惑わし

玉城真紀

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再会

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「ここはそんなに広くないんだ。だから建っている家も全部で七件しかない。その内四件が埋まってるから残り三件の中で自分の気に入った家に住みなよ」
先を歩く立花は、まるで不動産屋のように話す。
「いいのか?勝手に住んで」
「は?良いに決まってるじゃん!ここは俺達が今まで住んでいた場所とは違うんだぜ?税金も仕事も煩わしい人間関係もない。自由な町。俺達で好きに使っていいんだよ」
「そうか・・・でも、食料とかはどうしてるんだ?飯野さんが買い出しに行くって事は金が必要だろ?」
「金や物は俺が全て管理している。だからおっさんも何か必要になったら俺に言ってよ。心配ない」
一体どういう事だ。
「何か仕事してるのか?」
「ん?仕事・・・・まぁ仕事かな」
立花はあやふやな返事だけを残し、最初の一軒目を案内する。
平屋の日本家屋だった。
落ち着いた感じがとても良かったが、家自体が傾きかなり傷みが激しい。
「ここはどっちかって言えば、年寄り向けかな。おっさんはまだそんな年寄りじゃないからどうかな」
どうかなと言われても、今にも潰れてしまいそうな家だ。廃屋の選ぶ基準が分からない俺にとってはこの物件探しはとても難しいものになりそうだ。
「次行って見る?」
そう言うと立花はガサガサと草が生い茂る場所に入って行く。
「ここさ、道があるんだけど誰もこっちに来ないから草が生え放題なんだ」
「そ、そうなんだ」
俺は、背の高い草が顔にあたるのを避けながら進んで行く。
「ここ。どう?」
草むらの中にあったのは、ごく普通の一軒家だった。
二階建ての家で、本当に別荘として建てたのかと思う程普通の家。
「ここって本当に別荘地だったのか?」
「ね~そう思うよね?俺もこの家見た時同じこと思った。何でもこの土地を管理していた人の家なんだって。だから普通の家なんだよ」
「なるほど」
「中見てみる?」
「ああ」
家の近くに行き玄関を開けると思いきや、立花は真っ直ぐ家の裏の方へ回る。
(こっち?)
不思議に思いながらも立花について行く。
「ここからの方が全体をよく見ることが出来るんだ」
「え?」

驚いた。家の裏の壁がすっかり崩れ落ちて、家の中が丸見えである。確かに中全体が良く見える。しかし、こんな壁がない家になんて住むことは出来ない。
「流石にここは住めないよ」
「そう?壁付ければ結構いい物件だと思うんだけどな」
立花は簡単に言う。
一体どういう感覚をしているのか。
「じゃあ、最後の物件行こうか。ちょっと奥の方にあるんだよ」
そう言いながら元来た道を戻り別の道へ進んで行く。
「あれだよ」

道なき道を歩き少し息が上がって来た頃、立花が後ろを振り向き指を指した。俺は、今度はどんな廃墟なんだと覚悟してその家を見る。
「⁉」

草に覆われた中にあった家は、なんと自分の家そのものだった。
かなり傷みが激しいが、妻と一緒にあれこれと考えた家に瓜二つ。玄関の形、窓の数、家の壁の色。極めつけは、玄関に明かりが欲しいという妻の要望を受け明り取り用に小さめの丸いすりガラスの窓を縦に三つ付けた。その窓まで同じなのだ。
「おっさん?どうした?」
「あ・・・・・」
俺は余りの驚きに言葉が出ない。
「おっさんどうしたんだよ。気分でも悪いのか?」
「い、いや・・・あの・・・あの家は」
「ああ。この町の中では比較的新しい家なんだよ。おすすめだぜ。中も見てみなよ」
立花は先にどんどん歩いて行く。
俺は少し震えがきている足をゆっくりと前に出しながら家に近づいて行くが、近くで見れば見るほどやはり俺の家だ。
玄関に立ち右手に目をやると、俺が車をバックで駐車するときにぶつけた凹みまでもある。
「さ、どうぞ」
立花は玄関を開け俺を中に促す。
玄関から見える景色も、開けた瞬間に漂ってくる匂いも俺の家そのものだった。
「そんな・・・そんな馬鹿な!」
俺は大声を出し、家の中に入ると全ての部屋を見て回る。流石に荒れてはいたがどの部屋も、俺の部屋も子供部屋も寝室もリビングもトイレも風呂も・・・・
全て同じ。俺の家。
「なんだこれ。どういう事なんだよ」
俺は思考が追い付かず頭を抱えその場にしゃがみ込んだ。
「おっさん!大丈夫か?」
立花は慌てて俺の元に駆け寄ると心配そうに覗き込む。
俺は立花の肩を強く掴み
「これはどういう事なんだ⁉ここは・・ここは俺の家だ!」
「は?俺の家。・・・まぁ、この家をおっさんが選ぶんだったらおっさんの家になるけど」
「違う‼そう言う事じゃない!この家を俺は女房と考え俺が建てたんだ!部屋の間取りも、散らかっている家具も全て俺の家の物だ!一体・・・一体・・これは・・・」
俺は立花の体を伝うようにして崩れ落ちる。
何が何だかさっぱりだった。
「ん~たまたまじゃないの?似たような家ってあるから。じゃあさ、この家に住めばいいじゃん。おっさんが建てた家と全く同じなんだろ?勝手知った家になるんだからラッキーだよ」
「・・・すまん。一人にしといてくれないか」
俺は自分の頭の中を整理するため時間が欲しかった。
樹海に入り死のうと首をくくったはずが死にきれず、立花という奇妙な男と出会い自分が作ったという町に連れて来られる。
その町の中に、自分が建てた家そっくりの家と出会う。こんな事ってあるだろうか。
ゆっくり考えたかった。
立花は何か言いたげだったが、同情するようなまなざしを残し何も言わず家から出て行った。
俺は暫くその場でしゃがみ込んでいたが、立ち上がりいつも家族が集まるリビングへ移動する。
玄関から廊下を真っ直ぐ来た突き当りの部屋で、家族が集まれる場所と考え広めに作った部屋だった。息子や娘の部屋も二階に作ったが、案の定小さい時はこのリビングにおもちゃを持ってきて二人で遊んでいた。
部屋の片隅を見ると、息子が気に入っていた車の玩具が転がっている。
俺は信じられない気持ちでソレを手に取る。
黒ずんで汚れてしまっているが、車のドアの所に妻がマジックで書いた息子の名前が薄っすらと読み取れる。
「やっぱり俺の家だ」
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