惑わし

玉城真紀

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日引

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「お入り」
ギョッとした。
声のした方を見ると、さっきの婆さんが玄関を開けて俺を見ている。
改めて見ると、背の低い婆さんだ。しかし、雰囲気からしてただの年寄りではない事が分かる。品格や知性を感じるが、どことなく恐ろしさが見え隠れしている。
「・・・・」
俺は黙って立花の家に入った。
俺が家に入ると、紙コップをゴミ袋に入れていた立花が驚いた顔で俺を見た。
「田中さん!」
「あ・・・ああ」
何をどう言ったらいいのか分からず曖昧な返事をする。
こんな展開になると思っていなかった俺は、何故、立花の家に来ようと思って家を出たのか。本来の目的すら忘れていた。
「ど、どうぞ。座って」
立花は、いつの間にかソファに座りお茶を飲んでいる婆さんをチラチラと見ながら、慌てた様子で俺にソファに座るよう勧める。
俺は婆さんから少し離れた位置に腰を下ろす。
直ぐに立花は飲み物を出してくれた。
「・・・・・」
いつも飄々として軽い感じの立花が黙っている。様子からして、婆さんが話し出すのを待っている感じだ。
「申し訳なかったね」
口火を切ったのは婆さんだ。
「は?」
俺は、何が申し訳ないのか解らずおかしな声を出してしまった。
「ちひろの事さね」
「あ・・・」
そうだ。俺は元々、ちひろの事を考えて眠れなくなりその話がしたくて立花の家に来たんだった。
「日引さん」
立花が横合いから婆さんに慌てた様子で言った。
(この婆さんは日引って言うのか)
日引は立花に構わず話を続ける。
「田中さんだったね。あんたにこの町の本当の正体を教えてやろう」
「この町の正体?」
「そう。見ての通り廃墟が点在する場所さ。この場所をみずっちに無理を言って借りてね。私がちょっと手を加えたのさ」
話が始まったばかりなのに、もうわからない。
「・・・よく分からないんだが」
「そうですよね。突然そこから説明し始めても分からないですよね」
立花が笑いながら言う。しかし、今までの立花とは違う。今までは、図々しくそれでいて飄々としている男。馴れ馴れしく話していた男がまるで営業マンさながらの笑顔を見せきちんと話している。
「足りない部分は後からみずっちの方で捕捉しときな」
「はい・・・」
ぴしゃりと日引に言われた途端、立花はシュンとなり静かになった。
「悪いね。余りゆっくりもしてられないのさ。かいつまんで話す内容でもないからしっかりと説明するけど、分からない部分があったらみずっちに聞いておくれ」
そう前置きをして、日引は話し出した。
「私が何故ここにいるか。それから説明しようかね。ある目的があってこの場所を使い、みずっちにも手伝ってもらってるんだよ。その目的というのはね。あるモノを捕まえるためさ」
「モノ?」
「そう・・・「縄」さ」
「縄?」
縄って、あの色んな物を縛れる縄?しかし日引は捕まえると言っている。ナワと言う生き物がいるのか?
「ヒヒヒ。不思議な顔してるね。でもあんたが今思った事で正解さ。その「縄」は生きている」
「新種の生き物なのか?」
「そうさねぇ。生き物なのかもしれないねぇ」
日引は含みを持った言い方をした。
「田中さん。長い年月を経た道具がどうなるか知ってるかい?普通は古くなった道具は処分される。今はリサイクルと言うやつがあるから生まれ変わる物もいるけどね。私が追っている「縄」は百二十年前の「縄」さ。そいつは霊力が宿った「縄」なんだ」
「百二十年前⁉」
「そう。元々私の家にあった物なんだよ。言う事聞かないから厳重に箱に入れて鍵をかけてしまっていたのに、馬鹿な子達がその箱を壊しちまったのさ。その逃げ出した「縄」を捕まえるためにこの場所にいるのさ」

アニメか何かのストーリーを聞いているかのようで、俺の頭は日引の話を現実の事と受け入れることが出来なかった。
そんな俺の事等お構いなしに日引は話を進める。

「あの「縄」はね。昔ある兄弟が使っていた物なんだよ。その兄弟の家族は多くてね。母親は子供を七人も産んだ。まぁ昔は当たり前にあった事なんだが。両親はその子供達を育てていくのに一生懸命農業に精を出していたんだ。しかし、その七人目の子供が問題だった。年のころは六歳。普段大人しくいい子なんだけど、たまに癇癪を起こすことがある。それはすさまじいものだったそうだ。六歳の子供が出す力ではないような力で人を投げ飛ばしたり、物を壊すらしい。両親、兄弟でも抑えることが出来ず隣近所の人に頼むぐらいだった。それでも可愛い我が子さ。両親は優しく接していたそうだ。しかしそうは思はない人もいる。隣近所の連中さ。いつ何をしでかすかわからない。恐ろしい子供だ。と噂になりその不安は次第に大きくなっていった。昔は、そう言う子供に対しての理解が乏しかったからね。
ある日。家族の元へ近所の人達が大勢押しかけてきた。何事かと両親は話を聞くと、末っ子を閉じ込めておいてくれと言う事だった。。勿論家族は反対。
それでは・・と出されたものが「縄」さ。「縄」で家の柱に縛り付けておけって言ったそうだ。両親は、それじゃ閉じ込める事と同じ事。と断ったが皆の狂気迫る勢いに「じゃあこうしては・・・」と母が泣く泣く提案したのが、一番上の兄と末っ子を「縄」でつないでおくという事だった。兄の腰と末っ子の腰に「縄」を結び付けるのさ。一番上の兄は力も強く頼りになるから始終見張っていてもらう。と言った。それを聞いた皆は、納得いかない人もいたが渋々承諾したらしい。
その「縄」をね。その家族の子孫が持ってきたんだよ。祖母の家の蔵の奥に袋に入れて置かれていたという。その「縄」を見つけた時は「汚い縄だ」と捨てたらしい。でもまた同じ所に同じように袋に入って「縄」が置いてある。何度も繰り返すうちに気味が悪くなったその人が私の家に持ってきたという訳さ。これは、私が「縄」の記憶を視て知ったのさ。その「縄」が逃げたんだよ。アイツは頭がいい。樹海を選んだんだからね」
「どういう事?」
俺の声がかすれてきた。
「不名誉にも、世界遺産が作り出した樹海が自殺の名所になっている。人が死ぬ場所なんだ。「縄」は「死」を好むからさ。あの「縄」には兄の念とその他の余計な力が入ってしまってるからね」
「え?兄の念?末っ子のじゃなく?」
てっきり末っ子の怨念でも憑いているのだと思った。縄で縛られる生活を強いられたのだから。
「末っ子はね。本当にいい子だったらしいよ。優しくて穏やかで。いつもニコニコしていたような子供だったと聞いている。ただ、兄の方はずる賢い性格をしていたようだ。末っ子と「縄」で結ばれた生活を送るのが嫌で仕方なかったんだろうね。まぁ普通はそうだろう。兄弟だとしても常に一緒というのは苦痛なものさね。しかし、両親の頼みは断れない。しばしば両親の目が届かない所で、末っ子の事をいじめていたらしい」
「その末っ子は両親に言わなかったのか?」
「言わなかった。恐らく言えなかったんだろうね。私はそう思うよ。何故言えなかったのか・・それはあんた自身で考えな。
その兄の念・・・つまり、「こいつさえいなければ」という思いがこもった「縄」が樹海にいるという事まではすぐに分かったんだが、ここからが問題なんだよ。「縄」が分裂したんだ」
「分裂?」
「言い方が悪かったね。「縄」とヒトガタに分かれたんだ」
「縄とヒトガタ・・・」
「そうなんです。そのヒトガタが・・・後藤さんです」
立花が補足する。
「後藤・・・」
俺は、人よりも長い首を持ち、きちっとスーツを着ている後藤を思い出す。
「ここでは、後藤と名乗っているようだね。その後藤を見つけるのも大変だったが、ようやくこの場所に閉じ込めることが出来た。この町はね、一応私が結界を張っているんだよ。簡単には逃げ出せない。みずっちに聞くところによると、散歩と称して逃げ道を探っているようだけどね。後は、早く「縄」を見つけないといけない」
「そうなんです。だから俺と・・・あ、俺実は立花じゃなくて水島と言います」
と、水島は何処から取り出したのか名刺を俺に渡す。そこには不動産会社の名前と水島の名前が書かれていた。
「騙してすみません。全て話すと、飯野と佐竹も日引さんの家にあるモノなんです」
「は?」
「ヒヒヒ。アイツらはしょっちゅう喧嘩ばかりしてしょうがない馬鹿どもなんだよ。今回の件だって、アイツらの喧嘩が原因で箱が壊れて中の「縄」が逃げたんだ。だから二人を連れてきたんだよ。責任取りなってね」
日引は、怒ってる様子ではなかった。
「飯野はある家の欄間のデザインの一部だったんです。佐竹は熊の置物。見たことありませんか?鮭を咥えた木彫りの熊。ある猟師が持っていたものだそうです.。二つ共いわくつきの物なんです」
「デザインの一部?熊の置物?」
「はい。元は物です。それを日引さんが人の姿にしているんです」
俺は、佐竹が飯野の家で「おい、猿」と呼んでいたことを思い出した。
現実離れした話に中々ついて行くことが出来ないが、その「縄」とちひろがどう関係するのか。俺にとってはソレが重要だ。
「よく分からない所もあるが、あんたの目的とこの場所の事は分かった。それとちひろはどう関係があるんだ?」
「ちひろは、隙を突かれたのさ。あの子は元々死ぬつもりで樹海に来た。だが、あんたと何か月か生活したことで気持ちが変わった。でもね。不安や恐れというのはどんなに幸せでも背中合わせにあるものさ。その隙間に後藤は付け入り自殺を実行させた」
後藤はちひろの隙を狙っていたのか。ちひろが青い顔して俺の所に来た時、後藤は何をしたのか。ちひろは「気のせい」や「見間違い」などと言っていた。
(もっと詳しく聞けば良かった)
悔やんでも後の祭りである。


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