬼のようだったもん」
梅二の例えはよく分からないものだったが、おいちの不安を取り除くには十分だった。

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