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宿っていた命
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それから一カ月経った頃。
おいちの家では、相変わらずおいちを見る事を目的に来る男が後を絶たなかった。そんな男達の相手は専ら梅二が相手していたので助かった。
何故なら、今のおいちは一か月前とは見ても見られぬぐらいにやせ細ってしまっていたからだ。顔色も悪く、食事もろくに食べない。床に臥せっている訳ではないのだが、家族はそんなおいちの事をとても心配した。しかし本人に何を聞いても薄く微笑むだけで喋る事をしないのでほとほと困り果てていた。
梅二も、物々交換と称しおいちを見に来た男達を上手くとりなしてはくれていたものの限界が来ているようだった。
「おいち。家の事はいいから少し寝ていたらどうだい?」
「・・・・・」
「そんな青い顔して、お母ちゃんがやるから寝ていなさい」
「・・・・」
母親が気遣って言っても、おいちは首を横に振るだけだった。
そんなある日。
おいちが倒れた。
井戸の水を汲み運んでいる時に倒れてしまったのだ。家にはあめがいたので、音を聞きつけ外に飛び出して見ると、おいちが倒れている。慌てたあめは急いで畑にいる両親を呼びに行った。
おいちが目を覚ましたのは夜遅い時間だった。
部屋の中は暗く、隣にはあめが小さな寝息をたてながら寝ている。その向こうには梅二が寝ていた。
始め、自分がどうして寝ているのか分からなかったおいちはゆっくりと今日の事を思い出す。
(そうだ。井戸で水を汲んで・・・そしたら眩暈がして・・・)
状況が分かりかけた時
「おいち」
母親の声がする。
おいちが声のする方に顔を向けると、母親が心配そうな顔をしておいちを覗き込んでいた。
「あんた・・・もしかして・・・」
「・・・・・」
「もしそうなら・・・・どうするんだい?」
「・・・・・・」
「産むのかい?」
「・・・・・」
母親からの最後の問いの言葉は、おいちの胸に深く突き刺さった。やはり母親である。おいちの体の異変は単なる体調不良だとは思っていなかったのだ。
「おいち・・・」
母親の声は震えていた。怒っているのではない。哀れみを帯びた何とも悲しい声だった。
「・・・・・・」
「まだ、お父ちゃんにも誰にも言っていないよ。・・・おいち。お母ちゃんはおいちの味方だからね。一人で悩まずに必ずお母ちゃんにだけでもいいから相談するんだよ」
母親はそう言うとそっと部屋から出て行った。
次の日、おいちはずっと床の中にいた。
身体がやけにだるく気分も悪い。心配した母親がお粥を作ってくれたが箸をつけることが出来なかった。
床の中でおいちは考えた。
月のものが来なくなった時に、直ぐに子供が出来た事に気がついた。勿論、父親は佐一郎である。しかし、この今の状況で子供を産んでも、産まれた子供は果たして幸せになれるのだろうか。家族に迷惑がかかるのではないか。そんな事をずっと考えてきた。
昨晩、母親に自分のお腹の子の事を言われた時は驚いた。でも叱らず、自分は味方だと言ってくれた。それだけでもありがたい。しかし、その家族に甘えてもいいのだろうか。毎日来る男達は一人身のおいちを目当てに来る。もし子供を産んだとしたらもう来ないのではないか。作物が余り実らない土地の富木村では、そんな男達の物々交換で生活している部分が大きい。どうしたらいいのか。家族の生活を考えると、子供を産んだとしたらその子をひたすら隠し通すか。それとも、そんな事せず産まれた子供と堂々と生活していくか。色々な事がおいちの頭の中を駆け巡る。その中でひときわ強く思う事は一つ。
(子供が産まれたら佐一郎さんに見てほしい。父親として、頭を撫でてやってほしい。泣いたら抱いてあやしてほしい)
叶わないと知りながらも、おいちはそんな事を願いながら月日を過ごしていった。
時間が過ぎていく内に、おいちの腹がだんだん大きくなっていく。隠していたわけではないが、言えなかった家族にもおいちのそんな体を見れば一目瞭然。
父親は怒り狂うかと思ったが、意外に冷静においちの腹の子を受け入れた。
利一とあめも、驚きはしたが両親の意外な冷静さに従ったようだった。
問題は梅二である。
「姉ちゃん・・・嘘だろ?」
「・・・・・」
「その腹の中の子・・・佐一郎兄ちゃんの子?」
おいちは黙ってうなずく。
「嘘だろ?産むのかよ」
「・・・・・」
「佐一郎兄ちゃん・・・アイツには言わないのか」
「・・・・・」
おいちは黙ってお腹をさすっている。
「一人で育てるのか?父親がいない子供を育てるのか?」
「・・・・・」
「姉ちゃん・・・」
何も言わず、ただ黙ってひたすらお腹をさすっているおいちを見て梅二はもう何も言えなくなってしまった。
そしてついに子供が産まれた。
男の子だった。産まれたばかりの子供は元気よく大きな声で泣いている。
取り上げたのは母親だった。お産婆は武井村の方にいたが、おいちが嫌がったのだ。三人の子供を産んだ母親は、見よう見まねで何とかおいちのお産を無事終わらせることが出来た。
産湯に赤子を入れる母親は、愛おしそうに赤子を見下ろし優しく体を洗う。どうしても赤子を見たいと我儘を言ったあめも産湯に入る赤子を、間近で珍しそうにそして嬉しそうに見ていた。こんな形での初孫だが、自分の娘が産んだ子には間違いない。家族みんなで育てて行けばきっと父親がいなくても大丈夫だろう。母親はそんな事を考えながら、ちゃぷりちゃぷりと温かい湯を赤子の体にかける。
「さ、綺麗になったよ」
この日の為に繕った着物を赤子に着せると、おいちが寝ている部屋へと入った。
「おいち?」
敷いてある布団に寝ているはずのおいちの姿が見えない。
(厠かしら)
おいちのお産という事もあり、あめ以外の家族には家を空けてもらっている。母親は暫く待ってみたが、一向においちは戻らない。
次第に不安になってきた母親は、赤子を布団に寝かせ厠の方へと行って見たが誰もいなかった。
(どこに行ったのかしら)
母親が家の中や庭をウロウロと探していると梅二がやってきた。
「母ちゃん、どうしたの?」
「あんたおいちを見なかったかい?」
「姉ちゃん?見なかったけど・・赤ん坊は産まれたの?姉ちゃんがどうかしたの?」
「うん。赤ん坊は無事産まれたんだよ。でもお母ちゃんが赤ん坊を産湯にいれている間に、おいちがどっか行ってしまったんだよ」
「え!姉ちゃんが?どこに?」
「それが分からないから探してるんだけど」
「俺も探すよ」
「頼むね。後、お父ちゃん達にも知らせておくれ」
「分かった!」
梅二は走りながら返事をすると、父親たちがいる畑の方へと急いで向かった。
知らせを聞いた父親たちは、急いで家に戻りおいちを探し始める。しかし、何処にもいない。お産したばかりの人間がそう遠くへ行けるわけがない。何かをしに行って倒れているのではないかと家族の焦りが募る。
「いた?」
「いない」
「あっちの方は?」
「いなかったよ」
辺りは暗くなってきている。探すみんなの気持ちも暗くなるにつれ焦りが増していく。
そんな中、梅二はある場所に向かっていた。
秘密の場所である。
出来れば夜にこの山に入る事は避けたかったが、緊急事態である。考えられる場所は全て確認したい。お産したばかりの人間が、あんな所まで行けるとは思えないが念のため灯りを持ち山へと入った。
おいちの家では、相変わらずおいちを見る事を目的に来る男が後を絶たなかった。そんな男達の相手は専ら梅二が相手していたので助かった。
何故なら、今のおいちは一か月前とは見ても見られぬぐらいにやせ細ってしまっていたからだ。顔色も悪く、食事もろくに食べない。床に臥せっている訳ではないのだが、家族はそんなおいちの事をとても心配した。しかし本人に何を聞いても薄く微笑むだけで喋る事をしないのでほとほと困り果てていた。
梅二も、物々交換と称しおいちを見に来た男達を上手くとりなしてはくれていたものの限界が来ているようだった。
「おいち。家の事はいいから少し寝ていたらどうだい?」
「・・・・・」
「そんな青い顔して、お母ちゃんがやるから寝ていなさい」
「・・・・」
母親が気遣って言っても、おいちは首を横に振るだけだった。
そんなある日。
おいちが倒れた。
井戸の水を汲み運んでいる時に倒れてしまったのだ。家にはあめがいたので、音を聞きつけ外に飛び出して見ると、おいちが倒れている。慌てたあめは急いで畑にいる両親を呼びに行った。
おいちが目を覚ましたのは夜遅い時間だった。
部屋の中は暗く、隣にはあめが小さな寝息をたてながら寝ている。その向こうには梅二が寝ていた。
始め、自分がどうして寝ているのか分からなかったおいちはゆっくりと今日の事を思い出す。
(そうだ。井戸で水を汲んで・・・そしたら眩暈がして・・・)
状況が分かりかけた時
「おいち」
母親の声がする。
おいちが声のする方に顔を向けると、母親が心配そうな顔をしておいちを覗き込んでいた。
「あんた・・・もしかして・・・」
「・・・・・」
「もしそうなら・・・・どうするんだい?」
「・・・・・・」
「産むのかい?」
「・・・・・」
母親からの最後の問いの言葉は、おいちの胸に深く突き刺さった。やはり母親である。おいちの体の異変は単なる体調不良だとは思っていなかったのだ。
「おいち・・・」
母親の声は震えていた。怒っているのではない。哀れみを帯びた何とも悲しい声だった。
「・・・・・・」
「まだ、お父ちゃんにも誰にも言っていないよ。・・・おいち。お母ちゃんはおいちの味方だからね。一人で悩まずに必ずお母ちゃんにだけでもいいから相談するんだよ」
母親はそう言うとそっと部屋から出て行った。
次の日、おいちはずっと床の中にいた。
身体がやけにだるく気分も悪い。心配した母親がお粥を作ってくれたが箸をつけることが出来なかった。
床の中でおいちは考えた。
月のものが来なくなった時に、直ぐに子供が出来た事に気がついた。勿論、父親は佐一郎である。しかし、この今の状況で子供を産んでも、産まれた子供は果たして幸せになれるのだろうか。家族に迷惑がかかるのではないか。そんな事をずっと考えてきた。
昨晩、母親に自分のお腹の子の事を言われた時は驚いた。でも叱らず、自分は味方だと言ってくれた。それだけでもありがたい。しかし、その家族に甘えてもいいのだろうか。毎日来る男達は一人身のおいちを目当てに来る。もし子供を産んだとしたらもう来ないのではないか。作物が余り実らない土地の富木村では、そんな男達の物々交換で生活している部分が大きい。どうしたらいいのか。家族の生活を考えると、子供を産んだとしたらその子をひたすら隠し通すか。それとも、そんな事せず産まれた子供と堂々と生活していくか。色々な事がおいちの頭の中を駆け巡る。その中でひときわ強く思う事は一つ。
(子供が産まれたら佐一郎さんに見てほしい。父親として、頭を撫でてやってほしい。泣いたら抱いてあやしてほしい)
叶わないと知りながらも、おいちはそんな事を願いながら月日を過ごしていった。
時間が過ぎていく内に、おいちの腹がだんだん大きくなっていく。隠していたわけではないが、言えなかった家族にもおいちのそんな体を見れば一目瞭然。
父親は怒り狂うかと思ったが、意外に冷静においちの腹の子を受け入れた。
利一とあめも、驚きはしたが両親の意外な冷静さに従ったようだった。
問題は梅二である。
「姉ちゃん・・・嘘だろ?」
「・・・・・」
「その腹の中の子・・・佐一郎兄ちゃんの子?」
おいちは黙ってうなずく。
「嘘だろ?産むのかよ」
「・・・・・」
「佐一郎兄ちゃん・・・アイツには言わないのか」
「・・・・・」
おいちは黙ってお腹をさすっている。
「一人で育てるのか?父親がいない子供を育てるのか?」
「・・・・・」
「姉ちゃん・・・」
何も言わず、ただ黙ってひたすらお腹をさすっているおいちを見て梅二はもう何も言えなくなってしまった。
そしてついに子供が産まれた。
男の子だった。産まれたばかりの子供は元気よく大きな声で泣いている。
取り上げたのは母親だった。お産婆は武井村の方にいたが、おいちが嫌がったのだ。三人の子供を産んだ母親は、見よう見まねで何とかおいちのお産を無事終わらせることが出来た。
産湯に赤子を入れる母親は、愛おしそうに赤子を見下ろし優しく体を洗う。どうしても赤子を見たいと我儘を言ったあめも産湯に入る赤子を、間近で珍しそうにそして嬉しそうに見ていた。こんな形での初孫だが、自分の娘が産んだ子には間違いない。家族みんなで育てて行けばきっと父親がいなくても大丈夫だろう。母親はそんな事を考えながら、ちゃぷりちゃぷりと温かい湯を赤子の体にかける。
「さ、綺麗になったよ」
この日の為に繕った着物を赤子に着せると、おいちが寝ている部屋へと入った。
「おいち?」
敷いてある布団に寝ているはずのおいちの姿が見えない。
(厠かしら)
おいちのお産という事もあり、あめ以外の家族には家を空けてもらっている。母親は暫く待ってみたが、一向においちは戻らない。
次第に不安になってきた母親は、赤子を布団に寝かせ厠の方へと行って見たが誰もいなかった。
(どこに行ったのかしら)
母親が家の中や庭をウロウロと探していると梅二がやってきた。
「母ちゃん、どうしたの?」
「あんたおいちを見なかったかい?」
「姉ちゃん?見なかったけど・・赤ん坊は産まれたの?姉ちゃんがどうかしたの?」
「うん。赤ん坊は無事産まれたんだよ。でもお母ちゃんが赤ん坊を産湯にいれている間に、おいちがどっか行ってしまったんだよ」
「え!姉ちゃんが?どこに?」
「それが分からないから探してるんだけど」
「俺も探すよ」
「頼むね。後、お父ちゃん達にも知らせておくれ」
「分かった!」
梅二は走りながら返事をすると、父親たちがいる畑の方へと急いで向かった。
知らせを聞いた父親たちは、急いで家に戻りおいちを探し始める。しかし、何処にもいない。お産したばかりの人間がそう遠くへ行けるわけがない。何かをしに行って倒れているのではないかと家族の焦りが募る。
「いた?」
「いない」
「あっちの方は?」
「いなかったよ」
辺りは暗くなってきている。探すみんなの気持ちも暗くなるにつれ焦りが増していく。
そんな中、梅二はある場所に向かっていた。
秘密の場所である。
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