惑わし

玉城真紀

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盗み見

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(この婆さんは誰だ?この人が水島なのか?)

窓がピッタリと閉まっているので、声が聞こえない。俺は会話が聞こえない分四人の仕草から内容をくみ取ろうとする。
しかし、三人は口だけを動かすだけで何をする訳でもない。婆さんなんかは微動だにしていない。
(参ったな)
それでも辛抱強く見ていた時だ。婆さんが動いた。立ち上がり飯野と佐竹の方へ近寄っていく。朱色の小紋の着物を上品に着こなしている。
(あの婆さん何処かで・・・)
婆さんが近づいてきた時点で、飯野と佐竹は首が体にめり込むのではないかという程首をすくめる。その二人に対し婆さんは帯に挟んでいた扇子でパカリ、パカリとそれぞれの頭を叩く。その音は、外にいる俺の所にも聞こえて来たから、相当痛いだろう。
案の定二人は頭を抱え悶絶。
一方、叩いた婆さんは静かに扇子を帯に仕舞うと何やら話をしている。怒鳴っているようではない。淡々と何かを話しているようだ。
かたや立花は、その婆さんに何を言う訳でもなく黙って話を真剣に聞いている。
(何を話してるんだ?)
婆さんの口の動きだけで何を言っているのか読み取ろうと思っても無駄だった。暫く話した後、婆さんは元の場所に座る為こちらを向いた。
その顔を見た瞬間思い出す。
(あっ!あの時の!)
この町に来たばかりの頃、立花の家に食料と灯りを貰いに行った。その時町の入り口辺りで立花と一緒にいた婆さんだと思い出す。あの時の俺は突然の頭痛で意識がなくなってしまったが、気を失う寸前にあの婆さんを見た。
そっくりだ。間違いない。
今自分が見ている婆さんは、顔の深い皺の中に目や鼻、口があると言ってもいいぐらい皺くちゃだ。だが、とても優しい印象を受ける。優しいけど怖い。何だか矛盾しているが、俺がその婆さんを見た第一印象はまさにそうだった。
(じゃあ。夢だと思っていたあの会話・・・)

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「・・・・・」

「この人は生きてますよ」

「そんな事は知ってるよ。でも、半分はもう持ってかれちまってるね」

「半分・・・大丈夫なんでしょうか」

「さあね。まだ見つからないんだよ。全く上手く隠れたもんだよ」

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(夢じゃなかったって事か?)
俺は驚き、その婆さんをもっとよく見ようとした・・・のが間違いだった。婆さんがこちらを見ている。
(しまった!見つかった!)
しかし俺は隠れなかった。なぜ隠れなかったのかは今でもわからない。皺の中の目はしっかり俺の事を見ているのが分かる。婆さんは俺と目を合わせたまま俺がいる窓の近くまで来た。
俺がいる事が分かっているはずなのに、なぜ騒がないんだ?目が悪いのだろうか。
窓の近くまで来た婆さんは、俺と目を合わせ何やら話している。
(俺に話しかけてるのか?)
婆さんは、部屋の誰かと話しているようだが、俺としっかり目が合っているのでそう錯覚してしまう。
その内クルリと俺に背を向けると、さっきまで座っていたソファにそっと腰を下ろした。他の三人は俺に気が付いている様子はない。
俺は何が何だか訳が分からなかった。自分は透明人間にでもなったのだろうか。それとも目が見えない婆さんなのか。もしかしたら俺は見つかっていなかったのか?
色々な考えが頭の中をぐるぐると回る。
その内、飯野と佐竹が婆さんに頭を下げ部屋から出て行った。
俺は迷った。飯野たちを追いかけるか、それともこの場にいて部屋の中の二人に声を掛けるか。
俺はそっと窓から離れると、立花の家の玄関の方へ回る。
家から出た飯野と佐竹のトボトボと帰って行く後姿が見えた。


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