惑わし

玉城真紀

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失敗

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それから数カ月、俺は何かとちひろと一緒に行動をするようになった。
家の細かい部分の手直しをするのを一緒に考えたり、外の生い茂った雑草を取ったり、ちひろが使っている和室を綺麗にしたり、家の事ばかりでなく天気のいい日には外に連れ出し近くに大きくそびえ立つ俺の大好きな富士山を見せたり、とにかく何をするにも一緒に行動してみた。

始めのうちは警戒し断っていたちひろも、次第に俺に慣れて来たのか、今まで黙って一緒に作業をしていたのが、あれこれと自分の考えを言うようになりその内笑顔まで見えるようになってきた。今では、自分から率先して行動するぐらいだ。
しかし、慎重に話は進めなくてはいけない。
ちひろの心の傷は根が深いだろう。少し笑うようになったからと言ってすぐに「ここから出てもう一度やり直した方がいい」などとは簡単に言えない。
俺は機会を伺っていた。

そんな時、近くを散歩してくると言ったちひろが血相を変えて戻ってきた。
極端に顔色が悪い。真っ青だ。
「どうした!」
自分で踏み抜いてしまった床の修繕をしていた俺は、急いでちひろの側に駆け寄る。
「あの人・・・スーツを着た」
「後藤・・後藤がどうしたんだ?何かされたのか?」
まるで父親さながらである。
「ううん。何をされたわけでもないんだけど・・・」
俺はその後のちひろの言葉を待ったが、ちひろはそれ以上何も言わない。何をどう聞いても、「自分の気のせい」や「見間違い」位のあやふやな事ばかりでハッキリとしたことは言わなかった。
体に異変があるような事はされていないとのことで一応安心したが、何を聞いても話してくれないので、取り敢えずもう一人で外に出さないよう注意するとともに後藤を警戒するようになった。

ある日。
「田中さ~ん。こんにちは~」
間延びした明るい声が玄関からする。立花だ。立花は、灯油やら食料などを持ってきてくれるのでたまに会うがこの数カ月の間、俺はちひろにつきっきりだったので他の住人と顔を合わせていない。
(あれ?立花か・・・昨日食糧持ってきてくれたから今日は何もないはずなのに)
俺はそう思いながら玄関の方へ行く。
玄関に立つ立花は手ぶらだった。
「どうした?」
「田中さん。悪いんだけど手伝ってくれないかな」
「なに?」
「いや、皆の分の食糧のストックが底を付いちゃってね。買い出しに行きたいんだけど、飯野だけだと大変だから・・・」
「佐竹さんは?佐竹さんなら体も大きいし力仕事なら一番適してるでしょ」
「それが・・・」
何故か立花は言いにくそうにしている。
「何、どうかしたの」
「・・飯野と佐竹・・・喧嘩してて・・・」
「は?喧嘩?」
「ハハハ。参るよね。子供のように取っ組み合いの喧嘩だよ。いや~参った。昨日俺の家に二人が来たんだよ。俺が呼んだんだけどね。さっき言ったように食料のストックが無くなったから二人に買い出しを頼むためにさ。そしたら・・・ほら、佐竹は甘いものが好きでさ。今よりもお菓子をたくさん買いたいって言いだしたんだ。そしたら、飯野がそんなに買えない。そんなもの買うよりほかの物を買った方がいいって言ってさ。言い合いから取っ組み合いの喧嘩だよ」
立花はため息交じりに話した。
俺は、歓迎会の時佐竹が甘いものに囲まれて幸せそうにお菓子を頬張っていたのを思い出した。
「別にいいけど。ちひろちゃんも一緒に連れてっていいかな」
「ちひろちゃんも?勿論いいよ!あ、ちひろちゃん!こんにちは!買い物なんだけど一緒にどう?」
立花は俺の後ろの方に向かって明るく話しかける。振り向くと、ちひろがリビングの方から首だけを出してこちらを見ていた。
立花に言われたちひろは、少し考え
「・・・私行かない」
「え?何で?たまには町の外の空気を吸うのもいいんじゃない?」
立花が言う。
確かに、ちひろは初めの頃から比べ大分明るくなってきた。冗談を言うようにもなったし声をあげて笑うようにもなった。ただそれは俺と一緒の時だけだ。立花が家に来た時は、家の奥から出て来なかったりする。
(まだ難しいか・・・)
俺は余りちひろに無理強いさせたくなかったので
「立花。悪いけど後藤さんにでも頼んでくれないか?ちひろちゃん一人には出来ないし。まだ外に出るタイミングでもなさそうだから」
「後藤さんはこういうの向いてないんだよ。それに散歩に出かけたのか家にいないし」
「お~い!立花ちゃん」
大きな声が聞こえた。飯野だ。
立花が玄関を開けると、飯野が猿の様に軽快に走りながら玄関ポーチまで来る。
「お!田中ちゃん!え~と、ちひろちゃんもこんにちは!」
屈託のない笑顔で飯野が挨拶する。
「早く行かないと日が暮れちまうよ?誰でもいいから行こうぜ?佐竹は断るけどな」
釘を刺すのを忘れない。
「田中さん駄目かな?」
立花は、俺がさっき断ったのをなかったかのようにまた頼んできた。
「田中さん。私留守番してるから大丈夫ですよ」
ちひろが言った。
「え?大丈夫?」
「うん。自分の部屋にいるし大丈夫」
「う~ん」
俺は迷った。
「じゃ、俺も一緒にここで留守番するよ」
立花がそう言ってくれたので、俺は頼もうとしたがすかさずちひろが
「大丈夫です」
とぴしゃりと断った。
「ハハハ。もしかして嫌われてる?わかった。何かあったら叫んでよ。俺家の外にいて門番してるから」
「・・・わかったよ。じゃあさっさと行こう」
俺は根負けし飯野と一緒に買い出しに行くこととなった。
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