惑わし

玉城真紀

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魔法

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「田中さん!」
「田中さん!大丈夫か?」
眼を開けると、心配そうな顔で俺を覗き込む立花がいた。
所々黒くなった天井も見える。顔を動かしてみると、不安そうな顔をしながら俺を見る三人。後藤、飯野、佐竹だ。
「あ・・・俺・・」
俺は体を起こした。
「いきなり俺の家の前で倒れてるんだものびっくりしたよ」
俺が一応無事なのを確認してホッとした様子で立花が言った。
「家の前で?」
俺は再度周りを見た。ここは、立花の家の中だ。
「そう。俺が家に戻ってきたら玄関の前で倒れてたんだよ。一体何があったんだい?」
「玄関の前・・・」
そんなはずはない。
俺は、立花が誰かと話しているのを立ち聞きするために近づいて行った。そうしたら、頭が痛くなって・・・
アレは夢だったのか?
いや、あれほど慎重に音をたてずに歩いたのは現実だ。覚えている。
どう言う事だ?
俺はまだ少しだけ痛む頭をさすりながら考え込んだ。
「ま、大丈夫みたいだし良かったじゃん」
飯野が軽い口調で言う。
「何か持病でもあるんですか?」
後藤が長い首をかしげながら言う。
「・・・・・」
佐竹は無言で俺を見ている。
「あ・・いや・・大丈夫です。軽い貧血かも知れない」
意識を失う事自体、生まれて初めてだった俺は上手い言い訳が思いつかず適当にそう言った。
「家の修繕は終わった?」
立花は、俺の方を気にしながらもコップに水を注ぎ渡してくれる。その水は、俺の体隅々まで行き渡っていった。
「いや、まだ。結構時間がかかると思う」
「そう。手伝おうか?・・・って、駄目か。自分でやるんだったよね」
「ああ」
「田中ちゃんは立花に何の用だったの?」
飯野は、お調子者らしく年上の俺に対し「ちゃん」付けで言った。
「ああそうだ。食事と灯りを貰えるかなって思ってきたんだよ」
「あ、ごめんごめん。最初にまとめて渡しておけば良かったね。他のみんなには一週間分ずつ渡してあるんだ。今持ってくるよ」
そう言うと立花は荷物を取りに別の部屋へ入って行った。
その時、立花が入って行った方を見てすっかり忘れていたことを思い出す。
最初にこの家に入った時に見た並んだ二つのドア。
右側は開けてはいないが、あの左側のドアは開けた。そしてその中には俺の部屋が・・
俺は立ちあがり立花が入って行った部屋へ行く。立花は左側の部屋へ入った。
そっとドアを開け中を見ると、暗がりの中部屋の隅の方で立花が俺に渡す荷物をまとめているのが分かる。
「あ、今持って行くよ」
俺に気が付いた立花が振り返り言った。
「あ・・ああ。あの・・立花」
「何?」
「この部屋・・」
「この部屋はまだ何もしていないんだ。かなり散らかっているだろう?」
「そうじゃないんだ。この部屋・・俺の部屋なんだよ」
「は?」
立花は両手に食料の入った袋と、ランタンなどを持ち俺に近づきながら不思議そうな顔をした。
「この部屋、どう見ても俺の部屋なんだ。この家具や散らかっているミニカーとか、ほら、これ」
俺は転がっているミニカーを手に取り、立花の方へ見せる。
「・・・・」
一瞬立花は、驚いた表情をしたかと思うとすぐに元に戻り
「へぇ、不思議な事もあるもんだね。だって今田中さんが選んだ家も田中さんの家そっくりなんだろ?」
「そうなんだ。これは一体どういう事なんだろう」
俺は手の中のミニカーを見ながら言った。
「ま、深く考えない方がいいよ。せっかくこんな自由な町に来れたんだ。そうだ。自由な町の魔法とでも考えればいいんじゃない?」
立花は軽い調子で言うと、部屋から出て行ってしまった。
残された俺は、立花の言った「自由な町の魔法」という事にすぐに同調することは出来なかったが、考えても答えが出ない事だけは分かる。
「魔法か・・」
俺はミニカーをポケットに入れると、皆がいる部屋へ戻った。


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