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奇妙な祝言
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暫くすると、外がやけに騒がしくなってきた。
何事だろうと耳を澄ますと、大勢の人の話し声と足音が聞こえる。
「何だ?何が始まったんだ?」
梅二もじっと耳を澄ましている。その内、おいちがいる部屋の前の庭に村人たちが入って来た。山岸家に来る時に道端にいた人たちだ。
村人達は、座敷の真ん中に座るおいちをまるで品定めするように見ると、なにやらぼそぼそとみんなで話している。
漏れ聞こえてくる会話は
「綺麗な人ね」
「う~ん」
「もう少し太っていた方がいいよ」
「いや、あれでいいんだよ」
等、勝手な事を話している。
村人達にじろじろと見られるおいちはいたたまれなくなり、俯いてしまった。
「何だい。あんたら」
梅二が文句を言おうとした時、村人達はゆきがいる部屋の方へ移動し始めた。ゆきの方でもおいちと同じような会話が聞こえてくる。
一体これは何だと言うのか。
暫くすると、村人はワイワイと何やら話しながら満足したかのように帰って行った。
「何だってんだ!山岸の家の奴らは一体何を考えてるんだ?」
まだ怒りが収まらない梅二は、廊下に出て帰って行く村人を見ながら言った。
「あ、姉ちゃん」
村人が帰った方を見ていた梅二が、驚いたようにおいちを呼ぶので梅二の方へ行こうと立ち上がり掛けた時、おいちの視界に入った者。
それは佐一郎だった。
黒の紋付袴を着た佐一郎は、何人かの付き人と共に廊下に出ている梅二やおいちの方を見る事もなく部屋を通り過ぎていく。
梅二もそんな佐一郎に声が掛けずらかったのか、もどかし気に見ているだけだった。
(ゆきさんの所へ行くのかしら)
おそらく佐一郎は、自分がいる事は知っているはず。それを知りながらゆきの方へ行ったとしたらそれは、あの時言った言葉は嘘だという事になる。
おいちは、あの秘密の場所で佐一郎がいった言葉を思い出した。
(おいちちゃん。俺のお嫁さんにならないか?)
あの時の優しくて綺麗な目、おいちの手を握った佐一郎の手の温かさ。あれが嘘だとは思いたくはない。
視界から佐一郎が消えても、おいちは立ち上がり掛けた姿勢のまま動けずにいた。
「お座りください」
誰かの声がする。廊下に出ていた梅二に言ったようだ。
梅二は不安そうな顔をしながら戻ると、おいちの横に座る。おいちも座りなおした。
「では、これより祝言を執り行いたいと思います。先程、武井村の村民達による投票が終わりました。それによりますと・・・」
話がそこまで行った時、梅二がすごいスピードで廊下に飛び出すと
「やいやい!一体何だって言うんだ!村民達による投票だと?祝言になんで村民の投票なんかが必要なんだ!」
「・・・・お座りください。これは山岸家の伝統でございます。村民達に受け入れられない嫁を山岸家の嫁として認める事は出来ませんから」
「佐一郎兄ちゃん!あんたはこんな祝言のやり方でいいのかよ!」
梅二は顔を真っ赤にして怒鳴っている。おいちの座る場所からは見えないが、梅二の話している視線から考えるとおそらく、佐一郎はおいちとゆきの部屋の境目辺りに座っているのだろう。
「何とか言えよ。佐一郎兄ちゃん!」
「お座りください。これ以上邪魔だて致しますと屋敷の外に出ていただきます」
梅二はまだ何か言いたげだったが、おいちの立場を考えたのだろう。唇を噛みながら元の場所に乱暴に座る。
「では改めまして、先程の武井村の人達の投票の結果はゆき様の方に票が多く集まりました」
おいちは、足の先から冷たくなっていくのが分かる。
こんな乱暴な常識を逸脱している祝言は聞いた事も見た事もない。村民の投票で決まる祝言?本人たちの意思はないのか・・・
初めてゆきがおいちの家に来た時に言った言葉。
(三年も付き合っている)
ではなぜ、佐一郎はおいちに結婚を申し込んだのか。秘密の場所で二人で会っている時に言ってくれた言葉は嘘だったのか。あの祭りの時に決まりを守らずにおいちに話しかけたのはおいちを弄ぶためだったのか。
おいちは気が遠くなりそうなのを必死でこらえ、話に耳を傾ける。
「最後に、佐一郎様によりお二人のどちらかを決めていただきます」
(え!)
おいちは佐一郎が座っている辺りを凝視する。
廊下から見える庭の南天の赤い実が、先程までとても綺麗だと感じていたのに今はその赤い色が視界の端に入り邪魔に思えてくる。
佐一郎が立ちあがったのか、さらさらと衣擦れの音が聞こえる。それから暫く何の音もしない。迷っているのか。おいちの心臓の音が隣に座る梅二にも聞こえてしまいそうだ。梅二もかたずを飲み廊下を見守る。
「おめでとうございます」
おいちには、この言葉がどこから誰に向けて言われているのか一瞬分からなかった。
分かっているのは、おいちの部屋には佐一郎は来なかったという事だ。
隣の部屋から、ゆきの楽しそうな笑い声と女中達のお祝いの言葉が聞こえ、その女中達が廊下をせわしなく行き来し始めた。
「・・・・・・」
放心状態でいるおいちの部屋の襖が開いた。襖の所にはゆきが姿勢よく座っていた。
「おいちさん。ごめんなさいね。この祝言のやり方は山岸家の伝統なの。山岸家の女と、同じ年の女を二人並べて選んでもらうというやり方はね。この家では、何故か女しか産まれなくて。だから両親も祖父母も、その前からずっと婿取りなの。こんな残酷としか思えない祝言の挙げかたは私もどうかと思うけど、仕方がなくて・・・」
ゆきは、本当に申し訳ないと言った様子で俯きながら話す。
「でも本当に困ってたの。うちの佐一郎が、何を血迷ったのか他の女性と会ってるなんて聞いた時は。だから、あなたを呼んだの。いくら私が佐一郎と付き合っていると言っても、人の気持ちは常に動くものでしょ?この山岸家の祝言のやり方が今の私にはぴったりだと思ったわ。佐一郎本人に決めてもらえるんですもの。あ・・・それと、そのままの恰好では帰りずらいでしょうから、すぐに別の着物を用意させますね。遠慮なくそれを来て頂戴。では」
放心状態のおいちに構わず話す事だけ話すと、ゆっくりと襖を閉める。襖が閉めきる直前、ゆきのあの嫌な笑いを浮かべた顔は一生忘れないだろう。
それに、こんな屈辱を味わわせられたことも。
ゆきの話が終わった後も、二人は動けなかった。
やっと我に返ったのは、女中がおいちが帰りに着る着物を持ってきた時だった。
「これにお召し変え下さい」
持ってきた着物は、普段おいちが着ている着物よりも上等な着物だった。こんなもの着たくもなかったが、白無垢姿で帰る訳にもいかないおいちは最後の最後まで屈辱を味わいながらその着物にそでを通す。
「帰ろう。梅二」
着替えの済んだおいちは、未だじっと前を向いて座っている梅二に声を掛けた。
「うん。姉ちゃん先に行ってて。すぐ行くから」
「どうしたの?」
「すぐ行くから」
有無を言わさないような物言いに、おいちは不安になったが梅二の言う通りに先に部屋を出た。その後、梅二はすぐにおいちに追いつき一緒に屋敷を出た。もう屋敷の周りに村人達がいなくなってたのは助かった。
屋敷の中から楽し気な笑い声や歌が聞こえてくる。宴が始まったのだろう。
二人はその騒がしい声を背中に、一言も喋らず家路についた。
「何て言う事だ!馬鹿にしてる!」
梅二から今日の事を全て聞いた父親は顔を真っ赤にしてひどく憤慨した。
「本当だよ。姉ちゃんを何だと思ってるんだろう」
利一も父親同様怒っている。
「山岸さんの家の伝統ねぇ。私は武井村出身だけど、そんなこと聞いた事もないわ」
そうなのだ。母親は武井村からこの富木村に嫁いできた人だった。
「なにぃ!本当か!」
「ええ。女しか生まれなくて婿さん取りなのはその通りだけど。こんな方法でやるなら私も村民として呼ばれてるはずだし、呼ばれないしても両親から聞いてるはずよ。それともそう言うやり方に変わったのかしら」
母親は首をひねりながら考える。
「やり方が変わったとしても酷すぎるよ。それに、その佐一郎って男も何だよ。姉ちゃんに自分から声を掛けて思わせぶりな事しときながら、最後に裏切るなんて」
「それに、もしもの時の為にって言っていたのは結局何だったんだ?」
「多分だけど・・・姉ちゃん一人だけじゃなくその家族にも恥をかかせたかったとか・・・」
「なにぃ!」
父親は赤い顔を更に赤くして言う。
「お父ちゃん落ち着いて。帰って良かったよ。馬鹿にされたかもしれないけど、そんな所に嫁に行ったとしたらきっと一生辛い思いをしてたでしょうからね」
四人は、囲炉裏を囲みながら話していた。
当のおいちはそんな話など聞きたくなかったので、庭に出ていた。
辺りはもう真っ暗。季節は夏に入ったので昼の暑さが残りじっとりと湿り気を含んでいる。
なるべく家から離れた庭の隅の方に腰を下ろし、暗闇を見つめる。暗闇の中に浮かぶ山のシルエットが今のおいちの心に重くのしかかって来るようだ。
「姉ちゃん」
あめだ。
あめはおいちの目の前の地面にじかに座ると、くりくりとした可愛い目でおいちを見つめる。今日は月と星が良く見える夜空だ。あめの目に夜空の星が映っているかのようにキラキラとしている。
しかし、それは夜空が映っているのではなく涙で瞳が潤んでいるのだと分かった。
「姉ちゃん。ごめんね。私が行けば分かるなんて言わなければこんな事にならなかったのに」
「・・・・・」
「姉ちゃん・・・」
「・・・・・・」
おいちは、悲しそうな表情をしたあめに対し怒っている訳ではない。あめが言わなくても、恐らくおいちは武井村に行っていただろう。だからあめの事を怒っているなんてことはない。
でも今は、誰とも話したくなかった。
おいちは、あめの頭を優しく撫でほほ笑むだけで精一杯だった。あめはいたたまれなくなったのか、黙って立ち上がるとトボトボと家の中へ入って行った。
(私は一体何だったのだろう。あの祭りの時、初めて佐一郎さんと会い秘密の場所でも梅二と三人で会ったり二人で会ったり・・・楽しかったあの時間は・・・あの時も佐一郎さんはゆきさんと会っていたのか。知らぬは私だけ。あの時・・・祭りの時、佐一郎さんと話をしていなければ・・・話さえしなければ・・・・)
おいちの目からはとめどなく涙があふれてくる。
おいちはその夜、家に入らず一晩中庭で泣いていた。
何事だろうと耳を澄ますと、大勢の人の話し声と足音が聞こえる。
「何だ?何が始まったんだ?」
梅二もじっと耳を澄ましている。その内、おいちがいる部屋の前の庭に村人たちが入って来た。山岸家に来る時に道端にいた人たちだ。
村人達は、座敷の真ん中に座るおいちをまるで品定めするように見ると、なにやらぼそぼそとみんなで話している。
漏れ聞こえてくる会話は
「綺麗な人ね」
「う~ん」
「もう少し太っていた方がいいよ」
「いや、あれでいいんだよ」
等、勝手な事を話している。
村人達にじろじろと見られるおいちはいたたまれなくなり、俯いてしまった。
「何だい。あんたら」
梅二が文句を言おうとした時、村人達はゆきがいる部屋の方へ移動し始めた。ゆきの方でもおいちと同じような会話が聞こえてくる。
一体これは何だと言うのか。
暫くすると、村人はワイワイと何やら話しながら満足したかのように帰って行った。
「何だってんだ!山岸の家の奴らは一体何を考えてるんだ?」
まだ怒りが収まらない梅二は、廊下に出て帰って行く村人を見ながら言った。
「あ、姉ちゃん」
村人が帰った方を見ていた梅二が、驚いたようにおいちを呼ぶので梅二の方へ行こうと立ち上がり掛けた時、おいちの視界に入った者。
それは佐一郎だった。
黒の紋付袴を着た佐一郎は、何人かの付き人と共に廊下に出ている梅二やおいちの方を見る事もなく部屋を通り過ぎていく。
梅二もそんな佐一郎に声が掛けずらかったのか、もどかし気に見ているだけだった。
(ゆきさんの所へ行くのかしら)
おそらく佐一郎は、自分がいる事は知っているはず。それを知りながらゆきの方へ行ったとしたらそれは、あの時言った言葉は嘘だという事になる。
おいちは、あの秘密の場所で佐一郎がいった言葉を思い出した。
(おいちちゃん。俺のお嫁さんにならないか?)
あの時の優しくて綺麗な目、おいちの手を握った佐一郎の手の温かさ。あれが嘘だとは思いたくはない。
視界から佐一郎が消えても、おいちは立ち上がり掛けた姿勢のまま動けずにいた。
「お座りください」
誰かの声がする。廊下に出ていた梅二に言ったようだ。
梅二は不安そうな顔をしながら戻ると、おいちの横に座る。おいちも座りなおした。
「では、これより祝言を執り行いたいと思います。先程、武井村の村民達による投票が終わりました。それによりますと・・・」
話がそこまで行った時、梅二がすごいスピードで廊下に飛び出すと
「やいやい!一体何だって言うんだ!村民達による投票だと?祝言になんで村民の投票なんかが必要なんだ!」
「・・・・お座りください。これは山岸家の伝統でございます。村民達に受け入れられない嫁を山岸家の嫁として認める事は出来ませんから」
「佐一郎兄ちゃん!あんたはこんな祝言のやり方でいいのかよ!」
梅二は顔を真っ赤にして怒鳴っている。おいちの座る場所からは見えないが、梅二の話している視線から考えるとおそらく、佐一郎はおいちとゆきの部屋の境目辺りに座っているのだろう。
「何とか言えよ。佐一郎兄ちゃん!」
「お座りください。これ以上邪魔だて致しますと屋敷の外に出ていただきます」
梅二はまだ何か言いたげだったが、おいちの立場を考えたのだろう。唇を噛みながら元の場所に乱暴に座る。
「では改めまして、先程の武井村の人達の投票の結果はゆき様の方に票が多く集まりました」
おいちは、足の先から冷たくなっていくのが分かる。
こんな乱暴な常識を逸脱している祝言は聞いた事も見た事もない。村民の投票で決まる祝言?本人たちの意思はないのか・・・
初めてゆきがおいちの家に来た時に言った言葉。
(三年も付き合っている)
ではなぜ、佐一郎はおいちに結婚を申し込んだのか。秘密の場所で二人で会っている時に言ってくれた言葉は嘘だったのか。あの祭りの時に決まりを守らずにおいちに話しかけたのはおいちを弄ぶためだったのか。
おいちは気が遠くなりそうなのを必死でこらえ、話に耳を傾ける。
「最後に、佐一郎様によりお二人のどちらかを決めていただきます」
(え!)
おいちは佐一郎が座っている辺りを凝視する。
廊下から見える庭の南天の赤い実が、先程までとても綺麗だと感じていたのに今はその赤い色が視界の端に入り邪魔に思えてくる。
佐一郎が立ちあがったのか、さらさらと衣擦れの音が聞こえる。それから暫く何の音もしない。迷っているのか。おいちの心臓の音が隣に座る梅二にも聞こえてしまいそうだ。梅二もかたずを飲み廊下を見守る。
「おめでとうございます」
おいちには、この言葉がどこから誰に向けて言われているのか一瞬分からなかった。
分かっているのは、おいちの部屋には佐一郎は来なかったという事だ。
隣の部屋から、ゆきの楽しそうな笑い声と女中達のお祝いの言葉が聞こえ、その女中達が廊下をせわしなく行き来し始めた。
「・・・・・・」
放心状態でいるおいちの部屋の襖が開いた。襖の所にはゆきが姿勢よく座っていた。
「おいちさん。ごめんなさいね。この祝言のやり方は山岸家の伝統なの。山岸家の女と、同じ年の女を二人並べて選んでもらうというやり方はね。この家では、何故か女しか産まれなくて。だから両親も祖父母も、その前からずっと婿取りなの。こんな残酷としか思えない祝言の挙げかたは私もどうかと思うけど、仕方がなくて・・・」
ゆきは、本当に申し訳ないと言った様子で俯きながら話す。
「でも本当に困ってたの。うちの佐一郎が、何を血迷ったのか他の女性と会ってるなんて聞いた時は。だから、あなたを呼んだの。いくら私が佐一郎と付き合っていると言っても、人の気持ちは常に動くものでしょ?この山岸家の祝言のやり方が今の私にはぴったりだと思ったわ。佐一郎本人に決めてもらえるんですもの。あ・・・それと、そのままの恰好では帰りずらいでしょうから、すぐに別の着物を用意させますね。遠慮なくそれを来て頂戴。では」
放心状態のおいちに構わず話す事だけ話すと、ゆっくりと襖を閉める。襖が閉めきる直前、ゆきのあの嫌な笑いを浮かべた顔は一生忘れないだろう。
それに、こんな屈辱を味わわせられたことも。
ゆきの話が終わった後も、二人は動けなかった。
やっと我に返ったのは、女中がおいちが帰りに着る着物を持ってきた時だった。
「これにお召し変え下さい」
持ってきた着物は、普段おいちが着ている着物よりも上等な着物だった。こんなもの着たくもなかったが、白無垢姿で帰る訳にもいかないおいちは最後の最後まで屈辱を味わいながらその着物にそでを通す。
「帰ろう。梅二」
着替えの済んだおいちは、未だじっと前を向いて座っている梅二に声を掛けた。
「うん。姉ちゃん先に行ってて。すぐ行くから」
「どうしたの?」
「すぐ行くから」
有無を言わさないような物言いに、おいちは不安になったが梅二の言う通りに先に部屋を出た。その後、梅二はすぐにおいちに追いつき一緒に屋敷を出た。もう屋敷の周りに村人達がいなくなってたのは助かった。
屋敷の中から楽し気な笑い声や歌が聞こえてくる。宴が始まったのだろう。
二人はその騒がしい声を背中に、一言も喋らず家路についた。
「何て言う事だ!馬鹿にしてる!」
梅二から今日の事を全て聞いた父親は顔を真っ赤にしてひどく憤慨した。
「本当だよ。姉ちゃんを何だと思ってるんだろう」
利一も父親同様怒っている。
「山岸さんの家の伝統ねぇ。私は武井村出身だけど、そんなこと聞いた事もないわ」
そうなのだ。母親は武井村からこの富木村に嫁いできた人だった。
「なにぃ!本当か!」
「ええ。女しか生まれなくて婿さん取りなのはその通りだけど。こんな方法でやるなら私も村民として呼ばれてるはずだし、呼ばれないしても両親から聞いてるはずよ。それともそう言うやり方に変わったのかしら」
母親は首をひねりながら考える。
「やり方が変わったとしても酷すぎるよ。それに、その佐一郎って男も何だよ。姉ちゃんに自分から声を掛けて思わせぶりな事しときながら、最後に裏切るなんて」
「それに、もしもの時の為にって言っていたのは結局何だったんだ?」
「多分だけど・・・姉ちゃん一人だけじゃなくその家族にも恥をかかせたかったとか・・・」
「なにぃ!」
父親は赤い顔を更に赤くして言う。
「お父ちゃん落ち着いて。帰って良かったよ。馬鹿にされたかもしれないけど、そんな所に嫁に行ったとしたらきっと一生辛い思いをしてたでしょうからね」
四人は、囲炉裏を囲みながら話していた。
当のおいちはそんな話など聞きたくなかったので、庭に出ていた。
辺りはもう真っ暗。季節は夏に入ったので昼の暑さが残りじっとりと湿り気を含んでいる。
なるべく家から離れた庭の隅の方に腰を下ろし、暗闇を見つめる。暗闇の中に浮かぶ山のシルエットが今のおいちの心に重くのしかかって来るようだ。
「姉ちゃん」
あめだ。
あめはおいちの目の前の地面にじかに座ると、くりくりとした可愛い目でおいちを見つめる。今日は月と星が良く見える夜空だ。あめの目に夜空の星が映っているかのようにキラキラとしている。
しかし、それは夜空が映っているのではなく涙で瞳が潤んでいるのだと分かった。
「姉ちゃん。ごめんね。私が行けば分かるなんて言わなければこんな事にならなかったのに」
「・・・・・」
「姉ちゃん・・・」
「・・・・・・」
おいちは、悲しそうな表情をしたあめに対し怒っている訳ではない。あめが言わなくても、恐らくおいちは武井村に行っていただろう。だからあめの事を怒っているなんてことはない。
でも今は、誰とも話したくなかった。
おいちは、あめの頭を優しく撫でほほ笑むだけで精一杯だった。あめはいたたまれなくなったのか、黙って立ち上がるとトボトボと家の中へ入って行った。
(私は一体何だったのだろう。あの祭りの時、初めて佐一郎さんと会い秘密の場所でも梅二と三人で会ったり二人で会ったり・・・楽しかったあの時間は・・・あの時も佐一郎さんはゆきさんと会っていたのか。知らぬは私だけ。あの時・・・祭りの時、佐一郎さんと話をしていなければ・・・話さえしなければ・・・・)
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