惑わし

玉城真紀

文字の大きさ
3 / 32

立花という男

しおりを挟む
「おっさん・・・おっさん・・・」
誰かが俺の体を揺さぶっている。
「おっさん!起きろよおっさん!」
(おっさん、おっさんとうるさい奴だ。誰なんだ俺を起こしているのは)
俺はゆっくりと目を開ける。
真っ暗だった視界に、空の青さが飛び込んでくる。
俺はその明るさに目を細め顔をしかめた。
「おっさん。大丈夫かよ」
俺は声のする方に首を向けると、若い男が座って俺を見下ろしている。
(誰だ?)
俺は男を見ながら考えた。
男は、黒い皮のジャンパーに黒いズボン。黒い靴。全身黒ずくめだ。黒の短髪の髪に、整った顔立ち。世の中で言うイケメンと言う言葉が当てはまるような顔をしている。
「おっさん。まだ死ぬのには早くないか?」
(そうだ。俺は首を吊る為に樹海に入り・・・ロープに頭を通して・・・)
その先の事は思い出せない。
俺は上半身を起こしそっと自分の首元を触る。特に痛みなどは感じない。
「あれ。見てみな」
男は俺の頭上を指さす。その方向を見ると、途中で切れたロープがユラユラと枝にぶら下がっていた。
成る程、俺の体重に耐えきれず切れちまったと言う事か。拾ってきたロープじゃ駄目だったのか。
絶望感と、少しの安堵感を感じていると
「おっさん。死ぬ前に俺と一緒に少しだけ過ごさないか?死ぬのはそれからでも遅くないだろ?」
何も知らないくせに生意気な事を言う。
しかし、何となく憎めない奴だ。笑った顔が少しだけ自分の息子に似ていたからかもしれない。
息子が大人になったらこんな笑顔をするのだろうかと考えながら、俺は男の手を借りて立ち樹海から出た。
不思議な事に男は、俺があてもなく歩いてきた場所から簡単に樹海から抜けた。
しかし、その時の俺は空腹と疲れと眠気で深く考えることが出来ずにいた。男はその事さえも承知とばかりに、ベンチに俺を座らせると近くにある売店から食べ物をたくさん買ってきてくれた。
「ほら、食べなよ」
目の前に出されたおにぎりや焼きそば。この何カ月の間目にしなかった食べ物を出された俺は、それにむしゃぶりつくようにして食べた。
男はそれを黙って見ている。
噛むことを忘れたかのように、俺は食べ物を胃の中に納めると大きく息を吐く。
「ふぅ~」
こんな満足感は久しぶりだ。
腹が満たされると、今度は思考が回復してくる。俺は改めて男を見ると
「ありがとう。でも、今食べた食いもんの金は払えない」
「ハハハ。大丈夫だよ。あんたから金を貰おうなんて思ってないから」
男は楽しそうに笑う。
「何で・・・・」
「は?」
「何で・・・助けたんだ?」
その時の男の顔は俺は忘れないだろう。とても悲しそうな、それでいてどことなく愛おしそうな・・・何とも言えない表情をした。
しかし、すぐに明るい表情に戻ると
「ま、いいじゃん。ただの人助けに理由はないだろ?」
と言った。

確かしそうかもしれないが、俺の場合は助けられても先がない。
この男にとっては良い事をした事になるのだろうが、俺にとっては余計なお世話である。あのロープが切れて死にきれなかったとしても、この寒さの中そのまま寝てしまえば凍死ぐらいは出来たのではないか。それにしても、あの樹海で気を失っていたのによく死ななかったものだ。
俺は黙った。
「おっさんさ、もう何もないんだろ?」
「え?」

何で分かるんだ?それともそんなものなのだろうか。人が自らの死を選ぶ理由は人それぞれだ。病気、いじめ、孤独、他人にとってはそんな事でと思う事もあるだろうが、当人にとっては重要な問題である。その中でズバリ言い当てられたことに少し驚いた。
「死ぬ前に俺と少しだけ一緒にいてみない?」
だから、なんなんだその言い方は。
俺は少しムッとしながら
「一緒に?」
「そう。俺もさおっさんと一緒なんだ。なぁ~んにもない」
「は?」
見た所まだ二十代半ばぐらいの若者が、何もないなんてあり得るか?俺は馬鹿にされているような気がして
「何言ってるんだ。まだ若いだろ?何がなぁ~んにもないだ。ふざけるなよ」
助けてもらったくせに、俺は男に吐き捨てるように言った。
しかし男は、たいして気にした様子もなくケラケラと笑いながら
「本当だって。俺はなぁ~んにもないの。空っぽ!」
(何だこいつ・・・)
癖のない笑顔に、あっけらかんとした物言いが少しだけ気に入った俺は、立花と名乗るこの男と行動を共にしてみることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...