輪(りん)

玉城真紀

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決行

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きぬは、夕飯のお膳を持ち小屋へ向かった。しかし中々足が進まない。今度こそ本当の事を伝えなければと思っているのだが、足がソレを拒んでいる。ようやく小屋の前まで来るときぬは大きく息を吸い戸を開けた。

「?」

いつもなら蝋燭の灯りの元、遊んでいるチヨが見当たらない。小屋の戸は鍵がかかっている訳ではないので、外に出ようと思えば出られるのだがこれまでチヨは一度も勝手に出た事がなかった。

「もしかして!」

きぬはお膳を小屋の中に置くと、あの丘の方へと走っていった。少しだけ登りになっている道を、きぬはひと時も休まずに走って行く。

いた。

チヨは、ハルと共に小川のほとりにきぬに背を向けて並んで座っていた。きぬは息を整えると側に近寄って行った。側に行くにつれ、話声が聞こえてくる。チヨが話しているのだ。

「お母さん居なかったね」
「お母さん居なかったね」

「どこにいるんだろう?」
「どこにいるんだろう?」

「ここにいれば来るかな」
「ここにいれば来るかな」

きぬは胸が締め付けられるようだった。チヨの小さい背中が余計に小さく見える。「チ・・・・・・」

きぬが声を掛けようとした時だ。

「きぬは嘘をついてるね」
「きぬは嘘をついてるね」

ドキリとした。

「お母さん居ないもんね」
「お母さん居ないもんね」

「私知ってるの。皆私達の事嫌いなんだよ」
「私も知ってる」

「嫌いだからあんな小さな小屋に入れられてるんだよ。それにねこれも知ってる」
「私も知ってる」

「お母さん死んだんだよ」
「お母さん殺されたんだよ」

きぬの足はガタガタと震え出す。今まで必死に耐えてきたものが、コップから水があふれるように限界が来たからだ。

あの日・・・・・・奥様が双子を産んだ日。

お産婆が双子だと気がつき、その場で手伝いをしていた女中に主人を呼んでくるように言いつけたあの時・・・・・・私は座敷の外の廊下で、奥様が無事お産なさるように祈っていた。

すると、バタバタと座敷から飛び出していく女中を見て驚いた私はいけないと思いつつも、襖を少しだけ開け座敷の中の様子を覗き見た。すると、一人の赤ん坊が産まれて奥様の腕の中で元気よく泣いている。安堵した。

では、あの女中はなぜあんなに慌てて飛び出していったのか。お産婆の陰になりよくは見えなかったが、お産婆は「大丈夫じゃ」という言葉を何度も繰り返し言いながら何かをやっている。

「?」

私は良く見えるように少し体をずらす。すると、お産婆の手の中にはもう一人の赤ん坊がいた。

(双子なんだ・・・・・・)

きぬはこの村で生まれた子だ。双子に対しての村の風習は知っている。

(どうするんだろう・・・)

注意深くお産婆と子供の様子を見た。その時気が付く。後から生まれた子供の様子がおかしい。体の大きさは普通の赤ん坊と同じなのだが、泣かずにぐったりとしている。

(あれ?)

一体どうしたというのだろう?目が離せない。赤ん坊は産まれたら泣くという事ぐらいきぬでも知っている。しかし、その赤ん坊は一つも声をあげず力なくお産婆の腕の中でぐったりとしているだけだった。
その時、廊下の向こうからこちらにバタバタと走ってくる音がした。きぬはすかさず近くに身をひそめる。
来たのはご主人様だった。険しい表情をしたご主人様は、襖を勢いよく開け、中の様子を確認すると入って行った。

きぬは、また少しだけ襖を開け中を覗く。
ご主人様は奥様と話をしているが、その後ろにいるお産婆が突然、腕の中の赤ん坊の首を片手で絞め始めた。

「‼」

訳が分からなかった。そんな事をしたら死んでしまう。思わず悲鳴をあげそうになった自分の口を、手で押え必死でこらえる。すると、お産婆は事が済んだのかゆっくりと赤ん坊の首から手を離した。

きぬは、震えが止まらない体を何とか動かし仕事場へ戻った。しかし、あの衝撃的な場面はきぬの頭にこびりつき離れることはなかった。

その夜。きぬは体調不良という口実を作り、早々と女中部屋に行き床についていた。寝てしまえば、明日になれば忘れてしまうかもと言う淡い期待を抱えて。


「きぬ」

誰かが呼んでいる。

きぬはいつしか寝てしまっていたらしい。暗がりの中、声のする方を見ると誰かが座敷の入口に立っているのが分かった。「きぬ。起きているか?」

(ご主人様だ)

声で分かったきぬは慌てて

「は、はい!起きております!」

と、飛び起きた。主人は少し慌てた様子で

「そのままでいい。そのままで聞いてくれ。きぬ。・・・・・・見たんだな」

今のきぬは寝ぼけた頭でも、その言葉だけで何の事かすぐに分かる。

「はい」

「そうか。きぬは知っているかい?この村に伝わる双子に関する言い伝えを」

「はい。母ちゃん。いえ。母から聞いたことがあります」

「そうか。この小此鬼家に産まれたのがまさか双子だったとは・・・本当に驚いたよ。それに、お産婆の話だと後に産まれてきた子の方は余り息をしていなかったそうだ。であるならばと・・・・お前が見たとおりだ。しかし、家内にはまだ伝えていない。子供を産んだばかりだからね。そんな事を知ってしまったらどれ程悲しむか。でも、母親をだますことは出来ない。どうしたらいいかと両親に相談したところ、やはり正直に話した方がいいと言われたんだ。但し、お産婆がやったことは伏せて。きぬ。お前は秘密を守れるかい?」



(秘密・・・・・・)

「・・・・・・はい」

「すまないね・・・・・・」

暫く沈黙が続いたので、きぬは不思議に思い

「旦那様?」

と聞くと

「実は・・・・・・さっき家内に話そうと思って座敷の前まで行ったんだけど、座敷の中から聞こえてくるんだよ。子守歌が。家内が歌っているんだろうけど・・・・・・とても不憫に思えてきてしまって話せなかった・・・・・・」

(子守歌・・・・・・確か今奥様の座敷には赤ん坊はいないはず・・・・・・子供に歌ってやるための練習なのか・・・・・・?)

「明日の朝。家内には私から伝えようと思う」

「・・・・・・そうですね。今はお体を休ませた方がいいと思います」

「うむ。では、約束の方忘れずに」

そして次の日の朝、主人が奥様に話をしに座敷の前まで来た時、中から子供をあやすような話声が聞こえてきた。主人は中をそっと覗いた。

「⁈」

母親は死んでぐったりしている我が子を抱き乳をやっている。母親の座る隣には般若の面。近くには同じように面をつけた赤子が寝ている。その様子が恐ろしいのと何故死んだ赤ん坊もここにいるのか。そしてこの般若の面・・・・・すぐに両親のもとに行き話を聞く。

「仮にも双子が産まれてしまったのです。この村の言い伝えはあなたも知っているでしょう?小此鬼家に災いが来ては困ります。なので、今朝早くきぬと一緒に二人の赤子を座敷に連れて行きました。勿論お面を被せてね。赤子を寝かせて座敷を出ようとした時、丁度あの人が目を覚ましたので私の方から全て話しておきました」

淡々と話す祖母に

「全て⁈もしかしてお産婆が手にかけた事も・・・・・・」

「ええ。言いましたよ。子を産んだ母親をだますことなどできないでしょ?正直に言った方がいいんです」

ぴしゃりと言い放つ。



主人は唖然としながら

「で・・・・・・それで・・・・・・ショックを・・・・・・」

主人は死んだ子に乳をやる母親の姿を思い出す。

「そうみたいですね。仕方がありません。第一、跡継ぎの男の子を産むのではなく女の子を産んで。しかも双子。本当に役に立たない」

苦々しく言う自分の母親を主人は信じられなかった。

「後、きぬには常に側にいるように言っておきました。狂った母親は何をするか分からないですからね」

そう・・・・・・それから私は奥様の側に常にいるようになった。家の者は皆、そんな奥様を気味悪がり近寄らなくなった。

一番困ったのは匂いである。死んだ者の匂いは今まで嗅いだことのない強烈な匂いだった。奥様の近くに行くときは、奥様に気づかれないように自分の鼻の穴の奥に布団の綿を詰め込んで行ったものだ。
次に体が膨れ腐っていく。奥様が毎日のように産湯にいれているので比較的綺麗になってはいるが、洗うたびに、腐敗した肉がそぎ落とされていく。その繰り返し。次第に体が小さくなり、骨が見え内臓も落ち最後は小さな骨だけになった。死んだ赤子が寝ていた布団は赤黒く染まっており、いくら洗濯をしても取れない。
しかし奥様は、骨だけになった我が子を綺麗に紐で繋ぎ人型にしていた。関節の部分を紐でつないでいるのだ。動かすたびにカタカタと乾いた音がする。勿論顔にはあの般若の面を被せて。

その反面、チヨ様はすくすくと成長していった。

しかし、産まれた時から白骨化したものを自分の妹と教え込まれたチヨ様はそれを疑う事はない。
二人で遊ぶときは、ハル様を奥様が支えチヨ様と遊んだり、チヨ様自身がハル様を操り人形のようにして遊ぶ。

そんな日々を送るうち次第に、チヨ様はハル様の役もやるようになった。ハル様に語り掛けては自分で返事をするのだ。奥様と話をする時も、まるで二人で奥様に話しかけているように話す。

そして、あの丘に初めて私もつれて行ってもらった時、あの光景は忘れることは出来ない。

骨だけになったハル様を引きづりながらチヨ様は私と鬼ごっこやかくれんぼをした。夜の闇の中、カタカタと音をたてながらハル様を引きずりながら私を追いかけてくる。それはそれは恐ろしかった。今思い出しても身震いしてしまう。

しかし、私は我慢した。ある事の為に。偽りももう終わる。

私は、こちらに背を向けて座るチヨ様にそっと近づいて行った。隣には、ぼろぼろの着物を着て白骨化したハル様が寝かされている。

私は、震える足に力を込め思い切りチヨ様を突き飛ばした。小さいその体は簡単に小川の中へと落ちた。しかし小さな小川である。驚いたチヨ様はすぐに体を起こし振り返った。お面の目の部分の穴から、驚き大きく見開かれた目がある事だろう。

「きぬ・・・・・・」

私の動きは止められない。
びしょぬれのチヨ様に乗りかかり、無理矢理顔を小川につける。子供とはいえ、必死になっている時は結構な力を出すものだとこの時知った。

しかし、やはり大人の力にはかなわず,暴れに暴れたチヨ様は次第に静かになって行った。興奮状態の私は静かになったチヨ様の頭をいつまでも小川の中に押し付けていた。


パシ

近くにある楠の方から音がした。恐らく小枝でも落ちたのだろう。私はその音でハッと我に返った。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

体全体で息をしながら、足元にうつ伏せで横たわるチヨ様を見下ろした。もう体の震えはなくなっている。顔を見ないように素早く二人の般若の面を外す。七つの誕生日の時にどうしても取れなかった面は、主が死んだからなのかするりと外れた。きぬはソレを懐に入れると、楠の側に二人をなるべく小さくした状態で置いた。

後で穴を掘って埋める予定である。取り敢えず、誰にも見つからずに早く屋敷に帰らなくてはならない。そして、あの人に報告を・・・・・・

きぬは、懐にある般若の面を手で押さえながら走って屋敷へと向かった。






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