惑わし

玉城真紀

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次の日はとても気持ちのいい晴天だった。

昨日少し酒を飲み過ぎたようで、頭が痛い。
ズキズキする頭をかばうように両手で押さえながら目を開ける。ここは俺の家だ。自分で戻ったのか?確かあの後、また五人で酒を飲んで・・・記憶がない。
周りに目を移すと、カーテンのない窓から外の灯りがキラキラと入り片付け途中の家具や道具を照らしている。
「あれ?布団・・」
頭の痛みで、自分が布団の中にいる事さえも気が付かなかった。恐らく立花が持ってきてくれたのだろう。
「至れり尽くせりだな」
良く晴れた今日みたいな日は、作業もはかどりそうなのですぐにでも取り掛かりたかったが、そう急ぐことはない。俺にはたっぷり時間がある。頭の痛みが治まるまで待ってから作業に入る事にした。

夢を見た。
家族と息子の誕生日をお祝いしている夢だった。
妻が時間をかけて作ったという料理がテーブルに並べられ、俺は会社帰りに買ってきた少しだけ高いワインを開けている。
息子は、自分が好きなキャラクターが描かれたケーキをキラキラとした目で見て喜んでいる。娘は妻の手伝いをしている。キッチンから料理を運んでいるのだが、おぼつかない様子でいつこぼしてしまってもおかしくない感じだ。本人もそれが分かっているのか、「そ~っとそ~っと」と言いながら慎重に持ってきている。
覚えている。
この後、娘が持った料理が落ちてしまい妻に怒られ泣いたんだっけ。
案の定娘は料理をこぼす。
妻が来て娘を叱りながら落ちた料理を片付ける。一方息子はそんな事お構いなしにケーキに夢中。
そうそう。この後、息子がケーキに指を突っ込んでまた妻が叱るんだっけ。
ほ~らやっぱり。
手をクリームだらけにし、それを美味しそうに口にほおばる息子。それを見た妻がタオルを持ってきて呆れながら手を拭いてやる。
幸せだった。
確かこの誕生日は・・息子の四歳の誕生日だったな。娘は六歳。はは。妻もまだ若いな。
夢の中の俺は家族がワイワイ騒ぐ中、ワインを開けゆっくりとソレを見ながら飲んだ。

「・・・・」
目が覚めてしまった。
頭の痛みが大分治まっている。
「ふっ」
自嘲気味に笑いが出る。今更、昔の事を夢に見るなんて。
部屋に差し込む明かりが傾き、時間の経過を教えてくれる。どのくらい寝ていたのだろう。俺はのそのそと布団から出ると家の外に出た。
「おはようございます」
いきなり声を掛けられた。
驚いて声がする方を見てみると、ニコニコしながらこちらを見ている後藤が立っていた。後藤は長い首をぺこりと下げる。
「あ、おはようございます」
俺は何となくこの後藤が苦手だった。
首の長さだけではない、何となくすべてを見透かされているかのような嫌な感じがするからだ。
「今からですか?」
「は?・・ああ。そうです。いや~昨日は大分飲んでしまったようで、今起きたんですよ。これから少し取り掛かろうかと思ってます」
突然の事に、始め何のことかわからなかったが、すぐに家の修繕の事だと分かりそう返す。
「そうですか。何かあったら手伝いますから遠慮なく言ってください」
「はあ」
「じゃ」
後藤はクルリと後ろを向くと歩き出した。
(何しに来たんだ?・・・ああそう言えば、普段散歩をしているって言っていたな)
俺は後藤の背中を見ながら思った。
後藤は、長い首を弄ぶかのように小さく左右に振りながら歩いて行った。

空を見上げると、太陽が高い位置にある。
(お昼位かな)
太陽で、大体の時間を知るような原始的な方法を自分がしている事に少し呆れた。人はやはり時間を気にするようだ。今の俺は時間が分からなくても一向に不便じゃないのに。習慣とは困ったものだ。
俺はため息を付きながら家の中に入る。
「さて」
部屋の中を見回し、今日やる作業を頭の中で考える。
「よし、今日はこことあそこをやるか」
さっきお昼ごろかと検討付けた俺だったが、腹が減っていなかったのですぐに修繕に取り掛かる。
割れたガラスやゴミ、枯れ葉などがまだたくさん床に落ちている。それを、自作の箒で集め外に捨てる作業。本当はこの後拭き掃除もしたかったが、ミネラルウォーターで布を湿らすのはもったいないのでやめておいた。今度雨が降った時にでも雨水をためてソレで賄ってみるか。そんな事を考えながら黙々と動いていた。
「痛っ」
しゃがんだ瞬間、右側の太ももと脇腹の辺りに何か違和感があった。固いものが当たった感じ。
俺はその違和感を探し取り出してみる。
ミニカーだ。
立花の家のあの左側の部屋から出る時に、何気なくズボンのポケットに仕舞ったミニカー。忘れていた。何かの拍子でそれが向きを変え、俺がしゃがんだ拍子にあたったのだろう。
昨日の夜の事を思い出す。
何故立花は嘘を言ったのか。
俺は間違いなく、立花が町の入口で誰かと話していたのを見ている。ハッキリとではないが会話も聞いたのだ。
意識を失う直前に見たあの婆さん。アレは一体誰なんだ。
そしてあの会話。
「でも、半分はもう持ってかれちまってるね」
半分は持ってかれてる・・・何のことだ?
俺は手の中のミニカーを見ながら考えていた。
「あれ?そう言えば・・・このミニカー」
唐突に思い出す。
このミニカーは、息子が四歳を迎えた次の日に買ったミニカーだった。俺がミニカーを買い漁るのを余り良く思っていなかった妻に対し、息子の誕生日を口実に買った物だった。
「だからあんな夢を見たのかな」
あの幸せな夢を思い出す。
俺は、片付いてきた棚の上にミニカーを置いた。
今度はこの棚が、俺のコレクション棚となる。立花の家のあの部屋から持ってこなければならないが、まず部屋を綺麗にしてからにしよう。
やはり、自分の好きなものはこんな状況でも大切に扱うようだ。
「やっぱり、俺は俺だな」

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