輪(りん)

玉城真紀

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始まり(弐)

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「お前んち来るの何年ぶりだろうな」

橋本は嬉しそうに俺の家を仰ぎ見た。

「・・・・・・」

俺は何も言わず、二階のあの部屋の窓を見る。それに気がついた橋本は

「大丈夫だよ早く入ろうぜ。あのさ、悪いけどシャワー貸してくれない?俺昨日風呂入ってないんだよ」

「ああ」

玄関に行くと少しだけ開いている。きっと俺が急いで飛び出したからだろう。確かに鍵を閉めた記憶はない。

「お前不用心だな」

橋本は自分の家のように玄関を開け中に入って行く。俺は外から中の様子を伺いながら恐る恐る橋本に続く。

「風呂場こっちだったよな」


よく覚えているものだ。数えるぐらいしか来た事がないはずだったが、橋本は勝手知っているかのようにタオルを出し風呂場に消えた。俺はその間、一階の部屋をすべて見て回る。あの声は二階でしたので、いるとしたら二階だろう。しかし今となってはこの家自体が全て恐ろしく感じてまう。足音を立てずにゆっくりと見て回る。一階は異常はないようだ。

「はぁ~」

ホッとした。

「よお」

「わぁ!」

橋本だった。
腰にタオルを巻いただけの橋本がサッパリした顔をして俺の後ろに立っている。

「何だよ。そんなに驚かなくてもいいだろ。悪いけどさ、着るもの貸してくれない?」

「は?」

俺は自分の心臓の音を耳で聞きながら橋本が言った事を必死で理解しようとした。

「折角綺麗になったのに、また汚れた服着たくないじゃん」

ニコニコしながら橋本は言った。ああそう言う事かとようやく理解し

「ああ、いいよ。ちょっと待ってて」

俺は玄関の近くに置いてあった、自分のカバンの中から服を一式橋本に渡した。




「わりぃ」

服を受け取った橋本は洗面所で着替えて戻ってきた。

「なあ。その声が聞こえたのって二階なんだろ?」

「ああ」

「じゃあ。二階に行ってみようぜ」

「え?」

言うが先、橋本は軽い足取りで階段を上がって行く。
俺の家の階段は、玄関を入り左手に風呂場。その隣に一階から二階へ真っ直ぐ伸びる階段がある。二階に行きたくない俺は、階段下で橋本の背中を見守っていた。

「どこの部屋だよ」

階段を上がり切った橋本は、二つの部屋のドアを交互に見ながら下にいる俺に聞く。

「前、俺が使ってた部屋の方だよ」

と下から教える。

「ん」



短く返事をした橋本はそっとドアを開けた。

カーテンが閉まっているので部屋の中は薄暗く分かりにくいと思ったのか、部屋の中に入りカーテンを開ける音が聞こえる。
ドアが開いた部屋から、明るい光が階段の踊り場に届きキラキラと埃が舞っているのが分かる。

「何だよ。何もないじゃん」

拍子抜けしたように言う橋本の声が聞こえた。俺は気味悪かったが二階に上がり部屋に入らずドア付近から中を覗く。

「いや。確かに声がしたんだ。子供の・・・・・・女の子の声で」

「ふ~ん」

橋本は部屋の中を天井から床まで隅々を見回す。

「前にお前がこの部屋使っていた時も、そんな声聞こえたのか?」

「いや聞こえない」

「と、言う事はお前が家を出てからって事になる」

「うん」

「何か変わった事とかないのか?」

「別にないと思うけど・・・・・・あ」

「なんだ?」

「あれかな」

俺はお面が入った木箱を取り出し、橋本の前に置いた。

「なんだよそれ」

「俺が家を出た後、この部屋はお袋が物置に使ってたみたいなんだけど。荷物の整理をしていた時に見つけたんだ。多分お袋のだと思うんだけど・・・・・何となくこれが原因の様な気がするんだ」

そんな俺の説明など耳に入らない様子で、橋本は興味津々の様子で箱の前に座り込み、俺が開けるのを待っている。俺は橋本がどんな反応をするか少し期待しながら箱を開けた。

「お?」

橋本は、特に気味悪がるわけでもなく箱の中の般若の面を見ている。

「何だよこれ。般若の面?生で見るのは初めてだけど結構凄いな」

橋本は躊躇なく面を箱から出す。
そんな気味の悪いものをよく平気で触れると思いながら見ていると、その橋本の手からポロリと何かが落ちた。

「ん?何だこれ。二枚あったのか」

一枚だと思っていたお面は二枚あった。箱の中で綺麗に重なって入っていたので気がつかなかった。

「このお面は俺が家にいた時は見た事がないんだよ。昨日初めて見たんだ」

「ふ~ん。でもお前。お袋さんのかもってさっき言ってたけど何でそう思うんだ?」

「小さい頃、いたずらしたりして怒られた時お袋が良く言ってたんだ。いい子にしないとお面に食べられちゃうよって」

「ふ~んなるほどね。・・・・・・何でこれが原因だと思うんだ?」

「ん~。何となく」

「何となくね・・・・・・」

橋本は両手にお面をそれぞれ持ち見比べるように見た。

「分からないけど、咄嗟にそう思っただけだよ」


「まあ。今回お前が聞いた女の子の声とこの面は関係ないんじゃね?だって、この般若の面から女の子って想像つくか?」

「・・・・・・いや」

「だろ?他にないのかよ。あっもしかしてお前心霊スポットとか行った?そこで何かが憑いて来ちゃったとか」

ニヤニヤしながら言う橋本に

「そんなところ行った事ねぇよ」

と呆れて言った。

「ま、取り敢えず俺今日泊まってやるよ」

「は?」

「声を聞いたのは夜なんだろ?今日泊まってみればわかるんじゃない?」

橋本が泊ってくれるのは有り難いが

「お前。仕事大丈夫なのかよ。それに、泊まるのはいいけど一応親に言っておいた方が良くないか?」

橋本は少しだけ嫌な顔をして

「大丈夫だよ俺の親知ってるだろ?」

確かに橋本の両親の事はよく知っている。高校の時色々とお世話になった事があったからだ。サバサバした性格の両親で居場所さえ分かっていれば外泊に五月蠅くいう人達じゃなかった。

「そうだったな。元気か。二人共」

「ああ。年は取ったけど相変わらずだよ」

少しだけ橋本がうらやましく思った。

「さ、取り敢えず飯の支度しようぜ。あ、忘れちゃいけない。線香あげなくちゃな」

橋本は手に持った面を箱の中にしまい蓋をすると、さっさと一階に降りて行った。



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