梟(フクロウ)の山

玉城真紀

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出発

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「じゃあ行ってくる」
「気を付けてね」
筵を通して両親の声が聞こえると、利一が引く荷車がゆっくりと動き出した。姿勢を低くして筵を被っているおいちと梅二はジッと堪えていた。
いつだれが話しかけてくるかもしれない。普段見慣れない物があれば誰でも知りたくなる。荷車の隣には父親が一緒について歩いてくれているから心配はなさそうだが、用心に越したことはない。
「ねえ。姉ちゃん」
「ん?」
「俺さ、今まで黙ってたんだけどさ」
ガタガタと揺れる荷車の音で、梅二の囁くような声が聞き取りずらい。
「何?」
「俺が山で迷子になった時さ、変な奴とあったって言っただろ?大きな口でニィって笑った変な奴」
「うん」
「あの時さ、怖くて言えなかったんだけど、アイツ・・笑った後に言ったんだ」
「え?何?ごめんね。音がうるさくてよく聞こえないの」
「笑った後に言ったんだよ。○○○○って」
舗装などされていない道を進む荷車の音が、梅二の最後の言葉をかき消す。
「え?何?」
おいちは、もう一度聞こうと梅二の方に近寄り耳を傾けたが
「着いたぞ」
父の声で話が途中になってしまった。
慎重に荷車から降り身なりを整えると、着物が汚れないよう注意しながら山へ入る。途中おいちは後ろを振り返ると、父親が寂しそうな顔で見ているのが印象に残った。
それからの山越えは大変なものだった。
母親の言った通り、急な上り坂を殆ど前かがみの状態で延々登らなくてはいけない。とてもじゃないが、先程の梅二の話の続きを聞く余裕なんてなかった。
「はぁはぁ。大丈夫?姉ちゃん」
「はぁはぁはぁ。うん」
おいちは返事をするのも大変だった。普段の着物よりも重さがある白無垢を着ての山越えは想像を絶するものだった。
「やった~!今度は下りだよ!」
まるで、登頂に成功した登山者の様に梅二は万歳をして喜んだ。
しかし、喜んだのもつかの間、急な傾斜のある道は登りよりも下りの方が難しい。慣れない草履をはいたおいちは、何度も滑り転びそうになる。転んだら最後、汚れた白無垢の哀れな姿で祝言に参加する羽目になってしまう。
登りよりもかなりの時間をかけて、ようやく山越えを果たした二人だったが、武井村に入った頃にはぐったりと疲れてしまっていた。
「ね、姉ちゃん。山岸さんの家はあそこだよね」
梅二が指さす方向には、大きなお屋敷が自分を主張するかのようにどっしりと構えている。見るとその屋敷の周りに、わらわらと大勢の人達がいた。今日の祝言に参加する人たちなのだろう。
遠目から見てもかなりの人数がいるのが分かる。おいちの足はピタリと止まった。
「どうしたの?」
突然動かなくなったおいちを不思議に思った梅二が声を掛ける。
「あそこに行くのよね」
「うん」
「私、行けないわ」
「今更どうしたの?」
「だって、嫁入りするわけでもないのにこんな白無垢を着てあの人だかりの中歩けると思う?」
「う~ん。大丈夫だよ。姉ちゃんは、周りの人に顔を見られないように下を向いてなよ。俺が手を引くからさ。顔が見えなければ周りの人は嫁になるゆきさんと勘違いするかもしれないじゃない」
「そんな風に思ってくれるかしら」
「ここまで来たんだから。ほら行こう!」
梅二はおいちの手を取り引っ張るようにして歩きだした。おいちは高鳴る心臓の鼓動を自分で感じながらゆっくりと歩いて行く。
地面だけを見ながら歩いて行くおいちの耳に、次第にガヤガヤと人の話し声が聞こえてくた。
(神様・・)
おいちは祈るような気持ちで歩く。
視界は足元の地面だけなので、聴覚がやけに敏感になる。聞こえてくるのは白無垢姿のおいちの事だ。
「綺麗ね」「お嫁さんだ」など誰もおいちだとは気がついてない様子だ。

手を引く梅二の歩く速さがゆっくりになった。
「姉ちゃん。着いたよ」
梅二の声においちは顔を上げる。
山岸家の門前に立っていた。
するとすぐに、山岸家の女中だろうか。たすき掛けをした女が小走りにおいちと梅二の元に来ると
「こちらへ」
と屋敷の中へ案内する。
取り敢えず、村人からの好奇な目にさらされることはなくなったのでホッとしながら屋敷の中へ入る。
とても立派な屋敷だった。
庭は綺麗に手入れされ、二つもある池には色鮮やかな鯉が優雅に泳いでいる。屋敷はいくつもの部屋があり、廊下は常に磨かれているのかピカピカだ。
産まれて初めてこんな豪華な屋敷に足を踏み入れたおいちは、見るもの全てが新鮮だった。
「こちらでお待ちください」
女中は、にこりともせず自分の役目を果たすとさっさと行ってしまった。
案内された部屋は、八畳の和室だった。
床の間も何もない襖で仕切られただけの部屋。唯一あるのは、おいちが座るのであろう分厚い座布団が一つ部屋の真ん中に置いてあった。
「なんだいここ」
梅二は部屋に入り周りを見渡す。
「なぁんにもないよ。あるのはこの座布団一つ。この家の奴らは一体何を考えてるんだろう?」
それはおいちも同じである。突然、おいちの家に来て佐一郎と祝言を挙げる事を告げたと思ったら、当日白無垢を着てこいなどと言う。それにこの部屋。
訳の分からない中嫌な予感しかしないが、もしかしたらゆきと佐一郎の祝言ではなく、おいちと佐一郎の祝言を挙げるのでは・・と、そんな豆粒にも満たない淡い期待がないわけでもない。
秘密の場所で会っていた時も、佐一郎はおいちや梅二に対し様々ないたずらをした事があったし・・
「取り敢えず、ここで待ちましょう」
おいちは不安と期待が入り混じる感情を何とか抑え、気丈に振舞う。
「そうだね」
梅二は、おいちの言う事を聞き隣に座った。
何もない和室に二人は、開け放たれている障子に向かう形で座った。そこから見える庭の景色は素晴らしかった。細かな白い砂利が敷き詰められている中に、小さな池がありその側に立つ灯篭。数本並んだ南天の木には小さな赤い実がつき、太陽の光を存分に受けている。
「梅二。私ね。あの南天の木。私大好きなの」
「そうだね。姉ちゃんアレ好きだよね。でもあれって食えるのかな」
「嫌だ。梅二は何でも食べようとするんだから」
そんな他愛もない会話をしている時、誰かがこちらに来る気配を感じた。
おいちは南天の木から目を離し、障子の端から見えてくる人を確認すべくジッと凝視する。
音もなく廊下を歩いてきたのは、先程おいちを和室に案内してきた女中だった。しかし、その女中はおいちを案内した時とは別人のようにニコニコした表情で誰かを案内している。
女中の後ろから来たのは、ゆきだった。
おいちと同じ白無垢を着てゆっくりと歩いている。その姿を見た瞬間、おいちの淡い期待は打ち砕かれそれと同時に不安が押し寄せる。
(やっぱり、ゆきと佐一郎さんの祝言なのね。じゃあ、何で私も白無垢を着てるのかしら)
隣に座る梅二も唖然として廊下をゆっくりと歩くゆきを見ている。
俯きながら、おいちの前をゆっくりと歩いて行くゆきは一度もおいちの方を見ない。口元は微笑むというより勝ち誇ったような嫌な笑いを浮かべていた。
おいち達の視界から消えたゆきは、どうやらおいちの隣の部屋に入ったようだ。隣からしきりにゆきを気遣う女中の声が聞こえてくる。山岸家の一人娘なので仕方ないことかもしれないが、対応がおいちの時とは全然違った。
おいちは悲しくなってきた。
何故、自分はこんな所にいるのだろう。何をしているのだろう。一体これから何が始まるのか。そんな考えに押しつぶされそうになるおいちは、ここから逃げ出したい気持ちだった。
「姉ちゃん。大丈夫か?」
梅二が俯いているおいちの顔を覗き込みながら聞いてくる。
「・・・・・帰りたい」
「一体、この家の奴らは何を考えてるんだろう。さっきのがゆきって人だろ?あの人も白無垢を着てるなんて」
「・・・・・・」
「姉ちゃん・・」
それ以上梅二は話すのをやめた。
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