惑わし

玉城真紀

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ちひろの事情

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次の日。窓から差し込む明かりで目が覚めた。
部屋がほんわか暖かい。ちひろがストーブを部屋の真ん中に置いてくれたお陰でよく眠ることが出来た。
俺は起き出すと早速朝食の用意を始める。自分一人だけなら食べなくてもいいのだが、ちひろがいる。用意しないわけにはいかないだろう。リビングに俺お手製のガタついたテーブルと椅子があるのでここで食事をすることにした。
ガスも来ていないので、朝食を作るというよりはテーブルに菓子パンを並べ飲み物を用意するだけだ。
「おはようございます」
ちひろが眠そうな目をしながらリビングに入って来た。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「はい。一応」
「そうか。朝飯喰うかい?菓子パンだけど」
「・・・はい」
昨日少しだけ笑ってくれたので、話が出来るかと思っていたが今の様子を見ると難しそうだ。慣れてくれば少しずつ色々な話が出来るかもしれない。
しかし、気になるのがどうしてここにちひろは来たのか。立花に連れてこられたのだから、自分と同じで樹海に入り自殺しようとした所を助けられたのかと咄嗟に思ったが、本当の所は本人に聞いてみないとわからない。余計なお世話かも知れないが、俺はその辺りの話が聞きたいと思っていた。
しかし、デリケートな部分だ。
ここにいる以上、何かしら問題を抱えているのは明らかなのだから。
(本人が話すまで待つか。言わないなら言わないでいいしな)
俺は、菓子パンを小さくかじりながら食べるちひろを見てそう思っていた。
朝食を食べている時、ちひろとの会話はなかった。あっという間に菓子パン二つを平らげた俺に対し、ちひろはまだ一つ目を半分も食べていない。
「ちひろちゃん。食欲なかったら無理して食べなくても大丈夫だよ」
席を立ちながら俺は親切心のつもりで声を掛けたのだが、その言葉を聞いたちひろは眼を見開き俺を見ると顔を真っ赤にして謝り出した。
必死に「ごめんなさい」を繰り返すちひろに、俺は慌てて
「どうしたの?そんな謝らなくていい。ゆっくり食べていいんだ」
と言った。
ちひろは、謝る事はしなくなったが何度も頭を下げている。
(こりゃあ相当何かあったのかもしれないな)
俺はもう一度椅子に腰かけると
「ちひろちゃん。朝っぱらからこんな事話すの悪いんだけど・・」
と前置きをし、ちひろにどうしてここに来たのかを聞いてみた。
始め中々話し出さなかったちひろだったが、ポツリポツリとユックリ話し出した。
ちひろの話はこうだ。


ちひろの家族は両親と妹とちひろの四人家族。
その日は、両親が親戚の家に用事があり出かけると言っていた。みんなで一緒に行こうと誘われたが、友達と遊ぶ約束をしていた妹とちひろはその誘いを断った。両親は子供たちが行かないのなら、なるべく早く帰るねと約束をして出かけたらしい。しかし二人は帰らなかった。帰りの高速で事故に巻き込まれ亡くなったというのだ。
残されたちひろと妹はその後親戚の家に引き取られたが、二人離れ離れになってしまった。ちひろは、母親の弟の所へ。妹は父親の姉の所へ。親が残してくれた遺産があったらしいが、ちひろを引き取った弟の嫁が全て自分の子供(小4の女の子が一人)のために使ってしまったらしい。ちひろが大人であればそんな事はさせなかったのだろうが。なんせまだ小学生。騙すぐらい何てことなかっただろう。お陰でその子供は高そうな服や靴を身に着け、散々好きな物を買ってもらっていたと言う。当時ちひろは小五。妹が小三。子供ながらにどんな思いでソレを見ていたのかと思うとやるせなくなってくる。
ちひろは両親が死んだことも悲しかったが、突然の生活環境の変化について行けずかなり不安定になってしまったという。
その頃から食事をとるのが極端に遅くなったらしい。お腹は空いているのだが喉を通らない。恐らく精神的なものなのだろうが、親戚のみんなが食事を終えた後も食べ続けるちひろに、その親戚は嫌味や嫌がらせをして来た。
好きなテレビも見れず、お風呂も湯船に入った事は一度もないらしい。当然のごとく一番最後に入らされたお風呂には、浴槽のお湯が抜かれた状態だったからだ。その家にちひろの居場所はなかった。そんな生活の中で唯一助かったのは、学校が変わらなかった事。なのでちひろにとっては学校にいる時が心安らぐ時間だった。
ちひろが中学に入り、友達と一緒にやりたいと思っていた部活にも金がかかるからと言う理由で入れてもらえず帰宅部に。家に帰れば家の手伝い。買い物、洗濯、掃除。まるで女中の様に使われたらしい。
それでも行く当てのないちひろは高校を卒業するまで我慢した。
高校を卒業し他県へ就職。
親戚の家を出たのを機にこれまで中々連絡が取れなかった妹の所へ連絡した。
妹は父親の姉の家に行ったのだが、電話に出た姉(つまり二人の叔母)の対応はすさまじいものだった。罵詈雑言という言葉がぴったりと当てはまるのはこの事だろうと思ったくらいだった。
訳が分からないちひろは、とにかく妹に会いたいという事を伝え父親の姉の家へ向かう。そこで見たものは、小さくなった妹だった。
白い箱に入れられ、写真も線香もなく無造作に部屋の隅に置かれた骨壺。
父親の姉に話を聞くと、姉は露骨に嫌な顔をしながら話してくれた。
妹が高校に入って間もなくの頃、自分の旦那をたぶらかし関係を持っていたと。
ちひろは信じられなかった。
ちひろが知っている妹は小三の妹。手紙も電話も出来なかったのでその後の事はわからなかった。どんな人間に成長したのかも。
だから父親の姉に「妹はそんな人間ではない」と反論できなかったという。冷たい床に置かれた骨壺だけを貰いちひろは家を出た。
その後、妹の骨壺を持ちアパートに戻ったちひろは、暫く何も考えられない状態だったが、あの地獄のような生活から逃れ働きながら自分の生活をこれから手に入れるのだと思っていたが、現実は甘くなかった。
就職した先でのパワハラに悩まされる日々。毎日妹の骨壺に話しかけては自分を落ち着けてきたが遂に限界が来てしまったらしい。

大粒の涙を流しながらつっかえつっかえ話すちひろを見ていて、俺は親戚に対しての怒りとそんな人生をこれまで歩んできたちひろに対して哀れの気持ちが湧いてきた。

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