梟(フクロウ)の山

玉城真紀

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揺らぎ

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最初に梅二が向かった場所は、あの崖の下だった。
家族がおいちを探すことをやめた後も、梅二は毎日のようにここに来ておいちを探していた。残念ながらおいちの姿はなかったが、代わりに梅二はある物を見つけていた。
それを今日取りに来たのだ。
崖下に流れる川沿いに生えるシャラの木は、もう花をすっかり落とし緑色の葉を茂らせている。梅二は、サラサラと流れる川を横目に上流に向かって歩いて行った。
「あ、あった」
梅二が見つけたものと言うのは市松人形だった。
あの日、父親も利一も探しに来なくなり梅二一人でおいちを探していた時、川の浅い所に沈んでいる市松人形を見つけたのだ。
赤い花柄の模様の着物を着て、おかっぱの髪に白いふっくらとした顔。三日月のような薄い眉と小さい優しそうな眼。形のいい紅を塗った唇。見つけた時は、腰を抜かすほど驚いた。こんな場違いな場所に沈んだ人形の顔は、可愛らしい表情が水のせいでユラユラと笑っているように見えたからだ。水の中から取り出しよく見てみる。何処も傷んでいる様子はなく濡れている以外は状態がとても良かった。
(誰がこんな所に・・流れて来たのか?それとも誰かが落としたのか・・)
どう考えても分からない梅二は、その人形を家に持ち帰ろうかと考えたがその時ふと思った。
(まさか・・・これ姉ちゃんじゃないよな)
そんな事はあり得ないと思いながらも、毎日のように崖下に来て念入りに探しても見つからないおいちと人形を重ねて考えてしまうのだった。
梅二は、人形を家に持ち帰らず万が一誰かが来ても見つからない場所に人形を隠した。
人形はそのままの状態で梅二を待っていた。
人形を手に取り
「さ、姉ちゃん行こう」
また元来た道を戻って行った。
崖下から、あの秘密の場所に来た梅二は背負っていた風呂敷を地面に置くと人形を抱いたまま崖の淵に立つ。
新緑の季節が過ぎようとしているが、山にはまだ、鮮やかな緑が目に痛いほど飛び込んでくる。まだ夏は終わらせないとばかりに、暑さが増してくる時間帯だが、崖下から吹き上げる風が何とも気持ちがいい。
人形を崖の方へ向け抱いた梅二は
「姉ちゃん始まるよ」
と言った。
その時
「梅二」
後ろから突然声を掛けられた。驚いた梅二は危うく崖から落ちそうになる。
「おいおい。気をつけろ。お前まで落ちたんじゃ目も当てられない」
困り顔で梅二の前に現れたのは父親だった。
「お父ちゃん」
自分が家を出る時に姿が見えないと思っていたが、ここに来ていたのか。
「ま、座れ」
梅二を自分の近くに呼び寄せ隣に座らせる。
「お父ちゃん。何でここに?」
「ん?お前が来ると思ったからだよ」
「何で俺が来ると分かったの?」
「ここから始まるからだろ?」
「・・・・・」
やはり父親は全てお見通しのようだ。
そんな父親に何を話したらいいのか分からなく黙っていると
「梅二。人と言うのは不思議で面白いものだな」
「え?」
「お父ちゃん。おいちの事があってから色々と考えたんだ。おいちが産まれ、近所からは鳶が鷹を生むなんて言われたほど器量よしになり、年頃になったら男達が群がって来る。うちは名家でも何でもないから、おいちが幸せになればどんな男でもいいと思っていた。もしそれが悪い結果になったとしても、それはそれで人生の勉強として前に進んでほしかった。そうやって、体だけじゃなく心の方も成長していくものと思っていたからな」
「・・・・」
「・・・でもな。やっぱりやっていい事と、やっちゃいけない事と言うのはある。お前の気持ちは痛いほどわかっているつもりだ。俺も父親。そして男だ。女を弄ぶ奴は男の風上にも置けねぇと思ってる。それに・・親にとって、自分より子供が先に逝くと言うのはかなり辛い。だから、お前がおいちの子供を連れ出した時俺は止めなかった。逆に成功を祈ったぐらいだからな」
「・・・・」
「しかしな。俺は親だ。親は子供の間違いを正してやらなきゃいけない。・・・梅二。憎しみからは何も生まれはせんぞ」
「・・・・・・」
「俺が言いたい事はこれだけだ。・・・ん?その人形は何だ?」
「これは・・・」
梅二はおいちを探している時に崖下で見つけた事を言った。
「そうか・・・もしかしたらおいちはその人形になったのかもしれんな。あれだけ探して見つからないのはどう考えてもおかしい」
父親は、梅二が持つ市松人形を見ていたが、ため息を一つつくと
「梅二。お前に渡しておく。をお前がどうかはお前に任せる」
そう言うと父親は、背中に背負っていた大きな風呂敷を下ろすとそのまま梅二の腕の中に置いた。
。一応慎重に扱えよ」
梅二は食べ物でも渡されたのかと思った。しかし、慎重に扱えとはどういうことなのだろうか。
父親は、梅二の肩を軽く叩くと立ち上がりそのまま帰って行った。
梅二は、父親の話を聞き正直気持ちが揺らいでいた。佐一郎の女に対してのだらしなさの結果姉は傷つき自分の命を断った。なのに佐一郎は懲りずにまたほかの女にちょっかいを出している。それを見た時に決心した。だから今日家を出たのだ。
父親が、梅二にあんなことを言いに来るとは思っていなかった。
(俺は、間違った事をしようとしているのか?)
梅二は、腕に荷物を抱えたまま市松人形をじっと見つめた。
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