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橋本
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水島に送られ、橋本の家に着いた。
橋本は少し厳しい表情をしながら家の玄関を開けた。家の中は静かで、誰もいない様子だ。
「お邪魔します」
俺は一応家の奥の方へ声を掛け、真っ直ぐ二階に行く橋本を追う。高校の時に何度も来たことのある家だ。懐かしい匂いと変わらない家具の配置が俺に安心感を与えてくれる。
部屋に入り
「親は仕事か」
「ああ」
橋本は着替えを始めた。橋本には俺の服は少し小さかったらしい。
「あのさ。あの日引ってばあさんの事なんだけど」
「ああ。何かあの人凄い人なんだな」
散々水島が帰りの車の中で日引についての話をしていたので、すっかり橋本は感心しまくっている。
「あの時言ってたよな。厄介なものとか」
「ああ言ってたな。見ただけで何かわかったのかもしれないな。明日又行くだろ?その時あのお面持って行かなくちゃな。今日忘れちゃったぜ。お前があんな状態だったから」
そう言われ、あの階段の所で見た二つの顔を思い出し鳥肌が立った。
「アレはヤバいよ。ここから上、この鼻の上から覗いた顔が二つ。女の子だと思う。床すれすれに一つとその上にもう一つ。そして笑ってて・・・・・・」
自分の顔に手をやりながら話す俺が突然黙ったのを不審に思った橋本は
「どうした?」
「・・・・・・」
「おい、どうしたんだよ」
「・・・・・・俺。今女の子って言ったよな」
「ああ言ったな」
「何で女の子だと思ったんだろ」
「はぁ?何言ってんだ?自分で見たんだろ?」
「そうなんだけど・・・・・・」
あの時は咄嗟に女の子だと思った。それまで写真に女の子が写っていたり、女の子らしい声が聞こえて来たりしてたからそう思ったのか。
でもそれは先入観ってやつかもしれない。階段の所にある明り取りの窓からの日を背に、その顔は逆光になっていた。こうやって落ち着いてあの時の事を思い出してみると、女の子じゃなかったような気がする。
「橋本。俺が見たのって女の子じゃないかも」
「え?じゃあ何だよ。あの時さ、お前がすごい叫びながら外に飛び出していっただろ?その時にお前が二階の方を見ていたの分かったから俺も咄嗟に振り向いたんだよ。でも何にもいなかったんだ。じゃあ。結局何を見たんだ?」
「わからない。でも人には間違いないと思う。でも、今こうやって思い出そうとするとソレが人だったのかすら自信がない」
あの時の驚きは本当に凄まじかった。
いるはずのないもの。床擦れれの所で壁から垂直に出る何か。記憶があやふやになっても不思議ではない。
「明日、日引さんにお前ん家に来てもらうよう頼もうぜ。それで何もかもわかるんじゃないか?」
橋本は日引に、絶大な信頼を寄せているらしい。
「ああそうだな」
俺は何となく気のない返事を返す。
その後、怖さを紛らわすため学生の頃の話や仕事の話などをしていると夕方ごろ下の階から物音がした。
「親が帰って来たんじゃないのか?」
機嫌よく話していた橋本の顔が一瞬曇り
「ああ・・・・・・」
「挨拶してこようかな」
「・・・行けば」
「え?俺一人でかよ。別にいいけど突然俺だけ行ってびっくりしないかな」
「・・・・・・わかったよ」
橋本は時間を稼ぐようにゆっくりと腰を上げ部屋を出る。
二人で階段を降りていくと、その音に気がついたのか驚いた顔をした橋本の母親が階段の所まで来て俺達を見る。自分の息子と俺だと気がついた瞬間ホッとした表情に変わり
「何だ。あんた達だったの。泥棒かと思ったわ」
と、今来た方へ戻って行った。
玄関に靴があるのに気がつかなかったのか。
俺は台所で夕食の支度をしている橋本の母親がいる方へ行くと
「お久しぶりです」
「あ、ごめんね。本当に久しぶりね元気にしてた?」
夕食の準備をしながらこちらを向き笑顔で話す。
昔会った時よりだいぶ老け込んでいる。年を重ねるという事がこんなにも表に出るものなのか。自分の過去の記憶が美化されているだけなのか。そんな失礼な事を考えながらその場に立ったまま世間話をしていた。
「あ、そうそう気がつかなくてごめんね。夕飯食べていく?」
「すみません。遠慮なくいただきます」
高校の時はこうやって遠慮なく世話になっていたので、ついその時の気持ちのまま言ってしまった。
俺が、しまった!という顔をしたのを見た橋本の母親は笑いながら
「いいよ。相変わらず大した物はないけど食べていきな」
「有難うございます」
ふと、俺は壁に隠れてこちらに来ない橋本に気が付いた。
「橋本。どうかしたのか?」
と、橋本に言うと
橋本はチッっと舌打ちをしただけで動こうとしない。
親子喧嘩でもしているのかと思い、巻き込まれるのは面倒なので、「すみません」と声を掛けて橋本の部屋へ戻ろうとした。
「聞いたよ」
橋本の母親は姿を見せない息子に声を掛けた。
「ここ三日ばかり仕事に行ってないそうだね」
その言葉を聞き橋本はようやく母親に姿を見せる。橋本の母親は息子の方を見ず野菜を切りながら
「無理に行けとは言わないよ。仕事なんてやってみないと分からないもんだからね。もし、自分に合わないと思うのなら、違う仕事をやってみてもいいんじゃない?」
ここでようやく橋本の母親は息子の方を見た。
橋本は母親が振り向いたと同時に顔をそむけたが、小さく
「ああ」
と言うと二階へ上がって行ってしまった。
橋本の母親はふぅ~とため息をつくと
「ごめんね。久しぶりに来てくれたのにこんな痴話げんか見せちゃって。就職活動を怠けて身内の会社に勤めたのが悪かったのよ。ちゃんと自分のやりたい事で考えなかった罰ね」
そう言うと橋本の母親は夕食の準備を再開した。俺は何も言えず二階へ行こうとした時
「あ、ご飯七時ごろできるから、その頃に下に来て頂戴」
と言われた。
「わかりました」
橋本の部屋へ行くと、橋本は吞気にベッドの上で横になりながら漫画を読んでいた。
「お前。余り親を困らせるようなことはするなよ」
「ああ」
やけに素直だ。いつもは一言二言、言い返してくるのに。
恐らく、俺に遠慮しているのだろうと思った。両親を一気に亡くした俺の言葉は、橋本にはリアルに聞こえるのだろう。
俺は近くにある漫画を手に取り読みだした。
どの位経ったのか、自分の隣に読み終わった漫画が何冊も積みあがっている。ふと時計を見るともう七時になろうとしていた。気を紛らわすだけで読み始めた漫画だったが、夢中になってしまっていたらしい。
「あ、七時になるな」
「あ?ああ」
橋本は顔も上げずに返事をする。
見ると、最初に手に取った漫画を持っている。結構な時間が経ったはずなのにまだ読み終わっていなかったのか。恐らく、ただ手にしているだけで読んではいなかったのだろう。この時間橋本は何を考えていたのか。
俺は漫画を片付け
「下に行こうぜ」
「先に行ってて」
「何で」
「いいから」
「・・・・・・わかったよ」
読んでいない漫画に見ている橋本を残し、俺は下の階へと降りて行った。
「すみません」
俺は声を掛けながら台所へ入る。
台所は対面キッチンになっており、台所の隣にテーブルと椅子がある。
そこで食事をするのだ。
「あれ?」
誰もいない。
しかし、テーブルにはきちんと三人分の食事が用意されていた。黙って食べてしまうのも気が引けたので、勝手知った家だ。俺はテレビのある部屋、和室などを見て回り橋本の母親を探した。
いない。
二階にでもいるのかな。それにしては階段を上がる足音は聞こえなかった。一応橋本に言わないとな。
「?」
階段を上がろうとした時、廊下の先にある玄関が少しだけ開いているのに気がついた。何だ、外にいるのか。俺は迷わず玄関に行きドアを開けた。
いた。
橋本の母親は玄関のポーチに腰を下ろしていた。
「あの・・・・・・」
俺の声に驚いたのか、橋本の母親は凄い勢いで振り向いた。
「あ・・・・・・すみません。七時になったので下に来たんですけど、誰もいなくて。ここで何やってるんですか?」
「え・・・・・・あ、ああ夕涼みよ」
取り繕っているのが見え見えだ。夕涼みするほど今日は暑くなかった。流石におかしいと思った俺は橋本の母親の隣に座る。
暫く二人して黙っていたが、口火を切ったのは橋本の母親の方だった。
「全くね。難しいね子供を育てるのは。高校の時、就職活動が面倒くさくって親戚の所で世話になったのはいいけど、結局今その仕事が嫌になってるのよね。だから言ったのよ。大変でも、自分がやってみたい職業に就いた方がいいってね。なのに・・・・・・」
母親は大きなため息をついた。その姿を見ていると俺は自分の母親の事を思い出す。
俺自身も高校卒業後、特にやりたい事が決まっていたわけではないがこんな田舎にいるよりは東京に出れば何か見つかるだろうと思っていた。しかし、日々の生活をする為のお金を稼ぐので精一杯でやりたい事を見つけるどころではなかった。
その間も、母親からの俺を心配する電話がしょっちゅうかかってくる。それをうっとおしいとしか思っていなかった。
今、目の前でため息をつきながら息子を想う橋本の母親を見ていると、俺の母親もこうやって俺の事を心配していたのかもしれないと思うと胸が苦しくなった。
「ごめんね。せっかく遊びに来てくれたのにこんな事話して。どう?ご両親は元気にしてる?」
そうか。知らせていなかった。
しかし、今の俺は両親が死んだことを言う事が出来なかった。橋本の母親に自分の母親を重ね、親が子を想うという事が何となくわかった今は言ってしまうとそのまま号泣し兼ねなかったからだ。
「え・・・・・・ええ。元気ですよ」
咄嗟に嘘をつく。橋本の母親はニコリと笑うと
「そう。良かった。もう子供が独り立ちして手がかからなくなったら、親が子供にしてあげられることは自分達が健康でいてあげる事だからね。ご両親によろしく伝えてね。さ、ご飯食べようか」
橋本の母親は立ち上がりお尻に付いた埃を払うと家に入って行った。
その後三人で食事をした。橋本の父親は岩手の方へ出張へ行っているという事で留守だった。
仏頂面の橋本を入れての食卓だったが、俺は気にせず橋本の母親と楽しく話しながら食事をした。自分の親ともこんなに話さなかったと思う。もしかしたら、出来なかった事をここでしているのかもしれない。
風呂に入り部屋で二人落ち着いた頃、俺はさっき橋本の母親から聞いた話をしようか迷っていた。
携帯を見たり漫画をぺらぺらとめくったり、窓から外を覗いたりと落ち着かない俺を見て橋本は頭をタオルで拭きながら
「なんだ?どうした?明日の事で緊張でもしてんのか?」
と、馬鹿にするように言ってきた。
それをきっかけに話をしようと思ったがやめておいた。
そんな事を話ても橋本が気分が悪くなるだけだろう。
「ああ。緊張するよ」
俺は少しだけ笑いながら言った。
橋本は少し厳しい表情をしながら家の玄関を開けた。家の中は静かで、誰もいない様子だ。
「お邪魔します」
俺は一応家の奥の方へ声を掛け、真っ直ぐ二階に行く橋本を追う。高校の時に何度も来たことのある家だ。懐かしい匂いと変わらない家具の配置が俺に安心感を与えてくれる。
部屋に入り
「親は仕事か」
「ああ」
橋本は着替えを始めた。橋本には俺の服は少し小さかったらしい。
「あのさ。あの日引ってばあさんの事なんだけど」
「ああ。何かあの人凄い人なんだな」
散々水島が帰りの車の中で日引についての話をしていたので、すっかり橋本は感心しまくっている。
「あの時言ってたよな。厄介なものとか」
「ああ言ってたな。見ただけで何かわかったのかもしれないな。明日又行くだろ?その時あのお面持って行かなくちゃな。今日忘れちゃったぜ。お前があんな状態だったから」
そう言われ、あの階段の所で見た二つの顔を思い出し鳥肌が立った。
「アレはヤバいよ。ここから上、この鼻の上から覗いた顔が二つ。女の子だと思う。床すれすれに一つとその上にもう一つ。そして笑ってて・・・・・・」
自分の顔に手をやりながら話す俺が突然黙ったのを不審に思った橋本は
「どうした?」
「・・・・・・」
「おい、どうしたんだよ」
「・・・・・・俺。今女の子って言ったよな」
「ああ言ったな」
「何で女の子だと思ったんだろ」
「はぁ?何言ってんだ?自分で見たんだろ?」
「そうなんだけど・・・・・・」
あの時は咄嗟に女の子だと思った。それまで写真に女の子が写っていたり、女の子らしい声が聞こえて来たりしてたからそう思ったのか。
でもそれは先入観ってやつかもしれない。階段の所にある明り取りの窓からの日を背に、その顔は逆光になっていた。こうやって落ち着いてあの時の事を思い出してみると、女の子じゃなかったような気がする。
「橋本。俺が見たのって女の子じゃないかも」
「え?じゃあ何だよ。あの時さ、お前がすごい叫びながら外に飛び出していっただろ?その時にお前が二階の方を見ていたの分かったから俺も咄嗟に振り向いたんだよ。でも何にもいなかったんだ。じゃあ。結局何を見たんだ?」
「わからない。でも人には間違いないと思う。でも、今こうやって思い出そうとするとソレが人だったのかすら自信がない」
あの時の驚きは本当に凄まじかった。
いるはずのないもの。床擦れれの所で壁から垂直に出る何か。記憶があやふやになっても不思議ではない。
「明日、日引さんにお前ん家に来てもらうよう頼もうぜ。それで何もかもわかるんじゃないか?」
橋本は日引に、絶大な信頼を寄せているらしい。
「ああそうだな」
俺は何となく気のない返事を返す。
その後、怖さを紛らわすため学生の頃の話や仕事の話などをしていると夕方ごろ下の階から物音がした。
「親が帰って来たんじゃないのか?」
機嫌よく話していた橋本の顔が一瞬曇り
「ああ・・・・・・」
「挨拶してこようかな」
「・・・行けば」
「え?俺一人でかよ。別にいいけど突然俺だけ行ってびっくりしないかな」
「・・・・・・わかったよ」
橋本は時間を稼ぐようにゆっくりと腰を上げ部屋を出る。
二人で階段を降りていくと、その音に気がついたのか驚いた顔をした橋本の母親が階段の所まで来て俺達を見る。自分の息子と俺だと気がついた瞬間ホッとした表情に変わり
「何だ。あんた達だったの。泥棒かと思ったわ」
と、今来た方へ戻って行った。
玄関に靴があるのに気がつかなかったのか。
俺は台所で夕食の支度をしている橋本の母親がいる方へ行くと
「お久しぶりです」
「あ、ごめんね。本当に久しぶりね元気にしてた?」
夕食の準備をしながらこちらを向き笑顔で話す。
昔会った時よりだいぶ老け込んでいる。年を重ねるという事がこんなにも表に出るものなのか。自分の過去の記憶が美化されているだけなのか。そんな失礼な事を考えながらその場に立ったまま世間話をしていた。
「あ、そうそう気がつかなくてごめんね。夕飯食べていく?」
「すみません。遠慮なくいただきます」
高校の時はこうやって遠慮なく世話になっていたので、ついその時の気持ちのまま言ってしまった。
俺が、しまった!という顔をしたのを見た橋本の母親は笑いながら
「いいよ。相変わらず大した物はないけど食べていきな」
「有難うございます」
ふと、俺は壁に隠れてこちらに来ない橋本に気が付いた。
「橋本。どうかしたのか?」
と、橋本に言うと
橋本はチッっと舌打ちをしただけで動こうとしない。
親子喧嘩でもしているのかと思い、巻き込まれるのは面倒なので、「すみません」と声を掛けて橋本の部屋へ戻ろうとした。
「聞いたよ」
橋本の母親は姿を見せない息子に声を掛けた。
「ここ三日ばかり仕事に行ってないそうだね」
その言葉を聞き橋本はようやく母親に姿を見せる。橋本の母親は息子の方を見ず野菜を切りながら
「無理に行けとは言わないよ。仕事なんてやってみないと分からないもんだからね。もし、自分に合わないと思うのなら、違う仕事をやってみてもいいんじゃない?」
ここでようやく橋本の母親は息子の方を見た。
橋本は母親が振り向いたと同時に顔をそむけたが、小さく
「ああ」
と言うと二階へ上がって行ってしまった。
橋本の母親はふぅ~とため息をつくと
「ごめんね。久しぶりに来てくれたのにこんな痴話げんか見せちゃって。就職活動を怠けて身内の会社に勤めたのが悪かったのよ。ちゃんと自分のやりたい事で考えなかった罰ね」
そう言うと橋本の母親は夕食の準備を再開した。俺は何も言えず二階へ行こうとした時
「あ、ご飯七時ごろできるから、その頃に下に来て頂戴」
と言われた。
「わかりました」
橋本の部屋へ行くと、橋本は吞気にベッドの上で横になりながら漫画を読んでいた。
「お前。余り親を困らせるようなことはするなよ」
「ああ」
やけに素直だ。いつもは一言二言、言い返してくるのに。
恐らく、俺に遠慮しているのだろうと思った。両親を一気に亡くした俺の言葉は、橋本にはリアルに聞こえるのだろう。
俺は近くにある漫画を手に取り読みだした。
どの位経ったのか、自分の隣に読み終わった漫画が何冊も積みあがっている。ふと時計を見るともう七時になろうとしていた。気を紛らわすだけで読み始めた漫画だったが、夢中になってしまっていたらしい。
「あ、七時になるな」
「あ?ああ」
橋本は顔も上げずに返事をする。
見ると、最初に手に取った漫画を持っている。結構な時間が経ったはずなのにまだ読み終わっていなかったのか。恐らく、ただ手にしているだけで読んではいなかったのだろう。この時間橋本は何を考えていたのか。
俺は漫画を片付け
「下に行こうぜ」
「先に行ってて」
「何で」
「いいから」
「・・・・・・わかったよ」
読んでいない漫画に見ている橋本を残し、俺は下の階へと降りて行った。
「すみません」
俺は声を掛けながら台所へ入る。
台所は対面キッチンになっており、台所の隣にテーブルと椅子がある。
そこで食事をするのだ。
「あれ?」
誰もいない。
しかし、テーブルにはきちんと三人分の食事が用意されていた。黙って食べてしまうのも気が引けたので、勝手知った家だ。俺はテレビのある部屋、和室などを見て回り橋本の母親を探した。
いない。
二階にでもいるのかな。それにしては階段を上がる足音は聞こえなかった。一応橋本に言わないとな。
「?」
階段を上がろうとした時、廊下の先にある玄関が少しだけ開いているのに気がついた。何だ、外にいるのか。俺は迷わず玄関に行きドアを開けた。
いた。
橋本の母親は玄関のポーチに腰を下ろしていた。
「あの・・・・・・」
俺の声に驚いたのか、橋本の母親は凄い勢いで振り向いた。
「あ・・・・・・すみません。七時になったので下に来たんですけど、誰もいなくて。ここで何やってるんですか?」
「え・・・・・・あ、ああ夕涼みよ」
取り繕っているのが見え見えだ。夕涼みするほど今日は暑くなかった。流石におかしいと思った俺は橋本の母親の隣に座る。
暫く二人して黙っていたが、口火を切ったのは橋本の母親の方だった。
「全くね。難しいね子供を育てるのは。高校の時、就職活動が面倒くさくって親戚の所で世話になったのはいいけど、結局今その仕事が嫌になってるのよね。だから言ったのよ。大変でも、自分がやってみたい職業に就いた方がいいってね。なのに・・・・・・」
母親は大きなため息をついた。その姿を見ていると俺は自分の母親の事を思い出す。
俺自身も高校卒業後、特にやりたい事が決まっていたわけではないがこんな田舎にいるよりは東京に出れば何か見つかるだろうと思っていた。しかし、日々の生活をする為のお金を稼ぐので精一杯でやりたい事を見つけるどころではなかった。
その間も、母親からの俺を心配する電話がしょっちゅうかかってくる。それをうっとおしいとしか思っていなかった。
今、目の前でため息をつきながら息子を想う橋本の母親を見ていると、俺の母親もこうやって俺の事を心配していたのかもしれないと思うと胸が苦しくなった。
「ごめんね。せっかく遊びに来てくれたのにこんな事話して。どう?ご両親は元気にしてる?」
そうか。知らせていなかった。
しかし、今の俺は両親が死んだことを言う事が出来なかった。橋本の母親に自分の母親を重ね、親が子を想うという事が何となくわかった今は言ってしまうとそのまま号泣し兼ねなかったからだ。
「え・・・・・・ええ。元気ですよ」
咄嗟に嘘をつく。橋本の母親はニコリと笑うと
「そう。良かった。もう子供が独り立ちして手がかからなくなったら、親が子供にしてあげられることは自分達が健康でいてあげる事だからね。ご両親によろしく伝えてね。さ、ご飯食べようか」
橋本の母親は立ち上がりお尻に付いた埃を払うと家に入って行った。
その後三人で食事をした。橋本の父親は岩手の方へ出張へ行っているという事で留守だった。
仏頂面の橋本を入れての食卓だったが、俺は気にせず橋本の母親と楽しく話しながら食事をした。自分の親ともこんなに話さなかったと思う。もしかしたら、出来なかった事をここでしているのかもしれない。
風呂に入り部屋で二人落ち着いた頃、俺はさっき橋本の母親から聞いた話をしようか迷っていた。
携帯を見たり漫画をぺらぺらとめくったり、窓から外を覗いたりと落ち着かない俺を見て橋本は頭をタオルで拭きながら
「なんだ?どうした?明日の事で緊張でもしてんのか?」
と、馬鹿にするように言ってきた。
それをきっかけに話をしようと思ったがやめておいた。
そんな事を話ても橋本が気分が悪くなるだけだろう。
「ああ。緊張するよ」
俺は少しだけ笑いながら言った。
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