惑わし

玉城真紀

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盗み聞き

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その日の夜。
俺は中々寝付けないでいた。頭の中はちひろの事でいっぱいだ。ちひろが自ら命を断ったとは考えられないが、確たる証拠がない。勿論、殺されたという証拠も。
(もし、ちひろが殺されたとしたら俺が飯野と買い出しに行っている間だ。立花、佐竹、後藤の三人がここにいた訳だが怪しい奴は・・・後藤だろう。前に、顔を青くしてちひろが帰って来た時があった。あの時ちひろは「スーツの人」と言っている。スーツを着ているのは後藤だけだ)
色々考えていると余計目が冴えてしまい眠ることが出来ない。
「立花の所へ行って話してみるか」
時計がない俺の家では、今何時ごろなのかわからないが一人でいるともっと余計な事を考えてしまいそうな気がしたので、立花の迷惑など考えず家へ行く事にした。
外は冷凍庫の様に冷えている。空気が澄んでいるせいか月と星が綺麗に見えるが、今の俺にとっては何とも忌々しい。
余りの寒さに辛くなってきた俺は、早く立花の家に入り温まりたい一心で早足に歩く。
「・・・・だな」

人の声が聞こえたような気がした。
俺は足を止めまた声が聞こえてこないかと耳を澄ませる。
「今日来るらしい」
「本当か?嫌だなぁ。俺あの人苦手」
「そんなの俺も同じだよ。でもなぁ。色々世話になったし、今回の件は俺達が原因だろ」
「う~ん」
「ま、そう言う事だ。月があそこの木の頂点に重なった時水島ちゃんの家に行くからな」
「わかったよ」
「また喧嘩したなんて絶対に言うなよ。怒られるから」
「言わない。あの人怒ると怖いから」
どうやら会話が終わったようだ。この後、人が出てくるかと思い身構えていたが草の音一つせず辺りは静まり返っていた。
(何だ?誰も来ない)
俺が立っている所は、町のメイン道路。誰かが自分の家に帰るとなると必ず横切るか通るかする道のはず。街灯もなく真っ暗だとしても、今日は月が綺麗に出ている。その月明かりで人のシルエット位は確認できる。しかし、誰も来ない。先程聞いたばかりの会話が俺の幻聴だったかのように何事もない夜がそこにあった。
(あの声は・・・飯野と佐竹だ。喧嘩って言ってたから間違いない。あの二人が喧嘩したって立花がぼやいていたから。今日来る?誰が?水島ちゃんの家に行くって言っていたが、水島って誰だ?この町の新しい住人か?)
いくら考えても分からなかった。
寒さなど忘れ、この不思議な会話を考えていたが
「そうだ」
俺は、会話の中に答えが分かるヒントがあったのを思い出した。
(月があそこの木の頂点に重なった時・・)
どの木の事を言っているのか分からないが、声がした方から見た目立つ木を探し、月の位置を考えれば月と木の頂点が重なる木が分かるのではないか。
その時にあの二人も出てくるはず。コッソリついて行ってみよう。そうすれば全てが分かるかもしれない。
俺は周りに誰もいないのを確かめながら声がした方へゆっくりと歩いて行った。
(この辺りだな)
そこは、飯野の家の近くだった。
(やっぱり、あの声は飯野と佐竹に間違いない。もしかしたら二人共家の中に入って行ったのか?それにしては何の音もしなかったが・・まぁいいや。え・・・・と、ここから見える木は・・)
森に囲まれた廃墟タウンで目立つ木を見つけるというのは、砂利の中の石を探すのと同じで難しい。しかし、分かりにくい木を目安にはしないだろう。俺は月の位置を確認しながら目的の木を探す。
(あ、あれか?)
その木は、周りの木よりも少しだけ高い木だった。この位置から見れば月とあの木の頂点は暫くすると重なりそうだ。
(よし)
俺は近くの茂みに体を隠した。
ここなら二人が出てきても見つからないし、後をつけるのにも好都合だ。
自分の定位置が決まると、急に寒さが身に染みる。
(我慢だ。もしかしたらちひろちゃんの事が何か分かるかもしれないんだ)
それだけを考えひたすら待った。

足のつま先と手の指先の間隔が無くなってきた頃、佐竹が飯野の家の方へ歩いてくるのが分かった。咄嗟に月を見ると俺が検討を付けた木の頂点と月が重なっている。間違っていなかったようだ。
俺は息を殺しじっと様子を伺う。
「おい。猿」
佐竹は飯野の家の玄関前で声を掛ける。
(猿?佐竹の奴、いくら飯野が猿に似てるからってソレは言いすぎだろ)
俺は佐竹の遠慮のない言い方に面食らう。
「ああもう時間か」
家の中から出てきた飯野は、佐竹に猿呼ばわりされた事など気にしていないようで二人並んで歩いて行った。
(よし)
俺はなるべく音をたてないよう茂みから出ると、二人の後をつける。二人は無言のまま肩を並べて町のメイン道路を歩いている。ふとあたりが暗くなった。

どうやら雲が月を隠してしまたようだ。俺は二人を見失わないようにしっかりとシルエットを捉え後をつけた。すると今度は、月が雲から顔を出したのか前を歩く二人の方からゆっくりと明るくなってくる。
「なっ⁉」
俺は思わず叫びそうになった。
月明かりを受けた飯野と佐竹の姿が、猿と熊に見えたのだ。
飯野は茶色の猿の姿でヒョコヒョコと歩き、佐竹は黒々とした大きな体を揺すりながらゆっくりと歩いている。
俺のわずかに漏れた声が聞こえてしまったのか、猿が・・いや、飯野がクルリと後ろを振り向く。
「なんだ?」
「いや・・何か声が聞こえたような」
「声?俺は聞こえなかったけどな」
「・・気のせいか」
「早く行こう。もう来ているぞ」
「ああ」
二人はそんな事を話、また歩いて行く。
(良かった~見つからなかったようだ)
咄嗟に草の陰に隠れたお陰で分からなかったようだ。体からは冷や汗が噴き出してくる。
俺はもう一度二人の方を見る。
(あれ?)
いつもの飯野と佐竹だった。
見間違いだったのか。佐竹が飯野の事を猿なんて呼んだからそんな風に見えただけなのか。
よく分からない状況だったが、今やるべきことは二人の後をつけていき答えを知る事。俺は慎重に二人の後についた。
飯野と佐竹は、ある家の前に着くと玄関をノックした。
(あそこは・・・立花の家。水島ちゃんの家に行くって言っていたのに・・・ああ。立花も一緒に行くって事か?)
自分なりにそう考えた俺は、家から出て来た立花に促されて二人が家の中に入ったのを見計らい近くに行く。
堂々と家の中に入ることは出来ないので、家の横の方に回ると窓から中をそっと覗いた。
都合のいいことに、立花の家の窓にはカーテンが付いていない。お陰で中をよく見ることは出来るが、その分中から俺が覗いている事が分かってしまう。俺は見つからないよう注意して覗いた。
中には、あの立派なソファに四人座っていた。俺から見て左側に立花。奥に飯野と佐竹。そして見た事のない奴が一人こちらに背を向けて座っている。背を向けているので顔は見えないが、真っ白な白髪頭をしている事から年寄りだろうとは見当がつく。その白髪を後れ毛一本なく綺麗に頭頂部で結い上げている。
今までソファに座っていた飯野と佐竹は、その年寄りの前に急いで行くと、二人姿勢よく立ち体を九十度に曲げ軍隊さながらの一礼をした。そこに立花が、紙コップと飲み物を持ってやってくると二人をなだめるようにしてソファに座らせる。

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